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追放令嬢はただお風呂に入って寝ていたい  作者: 希羽


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第1話:ストレスは肌の敵!

「エレオノーラ! 貴様のような冷酷で可愛気のない女との婚約は、今この瞬間をもって破棄させてもらう!」


 建国記念の華やかな夜会。

 シャンデリアが眩く輝く大広間の中心で、王太子である殿下が声高らかにそう宣言した。

 彼の腕の中には、最近男爵家に引き取られたばかりだという、愛らしいヒロインが庇うように抱き寄せられている。

 音楽が止まり、貴族たちの視線が一斉に私――公爵令嬢エレオノーラへと突き刺さった。


「貴様はことあるごとにアリアを虐め、卑劣な嫌がらせを繰り返した! 次期王妃としての品格など欠片もない! よって貴様との婚約を白紙に戻し、辺境の地へ追放する!」


 殿下の怒声が大広間にビリビリと響き渡る。


(……ああ、駄目だわ。声が大きすぎる)


 私は、扇で口元を隠しながら眉間を揉んだ。

 眉間にシワを寄せるのは、表情筋の癖になって深いシワを刻むから絶対に避けたいのだけれど、今の私にはそれ以上に深刻な問題があった。


 ストレスである。


 怒声などの強いストレスを感じると、体内ではコルチゾールというホルモンが過剰に分泌される。これは肌のターンオーバーを狂わせ、コラーゲンを破壊し、さらには皮脂の過剰分泌を引き起こして毛穴を押し広げる『美容の最大の敵』だ。


 ただでさえ私は、この数年間、次期王妃として地獄のような激務をこなしてきた。

 予算の監査、貴族間の根回し、他国との外交文書の作成。

 殿下が「執務は退屈だ」と放り投げた仕事をすべて巻き取った結果、連日深夜に及ぶ残業と睡眠不足により、私の肌は現在、極度の乾燥状態(砂漠化)に陥っている。

 20歳という最も美しいはずの時期に、カサカサの肌と開いた毛穴を抱えて生きる絶望。

 これ以上の肌ストレスは、私の細胞が許さない。


「なにか言ってみろ、エレオノーラ! 言い訳があるなら聞いてやるぞ!」


 勝ち誇ったように見下ろしてくる殿下。

 その腕の中で「私が至らないばかりに……っ」と涙ぐむ男爵令嬢。

 周囲を取り囲む、面白半分の貴族たち。

 ……泥沼の言い争い? 冤罪の証明?

 そんな無駄なことに、私の貴重なエネルギー(と肌の水分)を消費するつもりは一ミリもない。

 私はゆっくりと扇を閉じ、完璧なカーテシー(淑女の礼)をして見せた。


「――はい。謹んでお受けいたします」

「……は?」

「これまでの数々の非礼、深くお詫び申し上げます。婚約破棄および辺境への追放、確かに承りました」


 殿下が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。

 泣き真似をしていた男爵令嬢も、予想外の即答に「えっ?」と素っ頓狂な声を漏らした。


「ま、待て! 貴様、自分の罪を認めるということか!? 泣いて許しを乞うなら……」

「いえ、結構です」


 私は殿下の言葉を食い気味に遮った。

 長話は空気が乾燥しているこの時期、喉と肌へのダメージが大きい。


「殿下とアリア様が真実の愛で結ばれたこと、心より祝福申し上げます。では、私は追放処分の準備がございますので、これにて失礼いたします。皆様、ごきげんよう」


 踵を返し、ドレスの裾を翻す。

 その間、およそ1分。


「お、おい! エレオノーラ! 話はまだ終わって……!」


 背後で殿下が何か喚いていたが、私は完全に無視して大広間の扉を抜けた。

 これ以上あの空間にいたら、肌の水分がさらに奪われてしまう。


 ◇


「お嬢様! たった今、お城から正式な追放命令の書類が届きましたが……本当に、本当によろしいのですか!?」


 実家の公爵邸に戻るなり、侍女のマリーが泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


「ええ、もちろんよ。マリー、大至急荷物をまとめて頂戴。明日には出発するわ」

「あ、明日ですか!? しかし辺境といえば、一年中風が吹き荒れる田舎で……」

「だからいいのよ!」


 私はクローゼットから一番動きやすいドレスを引っ張り出しながら、歓喜の声を上げた。


「王都の空気は排気と埃で汚れきっているわ! でも自然豊かな辺境なら、空気は綺麗で水も澄んでいる。おまけに『追放』されたのだから、もう書類の山も、面倒な夜会も、意味のない愛想笑いも、一切しなくていいのよ!」


 そう、これは悲劇などではない。

 超絶ブラックな職場環境からの、完全合法的な『退職』である。


「私はもう二度と、何かに向かって頑張ったりしないわ。これからの人生はすべて、睡眠と保湿とアンチエイジングだけに捧げるの!」

「お、お嬢様が壊れてしまわれた……!」


 嘆くマリーを横目に、私は鼻歌交じりでトランクに荷物を詰め込んだ。

 憎しみも、復讐心も、悲しみも湧かない。

 あるのはただ、残業ゼロの『がんばらないスローライフ』への圧倒的な希望だけだ。

 さようなら、王太子殿下。

 私の『見えない実務』が丸ごと消え去った王宮で、どうか過労とストレスで肌をボロボロにしながら、末長くお幸せに。


 私は翌朝、清々しい朝日を浴びながら、希望に胸を膨らませて辺境行きの馬車に乗り込んだのだった。

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