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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第六章 【竜甲の人狼】
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ウォカーレの蜜酒





ギリギリィ ギリギリギリリリィ・・・


ゴトゴトゴト ガタガタガタ・・・ 


炎天下の中、オレたちが乗った大型馬車は、次の町『ウォカーレ』へと続く街道を進む。

途中の森の中で、遠くから女性の悲鳴のような声が聞こえてきて、

一瞬、身構えたが、いっしょに乗り合わせた若い傭兵が

「あれは魔物『サラセニアクイーン』の罠だ」と教えてくれた。

たしか、人の声を出してエサをおびき寄せる食虫植物の魔物だったな。

その魔物は、すでに討伐依頼が『ヒトカリ』の掲示板に

貼り出されているらしい。

まだ討伐されていないが、この近辺には住民がいないし、

馬車に乗っている者たちには魔物の情報が知らされているから、

討伐されるまでは放置しているとか。

本当に魔物の声なのか?と疑っていたが、

その森を抜けるまで、女性の悲鳴は一定の間隔で聞こえてきた。

ずっと聞いていると、たしかに緊張感のある悲鳴ではない気がした。

好奇心にかられて、一度見てみたい気もする。

本当に、いろんな魔物がいるものだな。




ギリギリリィ ギリギリギリリィ・・・


ゴトゴト ガタガタ・・・ 


町『ウォカーレ』へ着いたのは、すっかり陽が落ちた後だった。

陽が落ちてからの涼しい風を受けながら、オレたちは馬車を降りた。


「はぁ・・・うぅ、長かったですね・・・。」


アルファが吐き気に耐えて、今回は吐かずに済んでいた。


「ん、んーーー! やっと着いたー!」


「んーーー!」


みんなが降りた後に背伸びをしている。

オレも、曲がったままだった腰を、思い切り伸ばした。


町『ウォカーレ』は、前の『スカイビー』という町より少し小さな町だった。

建物よりも田畑が多く見られる。

規模としては村っぽいが、町の出入り口から町の中央へ続く

大通りには街灯が灯っていて、こんな時間でもたくさんの人で賑わっている。

それだけで村よりも人口が多いのが分かる。


ギリギリィ ギリギリギリリリィ・・・


田畑が多い分、虫が多い気がする。

虫の大合唱もほかよりも大きく聞こえてくるようだ。

小さい町ながら宿屋は多く、遅い時間帯だったが、

なんとか泊まれる宿屋を見つけた。

一部屋しか空いていなかったが、背に腹は代えられない。

宿屋『カサブラ』。ここも木造ではなく石造の二階建て。

宿泊部屋がある二階へ行こうとしたら、受付の男性店員から、


「氷柱を売ってますが、いかがですか?

よろしければ、部屋までお持ちしますよ。」


と声をかけられた。

オレには意味が分からなかったが、

木下やシホがすぐに反応して、即決で、その氷柱という物を購入したようだ。

オレたちが宿泊部屋へ入って、しばらくすると、

受付の男性店員が、1mほどの大きさの木箱を運んできた。

店員がその木箱を部屋の中央に置いて、出て行くと、

シホが、その木箱を開け始めた。中には、大きな氷の塊が入っていた。


「もう、こういう季節になりましたね。」


「ユンム、これは?」


「あ、『ソール王国』には、こういう文化が無かったですね。

私の国や他国では、夏になると、こういう大きな氷柱を売る会社があって、

部屋に置いておくだけで、部屋の空気が涼しくなるのです。」


オレが分からないことを察して、木下が教えてくれた。

なるほど、『ソール王国』には無かった文化だ。

この国は『ソール王国』より暑い気がする。

こういう物が無いと夏を過ごせないかもしれないな。


「ふぅーーー、触ってるだけで冷たくて気持ちいいぜ!」


「わわわーーー!」


シホとニュシェが氷柱を触って、はしゃいでいる。

あんなに触っていたら・・・


「しかし、氷は溶けてしまうだろ?」


「そうですね。さらに追加注文するかどうか、

部屋の空気が冷えている内に寝てしまうか、悩みどころです。」


そうか。この氷柱に頼ってしまうと、

もうこの氷柱無しでは夏を過ごせなくなるわけか。

氷柱を売る会社なんて、夏の間だけしか稼げない気がするが、

短期間で一気に稼いでいるのかもしれない。

水を凍らすだけなら費用も、そんなにかからないだろうし。


ふと、アルファを見たが、ベットに座りながら、

ぼんやりと氷柱を見つめていた。

長時間の馬車の移動で疲れただけなのか、

それとも、氷柱に何か思い出があって、

それを思い出しているところなのか。


「たしか北の地方には、冷気を出す魔鉱石があるって話だぜ。

それがあれば、便利だよなぁ。」


「あぁ、私も聞いたことがあります。

でも、たしか、その地方の環境でしか魔鉱石の効力が発揮できないとか。」


「あー、そうだったなぁ。

だから、暑い南の方に持ち運ぼうとしても意味ないって話だったな。」


「残念ですよね。

たしか、南の地方には、熱を発する魔鉱石があるとかで、

それも南の環境下じゃないと効力を発揮しないという話でした。」


「それも北の地方に持ち運んで売れば、大儲おおもうけできるのになぁ。

世の中、うまくいかないようにできてるよな。

でも、ウワサによると『ザハブアイゼン王国』が、

魔鉱石の研究をしていて・・・。」


博識な木下と、傭兵歴が長いシホの会話を聞いているだけで、

オレが知らない常識や知識の話が聞ける。

本当にオレは何も知らない。

そして、世界には、もっと知らないことがあるんだろう。


「ファロスの国では、どうなんだ?」


「拙者の出身『ロンマオ』でも、夏は氷柱で過ごしているでござるよ。

城内の廊下に並ぶ氷柱は、ただの四角柱ではなく、

彫刻の職人たちが、人物や動物などの形に彫った氷像が並んで、

見応えあるでござる。」


「へぇ~。どこかの国でも、そういう氷像っていうものがあるって

聞いたことはあるけど見たことは無いなぁ。

見てみたいなぁ・・・。」


シホがファロスに質問し、ファロスが答えて・・・

シホはさりげなくファロスの国へ行ってみたいと言って、

主張しているようだが、当のファロスには伝わっていないようだ。




荷物を置いて、食堂がある宿屋の一階へ。

夕食の時間だ。

ここの食堂にも虫が入っていない料理はあるが、やはり品揃えが少ない。


「はぁ、普通の料理に唐揚げが無い・・・。つらい・・・。」


シホが愚痴を言いながら、

ジャガイモのサラダとご飯を食べている。

オレも同感だが、かろうじて普通の魚料理があるから、

なんとかしのいでいる。


「この国に来てから鶏肉の料理をあんまり見ないよな?」


「そうでござるか?」


シホの話に、ファロスが首をかしげる。

オレも意識したことがなかったから、そう感じない。

鳥の唐揚げ好きのシホだけがそう感じているだけかもしれない。


「店員さん、蜜酒をおかわりだ。」


「はい!」


隣りのテーブルでは、酒盛りをしている商人たちがいる。

「ミツシュ」というものを注文していたな。

たぶん酒なのだろうな。

いったい、どんな酒なのだろうか?

いや・・・きっと虫が入っているに違いない。

そう想像して、オレは身震いした。


「あぁ、蜜酒・・・懐かしい。」


アルファが、そんな独り言をつぶやいた。


「アルファさんは、ミツシュというのを知っているのか?」


「えぇ、私の出身国にもあって、昔、飲んだことがあります。」


「それは、酒なのか?」


「そうですよ。」


「それは、その・・・。」


オレは、つい聞いてしまっていた。

それが酒ならば、いったいどんな味がするのだろうか。

・・・酒のことを考えたら、急に酒が飲みたくなってきた。

思い返せば、いったい、いつから酒を飲んでいないのだろうか。

早朝の鍛錬が当たり前になっていて、酒も飲まずにすぐに寝る・・・

なんとも健全な生活になったものだ。


「あぁ、たぶん虫は入っていませんよ。

花蜜虫はなみつむしというはちに似た虫が

集めた花の蜜で造られたお酒なんですよ。

その虫の巣をまるごと特殊なお酒で熟成させて造られる、甘いお酒です。

幼虫をわざと入れたまま提供しているお店もあるかもしれませんが、

虫が苦手でしたら、その虫を残してお酒だけ飲めばいいのです。

注文されたら、どうですか?」


アルファがオレの聞きたいことを理解して、

オレが酒を求めていることも見透かして、そう促して来た。


「甘いお酒? 甘いなら、あたしも飲めるかな?」


「だ、ダメですよ! ニュシェちゃん、お酒は毒ですから!」


甘いという言葉に反応したニュシェ。

酒にも、少し興味があるのだろう。そういう年頃かもな。

木下に思い切り止められているが。


「ユンムさん、蜜酒に毒性は無いと思いますよ?」


「そ、そういうことじゃなくて!」


「蜂蜜には少なからず毒性の花の蜜が混ざるという話ですが、

花蜜虫たちは、毒性の花を避けて蜜を集める習性があるそうです。

だから、蜜酒に毒は・・・。」


「いや、ですから! 蜜酒が特別ダメという話ではなくて!

お酒には少なからず悪影響を及ぼす要素があるという意味で!」


さすがの木下も、アルファに突っ込まれるとタジタジになっている。


「と、とにかく、アルファさん、あまりお酒をおじ様に勧めないでください。

おじ様は酒好きですが、あまり強い方ではないので、

すぐに酔い潰れてしまいますから。」


木下が、そんなことを言い始める。

いったい、どの口が言うのだ。酒に弱いのは、木下の方だ。


「す、すみません。

本音を言うと、私もそろそろお酒を飲用したいと思っていて。

佐藤さんが注文されたら、ほんの少しいただけたらな、と。」


今度は、アルファが少し弱弱しい口調になる。

オレのことを上目使いで見てくる、アルファ。


「なんだ、そういうことか。

だったら、いっしょに・・・。」


「そういうわけにはいきません。

アルファさんは、『ソウガ帝国』の町『クリスタ』で、

ヴィクトワル先生から一年間の禁酒を言い渡されてますから。」


「え、そうなのか!?」


一緒に酒を飲む仲間ができたと思ったら、

木下にダメな理由を聞かされた。


「そうなんですよ。

ヴィクトワル先生から渡された、アルファさんが毎日飲んでいるお薬の中には、

お酒の成分で効力を失ってしまうものがあるそうです。」


木下がアルファの薬を、あの医者から受け取った時に、

そういう説明があったようだ。

あまり気にしていなかったが、

アルファが、毎日必ず薬を飲んでいるのは知っていた。


「そうなんですよねぇ。

一年分のお薬の種類が豊富で、たぶん副作用を抑えるためだけのお薬も

入っているんですよね。だから、お酒によって効果が無くなるのは、

私自身が困るわけですよね・・・はぁ。」


どことなく他人事のように話して、溜め息をつくアルファ。

本当に困っているように見えない。

『エルフ』というのは、みんな、こんな感じなのか。

それとも、これはアルファの性格によるものか。


「それで? おじ様は、そのお酒を飲みたいんですか?」


「う、うむ・・・まぁ、そうだな。」


今の話の流れでは、到底、飲ませてもらえないと思っていたが、

木下がオレの意志を聞いて来たということは・・・。


「・・・旅をしていると、その先々で、

自分が知らない、美味しい料理を食べてみたくなる気持ちも

分かりますからね。おじ様、一杯だけですよ?」


「そ、そうか。ありがとう。」


お許しが出た。

お酒を飲むだけで、木下に許可をもらわなければならないという決まりはない。

飲食代をパーティーの資金から出すから、その資金を管理している木下に

ついつい許可をもらわなければと思ってしまうが、今は

自分の財布もまぁまぁ膨らんでいることだし、

「酒代は自分で払うから好きに飲ませろ」と言い切ってもいいのだが、

どうにも、木下に許可をもらわないと後が怖いというか・・・。


オレが一杯だけ頼んだ、蜜酒という酒は、

アルファから聞いていた通り、その花蜜虫の幼虫がたくさん浮いていた。

それを見ただけで飲む気が失せそうになっていたのだが、

虫だけを別の皿によかせてもらって、なんとか飲んだ。

蜜酒は、とても冷えていて、とてもとても甘い蜂蜜に似た味がした。

まるで子供が飲む甘いジュースのようだった。

これなら、ニュシェにも飲めそうだなと思いつつ、

酒を飲んでいるという気分にはならなかったのに、

気づけば、あっという間に貴重な一杯を飲み干してしまい、急激に酔いが回って来た。

それだけ飲みやすく、美味しかったということだ。

別の皿によけた幼虫をアルファが食べようとしていたが、

その幼虫には酒の成分がたっぷり含まれているからと、木下が止めた。


オレが飲み終わるまで、アルファが指をくわえて見つめていた。

意外と、アルファも酒好きなのだろう。

一年後、いっしょに飲めたら・・・

いや、一年後、アルファがオレといっしょに旅をしているとは限らないか。

今、この場にいる仲間たちも・・・。

そう思うと、今、こうしてこの仲間たちと食事できていることが、

とても貴重な体験のように感じた。




食事を終えて、オレたちは一階の受付の店員に

追加の氷柱を注文して、宿泊部屋へ運んでもらった。

一つ目の氷柱が溶けきったわけではないが、

さすがに明日の朝までは残らない。

せめて夜中も涼しいままで寝ていたいために

二つ目を追加したのだった。


氷柱のおかげで、6人で一部屋に宿泊していても

そこまで暑さを感じない。

こんなふうに夏の暑さを凌いで過ごす文化があるのか・・・。

これも貴重な体験だな。


蜜酒で火照った体で、

ひんやりした空気と床の温度を感じながら、

オレは、ぐっすり眠ることが出来たのだった。




翌朝、オレは寝起きに、また下痢に苦しめられた。

昨夜の蜜酒が体に合わなかったのだろうか?

美味しく飲めて、心地よく眠れたというのに。

それとも、この土地の水がオレの体に合わないのだろうか?


今朝も早朝からニュシェに起こされて、

ファロスたちと早朝鍛錬をするために、この町の『ヒトカリ』へ行ってみた。

もしかしたら、ひとつ前の町『スカイビー』の『ヒトカリ』のように、

特別訓練場があるかもしれないと期待して。

しかし、この町の『ヒトカリ』は、

『スカイビー』の『ヒトカリ』よりも小さな建物で、

見るからに、どこにでもある今まで通りの普通の『ヒトカリ』だった。

そして、早朝過ぎて、まだ開店していない。

きっと特別訓練場があったとしても、

こんな早くから開放されてないかもしれない。

オレたちは諦めて、宿屋近辺の周りを走ることにした。

アルファは・・・いや、今朝の人格はブルームだった。

ブルームは、無理なく、ゆっくり歩いていた。

何かあった時の為にブルームを一人にはできないと判断して、オレが付き添った。

ファロスとニュシェには思い切り走ってもらって、

自己の鍛錬に集中してもらった。


ギリギリィ ギリギリギリリリィ・・・


陽が昇る前から、虫があちこちで鳴いていたが、

陽が昇り始めると、とたんに虫の大合唱が始まり、

早朝の空気も一気に上がる。


「ふぅ・・・ふぅ・・・。

あっついな。このフードを脱ぎたくなる。」


「早朝とはいえ、町では誰が見ているか分からないから、

勘弁してくれ。」


ブルームは『エルフ』の特徴である長い耳を隠すために、

頭からフードを被って歩いている。

さぞ暑かろうと思うが、我慢してほしい。

それに、誰も見てなくても、今はオレがいる。

どこでも肌を露出しようとするのは勘弁してほしい。


誰の支えもなく、普通に歩けるようになったブルーム。

それでも、距離が長いと、そこそこ体力が必要になってくる。

体力の限界まで体を動かし、少しずつ限界を超えていく。

オレも他人の心配ばかりしていられない。

思い切り走れなくても、歩きながら、

体中の氣に集中して、その集中する時間をなるべく長く保つ。

オレも、少しずつ限界を超えていかねば。




宿屋に戻ると、寝坊したシホと木下が起きてきた。

先に戻っていたファロスとニュシェは、おのおの筋力を鍛える運動をしていた。

昨日から宿泊部屋を冷やしてくれていた

1mぐらいの氷柱は、今朝には、すっかり溶けて無くなり、

木箱の中で、冷たい水と化していた。

その冷たい水で、シホは顔を洗っていた。


「ぅひー! 冷たい! 気持ちいい!」


「いいなぁ。」


ニュシェがシホのことをうらやましがっているが、

汗だくのオレたちは顔を洗うだけでは済ませられない。

順番にシャワーを浴びて、一階の食堂で朝食を済ませた。

しかし、今日は起きてから腹の調子が悪いオレ。

食後もトイレへ駆け込むことになった。

下痢してしまうと食べた分の栄養までもが

体から出ていってしまう気がする。




ブルームの体調が好調のため、

午前中に、次の町へ移動することにした。

ブルーム自らがそう提案したのだ。

シホはもう少し町を見て回りたいと言っていたが、

木下が、鬼の国宝の話をすると、すぐに引き下がって従った。

傭兵歴が長いシホだが、この国へ来たことは無かったと言っていた。

昆虫食の国だったから。しかし、せっかく訪れたなら

ゆっくりこの国を見て行きたいのだろう。

気持ちは分かるが、鬼の国宝を運搬しながら、

のんびり観光しているわけにもいかない。


「? ファロス?」


ファロスの隣りを歩いていたシホが、

ファロスがキョロキョロしていることに気づいた。


「あ、いや、その、伝書屋が見つからなくて・・・。」


「あぁ、そういえば、この町で手紙を出すって言ってたよな。」


シホに言われて、オレも思い出した。

たしか、前の町『スカイビー』でも、

馬車に乗る前に、そんなことを・・・。


「本当に無いのか? 少し探すか?」


「あ、いや、でも・・・。」


ファロスとしては、みんなに迷惑をかけないように、

停留場へ行く道すがら、伝書屋を探し出して

さっさと手紙を出すつもりだったのだろう。

正直、そんなにマメに手紙を出さねばならない理由が、

オレには理解できないが、ファロスにとっては

大切なことなのかもしれない。


「しかし、本当に無いな~。

だいたい町の出入り口か、停留場の近くにあったりするんだけど。」


シホがキョロキョロしながら、そう言った。

伝書屋が、オレには馴染みが無いから

パッと見て分かるわけもないが、キョロキョロしてみたら、


「ファロス、配達会社なら、あそこにあるぞ。」


大通りに面している、

馴染みのある、荷物の印が入った看板が見えた。


「いや、その・・・。」


「? 配達会社ではダメなのか?」


「そ、そうでござるなぁ・・・。

たぶん、次の国へ行ったら、また伝書屋から手紙を送ると思うので・・・

そうすると、今、ここで配達会社に手紙を頼んでしまうと、

次の国から送った手紙の方が早く着いてしまうでござるから・・・。」


なるほど。

以前、ファロスが説明してくれていたな。

配達会社よりも伝書屋の鳥のほうが早く手紙を届けるのだと。

言いにくそうにしているのは、

オレの意見を否定することになるから、躊躇ためらっているのだろうな。


「つまり、配達会社に頼むくらいなら、

今、手紙を出さない方がいいってことなんだな。

もしかして、ファロスの手紙って、けっこう重要なことが書かれてたり?」


シホがなかなか聞きづらいことを聞き始めた。

たしかに、ファロスがこだわっている手紙の内容が気になるところ。

相手は、国の重要な人物だったりするのだろうか。


「! あー、いや、そうではござらん。

手紙の内容は、それほど重要なことを書いているわけではなくて。

これは・・・相手との約束を守るためでござる。」


「約束?」


「はい。拙者が父上を追って国を出る時、

相手とそういう約束を交わしたのでござる。

目的地や現在地を、なるべくマメに知らせるように、と。

いわば、生存確認のようなものでござるな。

拙者からの手紙が途絶えてしまうと、相手が心配すると思って・・・

それで、その・・・。」


「それでマメに送り続けてるわけか。

本当に、マメだな、ファロスは。」


「はは・・・。」


シホが少しあきれたように言っているが、

ファロスは褒められたと勘違いしているのか、

照れているように見える。


「しかし、今までも伝書屋が無い国へ行ったこともありましたし、

数ヵ月、手紙が途絶えてしまったこともありました。

なので、お気遣い無用でござる。

次の町で、また伝書屋を探すでござるから。」


ファロスが、そう言った。

手紙の件は、これでおしまいとばかりに。

本人は、オレたちの手間をとらせないように、

そう言っている気がする。

本当は、今すぐにでも手紙を出したいのかも。


「ファロスが気遣い無用と言うなら、

オレたちは気遣うことなく、今すぐ手分けして伝書屋を探すぞ。」


「え!?」


自分でも、おかしな言葉使いだと感じているが、

気遣う必要が無い仲間だからこそ、

こういう時、仲間の為に動けるものだ。


「ははは、変な言葉使いだな、おっさん。

でも、そういうことだ、ファロス。

俺は、今来た大通りを戻って探してみる。」


「あ、いや、その!」


シホが走り出そうとして、


「あ、シホさん、待ってください!

闇雲に探すより、まずは知っていそうな人に聞いてみましょう。

停留場にいる馬車の御者さんに聞いてみたら分かるかもしれません。」


木下が引き留めた。たしかに、そのほうが話が早いな。


「いや、あの!」


「馬車に乗り遅れても構わない。

便りは、出せる時に出した方がいいぞ。」


ブルームがそう言ってくれた。


「みなさん・・・! かたじけない!」


もうファロスが手紙を延期させる理由はなくなった。

ファロスは、深々と頭を下げた。

きっと逆の立場のファロスなら、オレたちと同じように

行動していたと思う。そういう信頼と確信がある。

よかったな、ファロス。




これでファロスの問題は解決できると思っていたのだが。




「残念だったね、ファロスさん。」


ニュシェがファロスにそう言った。


「いやはや、こればかりは仕方ないでござる。」


さきほど、オレたちは停留場にいた御者に、伝書屋の場所を聞いてみた。

すると、この国には伝書屋が無いというのだ。

鳥のエサが虫だから・・・

元々、この国では鳥が害獣の扱いになっていて、

国民が鳥を飼うことは禁止されている。

害虫を食べてくれる鳥は、害獣指定から外されるという

話もあったようだが、結局、鳥は

害虫を選んで食べているわけではなく、ほかの虫も食べてしまうため、

そういう特例の話も無くなってしまったとか。


「どおりで、鳥の唐揚げを見かけないわけだぜ。」


シホの心配は、ファロスの手紙から

自分の大好物に切り替わったようだ。

鳥の肉は輸入に頼っているし、保存状態によって

価格も変動するらしく、安定供給ができないとか。


「こんな国、さっさと通過しちまおうぜ。

な? ファロス。」


「そうでござるな。

みなさん、お手間をとらせて、かたじけなかった。」


そう言って、ファロスがまた頭を下げる。


「気にするな。

手紙を出せなかったのは、残念だったな。

シホの言う通り、早くこの国を出て、

次の国で出せたらいいな。」


「はい。」


オレの慰めの言葉も、ファロスの心を晴らすには至らない。

ファロスは、少し元気がなくなったような顔になっている。

そんなに相手への手紙が大事なのか・・・

いや、ファロスにとっては相手がどこうよりも、

約束を守ることにこだわっているように感じる。





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