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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第六章 【竜甲の人狼】
499/501

後回しにしていた覚悟のツケ



「おじさん、起きて。早朝鍛錬の時間だよ。」


「ん、んん・・・あぁ、おはよう。」


「おはよう、おじさん。」


翌朝、ニュシェに起こされて、

いつの間にか自分が寝てしまったことに気づく。

どんなに悩んだところで、眠ってしまう。

昨夜、あまり食べなかったから、もうおなかが空いている。

そして、昨夜よりは悩んでいない、今朝の自分がいる。


イヤなことがあっても一晩寝れば、だいたい忘れる性格の自分。

我ながら、イヤになるほど、単純な脳の持ち主で。


ブン! ブン! ブン!


「ふっ! ふっ! ふっ!」


剣を鞘に納めながらの素振りを繰り返している内に、

頭の中も、心の中も、空っぽになっていく。


「はぁ・・・はぁ・・・!」


そんなオレの態度が、周りにも伝染しているかのように、

昨夜の重苦しい空気は、もうここには無い。

今朝は、ブルームではなく、アルファの人格になっているクラリヌスが、

今朝は普通に筋力運動に挑戦している。

腕立て伏せ、腹筋、背筋・・・

どれも一般人よりは、まだまだ回数が少ない方だが、

以前は、ただ歩くだけが鍛錬だったのに、

もうそれだけ運動ができるようになったのかと、目を見張る。




「わー、バタフライの粉がかかっててキレイー!」


「彩りがいいですね、このイモムシサラダも。」


ニュシェとアルファだけに好評な朝食を済ませて、

オレたちは宿泊部屋で、出発の準備をする。


「次は、ここから北東の町『ウォカーレ』ですね。」


「・・・。」


木下が地図を見ながら、次の町を教えてくれる。

しかし、オレの中に疑問が生まれる。

昨夜のブルームの「この先どうする?」という問いに

答えられないなら、この先に進んでも意味がないのではないか?


「その前に、みんなへ話がある。」


「おじ様・・・。」


「・・・。」


準備をしていたみんなの手が止まり、

オレの顔を見て、みんなが真剣な表情になった。

みんなの顔を見ていると、心が臆病風おくびょうかぜに吹かれる。


「今さらだが、オレの『特命』の話を・・・。

ドラゴン討伐という目的についての話を、少しさせてくれ。」


怖い。戦いの最中の、命の駆け引きとは違うのに、

それと同等だと思えるほどに怖い。背中に冷や汗をかく。

己の知力の低さ、無知であることを暴露しなければならない恐怖。

恥をかくことの恐怖。

この『特命』の旅の間に、オレは何度、恥をかくことになるのか。

それでも、自分の恥ずかしい部分と向き合って、

みんなと向き合って、話し合わなければならない。

目的を見誤ってはいけない。

この旅の目的は、自分が恥をかかないこと、ではない。

『特命』を果たすため、ドラゴンを討伐することだ。

そのためなら、オレの恥など些末さまつなことだ。


「まず、このパーティーのリーダーとして謝らせてくれ。

昨日の、ブルームさんからの指摘で分かったように、

オレはドラゴン討伐という目的を掲げておきながら、

予備知識が欠如けつじょしていて、討伐に必要な準備をおこたっていた。

問題は、最初からあったのに、それに目をつぶって、

問題を後回しにしたまま、お前たちをパーティーに入れて、

オレの『特命』の旅に巻き込んでしまっていた。

すまなかった。この通りだ。」


オレは低く低く、頭を下げた。

謝罪の言葉としては、まだまだ不足しているように感じる。

しかし、知力が足りないオレには、これが精一杯の言葉だ。


「おじ様・・・。」


「おじさん・・・。」


「あ、頭をあげてくだされ、佐藤殿。」


木下、ニュシェ、ファロスからは心配されているが、

アルファとシホは冷静に、この状況を静観している感じがした。


「それと、改めて礼を言わせてくれ。

無知なオレが、この『特命』の旅で、ここまで生きて来れたのも、

お前たちがパーティーの仲間になってくれて、いっしょに

旅をしてくれたおかげだ。本当に、ありがとう。」


オレは再度、頭を下げる。


「おっさん・・・。」


オレが謝罪とともに礼を言うとは思っていなかったのか、

シホの顔から険しさが消えた。


「恥ずかしい言い訳になるが、オレはこの歳になるまで、

出身国である『ソール王国』から、ろくに出たことが無かった。

出国することに対して厳しい審査がある国でな。

小さな国だから、人口が減るのを防ぐためだったのだろうが・・・。

就職して城門警備に配属されてから、ずっと城門と自宅の往復しかしてなかった。

だから、こうして自国を出て旅をするのが、生まれて初めてでな。

本当に何も知らなかった・・・本当に、何も知ろうとしてなかったんだと実感している。」


『ソール王国』の出国許可証がなかなか手に入らないのは本当だ。

審査が厳しい。しかし、その理由は・・・

人口がどうこうよりも、出身者の身体能力の高さを隠すため・・・

『ソール王国』の血、遺伝子が、他国へ流れてしまうのを防ぐためだったのだろう。

オレの憶測でしかないが、ウソをつかせてもらった。

・・・こんなウソも、昔のオレでは考えもつかなかったことだ。

これは、いっしょに旅をした木下の影響だな。


「さらに言い訳をさせてもらえば、オレは『特命』の内容を聞かされてから、

翌日には国を発たねばならなかった。準備期間があまりにも無かった。

・・・でも、これは本当に言い訳でしか無くて、

きっと、準備する時間があっても、オレはドラゴンについて調べるとか、

討伐の際に必要な道具や仲間集めなどをしなかったと思う。」


これは、ウソ偽りのない、オレの気持ち。オレの真実。


「それは、きっと・・・本当の意味での覚悟ができていなかったんだと思う。

覚悟したつもりでいただけだったんだろうな。

オレは『特命』を受けておきながら、

ドラゴンが本当に実在するかどうか、半信半疑だったんだ。

いるかもしれないと思いながら出発して・・・

でも、頭の片隅では、いなければ、その時はその時だって思っていた。

ドラゴンのことを、ろくに調べていなかったから、やはり恐ろしくてな。

臆病風に吹かれて、問題を後回しにし続けて、旅を続けてきてしまった・・・。

ブルームさんからオレのご先祖様の話やドラゴンの話を聞くまで、

想像できていなかったんだ。このオレがドラゴンを討伐するなんて。」


今も実感は、なんとなく曖昧あいまいだ。

想像力が欠けているオレが、それを実感する時は、

おそらく実物のドラゴンが目の前に現れた瞬間だろう。


「言い訳はこれくらいにして。

無知ながら、昨日のブルームさんの言葉で思い出した情報がある。

みんなに聞いてほしい。

これは、昔、オレの親父から聞いた、オレのご先祖様の英雄譚だ。」


オレは、正直に話すことにした。

この情報は、木下も知らなかったことだ。

幼い頃から親父が聞かせてくれた物語。

下手な吟遊詩人のマネをして聞かせられたから、

はっきり言って、真実なのかどうかも疑わしい。

どこか絵空事のような、その物語を、

オレは親父のマネをすることなく、淡々とみんなに伝えた。


物語の冒頭の「あらゆる種族が仲良く暮らしていた」とか

「神が」「悪魔が」「獣が魔獣に」という話は、

教科書に載っているぐらいだから、世界共通の歴史だろう。

だから、省いて話した。

「神から授かったチカラ」という部分も、

なんとなくドラゴン討伐の情報とは

関係が無いと判断して省いて、思い出せた重要な部分だけを伝えた。

『魔力の暴走で悪龍が生まれる』ということ。

『北の魔鉱石』、『南の槌で聖剣誕生』、

『西で従者と合流』、『東の大地で大決闘』・・・。


「なるほど、その従者ってのが、防竜騎士か!」


「ドラゴンから悪龍が生まれる・・・ですか。

たしかに、なにかの歴史の本で読んだことがあった気がします。

その悪龍の翼や足を捕える術を持っているのが、

その防竜騎士、ということですね。」


「せ、聖剣を造り出すでござるか・・・興味深いでござる。」


「みなみのツチ? ツチって土のこと?」


みんなの反応はマチマチだが、オレの話を最後まで聞いてくれた。

オレの話を疑うこともなく、信じてくれているように感じる。


「じつに興味深い英雄譚でした。初めて聞きました。

盟約めいやく、ですか・・・。

たしかに、竜騎士様・・・佐藤さんの先祖、かつのりさんは

盟約がどうとか言っていた気がします。

でも、ごめんなさい。その話の内容までは憶えていなくて。」


アルファが遠い記憶を思い出そうとしてくれていたが、

やはり、具体的な内容については思い出せないらしい。


「いいんだ。オレも、今の今まで忘れていたくらいだし、

ご先祖様の話もしっかり憶えていないからな。」


それでも、実際にオレのご先祖様と会ったことがあるアルファが、

盟約という話を聞いたことがあると分かっただけで、

親父が教えてくれた英雄譚の真実味が増した。


「・・・以上が、オレが今、思い出せた情報のすべてだ。

しかし、たったこれだけの情報では、ドラゴン討伐には足りないだろう。

本当に、頼りなくて申し訳ない。

オレはこれからもドラゴン討伐に必要な情報を収集しながら、

頼りない記憶も思い出せる限り思い出しながら、

ドラゴン討伐という『特命』の旅を続けていきたいと思っている。」


「おじ様・・・。」


まずは、リーダーとして明確な目標、道筋を示しておく。

至らない部分のほうが多いのは事実だ。

それでも、オレは進むことを選んだ。

情けなくても、みっともなくとも、ジタバタとあがいてでも

『特命』を果たすためなら。これは決意表明だ。


「そして、昨日、ブルームさんが言っていた、

このパーティーの根本的な問題・・・。

オレは、よく分かっているつもりだが、

アルファさん、今、はっきりと言ってくれないか?」


「え・・・しかし・・・。」


「オレから言ってもいいが、

ブルームさんが言いたかったことと違ったら、

アルファさんは、オレの話を訂正してくれないと思う。

だから、先に言ってくれないか?」


アルファとブルームは別人格ではあるが同一人物。

記憶も想いも共有されている。

だから、ブルームが言わなかった問題もアルファは分かっている。

しかし、優しいアルファは、現時点で問題を突きつけるという

残酷なことは回避しようとするだろう。

でも、今は、あえて言ってほしい。

この先の話は、それ抜きでは話せないからだ。


「はい、分かりました・・・。

では、お話しましょう。あの子が言わなかった、

このパーティーの根本的な問題は・・・

ここにいる仲間たちの目的がバラバラな点です。」


「え・・・。」


「そ、そんなことない・・・と思うけど。」


「・・・。」


やはり、そうか。そうだよな。

木下とニュシェは意外そうな声をあげたが、

シホは黙っているあたり、気づいていたのだろう。

いや、木下も気づいていたはずだ。

オレと同じで、気づいていながらも後回しにしていた問題点。


「私は、みなさんがパーティーに加入した経緯を

シホさんやニュシェさんに少しだけ聞いただけですが、

たしか、木下さんの目的は『未開の大地』の手前の

『ハージェス公国』へ戻るのが目的ですよね。」


「あ・・・はい。」


自分でも分かり切っていたことをアルファに言われて、

木下は落ち込むように返事をした。


「そして、ニュシェさんの目的は、世界を旅して、

いつか獣人族がおさめている幻の国へ行く、ということでしたよね?」


「う、うん・・・。」


「シホさんは、たしかお姉様のような強い傭兵になるためで・・・。」


「そうだな。」


「ファロスさんも、お父様のように強くなることが目的で・・・。」


「た、たしかに、そう言ったでござるが・・・。」


次々に、アルファに指摘されて言葉につまるファロスとニュシェ。

シホもアルファの言わんとしていることが分かっているから返事が素っ気ない。


「そして、私は『未開の大地』の中にある祖国『エルフィン・ラコヴィーナ』まで

このパーティーにいるつもりで加入しておりますが、

佐藤さんの『特命』の目的は、さらにその奥にいるはずのドラゴンを討伐すること。

大変、申し上げにくいことなのですが・・・

つまり・・・昨日、木下さんがここまで仲間が増えたから、

佐藤さんの『特命』は果たされるかのような根拠を述べられてましたが、

このパーティーに加入した仲間たちは、誰も

ドラゴン討伐を目的としているわけではないということです。」


分かっていたことをはっきり言われただけなのに、

それでも、他人の口から改めて聞くと、精神的にくるものがあるな。


「・・・。」


誰も反論できない。

オレや木下、シホは、すでに分かっていながら後回しにしていた事実。

ファロスとニュシェも薄々気づいていたのか。

それとも、いきなり指摘されたことにショックを受けているのか。


「・・・そうだ。アルファさんの言う通り。

みんなを仲間にするときに、ドラゴン討伐がパーティーの目的だとは伝えていたが、

ここにいる誰もがドラゴン討伐を目的として加入していない。

これは、みんなを責めているわけではない。

この問題に気づきながらも、後回ししていたオレにツケが回って来ただけのことだ。

さっきも言った通り、『特命』を受けたオレ自身ですら、

半信半疑のまま、準備不足のまま、覚悟不十分のまま、

ここまで来てしまっているのだからな。」


「・・・。」


みんなは、黙って聞いてくれている。

ありがたいことだが、みんながオレの言葉をどう受け取って、

何を思っているのかが分からないから、少し怖い。

オレの言い方は、これで合っているのだろうか?

言葉選びをひとつでも間違えれば・・・

声量や言葉のニュアンスをひとつでも間違えれば、

今、この場でパーティーが解散してしまいかねない状況だ。


「今さらだが、現状の把握はできた。

オレ自身が失敗しておいて、偉そうなことは言えないが、

失敗は誰にでもあることだ。大事なのは、失敗した後の行動だ。

オレの覚悟は、さっき話した。

今、分かっている情報も話した。

ここで今一度、みんなに問わせてもらおう。

お前たちは、ドラゴン討伐に参戦してくれるか?

その覚悟はあるか?」


「・・・。」


オレが放った言葉のあとに、静寂が訪れる。

窓の外からは、あのうるさい虫の合唱が聞こえているが、

それすらも無音に感じるほど、静かだ。

即答できる者がいないのは予想通り。

オレが逆の立場であっても即答は出来ない。


「勘違いしてほしくないのだが、これは、オレからのお願いではない。

本来は、お願いするべきなのだが、

お前たちが優しい性格なのは、もう知っている。

オレがお願いしてしまうと、お前たちは断りにくくなるはずだ。

だから、本気で自身の覚悟を、自身に問いかけてほしい。

断ってくれても大丈夫だ。」


「断ったら、おじ様は・・・。」


「・・・現状は変わってしまうだろうが、オレの目的は変わらない。

だから、昨日、木下が言ってくれたように、

これからドラゴン討伐を覚悟してくれる仲間を探しながら、

目的を果たすために行動するまでだ。

ただ・・・今すぐパーティーを解散することはない。

今は、パーティー『森のくまちゃん』として、鬼の国宝を運搬中だからな。」


オレはそう返事して、腰にある布袋をポンと叩いた。


「パーティーを抜けたいやつは、悪いが、

『ウィザード・アヌラーレ』までは付き合ってくれ。

そこで報酬金を分け合ってから抜けてくれたらいい。」


覚悟がないからと言って、すぐに抜けられると困るから、

選択肢を与えておきながら、引き留めをしている。

我ながら、いやしいと思う。


「拙者の覚悟は、パーティー加入時と変わりませぬ!

父上のように強くなるため、己を鍛える修練のため、

このパーティーに加入させてもらいましたが、

強くなる過程として、ドラゴン討伐は、まさにうってつけでござる。

すでに覚悟はできておりますゆえ、最後まで佐藤殿にお供いたします。」


「ありがとう。」


ファロスなら判断が早いと思っていた。

その返答も想定内だった。本当にありがたい。


「な、なら、俺も最後までついていくぜ、おっさん!」


「あ。」


シホが慌てて、決意表明してくれたが、

こいつは、完全に想定外だった。

そうだった・・・シホの恋心のことを忘れていた。

ファロスの意見に左右されてしまうのだった。


「ダメだ、シホ。」


「え?」


「ファロスがついていくからという理由だけで、

ドラゴン討伐までついていくことは許可できない。」


「なっ!? なに言ってんだよ! や、やだなー!

そんなんじゃねーって!」


オレの指摘に赤面しながら、あたふたするシホ。

なんとも分かりやすい。


「・・・。」


しかし、図星だったようで、そのあとに続く言葉が無かった。

木下とニュシェは、無言になってしまった。

これも、予想通りといえば予想通りだな。

木下は「『ハージェス公国』までだ」と即答すると思っていたが。


「私も、パーティーへ加入した時に覚悟は伝えました。

今も、この覚悟は変わっていません。

みなさんに助けていただいた御恩ごおんに報いるためにも、

とうに、この命、佐藤さんに捧げています。」


アルファから心強い返事がもらえたが、


「アルファさんの気持ちは嬉しいが、恩返しの為に

そこまでする必要はないと思う。」


「し、しかし・・・!」


「たしかに、アルファさんからの最初の願いは、

オレの『特命』の手伝いがしたい、ということだったし、

騎士らしく王に仕えるような言葉と覚悟も伝えてくれた。

だが、それはアルファさんが『エルフ』の国へ帰るためのものだと思っていたが?」


「・・・たしかに、それもありましたが、

受けた御恩を返したい気持ちは本当です。」


「それは、ブルームも納得しているのだろうか?」


「それは・・・。」


アルファの言葉が止まった。

オレの記憶が確かなら、仲間になるための交渉をしてきた時も、

最終的にパーティー加入した時も、人格はアルファだった。

オレは、ブルームの気持ちも聞きたいと思っていたが、

仲間になるタイミングで、人格が変わっていた。


「あの子は私です。あの子と私の意志は同じで・・・。」


「いや、そんなことはない。人格が違えば、意志も心も違う。」


「でも、私たちは2人で一人・・・。」


「それは体だけだ。中に2人、たしかに存在している。」


「ですが、いずれあの子は!」


「アルファさんも分かっているはずだ。ブルームの心が。

ブルームが、どんな気持ちでいるのか・・・感じ取っているはずだ。」


「・・・。」


「オレは、アルファさんとブルームさんの言葉をしっかり聞いて、判断したい。

2人の心が通じているなら、ちゃんとお互いに通じ合って、意志をひとつにしてほしい。」


オレの願いに、アルファは黙ってしまった。

アルファが言った「いずれ」というのは、

ブルームという人格が、いずれ消えてしまうことを指しているのか。

だとしても、人格を否定するのは違うと思う。


アルファとブルームを見ていると、もどかしい気持ちになる。

一人で2人の人格。

本人たちにとって、心の負担は、

想像を絶するほど過酷なものかもしれない。

しかし、確実に、2人とも生きた人格、

今を生きている人格なのだ。

お互いに、生きた人格だと自覚しているのに、

お互いに人格を否定し合っているように見える。

自分の弱点、苦手な部分、不得手な部分を

お互い、相手のせいにして、拒絶しているように見える。


・・・ある意味、

長年連れ添った夫婦みたいな関係だなと、ふと思った。

女房の顔を、一瞬、思い出した。


「話を戻すが、ドラゴン討伐を目標として旅していたくせに、

今の今までオレ自身が、本当の覚悟を決めていなかったのだから、

今、この場で覚悟が決まっていなくても、それは当然だと思う。

さっきも言った通り、今は鬼の国宝の運搬中だから、

覚悟の返答は『ウィザード・アヌラーレ』まででいい。

その途中で返事を聞かせてくれてもいいし、

運搬の報酬を分け終わった後でもいい。考えておいてくれ。」


みんなが黙った時点で、これ以上は時間がかかると思い、

オレは、そう言って話を締めくくった。

結局、ドラゴン討伐まで付き添う覚悟が出来ているのは、

今のところ、ファロスだけだ。

もちろん、今はそう言っていても、魔法都市に着く頃には、

また心変わりする可能性もある。

問題は何も解決していないように感じるが、

とりあえず、先送りにしていた根本的な問題に、しっかりと期限を設けた。

ここまで来たら、魔法都市までは遠いようで近い。

この仲間たちとの旅が、そこで終わるかどうかは分からないが、

このままのパーティーではないのだろう。

その時が来るまで、この仲間との時間をしっかり感じていきたい。




荷物をまとめて、宿屋『フリサリダ』を出て、大型馬車の停留場へ向かった。


ギリギリギリリリィ ギリギリィ


今日も天気は快晴。

相変わらず、外に出ると虫の大合唱がうるさい。

来た時も思ったが、ここ『スカイビー』という町は、かなり大きくて賑わっている。

停留場の周りには、やはり露店が並んでいて、

乗車客以外の客も多く、すごい人混みになっていた。

美味しそうなニオイもしているが、

この国は、昆虫食の国・・・馬車に乗る前に、ナニか見たら、

きっと後悔しそうだったから、店の方を見ないようにした。

ここから次の町『ウォカーレ』への馬車に乗る。


「どうした? ファロス?」


停留場へ辿り着く前から、ファロスはキョロキョロしていた。

じっとファロスを見ていたシホが質問した。


「その、次の町へ行く前に、

ちょっとだけ伝書屋へ寄りたかったのでござるが・・・。」


そう答えながら、ファロスはまたキョロキョロしていた。


「うーん? そういえば、たしかに伝書屋は見当たらないなぁ。」


シホも同じくキョロキョロしはじめた。

オレも意識してなかったから分からないが、

たしかに、この国へ来てから伝書屋らしき店を

見かけていない気がする。


「今から探すか?」


「あ、いやいや、馬車に乗り遅れたら困るでござるから。

手紙は、次の町で出すことにするでござるよ。」


シホの提案を、ファロスは断った。

まぁ、次の町で見つければいいだろう。

それにしても、ついこの前、手紙を出したばかりではなかったか?

ファロスはそんなに手紙に書くことがあるのだろうか?




ほどなくして、オレたちが乗る大型馬車がやってきた。


「おい、あいつ・・・!」


「あ。」


オレたちが馬車に乗り込んだ後、

シホが人混みの中にいた、見覚えのある顔を指さした。

白髪交じりの短髪・・・『ヒトカリ』で遭遇した傭兵だ。

オレたちと目が合っても、ずっと視線をらさず、

ずっとにらみ続けながら、やつは人混みの中で突っ立っている。


「たしか、ビートルっていうおじさんだ。」


「・・・。」


ニュシェが名前を覚えていた。そんな名前だったな。

いったい、いつから?

さすがにこれだけの人混みだと気配に気づけなかったな。

やつとの距離は、だいたい20m。

文句でも言いに近寄ってくるかと思ったが、

やつは微動だにしない。目が合ってから、お互いに視線を逸らせずにいると、


「?」


やつの口が動いた。何も聞こえなかった。

声を出していない? 独り言か?

しかし、あの口の動き・・・

やつは、おそらくこう言ったのだ。

「おぼえてろ」と。


オレたちが乗った馬車が出発しても、やつはそこから動かなかった。

ずっと睨んでくるビートル。怒気が込められているような視線。

なんとも不気味な雰囲気だった。

あんなやつに見送られるとは。


ガタガタガタ ゴトゴトゴト・・・


「なんか怖かったね。」


「あの方が『ヒトカリ』にいた傭兵でござるか?」


ファロスとアルファには

昨日の『ヒトカリ』の出来事を、昨日のうちに話していたが、

見るのは初めてだったな。

ファロスの言葉にシホが反応して、

また昨日の『ヒトカリ』の出来事を大袈裟に話し始めた。


それにしても、不気味なやつだったな。

やつが、停留場にいたのは偶然だったのだろうか?

『ヒトカリ』とは全然違う場所にいるのは、ちょっと違和感が・・・。

でも、ただ露店に立ち寄っただけのことかもしれない。

とにかく、やつの顔を見ることは、もう無いだろう。


オレと同じくらいの年齢の傭兵・・・。

オレも、若者たちの実力に嫉妬することはあるが、

老害と言われてしまうような、ただ邪魔なだけの壁にはなるまい。

簡単に乗り越えられてしまうのも悔しいから、

年寄りなりにあらがってみるが、

オレは、若者たちにとって乗り越えるに値するような、

そんな壁で在りたい。




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