特別訓練場のおっさん
2階から3階までの階段は、そんなに長く感じなかったが、
3階から屋上までの階段は異常に長かった。
その長い階段を突き抜ければ屋上のはずだが、やたらと暗い。
しかし、屋上に出てみて納得した。
屋上だから屋根が無いのは当たり前だが、四方に高くそびえる、重厚な壁がある。
5m以上あるだろうか。黒っぽい色からして鋼鉄の壁だろう。
その鋼鉄の壁が高いせいで、あまり外の明るさを感じない。
そして、屋上だというのに床は土で出来ている。
外の地面とおなじだ。
重厚な壁の威圧感のせいで、あまり広く感じないが、
それでも、よく見渡せば広い場所だ。
ざわ ざわ ざわ ざわ
傭兵らしきやつらが、たくさんいて、
壁にそって、人だかりができている。
筋力の特訓をする者たちや走り回っている者たちもいるが、
中央の模擬戦を見学している者たちが多い。
「はぁっ!」
ドヒュォ! ドガッ!
「うがっ! はぁ、はぁ・・・まいった!」
屋上の中央は、四角の高台になっていて、その高台の上で
2人の傭兵たちが模擬戦をしていた。
木剣と、長柄の木の棒との対決だったようだ。
オレたちが屋上に来たと同時に決着がついた。
長柄の木の棒を使っている傭兵が勝ったようだ。
初めて見る光景に驚いた。
『ヒトカリ』の屋上が、こんなふうになっているとは。
「はぁ、はぁ・・・。」
例によって木下が、ここまでの階段で息切れを起こしている。
「ふぅ・・・はは、いかがですか。ここが、特別訓練場です。
周りの壁は、厚さ3mの鋼鉄で出来ていて、
あらゆる武器や魔法の攻撃でも破壊はできません。
この地面の床も、じつは分厚い鋼鉄の上から土を敷き詰めています。」
少し息を切らしつつ、噴き出る汗を拭きながら、
支店長が自慢するように説明してくれた。
四方の壁や地面に、厚さ3mの鋼鉄か。
これなら、外から見られることもないし、
うっかり武器や魔法が外れて
壁にぶつかっても壊れることは無いだろう。
「わざわざ土を敷き詰める必要がある、のですか?」
シホが使い慣れていない敬語を使って、支店長に質問する。
たしかに、わざわざ土にしなくても鋼鉄のままでいい気がするが。
「あぁ、この土は、土属性の魔法のためにあります。」
「そっか。あ、いや、そうですか。納得です。」
支店長の答えに、シホは納得していた。
「意味が分かってないような顔ですね、おじ様?」
「うっ・・・。」
木下がニヤついた表情で、つっこんできたが、
図星だから、なにも言い返せない。
「魔法は発動する場所の環境によって、
使いやすい属性が変わってきます。たとえば、
空気が無い水中では、火の属性魔法は発動しづらいし、
空気が乾燥しきっている環境では、水の属性魔法は発動しにくいのです。
土の属性魔法は、土の成分、鉱石が使われている鋼鉄の上でも
発動できますが、発動してしまうと、
鋼鉄の床は元に戻らなくなってしまいます。
だから、穴が開いても、土の壁を出しても、
元に戻せるように、わざわざ土が敷き詰められているのです。」
説明を求めていなかったのに、木下が得意気に説明してくれた。
学校で習った記憶が、今、蘇った。
木下の言う通りだった。
たしかに、場所によって属性魔法の成功率や威力が変わるし、
鋼鉄の床のままでは、土属性の魔法で
めちゃくちゃになるのも容易に想像できる。
「そ、それに、模擬戦で傭兵が倒れても、
土の地面なら、少しはダメージが軽減できますから。はは・・・。」
支店長が木下の説明に補足してくれた。
「かー! 若いのに、もう降参かー! 情けないのー!」
中央にいる、模擬戦で勝利した傭兵が、
長い木の棒を両手でブンブン回して、倒れた相手を
侮辱するような言葉を吐いている。
「・・・なんか、イヤな感じ。」
シホがボソっとつぶやいた。
たしかに同感だな。
勝利した傭兵の声からして、少し年配の男のようだが。
「はは・・・今、模擬戦で勝利した傭兵が、
現在、この『ヒトカリ』で訓練生たちを
指導してくれている傭兵なんですよ。
彼の名前は、ビートル・ジューク。
みなさんと同じAランクで・・・その・・・
佐藤さんと同じぐらいの年齢で・・・はは、はぁ。」
支店長が、なんとも歯切れの悪い感じで
傭兵を紹介してくれた。オレと同じぐらいの年齢・・・。
つまりは、ジジィということだ。
「!」
魔力の高まりを感じて、その方向を見てみれば、
模擬戦で倒れた傭兵に、別の傭兵たちが駆け寄って、
「わが魔力をもって、生命の源となる血潮よ、
体中を駆け巡りて、身体の再生を促せ!」
回復系の魔法を詠唱しているようだ。
なるほど、下の階で感じた魔力は、こういうことだったのか。
模擬戦で傷ついた傭兵を回復魔法で回復させるのも、
傭兵たちの訓練の一環になっているようだ。
「おー! アヴラ!
事務室から出てこないお前が、何の用だ!?」
「あー・・・はは、いえ、見学の案内を・・・。」
模擬戦で勝った傭兵が、支店長に大声で話しかけてきた。
話しぶりからすると仲がいい・・・のか?
支店長を呼び捨てにしているし、親しそうに話しかけているが、
支店長の方は苦笑いしている。
「なんだ、そいつらは? 新しい生徒か?」
「いえ、そうではなくて・・・こちらは、ウワサの
Aランクのパーティー『森のくまちゃん』で・・・。」
「おー! ウワサは聞いてたが、
そいつらがそうなのかー! 『森のくまちゃん』!
だははは! センスのないパーティー名だな!」
「!」
傭兵の男・・・ビートルというやつが、
オレたちのパーティー名を笑った瞬間、
木下から怒気の空気が伝わってきた。
空気が凍り付いたような冷たさを感じる。
ざわざわざわ ざわざわざわ
男の大声のせいで、この屋上にいる大勢の傭兵たちが、
一斉にオレたちに注目して、ざわつき始めた。
「あれがウワサの・・・!」
「急にランク外からAランクになったパーティーだろ?
有り得るのか? どんな手を使ったんだろうな。」
「バカだな、お前は。『ヒトカリ』は実力主義だ。
どんな王族や貴族が金を積んだって、ランクは上がらない。
あいつらの数々の武勇伝は本物だろう。」
「王族や貴族が傭兵になるわけねぇけど、その通りだな。
じゃぁ、あのおっさんが例の『殺戮グマ』か?」
「見た目だけじゃ分からないものだな。
あんなおっさんが・・・。」
「あいつが『殺戮グマ』なら、
窃盗団100人を焼き殺したっていう『炎の魔女』は、
あの隣りの女だろうな。かわいい顔してるのに、
今にも人を殺しそうな目で、ビートル教官をにらんでるぜ。」
ざわついている傭兵たちが好き勝手に喋っている。
こうして、また妙なウワサが独り歩きして広まってしまうのだろうな。
「えらく人気じゃねぇか。
卵から孵ったばかりの幼虫のくせに。」
周りの傭兵たちのウワサ話が気に入らなかったのか、
ビートルという男は、あからさまに不機嫌そうな顔をする。
「しかし、まぁ・・・やたらとカワイ子ちゃんたちを連れてるんだなぁ。
えぇ? なにが『殺戮グマ』だ。ただのスケベなジジィだろ。」
「!」
「ぷっ!」
ビートルという男は、
明らかに挑発してきているとしか思えない態度だ。
初対面の人間に、よくもここまで・・・。
シホが思わず吹き出したことで、オレのイライラした気持ちは、
この場の空気に影響していないようだが。
「あー、あの・・・はは、じつは、ご紹介したい傭兵は、
こちらのビートルさんなのです。
みなさんの運搬の依頼の護衛役として、せめて
この国を出るまで、ビートルさんをパーティーの仲間にした方が、
きっと依頼達成のお役に立つかと・・・はは。」
「え?」
支店長の言葉に、木下がイヤそうな声を出した。
思い切り、顔にも出ている。たぶん、オレも同じ表情だろう。
「あ、いや、その! 彼はとても腕が立つAランクの傭兵ですし、
この国で長く傭兵をやっていますので、
せめて、せめて、この国を移動する間だけでも
護衛をと・・・はは。」
ちょっと見学のつもりだったが、支店長は、
まだ仲間を増やすことを勧めてくる。
さっきまでは相手がいなかったから断りやすかったが、
こうして本人を目の前にしてしまうと断りづらいものだ。
「いいえ、けっこうです。」
しかし、木下には、気まずい気持ちが無かったらしい。
それとも、ビートルという男に、少しムカついているからか。
きっぱり即答で断った。
「おーおー、何、勝手に話を進めてんだ?
こいつらの運搬の護衛だと!?
アヴラよ。この俺に頼り過ぎだろ? えぇ?
ここの指導役も『高ランク狩り』のせいで、人手不足で、
俺が仕方なく引き受けてやったのに、今度は、
カワイ子ちゃんたちのお守りまで、やらせるつもりかよ!」
ビートルという男は、嫌がっているような言葉を
わざとらしく大声で言っているが、顔がニヤついている。
本心は、支店長に頼られて嬉しいのだろう。
わざと恩着せがましく言っているようだ。
「い、いや、その・・・はは・・・
ほかの指導員は、別の理由で辞めていく人も多かったので、その・・・。
ビートルさんがいない間は、以前、辞めていった人たちに、
お声がけさせてもらおうと思います。はは・・・。」
「あー・・・。」
支店長の歯切れの悪い言葉で、シホが何かを察した様だが、
オレも気づいた。たぶん、木下も理解したと思う。
この気弱そうな支店長が、オレたちへ
仲間を増やすことを強く勧めてくる理由・・・。
おそらく、このビートルという男を、
指導役から降ろしたいのだろう。つまり、厄介払いだ。
ほかの指導役たちは、ビートルという男の高圧的な態度で
辞任に追い込まれたのだと察する。
「仕方ねぇなー、アヴラは。
いつまで経っても俺がいなきゃ何もできねぇんだからよー。
まぁ、こんなとこでムサ苦しい野郎どもを
シゴくよりも・・・たまには、カワイ子ちゃんたちと
のんびり遠出するのも悪くねぇか。だははははー!」
ビートルという男は、完全にオレたちの仲間になるつもりだ。
しかも、さっきから、オレの存在を無視して、
満面の笑みで、女性陣を嘗め回すように見ている。
指導役のビートルという男・・・。
白髪まじりの短髪は、オレと似たようなものだが、
顔も腹も、ぷっくりしていて、とても凄腕には見えない。
腹が出ている分、貫禄はあるか。
・・・いや、オレも見た目は、他人のことを言えないが。
二の腕が見えているが、たしかに太い。
しかし筋肉で太いのではなく、ぜい肉で太いのだと見ただけで分かる。
本当に、Aランクなのか?
「そちらこそ、話を勝手に進めないでください。
これ以上の仲間は要らないと、私たちはきっぱりお断りしました。」
木下の声に怒気が含まれている。
イヤらしい視線を向けられて、かなり気が立っているようだ。
「あぁん? 何か勘違いしてねぇか、ねぇちゃん?
お前に拒否権があるわけねぇだろ。
『ヒトカリ』の支店長のご指名だぞ?
そして、Aランクの俺が護衛してやるって言ってんだ。
そこは「守ってください。お願いします」だろ?」
「いいえ、断固として拒否します。
『ヒトカリ』の支店長だろうと、無理やり
他の傭兵を仲間にさせる権限はありません。
『ヒトカリ』の規約に従い、パーティーの仲間の選定は
パーティー同士の話し合いを元に、リーダーが決定しますので。」
「それに、俺たちもAランクなので。一応。」
ビートルという男がイキまいて言い放ったが、
木下とシホが毅然とした態度で、それを拒否した。
ニュシェは、ずっとオレの後ろで、身を隠している。
怯えているようだ。
「いや、その、たしかに権限、ないですね・・・はは。」
はっきり言われて、落ち込んでいる支店長。
思惑がはずれて落胆しているのか。
かわいそうだが、厄介払いは自分でやってほしい。
「ちっ! 若いやつは礼儀がなってねぇな!
規約だの権限だの、そんなもので自分の命が守れるのか!?
Aランクだから、なんだ!? 俺の方が大先輩だぞ!
誰がリーダーだ!?」
さすが厄介者。
木下とシホに正論で返されても、まだ言い返してくる。
オレはできるだけ気持ちを落ち着かせて、
「オレがリーダーだ。」
と答えて、ビートルの前へ出た。
「なんだ、やっぱりお前がリーダーか。
スケベジジィ! 模擬戦だ!」
「は?」
オレと年齢は、そう変わらないはずなのに、
オレをジジィ呼ばわりするとは・・・。
いや、スケベって決めつけてくる言い方にも腹が立つ!
こいつは、自分のことを棚に上げて
オレの見た目だけで、そう言っているんだろうな。
模擬戦って、まさか・・・。
「俺とお前、勝った方が言うことを聞く!
これほど簡単なルールはないだろ!?」
そう言って、ビートルは長柄の棒をブンブンと片手で回す。
オレを威嚇するように。




