『ヒトカリ』の専門学校
ギリギリギリリリィ ギリギリィ
宿屋『フリサリダ』を出ると、昼下がりの強い日差しと虫の大合唱。
町『スカイビー』は、それなりに大きな町だ。
長い大通りを歩いているだけで疲れてしまいそうだ。
実際、木下はすぐに疲れたと言い出した。
町の出入り口とは反対方向、町の奥へ目指して
大通りを歩いて行けば、『ヒトカリ』の看板が見えて来た。
「!?」
近づくにつれて、魔力を感じた。
日常生活で使うような魔法ではない。
明らかに、初級魔法ぐらいの、魔力の高まりを
『ヒトカリ』の建物から感じた。
「・・・なんなんでしょう?
周りの人たちは、気にしていないようですね。」
とっさに身構えたのはオレたちだけで、
通りを行き交う人々は、まるで何も感じなかったように、
だれも反応していない。
しかし、これほどの魔力の高まりを、誰も気づかなかったわけがない。
「よく分からないな。
『ヒトカリ』に行けば分かるかもな。」
シホがそう言ったので、みんな、うなづいた。
ここの『ヒトカリ』は、他の支店よりも、かなり大きかった。
真っ白な建物だし、『ソウガ帝国』で見た大きな病院と似てると感じた。
しかし、ちゃんと『ヒトカリ』の看板が掲げられている。
入ってみると、たくさんのテーブルとイスが目に入って来た。
そして、左奥の方に大きな依頼掲示板。
真正面の奥に、受付が5つもある。
大きく広い建物内。それだけ傭兵たちも多く集まっている。
テーブルにはパーティーらしい集団の傭兵たちで満席だ。
「見ろよ、10カ所も刺されてるぜ。」
「甘いな。俺は20カ所、刺された。」
ほかの傭兵たちが、蚊か蜂に刺されて、
派手に腫れあがっている腕や足を見せあっている。
見ているだけで痛々しい。
窓口にも行列は出来ていたが、やはり窓口の数が多い分、
並んでいても順番はすぐに回って来た。
窓口の女性に、木下が話しかけた。
「こんにちは。
じつは、私たちは『森のくまちゃん』なのですが・・・。」
「! ・・・お話はうかがっております。
2階の事務室で支店長とお話しください。」
窓口の女性は、小声でそう言った。
オレたちは、ほかの女性事務員の案内で2階へと上がった。
2階の事務室は、これまた広い。
いや、2階の全てが事務室のようだ。
ずらりと並んだ机と椅子、その机の上に立ち並ぶ書類の山、
忙しそうに動き回る事務員たちの人数・・・。
2階は騒然としていて、その中を歩くのも躊躇われる。
「ふわぁ・・・。」
ニュシェがキョロキョロして、小さな声を出している。
驚いているのだろう。オレも驚いている。
シホも声こそ出していないが、物珍しそうにキョロキョロしながら歩いている。
こんなに大きな『ヒトカリ』は初めてだ。
「こちらでお待ちください。」
オレたちは2階の隅にある、テーブルと椅子に座らせられた。
薄い仕切りがあるだけの、狭い応接の場だ。
女性事務員が、ここの支店長を呼びに行ってから、
少し事務室内がザワザワしたようだが、しばらくして、
「お、おお、お待たせしました!」
ファロスと同じぐらいの体格の男が、汗をかきながらやってきた。
慌てて来たという感じで、少し息を切らしている。
「はぁ、は、初めまして。私は、ここ、
『スカイビー』支店で支店長を務めております、
アヴラ・ベルクライと申します。」
汗を小さなハンカチで拭きながら、小さな名刺を渡してくる支店長。
オレより背が高い。がっしりした体格なのに、背中が曲がっていて低姿勢。
年齢もファロスと同じぐらいだろうか。
20代後半から30代半ばぐらいか。
今まで、そんなにたくさんの支店長に出会ったわけではないが、
男性の支店長で、これだけ態度が小さい支店長に出会ったのは初めてだな。
「えっと、それでは、一応、みなさんの会員証を
確認させていただこうかと・・・それと、えー、例の、運搬依頼書と、
運搬されている荷物の有無を確認させていただけますか?」
「分かりました。おじ様、例の荷物を。」
物腰が低いまま支店長が、そう言って来た。
オレは、よく話が分かっていないまま、
木下が普通に対応しているので、
言われるがままに、腰の布袋から
『ヒトカリ』の会員証と、鬼の国宝を取り出した。
ニュシェたちも会員証を出している。
「ひ・・・も、ももももうけっこうです。
荷物を速やかに仕舞ってください。」
支店長は、オレが出した鬼の国宝を、一瞬見ただけで、
おどおどしながら、ろくに確認もしないまま、さっさと片付けろと言い出す。
たしかに、あまりジロジロ見たい物でもないか。
「ありがとうございます。
おじ様、確認が終わったようなので、
誰が見聞きしているか分からないし、
早く荷物を仕舞ってください。」
「あ、あぁ。」
何がなんだか分からないままだが、
鬼の国宝の確認が済んだようだ。
オレは、さっさと腰の布袋に仕舞う。
支店長は、木下が出した会員証と依頼書を確認している。
依頼書の方は、鬼の国宝よりも時間をかけて、
念入りに確認しているようだ。
そして、支店長は依頼書にサインしている。
「はぁ、ははは、ご確認いたしました。
それでは、ここまでの運搬報酬金が、こちらです。
どうぞ、お納めください。」
なんともウソくさい小さな笑い声で、支店長はそう言った。
笑顔がひきつっている支店長とは対照的に、
木下の方は、本物の笑顔のような表情で、
テーブルの上に差し出された紫色の小袋の中を確認している。
「確かに。ありがとうございます。」
そう言って、木下は素早く小袋を、自分の布袋へと仕舞った。
なるほど。
支店長と木下の一連の動作を見て、オレはやっと理解した。
オレたちが『ソウガ帝国』の『メトレイオフロン』支店から、
鬼の国宝を無事に、ここまで運んできた成功報酬を
木下は受け取ったのだろう。
木下が確認した小袋は、すごく軽そうだった。
鬼の国宝を運搬する報酬金が、そんな少額なわけがない。
きっと小袋の中身は、ゴールドカードだったのだろう。
「あー・・・はは・・・えっと・・・。」
支店長が、そのまま座り続けているオレたちを前に、
そわそわして、何やら困っている様子だ。
おそらく、ここでの取り引きは、これで終わったのだろう。
相手としては、さっさと帰ってほしいはずだ。
「それにしても、『ソウガ帝国』の
『メトレイオフロン』支店も大きな建物でしたが、
ここは、さらに大きいですね。」
「え、えぇ、この『スカイビー』支店は、
以前まで古い建物だったのですが、
建物の老朽化が進んでいたので、最近、新しく建て替えられたばかりで。
はは、『メトレイオフロン』支店よりも最新の施設に生まれ変わったのです。」
そわそわしている支店長の気持ちを、知ってか知らずか、
木下は呑気に、どうでもいいことを質問し始めた。
いや、こいつの性格上、支店長の態度は気づいていて、
わざと居座り続けているのかもしれない。
「新しくなったばかりで、忙しそうだ。
そろそろ引き上げるぞ。」
オレは支店長の気持ちを汲んで、立ち上がろうとしたが、
「待ってください、おじ様。
例のハンターたちの報告をしておかないと。」
木下に呼び止められた。
「ハ、ハンターですか!?
まさか『高ランク狩り』の!?」
「はい、じつは・・・。」
支店長の顔色が青ざめていく中、
木下が先日遭遇したハンターたちの話を説明した。
木下からハンターたちの情報を聞いた支店長は、
すぐに女性事務員へ伝えて、ハンターたちの情報を確認させていた。
そうして、すぐに女性事務員がハンターたちの書類を持って来た。
「はぁ、やっぱり・・・こちらにも情報が届いておりました。
確認が遅れてしまい、も、申し訳ありません。
こちらの書類も確認いただけますか?」
支店長は、そう言って汗を拭き、ペコペコしながら
書類の束をテーブルのうえに並べた。
「あ、この人だ。」
「間違いねぇな。いや、間違いないです。」
先日、オレたちを襲って来たハンター、
ラグバとカリーノの書類が並んでいた。
ニュシェもシホも確認してくれた。
「えっと、はい・・・トモーフ・ラグバ。
『おいはぎのラグバ』と・・・はぁ。
そして・・・アーウェルサ・カリーノ。
『フェアラート・パープル』のカリーノ・・・はぁ。
よそから問題ごとが、次から次へと・・・はぁ。」
支店長が、つらそうな表情で、
腹部を自分の手でさすりながら、ぼそぼそと独り言をつぶやいている。
・・・なんとなく、オレは、この支店長に親近感を覚える。
つらい立場のようだな。
そこへ女性事務員が、紫色の袋を持って来た。明らかに少し重そうだ。
「えっと、この国『ウェルミス王国』の騎士団からの報告があり、
先日、みなさんが襲撃されて、返り討ちにした
ハンターたちと手を組んでいた者たちの中に、
世界指名手配犯が2人、含まれていたようです。
さきほど『ヒトカリ』でも、犯人の身元を確認しました。
これは、その討伐報酬金です。ど、どうぞ、お納めください。」
「ありがとうございます。」
支店長の言葉に、オレたちは驚いたが、
木下は知っていたかのように、差し出された報酬金を
素早く確認して、素早く自分の布袋へと仕舞いこんでいる。
あの、「犬」と呼ばれていた者たちの中にも、
世界指名手配犯がいたとは・・・。
金額がどれほどか分からないが、今度の袋の中身は
ゴールドカードではなく、金貨だったようだ。
もしかしたら低ランクの指名手配犯だったのかもしれない。
「そ、それにしても、例の荷物を持っているのに、
ハンターたちから目を付けられてしまうとは・・・
困りましたね。・・・はぁ。」
支店長が、オレの腰の布袋へ視線を落としながら、
静かに溜め息をついた。
「そ、それで、いかがでしょうか。
みなさんの運搬の依頼を滞りなく完了させるために、
『ヒトカリ』で追加の傭兵を募って、パーティーの強化を・・・。」
「え? あぁ、そういうのは、今のところ考えていません。」
「そ、そうですか。ま、まぁ、みなさんの実力なら、
無事に依頼を達成できるとは思いますが・・・。
しかし~、相手は、あの赤鬼ですし~。
えっと、万が一のことが起こってしまうと・・・被害が大きいとか、はは。
せめて、この国を出るまでとか・・・ですね・・・。」
支店長が、とても言いにくそうに木下へ
パーティーの仲間追加を勧めてくる。
おそらく、自分が担当している国で
赤鬼の被害が出てしまうことを恐れているんだろうな。
鬼の国宝を奪われるだけでなく、
その周辺に及ぶ大きな被害を考えれば・・・
たしかに、支店長にとっては気が気じゃないかもしれない。
「お、俺は、支店長さんの意見に賛成だけどな。
せめて、この国を出るまでは、この国の土地勘がある傭兵が
仲間にいると頼もしいし・・・です。」
シホが、支店長を気遣うように賛成している。
こいつは、『ヒトカリ』のお偉いさんに弱いな。
「いいえ、必要ありません。
私たちだけでじゅうぶんです。
これ以上、私たちとの関係に不慣れな仲間を多く連れていても、
いざとなった時、連携がとれず不利になり、被害が増えるだけです。」
木下は、相手が『ヒトカリ』の支店長だろうと自分の意見を曲げない。
引き下がらない、その姿勢は、さすがお嬢様だな。
それだけじゃなく、木下はちゃんと理に適った意見を持っている。
本当に、関係が浅い仲間を多く率いていると、
いざとなって連携がとれず邪魔になる可能性が高い。
そして、オレたちは普通の傭兵たちとは違う。
オレは『特命』の旅をしている身だし、
木下は『スパイ』だし、アルファという『エルフ』もいるし、
そして、今、この国で正体がバレてしまうと困るやつもいる。
「・・・。」
ずっと、目深にフードを被って、
獣の耳を隠して、目立たないように黙って座っているニュシェだ。
今、この国を騒がせている連続殺人犯に間違われないように、
『獣人族』であるニュシェの正体は、バレるわけにはいかない。
秘密を守れないような、関係が浅い傭兵を増やすわけにはいかないのだ。
「!」
ガタッ
魔力を感じた! 上だ!
「え! あ、あ、ちょっ! 落ち着いてください!
上の階は、専門学校なんです!」
「!?」
オレが突然立ち上がって天井を見上げ始めると、
支店長が慌てて飛び上がって、オレを止めに入った。
「専門学校!?」
「は、はい、そうです・・・ふぅ。」
オレがゆっくり椅子に座ると、支店長も
汗をハンカチで拭きながら椅子に座った。
「あぁ、この上は傭兵専門学校でしたか。
たしか、ここ最近、導入された傭兵育成のための
養成所や専門学校が各国で設立されるようになったとか。」
木下が落ち着いた口調で、そんなことを言う。
さては、こいつ、初めから知っていたのでは?
「は、はい・・・はは、まだ導入されたばかりで、
他国の他の支店では設立されてないのが、ほとんどです。
うちは、たまたま建物の建て直しのタイミングがあったので、
3階が専門学校の教室、屋上が特別訓練場になってまして。はは・・・。」
支店長は、ずっと汗を拭きながら話している。
たしかに今日も暑いが、ちょっと汗が異常だな。
汗っかきなのか?
「訓練場で生徒たちが魔法の練習をしているというわけですか。」
「そ、そういうことです。
特別訓練場では、模擬戦を行うこともありまして。はは・・・。
あ、特別訓練場は生徒じゃなくても
『ヒトカリ』の会員証があれば、立ち入ることが出来ます。
まぁ、有料ですが・・・はは、はぁ。」
なるほど。
それで、初級の魔法を使うような魔力の高まりを何度も感じるわけか。
「でも、入り口には、そんな看板とか無かったね。」
「え?」
ニュシェが、ぼそっとつぶやく。
言われてみれば、そんな専門学校があるなら、
入り口に、そういう看板があってもよさそうなものだが、
ほかの『ヒトカリ』と同様の看板しかなかったような・・・。
「あ、あの、専門学校の入り口は建物の裏側にありまして、はは・・・。
外から階段で直接、3階へ登れるようになってまして、
『ヒトカリ』の出入り口と分けてあります。
特に、午前中の『ヒトカリ』の出入り口は、
依頼を受けに来る傭兵たちの行列で混雑してしまいますので・・・はい。」
ニュシェのつぶやきは、支店長にしっかり聞こえていたようだ。
さすが最新の建物だな。そこまで考えられて造られているのか。
「よ、よければ、見学されてみませんか?
特別訓練場では、ランクが高い傭兵たちが何人か来てますし、
あ、新しい仲間との出会いがあるかも・・・なんて、はは・・・。」
「見学できるのか。できれば見てみたい。」
「おじ様!?」
支店長の提案に、つい考えも無しに返事をしてしまっていた。
オレたちの早朝鍛錬にしても、いつも、場所探しで困っていた。
わざわざ町の外へ出て、周辺に人がいないかどうか、
魔獣や魔物が来ないか、など警戒しながら練習したりもした。
町中で、周りを気にせず鍛錬ができる施設に興味があったのだ。
きっとファロスがいたら、オレと同じ反応だったと思う。
支店長も、こう見えて、なかなか強引な一面があるようだ。
まだオレたちへ仲間の追加を勧めてくる。
「私は反対です。新しい仲間なんて。」
「それは分かっている。オレも同じ意見だ。
ただ、いつもオレたちは鍛錬する場所に困っているから、
ここの訓練場という場所に興味があるだけだ。」
「あー・・・はは。」
木下へ返事していたが、それを聞いた支店長が、
少し落ち込んでいるように見える。
どうしても傭兵を追加させたいらしいな。
鬼の国宝を安全に運ばせるためか?
それとも、誰か推薦したい傭兵がいるのか?
「ファロスがいれば、きっとオレと同じ意見だと思うがな。
シホは、どうだ? 訓練場をファロスの代わりに
見ておいて損は無いと思うが?」
「お、おぅ、そうだな。それは、たしかに。
じゃぁ、見ていくか?」
「シホさんまで・・・もう。」
ファロスの名を出せばシホは賛同してくれると分かっていたが、
思った通りの返事が返って来た。
支店長の案内で、オレたちは2階から3階へ。
支店長の言った通り、3階は専門学校の教室で、
多くの教室に分かれているようだった。
各教室からは、生徒たちの若い声が聞こえてきていた。
なるほど、傭兵としての基礎知識を、ここで学ぶわけか。
ひょっとしたら、オレも、こういうところで
学び直した方が・・・と少し思ったが、
やはり年齢的に、今さらだろうな。
授業の邪魔にならないように、廊下を素通りして、
オレたちは、そのまま屋上へと向かった。




