黒光りのG
翌朝、少し寝不足のオレ。
朝から元気なファロスと、早朝鍛錬をした。
今朝は、ファロスから剣の扱いについて質問があり、いろいろ助言してみた。
ファロスが今まで使っていた刀という武器は、片刃で、
少し反っている形状の刀身で、鞘から抜く動作も、
おのずとその形状に合った動作になっていた。
しかし、今、扱っている剣は『ファルシオン』。
同じく片刃ではあるが真っすぐの刀身。
当然、鞘から抜く動作は、若干違ってくる。
ファロスは、オレの助言を聞きながら、何度も抜刀と納刀を繰り返す練習をした。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
ブルームは・・・
今朝起きた時には、アルファの人格になっていた。
そのアルファが、部屋を壁伝いに歩いている。
その後、シホとニュシェといっしょに、筋力を鍛錬する運動をしている。
少しずつ、ただの『リハビリ』から、本格的な鍛錬へと
身体がついていけるようになってきている、アルファ。
やはり、毎日コツコツ続けることが一番大事だなと実感する。
「お疲れ様。」
オレが汗拭きの布を手渡すと、
「はぁ・・・昨夜は、お世話になりました。」
そう言って、布を受け取り、少し顔を赤らめたアルファ。
そうか、人格が違っても記憶は共有しているのだったな。
うっかり坊主頭を撫でてしまったことを思い出し、
なんだか、オレまで恥ずかしくなった。
「あれあれ? ナニか、あったのかな?」
「何もない!」
シホが茶化してくる。
頭を撫でてしまっただけで、やましいことは何も無かったわけだが、
言い訳すると、余計に怪しまれそうだ。
「昨日の戦闘では助かりましたと言ったまでです。」
すかさずアルファが機転を利かせた理由を述べてくれた。
「そ、そっか。アルファさんがそう言うなら。」
シホは、すぐに引き下がった。
アルファに対して、少し緊張しているように見える。
もしかして、怒らせたら怖いと思っているのか。
ギリギリギリリリィ ギリギリィ・・・
天気は快晴。今朝も早くから、虫の大合唱が聞こえている。
朝食後、オレはまた腹痛に襲われた。
ほかの仲間は大丈夫だったようだ。
オレも、もう慣れたと思っていたが、
まだこの国の料理に体が慣れないのか。
年齢のせいかもしれない。
朝食を済ませたオレたちは、
荷物をまとめて、宿屋『ウゴウゴ』をあとにした。
ゴトゴトゴトッ ガタッガタッ ゴゴゴトトトトッ
町の出入り口のそばにある停留場から、
次の町『スカイビー』へ向かう大型馬車に乗った。
ハンターと呼ばれる男女2人の元・傭兵、
ラグバとカリーノが、またオレたちを襲ってくる可能性はあったが、
あの2人は、手下がいないと襲ってこないだろうし、
昨日の今日で、すぐに手下の人数を集められないだろうと、
アルファと木下は予想した。
「~~~!」
この国の大型馬車の揺れに、まだ慣れていないアルファは、
気持ち悪さに、必死に耐えている。
朝食後、そこそこ時間が経っているが、
完全に消化できていない時間帯だ。
次の町には昼過ぎに到着予定だが、果たしてアルファは耐えきれるだろうか。
昨日、ハンターたちに襲われた森林の中の街道を走る馬車。
気配に集中しているが、人っぽい気配は何も感じられず、
小さな獣っぽい気配なら何度か感じた。
ギリリリギィイリリリリリリ ギリギリィ
ゴゴゴトトトトッ ゴトゴトゴトッ
昨日、この街道で待ち伏せていたハンターたち・・・。
あのハンター2人には、オレたちの次の移動先が、
この街道の先にある町『スカイビー』だと分かっているはずだ。
今、ここで尾行の心配が無くても、
次の町で襲われる可能性がある・・・。
町の中では襲ってこないだろうが、
また町から出る時に襲われるかもしれない。
やつらが手下を集めてないうちに、
次の町は、早々に出発したほうがいいかもしれないな。
しかし・・・
「ぅ、うェ・・・っぷ・・・。」
アルファの体調に合わせてやらねば。
とてもじゃないが、連続で馬車を乗り継いで移動するのは、
今のアルファには耐えられないだろう。
「ふぅ・・・。」
また、無い頭で考え過ぎか。
早く移動したい気持ちが、焦りになってしまっている。
急いでも仕方ないと割り切った方がいいな。
敵は、また集団で現れるだろう。
格下と侮ることなく、返り討ちにせねば。
ゴトゴトゴトッ ガタッガタッ
ギリギリギリリリィ ギリギリィ・・・
馬車に揺られて、数時間後、
町『スカイビー』に着いたのは、予定通り昼過ぎだった。
途中の街道で、馬を休憩させた時間もあったが、
森の中ではなかったから、虫が少なくて助かった。
「ふぅ・・・ふぅ・・・ぅっぐ。」
アルファは、ずっと無言で、吐き気と闘っていた。
なんとか吐かずに、ここまで辿り着いたのだ。
以前よりも体力がついている証拠だろうか。
それとも、馬車の揺れに少しは体が慣れてきたのだろうか。
アルファを早く休ませるために、オレたちは、すぐ宿屋を探し始めた。
大型馬車の停留場にいた御者たちに話を聞いて。
停留場から一番近い宿屋は、すでに満室だったが、
停留場から少し離れた、大通りではない裏通りにある
宿屋『フリサリダ』は空室があったので、そこに決めた。
この宿屋も、一階に食堂、宿泊部屋は二階にあった。
話し合うこともなく、みんなで一部屋だ。
ハンターに狙われていると知っているから、
しばらくは男女分かれて宿泊部屋に泊まることは出来そうにない。
「うわっ、部屋が熱気ですごいな!」
シホがそう言いながら、すぐに宿泊部屋の窓を開けた。
ギリギリギリリリィ ギリギリィ・・・
すぐに聞こえてくる、虫の大合唱。
少し緩い風が入ってくるだけでも、涼しさを感じる。
「いいか、ゆっくり・・・。」
オレとニュシェで、弱り切ったアルファを
ベッドへ寝かせた。
「す、すみませ・・・うっ・・・。」
「いいから。今は休んでくれ。」
アルファは喋るだけでも、つらそうだ。
「ん!・・・んーーー!」
いつもは馬車を降りるたびに背伸びしていたが、
アルファの世話をしていると、それもできないでいたので、
オレは思いっきり背伸びした。
「んーーーーー!」
ニュシェもアルファの世話から解放されて、
オレと同じく背伸びした。
目深に被っていたフードも脱いで、
隠していた獣の耳をピンと伸ばしている。
オレは、シホの隣りに立って、窓の外の景色を見た。
町『スカイビー』は、けっこう大きな町のようだ。
木造の建物は少なく、石造やレンガ造りの建物が多い。
大通りを行き交う町人や商人たち。
大通りに面している建物は、やはり商売をしているお店が多く、
雑木林がある空き地か、公園のような広場もある。
ここなら『ヒトカリ』もあるだろうな。
「きゃっ!」
「ど、どうした!?」
木下の小さな悲鳴で驚かされたが、
「い、今、黒い虫がベッドの下に・・・!」
「く、黒い虫って、まさか・・・。」
木下が震える手でベッドの下を指さす。
木下の見た虫は、おそらく、この世界のどこにでもいて、
よく台所で見かける、あのすばしっこい黒い虫だろう。
「オレの国では、ゴキと呼んでいたが。」
「拙者の国も同じ呼び名でござる。」
「俺が今まで行った国では、ローチって呼ばれてたなぁ。
見たくない虫の一種だな。」
「えぇっと、害虫表! 害虫表!」
オレたちが黒い虫の呼び名について話している間に、
木下が慌てて、害虫の名前が書いてある表を読みだした。
「いや、ユンム。そこには名前しか載ってないんだろう?
ここの国でなんて呼ばれているか、分からないぞ?」
「そ、それはそうですけど・・・。
早く退治したいじゃないですか。きっと呼び名も似ているはずです。
えぇっと、ゴ、ゴ、ゴ・・・ロ、ロ、ロ・・・?」
オレたちが、あまり慌てていない理由は、
黒い虫で被害に遭うことが無いと思っているからだ。
ただ、早く動く虫というだけで気持ち悪いし、
黒い虫の繁殖力はハンパないから、放置しておくことはできないが、
蚊や蜂のように刺されるわけじゃない。
だから、慌てていなかったのだが・・・
「そ、そんな・・・ゴキもローチも、この表に載ってません!」
「え!?」
木下の言葉で、少しドキっとした。
てっきり害虫に指定されていて載っていると思っていたからだ。
「ほかの呼び名でござろうか?」
「そんなに呼び名があるとは思えないけどな。」
「きゃっ! か、壁にいます!」
また木下が小さな悲鳴をあげて、今度は壁を指さした。
たしかに、『ソール王国』でも見たことがある、黒い虫だ。
大きさは・・・少し大きい方か。
なんて、まじまじと観察している場合では無いな。
「おじ様、なんとかしてください!」
「いや、殺していいなら、新聞紙か雑誌で一撃だが、
害虫かどうか判断できないなら、どうしろと言うんだ?」
「ひっ! う、動いてる!」
木下に頼まれても、オレはどうすることもできない。
シホまで小さな悲鳴をあげ始める。
動いているだけでは無害なのだが、たしかに見ているだけで不快だ。
「て、店員に確認してくるでござる!」
ファロスが、すぐに一階へ向かってくれた。
「ひぃ! 動きましたよっ!」
「うわぁ! 飛んだ! うわぁ!」
黒い虫が動くたびに、木下とシホが騒ぎ立てて、
「うぅ・・・休めない・・・。」
アルファがベッドで愚痴をもらしていた。
ファロスが男性店員とともに部屋へ戻って来た。
その若い男性店員が、気まずそうな笑顔で
「どうもすみません。いつの間にか、2~3匹、
厨房から逃げちゃってたようで・・・へへへ。」
そう言って、虫を捕まえる網を持って来た男性店員は、
ベッドの下やテーブルの下、脱衣所から部屋の隅まで、
黒い虫がどこにいるのか分かっているかのように、
ささっと探して、あっという間に、5匹の黒い虫を捕獲した。
「あの、その虫の名前は、なんですか?」
木下が質問した。
「え、あぁ、こいつはゴウキっていう虫です。へへへ。
あーそれでは、お騒がせしました~。」
そう言って、そそくさと部屋を出て行った男性店員。
2~3匹どころか、5匹いたじゃないか。
『ソール王国』では「ゴキは一匹見たら10匹いると思え」という
言葉があるくらい、繁殖力がハンパないから・・・
あっという間に、この部屋で増えたのだろうか。
なんとも恐ろしい・・・。
いや、もっと恐ろしいのは・・・。
「ちゅ、厨房から逃げたって言ってたよな。」
「ゴウキ・・・やっぱり害虫表にない名前ですね。」
「この国の人たちは、あ、あれも食べるのか・・・うェ。」
オレと木下とシホとファロスの4人は、
少し想像してしまって、気分が悪くなった。
昼飯の時間は過ぎていたが、
オレたちは、食欲を失ってしまい・・・
アルファも具合が悪かったため、
昼飯は、ニュシェだけで食べてもらった。
一応、付き添いとして、ファロスに付いていってもらったが、
部屋へ戻って来たファロスは、真っ青な顔色をしていた。
「ご苦労だったな、ファロス。」
「はい・・・うぅ。」
自分が食べなくても、目の前で、周りで、
虫をガツガツ食べているのを見てしまうから・・・
ファロスの気分の悪さが、よく分かった。
「なんか疲れちゃったなぁ。
でも、まだ夕方にもなってないけど、今日はどうするんだ?」
虫の話題を変えて気分転換しようと思ったのか、
シホがそう聞いて来た。
「今日は、もう移動の予定はありませんが、
この町の『ヒトカリ』には行きたいと思ってます。
しかし、全員で行く必要はないと思いますし、
アルファさんには休んでもらいたいので・・・
誰かが残った方がいいでしょうけど、
それも、みんなが残る必要は無いと思います。」
木下が、ベッドで寝ているアルファを見て、そう答えた。
「すぅ・・・。」
アルファの寝息が聞こえる。
ニュシェとファロスが食堂へ行っている間に、アルファは眠ってしまった。
馬車で移動するたびに、この状態では・・・。
もしかしたら、アルファはもともと乗り物に弱いのかもしれない。
「あたしは町を見て回ってみたいけど・・・。」
ニュシェが木下の顔色を見ながら、そう言った。
「そうですね、今のところ、この町には
ハンターたちはいないようですし、自由に行動していいかと思います。
一人にならないように気を付ければいいかと。」
「うん。」
木下の許可を得て、ニュシェの表情が明るくなった。
「『ヒトカリ』へ行くなら、オレも行きたいな。
この国に出る魔獣や魔物を把握しておきたい。」
この町の『ヒトカリ』というか、
この国へ来て、初めての『ヒトカリ』だな。
ほかの世界指名手配犯の情報も気になるところだ。
「うーん、俺はどうするかなー。」
そう言いながら、シホはファロスをちらちらと見ている。
ファロスの意見に合わせようとしているな。
「拙者は、この部屋で静かに鍛錬しているでござる。」
「えぇー!? だったら、俺も・・・。」
「そんなに留守番は要らないだろ。」
ファロスが気を利かせたのか、留守番を引き受けてくれた。
すかさずシホも残ると言い出したが、
留守番にそこまで人数は要らない。
結局、アルファの元にはファロスが残り、
オレたちだけで『ヒトカリ』と町を散策してくることになった。




