名前の意味
この世界にある世界手配書は、軽く1万以上あって、
今も増え続けていく一方だ。
世界中を逃げ回って、裏の世界でのさばっている犯罪者の数なんて、
本来は、それだけでは収まりきらない人数だろう。
指名手配犯たちが、世界中で手配されているのに
捕まらない、討伐されない理由のひとつとして、
手配書の精度が低いことが挙げられる。
しっかり顔を写真で撮られている犯罪者なんて少ない。
似顔絵で描かれていたり、名前しか載っていない手配書もある。
『ヒトカリ』の受付の横に貼り出されているのも、ごく一部。
その国周辺で目撃情報があったやつらだけだ。
オレたちが『取調室』で、最初に調べた手配書は、100枚程度。
どれもこれも、この国出身者の元・傭兵だったり、
ここ数年、この国で事件を起こした者たちの手配書だった。
ところが、その中には、
あの、逃げて行った2人の男女の手配書が無かったのだ。
100枚を調べきった後、さらに200枚ほど追加で調べさせられた。
今度は、この国周辺の各国で、ここ数年、事件を起こした者たちの手配書。
すると、
「あ・・・あぁ! こいつだ!
ほら、やっぱり骨の兜つけてる!」
男の方をシホが見つけて、
「ん? ・・・この女じゃないか!?」
女の方をオレが見つけた。
男の方は、手配書に写真が載っていた。
手配書に写真が載っているのは、何度か捕まったことがある証拠。
つまりは、常習犯というやつだ。
元・傭兵。パーティー『スナッチーズ』のリーダーだった男。
名は、トモーフ・ラグバ。傭兵ランクB。
傭兵になる前に、窃盗で何度か捕まっていた。
顔の写真は、その当時に撮られていたもの。
傭兵になってからは、まじめになったのかと思いきや、
裏で強盗を繰り返し、「おいはぎのラグバ」という
二つ名が明るみになったことで、『ヒトカリ』が除名処分。
世界指名手配犯となり、現在も逃亡中。
各国で強盗、殺人を繰り返しているが捕まっていない。
追われる身となれば、特徴ある物を付けないはずだが、
こいつは昔から好んで骨型の装備を付けているようだ。
女の方は、手配書に似顔絵が描かれてあった。
似顔絵の髪型は少し違うが、強烈な紫色の髪の色だ。
元・傭兵。名は、アーウェルサ・カリーノ。傭兵ランクB。
二つ名は「フェアラート・パープル(裏切りの紫)」。
生まれは金持ちの娘だったらしいが、理由あって追放され、傭兵となったらしい。
パーティーは、『エキュロイユ』、『マネーヨーズ』、『ステラカイン』、
『ダイヤカラット』、『むらさき魔女の女子会』のメンバーだった。
いろんなパーティーの仲間になりつつ、傭兵ランクを上げていった。
しかし、各パーティーの仲間たちに、嘘の情報で
多額のお金をだまし取っていたことが被害届けで明らかとなり、
『ヒトカリ』に被害届けが受理され、除名処分。
世界指名手配犯となり、現在も逃亡中。
各国で詐欺、強盗、殺人を繰り返している。
「ラグバとカリーノか。
こいつら、いつの間にか手を組んで、
いつの間に我が国へ・・・とにかく、分かった。
こいつらの手配書を、すぐ国内に貼り出す。
騎士団で特別捜索隊を編成させよう。ご苦労だったな。」
太り気味の騎士に、見つけた手配書を渡して、説明して、
オレたちが駐屯所から解放されたのは、夕方だった。
2人のハンターの手配書を見つけるのに、
これだけ時間がかかったが、
オレたちを襲って来た、『犬』と呼ばれていた元・傭兵たちの死体は、
騎士たちの調べで、すぐに身元が分かったらしい。
なぜなら、元・傭兵たちの身元は、
世界指名手配犯だけじゃなくて、
この国で行方不明になっていた傭兵たちが多かったからだ。
行方不明だった傭兵たちは、いづれもAランク。
オレたちのように仲間を人質にとられて、
止むを得ず、奴隷のように使われていたのだろう。
同情する余地はあるが、
それでも犯罪に加担した時点で、犯罪者の仲間入りだ。
もし、ブルームが解毒の魔法を使えなかったら・・・
オレたちも『犬』に成り下がっていたかもしれない。
もう夕方になってしまったし、大型馬車は
一時、街道が通行止めになってしまってから
出発時間や到着時間が大幅に遅れてしまったらしく、
今日は、もう乗車できないらしい。
午前中の戦闘で疲れて、
午後からの取り調べでも疲れてしまったオレたちは、
ここから歩こうとは思えず、今夜も
町『ウゴン』の宿屋『ウゴウゴ』に宿泊することに。
そうして、宿屋の一階の食堂で、
やっと普通の食事にありつけた。
「はぁ・・・ここでの食事は、今朝で最後だと思ったのに。」
シホが、うんざりしたように言う。
たしかに、普通の料理の種類が少なくて、
オレたちは食べ飽きてしまっていた。
「まぁ、仕方ないだろ。
普通の食事が食べられるだけマシだと思うしかないな。」
オレも飽き飽きしていたが、
昼飯を食べていなかったため、空腹さえ満たせればいいと思えた。
「ここの料理、けっこう美味しいけどなぁ。」
ニュシェは、ここの料理が気に入っているらしい。
食べる姿は見ないようにしているが、
たしかに食べっぷりはいいみたいだ。
「ところで、ブ・・・アルファさんは、
どうして、あの時、ブルームさんに人格が変わったのですか?」
木下が、今さら質問する。
ブルームが、いや、アルファが目覚めた時には
騎士団の馬車の中で、騎士たちといっしょに乗っていたし、
駐屯所の取調室では、さすがに話せない内容だからだろう。
「あの時、私は・・・矢の攻撃を受けてしまって、
痛みとともに、ある感情が湧き上がってしまったのです。」
「それは・・・。」
「みなさんのことではありませんが・・・
人間に傷をつけられたことで、屈辱的な感情が、
強い怒りの感情を引き起こしてしまって・・・それで・・・。」
「つ、つまり、プッツンとキレちまったわけか。」
シホが、アルファの気持ちを察して代弁しているつもりだな。
しかし、アルファがゆっくりうなづいたから、
あながち、的外れでも無かったようだ。
アルファは、その時の感情を思い出そうとして、
険しい表情になり、自分の手で額を押さえ始めた。
「あ、あの、ごめんなさい!
無理に思い出さなくてもいいですからね!」
木下は、すぐに謝った。
アルファは、しばらく頭を抱えていたが、
数秒したら、いつもの表情に戻った。
「ふぅ・・・、お気遣い、ありがとうございます。」
「感情が高まると、人格が変わってしまう・・・。
以前、アルファさんが言ってましたね。」
「はい、そういうことです。
この歳になっても、自分の感情を制御できないとは・・・。
なんとも、お恥ずかしい限りです。」
アルファは、そう言って、頭を下げた。
「き、気にしないでください。
人間だれしも・・・いえ、『エルフ』も、きっと、
感情の起伏はあるものですよ。ね? おじ様?」
「え!?」
木下が、慌てて補足しているなと思っていたら、
急に話題をオレに振って来た。こいつめ。
「ん、そうだな。
アルファさんよりも短い人生しか生きてきていないが、
人間も『エルフ』も、心ある者すべて、生きていく上で、
喜怒哀楽の感情があって当たり前だと思うし、
おそらく、それが自分の人生を、
全身で感じている証拠なんじゃないかな。」
「全身で感じる・・・。」
「それが生きている証かもしれないと、オレは思っている。」
「生きて・・・いる・・・。」
アルファの表情が、暗くなっていく。
励ましの言葉としては不十分だったか。
だいたい、オレよりも長く生きていて、
オレよりも頭の良いやつに、オレの言葉が響くとは思えないが。
「でも、人族・・・人間への怒りの感情は、
数百年の間に、とっくの昔に消え去ったものと思っていたのに・・・。
消しきれない憎悪は、もう一人の私が引き受けてくれたようなものなのに。
それでも、まだ私の中に、人間への怒りが沸き起こるなんて・・・。
私は、どうすれば・・・。」
「・・・。」
そう言って、また頭を抱え始めたアルファ。
オレに問いかけているようで、誰にも問いかけていないような・・・。
いや、答えは欲しているが、
その答えがすぐに出てくるとは思っていない・・・そんなふうに感じる。
自分自身に問いかけ続け、苦しんでいるようにも見える。
もう一人の人格、ブルームなら答えは分かるのだろうか・・・。
オレも、すぐには答えてやれなかった。
「と、とにかく食べようぜ。
腹減ってる時って、うまく考えがまとまらないことってあるもんな。」
アルファから重い空気を感じ取って、シホがあえて
明るい話題へ変えようとしてくれている。
それでいて、言い得て妙だな。
「はい・・・すみません。」
アルファも、シホの言うことに納得したのか、
またゆっくりと食べ始めた。
今は考えても答えが出ないと、割り切ったのかもしれない。
バッタの足をもぎとって・・・
「ぅっ・・・。」
もうアルファの方を見るのは、やめておこう。
オレは今見た場面を、忘れるために、
自分の目の前にある普通の料理を食べ始めた。
オレたちは、一応、周囲の視線や気配を警戒していたが、
さすがに、もう誰かがオレたちを監視していることは無さそうだった。
夜になり、宿泊部屋へ戻ったオレたち。
今夜も、6人で一部屋だ。
オレたちを狙ってくるハンターが、やつらだけとは限らないから
バラバラに宿泊するのは良くないだろうと、みんなで話し合った結果だ。
これから先の宿屋でも、こんな泊まり方が続くのかと思うと、
気分が落ち込みそうになる。
窓は開けてても、暑くて、
小さな虫も入って来て、どうにも寝苦しい。
「やっぱり、あれは光の回復魔法だったのですか!」
「えぇ、光の治癒魔法のひとつで、解毒の効果があります。
光の魔法は、特に扱いが難しくて。
当時は、無詠唱で発動させられるようになるまで苦労しました。」
木下の質問は、宿泊部屋へ戻ってからも続いた。
あの時、解毒した魔法は、光の回復魔法だったらしい。
扱いが難しいのに無詠唱で発動させるとは、
本当にすごいな、アルファ。
「アルファさんが解毒の魔法を使えて助かった。
ありがとう。」
オレが頭を下げると、アルファは困った顔をする。
「礼には及びません。それに・・・
攻撃を受けて分かったのですが、あれは毒というよりは、
痺れ薬だったようですね。
なので、あのままでも私とファロスさんが
死に至ることは無かったでしょう。」
「えぇ!? そうなんですか!?」
木下も、オレたちも驚く。
「現代の薬の物価は、分かりませんが・・・
死に至るほどの猛毒薬は、それなりに高価なものですから、
簡単に失ってしまう使い捨てのような矢に、
すべて塗るなんてことは、彼らには出来ないと思います。
痺れ方も、即効性はあるものの、
気を失ったり、喋ることができなくなるほどでは無かったので・・・
おそらくは、山に生えていることが多い、
痺れの効果がある野草から、自分たちで作ったのではないかと。」
アルファが、そんなことを言い出した。
自分で攻撃を受けてみて、毒ではないと見抜くとは。
そして、そこまで推測していたとは。
もし、アルファが攻撃を受けていなかったら・・・
また違った結果になっていたかもしれない。
「じゃぁ、あいつらが解毒薬って言って、
見せてたビンの中身は!?」
「おそらく、ただの回復薬かもしれません。
高ランク相手に脅しが効かず、戦いに負けて回復薬を奪われても、
仲間の痺れが治らないとなれば、またウソの交渉ができますからね。」
「二重にダマしてたってことか!? なんてやつらだ!」
「卑怯な・・・!」
シホとファロスが、アルファの推測を聞いて、腹を立てている。
悪党の考えることは、本当にロクでもない。
「いや・・・油断したのは、オレたちだ。
完全に、格下の敵だと、ナメてかかってしまった。
やつらの姑息な作戦に、まんまとハマったのは、オレたちの失態。
もう二度と油断しない。」
オレは、自分自身への戒めの為に、
みんなの前で、そう宣言した。
「たしかに。矢の攻撃を避けられなかったのは、
拙者の実力不足。拙者も、精進いたします。」
「そうですね。私たちも気を引き締めないと。」
ファロスもアルファも、みんなが
今までの考えを改めたようだった。
「それにしても、あの子は・・・はぁ。」
アルファが、ぽつりと、もう一人の人格、
ブルームについて愚痴をこぼし始めた。
「え、あの・・・ブルームさんのおかげで、みんなが助かりました。
私は、お礼が言いたいほどです。」
「拙者も感謝しているでござる。」
「俺も、そう思う。」
「あたしも。」
すかさず木下たちが、ブルームの肩を持つ。
同じ人物ではあるが、あの時、助けてくれたのは、
ブルームの人格だったから、今度、ブルームの人格の時に、
改めてお礼を言いたいとオレも思う。
「みなさんを助けたのは、たしかに褒められる点ではありますが、
私たち『エルフ』は、植物をとても大切にする種族でして・・・。
森の中で火の攻撃魔法を使うのは、殺人罪に値する行為なのです。」
「あー・・・。」
オレたちは、それ以上、ブルームをかばうことができなくなった。
国によって法律は違うものだが、だいたいの国で、
森の中での火の攻撃魔法を禁止しているものだ。
「そ、それでも殺人罪は、ちょっと重すぎるような。」
シホが、なんとか言葉を絞り出して、
ブルームをかばおうとしているようだ。
「いいえ、私たち『エルフ』にとって、木々は、
自分の命と同等の命が宿っているとされています。
なので、決して、大袈裟ではないのです。」
「同等の命・・・そう言われると重みが違いますね。」
「あたしの村でも、そういうお話、聞いたことあるかも。」
木下とニュシェは共感しているようだが、
オレとしては重すぎる話のせいか、ピンとこない。
「木々に宿る命のことを、私たちは『マナ』と呼んでいます。
そして、それと同じ名前を持つ『マナの木』という木がありまして。
私たち『エルフ』は、子供が生まれたら、
「末永く森と寄り添って生きていけるように」と『マナの木』の苗木を森に植えます。
最初は親が世話をして、やがて子供がその木の世話をします。
『エルフ』の平均寿命が1000年なのは、諸説あるのですが、
その『マナの木』が大木になるまで、
寄り添っていけるように、そのための長寿なのだと・・・
私たちは、そう教えられて生きてきたのです。」
「はぁ・・・すごいお話ですね。」
アルファの話を、とても聴き入っている木下。
本当に、古い歴史に関する話が好きなのだな。
たしかに、オレも初めて聞く『エルフ』族の生態。
小さな苗木が大木になるまで世話をするなんて・・・
さすが1000年も生きる種族は、考えが違うというか、
木への価値観が違うようだ。
「ですから、私たちにとって木々の命は、
友の命、家族の命、大切な人の命そのもの。
大切に扱わなければならないのですが・・・はぁ、あの子は・・・。」
そう言って、頭を抱えるアルファ。
あの時のブルームは・・・
木々に対して、そんな配慮する素振りは無かった。
憎んでいる人間と同じように、あっさり命を奪ってしまうような、
木々の命なんて、ぜんぜん考えていないような行動だった。
「しかし、その考え方を重んじるなら、
アルファさんが『エルフ』の国から出てきたのは、
その植えた木の世話を放棄した・・・ということになるな。」
「っ!」
「あ、いや、すまん。今のは聞かなかったことにしてくれ。」
オレが余計なことを言ってしまい、
アルファが怖い顔で・・・いや、少し困ったような顔で、
オレを睨んできたから、すぐに前言撤回した。
アルファが『エルフ』の国を出た理由は、
恋人とともに、広い世界を旅して見聞を広めるためだった・・・と聞いている。
おそらく、ちょっとした旅のつもりだったのだろう。
『エルフ』族の「ちょっと」が、
どれほどの日数を指すのかは分からないが。
それが、旅の途中で奴隷商人に騙されて・・・。
オレが、いかに無神経な発言をしてしまったか。
オレはすぐに後悔した。
「おじ様、マイナス100点。」
「うっ。」
ひさびさに木下に減点されてしまったな。
もっとも、木下がオレへの評価を上げることは無いだろうから、
下がる一方だろうけど。
しかし、アルファの表情は少しひっかかる。
怖い顔というより困ったような顔に見えたのは、気のせいか。
プゥ~~~ン・・・
「っ・・・!」
夜中、みんなが寝静まっている時間帯に、
オレは、ふいに耳元で蚊の羽音を聞いてしまい、起きてしまった。
窓は開けてあるから、いくら『忌避缶』がそばにあっても
部屋へ入ってきてしまう。
「!」
寝息と気配が一人分、足りないと思ったら、
アルファが寝ていたベッドに誰もいない。
トイレか?と思ったら、ドアの前に気配を感じた。
みんなを起こさないように、そっと起きて、ドアから部屋を出てみれば、
「お、佐藤か。」
アルファは、ドアの前にある手すりに寄りかかっていた。
この宿屋の二階は、吹き抜けになっていて、
廊下の手すりから階下が見下ろせるようになっていた。
一階の食堂は、もうすでに閉店しているが、
店員たちの作業が続いているらしく、まだ少し明るい。
階下からの明かりに照らされたアルファは、
いつものフードを被っておらず、長い片耳と、
まだ髪の毛が少ししか伸びていない、坊主頭が見えた。
坊主頭はともかく長い耳は、あまり
他人に見られないようにしてほしいが。
「アルファさんは、眠れないのか?」
「今は、ブルームだ。」
アルファ、ではなく、ブルームに話しかけながら、
オレも手すりに寄りかかる。
階下では、こちらに気づかずに
食堂を片付けている店員たちが見えた。
宿泊部屋の窓は開いていても、風が吹き込まないと涼しくない。
なんだか廊下の方が涼しく感じた。
よく見れば、ブルームは手に何かを隠し持っているように見えた。
オレから見えないように、ぎゅっと両手で持っている。
あれは布袋?
もしかして・・・亡き恋人の遺骨か。
ほとんど粉々になって白い粉のようになってしまっていたから、
小さな布袋に収まってしまっている。
「いや、なに・・・昼間の戦闘を思い出して、
気持ちが昂っているだけだ。」
そう言った、ブルームの手が、
布袋を握りしめている手が少し震えているように見えた。
いや、手だけじゃなく、肩も・・・。
「体調が悪いなら、ちゃんと寝た方が・・・。」
「分かっている。しかし、眠ったら、またあいつの時間になってしまう。
今は、私の時間だ。もう少し、自分の時間を感じさせてくれ。」
そう言って、ブルームはオレに背中を向けた。
放っておいてくれという態度に見える。
「・・・。」
ブルームは、以前、自分の人格がいずれ消えてしまうと言っていた。
アルファが元々の人格だから。
つまりブルームの人格が消えて、元の人格ひとつに戻るということだ。
それは、いいことのように聞こえるが、
消えていくブルームの人格を想うと・・・なんとも言えない気持ちになる。
ブルームの震えている背中を見ていると、
そっと後ろから抱きしめたくなるような、そんな衝動に駆られる。
それは、男女の感情ではない。
ただ、目の前にいるブルームという存在を、
この世に繋ぎとめてやりたいという想い・・・。
だが、妻帯者である、赤の他人のおっさんのオレが、
それをするわけにはいかない。
きっと、それはブルームも望んでいない。
繋ぎとめてほしいぬくもり、感じたいぬくもりは、
きっと・・・あの洞窟で亡くなってしまった恋人。
だから、その恋人の遺骨を抱きしめるように握っているのか。
もしくは、大昔に亡くなった、親代わりだった騎士なら、
今のブルームを抱きしめて、安心させられたのかもしれない。
「・・・ブルーム。」
何が正解か、分からないまま、ブルームの背中から声をかけた。
「・・・異常発生。」
「え?」
「ブルームという言葉の意味には、花が咲くとかの良い意味と、
異常発生という悪い意味もあるんだ。」
知らなかった。
この名前をブルーム自身から聞いた時、
言葉の意味を、意図的に話してくれなかった。
アルファも、あえて話してくれなかったのだろう。
そんな意味があるとは知らずに、今まで呼び続けてしまった。
「私は、薬の実験の、副作用の産物・・・。
クラリヌスの中に生まれた、処理しきれない感情・・・。
人類へ激怒して、精神が狂うほどの
憎悪が膨れ上がって爆発し、偶然、生まれた人格・・・。
異常事態なんだよ。私という人格が存在していることが!・・・ぁ!」
「・・・。」
ざら ざら ざら
思わず、手が出てしまった。
ブルームの坊主頭を、撫でてしまった。
少し伸びてきている金色の短い髪の毛が、ざらざらと
オレの掌を刺激する。
昼間、あんなに毅然として戦っていたブルームが、
自身を完全否定して、自身を傷つけるような言葉を口走っていることに、
オレは、もう・・・聞いていられなかったのだ。
昔、娘の香織が、テストで悪い点数を取ってしまい、落ち込んでいた時、
つい、手が出てしまって・・・落ち込んでいる香織の頭を
思い切り撫でてしまったことがあった。
オレなりの慰め方のつもりだった。
しかし、高校生になっていた香織には、恥ずかしい行為だったのだ。
思い切り、手を振り払われて、それまでも敬遠されていたが、
その日からさらに無視されるようになってしまった・・・。
女房に話したら、「子供扱いしたからだ」と叱られたのだが。
「・・・子供扱いしやがって・・・ふぇぇぇ・・・。」
オレは、また同じ過ちを繰り返してしまった。
振り向いたブルームは、文句を言いながら泣き始めて・・・
オレの胸に頭を預けて、泣き続けた。
オレは、手を払いのけられなかったことをいいことに、
そのまま、ブルームが泣き終わるまで、
ずっと、ブルームの坊主頭を、ざらざらと撫で続けたのだった。




