取調室のおっさんたち
やはりブルームは、魔法の連続使用で疲れ切ってしまったらしい。
左腕の怪我を治すために、すぐ回復薬を飲ませたが、
そこで気を失うようにして、眠ってしまった。
最初は魔力切れかもしれないと心配したが、
「たぶん、ブルームさんは、私たちの誰よりも魔力量が上だと感じます。
今は魔力切れというより、魔力が一気に減ったことによって、
軽いめまいを起こしている状態かもしれません。」
木下が、そう言っていた。
本当かどうかは分からないが心配しなくていいらしい。
周辺に気配が感じられないから、たぶん大丈夫だとは思ったが、
念のため、ブルームが魔法で倒した、元・傭兵たちの死体を
見てまわった。やはり、生き残ったやつはいなかった。
氷の塊は、すでに溶けて無くなっていたが、
どの死体にも、強いチカラで殴られたかのような跡が、いくつも残っていた。
顔面に直撃したやつは、頭蓋骨が陥没している。
死体の周りには、血溜まりが出来ている。
・・・ニュシェには見せたくない惨状だな。
「氷の攻撃魔法『サウザント・アイス』は上級魔法です。
上級になるほど詠唱文が長くなるのですが、
それを無詠唱で発動したのには驚きましたね。
そして、普通なら、小さくて細い氷の矢が10~30本、
出現させるのもすごいことなのに、ブルームさんの
『サウザント・アイス』は、拳大の氷の塊が、
30個・・・いや、もしかしたら、それ以上の数が
出現していたので、ものすごい魔力量だと思われます。」
ブルームが最後に放った氷の攻撃魔法について、
興奮しながら説明してくれた木下。
なるほど、同じ魔法でも使う者の実力によって、
魔法の攻撃力や範囲、規模が変わってくるわけだな。
たしかに、あれだけの氷の塊が、
一気に飛んで来たら、ひとたまりもないな。
そういえば・・・以前、『レスカテ』の洞窟の奥で、
あのバンパイアが『法術』で攻撃してきた時も、
さっきのブルームと同じぐらいの氷の塊をぶつけられたな。
だとすれば、ブルームの魔力量は、
あのバンパイアと同等か、それ以上か。
「やつらの言っていた、毒は大丈夫なのか?」
ファロスに具合を聞いてみたが、
「はい、今はなんとも・・・。
どうやって治ったのやら・・・。」
当のファロスも不思議がっている。
「私が憶えていないだけだと思うのですが、知らない魔法でした。
でも、おそらく、ブルームさんが使った魔法が、
解毒の魔法だったのではないかと。」
木下が、そう答えた。
ファロスの毒が治っているのなら、ブルームの毒も治っているのだろう。
どうやって治したのかは、ブルームが目覚めないと分からない。
「さっきのやつら、どこかで見たことあるかも。」
「え!? どこで!?」
シホがとんでもないことを言い出す。
やつらは、元・傭兵だろうから、傭兵歴が長いシホなら、
どこかで会っていても不思議ではないが。
「世界指名手配犯だから、たぶん、『ヒトカリ』の受付の横に、
世界指名手配書が貼り出されてるだろうから、そこで見たのかも。」
「なんだ、手配書かぁ。」
驚かせやがって・・・。
たくさん貼り出されている手配書の中に、
やつらの顔が載っていたということか。
無駄にびっくりさせられたが、シホのやつ、よく憶えているな。
それだけ長く貼り出されているということかもしれない。
ファロスも回復薬を飲んで、肩に受けた傷を治していた。
すぐに効果が出ていたから、かなり高級の回復薬を使ったようだ。
ブルームが眠っているし、オレたちは、
ほんのしばらく、その場で休憩していた。
そこへ、定期の大型馬車が街道を走って来て、オレたちの前で止まった。
街道には・・・大きな木々が倒れていて、馬車が通れない状態になっていたからだ。
そして、元・傭兵たちの死体があちこちに転がっている惨状を見て、
馬車の御者が、恐る恐るオレたちに事情を聞いて来たのだ。
街道を遮っている木々は、
オレの竜騎士の剣技のせいではあるが、そこを伏せて・・・
ついさっき、世界指名手配犯たちに襲われて、
返り討ちにしたことを伝えた。
馬車には乗客が10人ほど、そして護衛役の傭兵が一人乗っていて、
その傭兵が、元・傭兵たちの死体を見て、状況を把握したようだった。
街道が通れないし、町『ウゴン』から、まだそんなに離れていないため、
大型馬車は、オレたちを残して、街道を引き返していった。
「町の騎士団に報告してくるから、お前たちは
事情聴取のために、
ここで待っていてほしい。」
という話だった。ここで足止めされるとは。
ギリギリギリギリィリギリリリィ
大型馬車が町へ戻って行ってから、しばらくすると、
森林の中は、またいつの間にか、虫の大合唱が聞こえるようになった。
虫たちが戻ってきたようだ。
時間が分からないが、もう陽が真上に来ていた。
木陰で涼しい方だが、虫の合唱のせいで暑く感じる。
「うわっ!」
「どうした!?」
突然、シホが変な声を出したから、
みんな驚いたが、シホが指さした先には・・・
「うっ・・・!」
いつの間にか、元・傭兵たちの死体に、
大量の赤い虫が群がっていたのだ!
羽根を持たない、その虫は、地面を這って、
列を成して、死体に群がっている。
蟻みたいな虫だが、オレが知っている蟻よりも大きい。
人の親指ほどの大きさがある。
それに、赤い蟻なんて見たことも聞いたこともない。
「ニュシェちゃんは見ない方がいいよ。」
「う、うん・・・。」
虫が気になって、死体を見ようとしていたニュシェを
木下が優しく抱きしめて、止めている。
虫は見せてもいいが、死体は・・・見せない方がいいだろう。
ギリギリギリ ギリィ ギリリリィ
「ここは虫が多そうだから、せめて森を出ませんか?」
「そうだな。森の入り口まで戻って・・・ん!?」
みんな『忌避缶』を持っているとはいえ、
これ以上、ここにいると気持ち悪い虫が
たくさん寄ってきそうだったので、オレたちは
寝ているブルームを背負って移動しようとした、
その時、町の方角から急速に近づいてくる気配を感じた。
見れば、大型馬車だった。この国の国旗をはためかせて走ってくる。
「この国の騎士団でござるかな。」
ファロスの言う通り、この国の騎士団の大型馬車だった。
案外、早かったな。
そうして、大型馬車から、10人ぐらいの騎士たちが降りてきて、
テキパキと動き始めた。
「お前たちが、襲われた傭兵のパーティーだな。
リーダー、もしくは説明がうまいやつはいるか?
襲われた時の経緯や状況を聞かせてくれ。」
2人の騎士がオレたちに事情聴取を始めた。
オレと木下が対応することに。
ほかの騎士たちは、元・傭兵たちの死体を確認して、
大きな布袋に詰めて、馬車の荷台へと運び始めた。
ブルームが火の魔法で攻撃した、
3人の焼死体は、
もはや顔が分からなくなっているため、
さっさと回収されていたが、氷の魔法で攻撃した元・傭兵の死体は、
騎士たちが持って来た手配書で、顔を確認しながら回収していた。
「うわっ、もうブラッドバグが集まってやがる!」
「こっちもだ。うわぁ・・・やはり森の中だから多いな。」
騎士たちが、赤い虫たちを見て、そう言った。
雑に扱っているようだから、たぶん、あの赤い虫は害虫なのだろう。
「ブラッドバグって?」
好奇心旺盛なニュシェが、
そばにいた騎士に質問している。
「ん? あぁ、血をエサにしている、赤い虫だ。
流血さえしなければ、蚊みたいに襲ってくることは無いが、
血が出るほどの怪我をした時は、注意しないと傷口を噛みつかれる。
いつの間にか群がってくるからな。」
「う、うん。」
血をエサにする虫か。
では、普段は、警戒するほどの害虫ではないということか。
「あ、あ、ファロスさん! 肩!」
「え?」
「そっちじゃなくて、右の肩!」
「え!? うわぁ!」
「ど、どうした!?」
ニュシェがファロスの右肩に、赤い虫がついているのを見つけた。
ファロスが慌てて、肩に付いた虫を振り払う。
「そういえば、ファロスは右肩を怪我して・・・
でも、回復薬で傷は治ったはずだろ?」
シホが不思議そうに、そう言ったが、
「おい、落ち着いて、その上着を脱げ!
傷は治っていても、上着に血が付いているから、
血のニオイでブラッドバグを引き寄せてるんだ。
その上着を着ている限り、振り払っても
ブラッドバグが寄って来るぞ!」
「わ、分かったでござる!」
一人の騎士が、そう教えてくれた。
ファロスは、すぐに上着を脱いで、虫を振り払った。
「そ、そういえばブルーム殿も腕を怪我されていた。
ニュシェ殿、ブルーム殿の衣服に血が付いていないか、見てもらいたい。」
「う、うん、分かった。」
ファロスが、そう言ってニュシェに、ブルームの確認をさせた。
幸い、ブルームの服には血が付いてなかったから、赤い虫も付いてなかった。
「お、おい、ファロス。裸のままだと蚊にやられるぞ。
早く、服を着ろよ。」
「おぉ、そうでござるな。」
シホが、少し恥ずかしがるような声で、
ファロスに服を着ろと促していた。
なんだかんだ、ガサツなシホでも、
好きな男の裸を見るのは恥ずかしいものなのか。
オレたちの事情聴取や、死体の回収作業が終わったあと、
騎士たちは、街道に倒れている木々の撤去作業を始めた。
ニュシェやファロスが、手伝い始めた。
「それにしても、これは魔法か?
こんなに木々が切り倒されるなんて。」
「いったい、どんな激しい戦闘をしたら、こうなるんだ?」
騎士たちが、不思議がっている声を聞くたびに、
オレは、少しドキドキしていた。
オレと木下は事情聴取の際に、
すべて元・傭兵たちの仕業だと話しておいた。
こんな森の中で、派手に戦ってしまったから・・・
おそらく、戦闘中に、虫の一匹や二匹、もしくはそれ以上の
大量の虫を、うっかり殺してしまっている可能性があるからだ。
どの虫が害虫で、どの虫が殺してはいけないのか、分からない。
うっかり殺してしまえば・・・罰金も有り得るから・・・
すべて、元・傭兵たちのせいにしておいたのだ。
大木とまではいかなくても、なかなか太い木が奥の方で倒れていて、
その撤去作業には、オレも加わり、馬車から馬を連れて来て、
馬のチカラも使って、なんとか撤去できた。
森の奥の方で木々を撤去していると、
木の下敷きになって死亡している、元・傭兵たちも5人、見つかった。
弓を握ったまま死んでいる元・傭兵たちは3人。
そのうち、一人は胴体が真っ二つに・・・。
あれは、おそらくオレの竜騎士の剣技だな。
その数人の死体にも血溜まりができていて、やはり
赤い虫が大量に群がっていた・・・気持ち悪い。
そうして、死体を回収したり、木々を撤去したりして。
「はぁ、はぁ、片付いたなぁ。」
「ふぅ・・・思いのほか、早く撤去できた。
手伝ってくれてありがとう。お前たち。」
騎士たちが汗をかきながら、お礼を言ってきたが、
「い、いやいや、こちらこそ・・・いや、お疲れさまでした!」
オレは、自分がやってしまったことに罪悪感を感じ、
騎士たちに対して申し訳なく思っていた。
オレがお礼を言いたいほどだったが、
おかしなことになりそうだったので、やめておいた。
ギリギリギリギリィギリリリィ
森林の中の街道は通れるようになったが、
オレたちは、引き続き、事情聴取のために、
騎士団の大型馬車に乗らされて、町『ウゴン』まで戻って来た。
眠っていたブルームも、町に着いた頃に起きた。
人格は、アルファになっていた。
町の出入り口近くにある、騎士団の駐屯所にて、
オレたちは、騎士たちが持って来た、
世界指名手配書の束を、手分けして調べることになった。
あの、逃げて行った2人のハンターの顔を思い浮かべながら。
「ん-ーーーー・・・。」
「ぬぅ・・・。」
「はぁ・・・こいつも違う・・・違う・・・違う・・・。」
「むー・・・。」
「・・・ふぅ。」
「・・・。」
駐屯所の一室、『取調室』と呼ばれた部屋には、
6人の溜め息しか聞こえてこない。
あとは・・・
ギリギギリギリリリギリィ・・・
外から聞こえてくる、虫の合唱。
「はぁ、時間をとらせて、すまないな。
昼飯、まだだったろ?」
少し太り気味の騎士が、大きな袋を持って部屋へ入って来た。
ニオイで分かる。美味しそうな匂いだ。
「おぉ! あ、ありがとうございます!」
さっきまで床に落ちそうなほどテンションが下がっていたシホが、
急にテンションを上げた。飛び跳ねてしまいそうになったのを、
慌てて抑えて、丁寧にお礼を言った。
「気に入るかどうか分からないが、遠慮なく食べてくれ。」
そう言って、大きな袋の中から料理が入った箱を取り出して、
オレたちの目の前のテーブルの上に置いた。
「う!」
「ひ!」
「あー・・・そうでござったな。」
「ぬぉ!」
オレたちは忘れていた。
ここが昆虫食の国『ウェルミス王国』だということを。
出される料理には虫が使われているのが一般なのだ。
「わー、ナナホシのサラダ! ダンゴムシボール!」
「まぁ、こっちは海鮮フナムシ包み焼きですか。
なかなか珍しい料理ですね。」
ニュシェとアルファのテンションが上がり、
逆に、シホのテンションは地に落ちた。
「他国から来たって聞いてたから、口に合うか不安だったが、
喜んでもらえてよかったよ。では、それを食べたら、
引き続き、手配書の確認を頼むよ。」
そう言って、満足そうに、太り気味の騎士は部屋から出て行った。
「喜んでいるのは、2人だけなのに・・・うぅ。」
木下が料理を見て、青ざめている。
「食べていいの?」
みんなが料理を前にして食べないから、ニュシェが聞いてくる。
「オ、オレたちには、どうやら口に合わないらしい。
ニュシェたちだけで、ぜんぶ食べてくれてもいいぞ。」
「分かった。ありがとう! では、いただきます!」
「すみませんね。では、いただきます。」
ニュシェとアルファが食べている間、
オレたちは、その姿を見ないようにして、
ぐぅぅぅぅ・・・ ぎゅるぅぅぅるるるぅぅぅ・・・
空腹に耐えながら、早く『取調室』を出るために、
引き続き、手配書を調べ続けたのだった。




