狩りの標的
翌朝、少し寝不足のオレとファロスだったが、
ニュシェに起こされる前に、2人とも起きた。
「・・・来なかったでござるな。」
「あぁ。」
ファロスの言葉からして、夜中、
オレも起きていたのを感じ取っていたのだろう。
それにしても、当てが外れたな。
警戒していたのが、アホらしく感じるくらいだ。
視線を気にし過ぎていただけか?
いや、オレだけでなく、ほかの仲間も気づいていたのなら、
気のせいではなかったはずだ。
「つまり、相手の目的は盗みではなかった・・・
ということでござろうか?」
「うーん・・・分からん。」
オレたちのことを観察して、
オレたちが宿泊部屋へ入るところまで確認していたのに、
盗みが目的じゃないとしたら、
いったい、なにが目的なんだ?
「例の連続殺人犯という可能性もあるかもな。」
いつの間にか起き出したアルファが、
オレたちの会話に入って来た。
いや、言葉使いからして、今朝はブルームの人格のようだ。
「れ、連続殺人犯!?」
ファロスが驚く。オレも少し驚いた。
予想もしていなかった。
国境の村『マルカッツ』の関所にいた騎士たちに、
教えてもらった、この国で起こっている事件の情報・・・。
捕まりそうになりながらも、騎士団や傭兵たちとやり合っても、
いまだに逃亡し続けているという、連続殺人犯。
目撃情報では、狼の仮面を被っているとも言われているし、
『オオカミ人間』という魔物であるとも言われている。
ふと、起きて来たニュシェを見ると、
少し獣の耳が垂れ下がって、元気をなくしている。
その連続殺人犯のせいで、ニュシェは、
この国に来てから、フードを頭から深く被り、
獣の耳を隠し、尻尾は腰に巻いて、
『獣人族』であることを隠して行動している。
よりによって、犯人が『オオカミ人間』とは・・・。
狼タイプの『獣人族』のニュシェと
見た目は変わらないかもしれない。
「相手が連続殺人犯だとして、
どうしてオレたちに目を付けたんだろうな?」
ブルームの推測どおり、視線の主が連続殺人犯だとしたら、
オレたちに狙いをつける理由が分からない。
「さぁ? 動機までは分からないけど、
すべての人間に恨みがあるのなら、
殺す相手なんて誰でもいいんじゃないか?」
ブルームが目を細めて、そんなことを言う。
そんな、ブルームじゃあるまいし・・・と思ったが、
もし、相手が人ではなく魔物なら、そういう理由も当てはまるのか。
「しかし、そうなると・・・、
夜中に押し入ってこなかった理由が、
ますます分からなくなるでござるなぁ。」
「ふむ、たしかに。」
ファロスの言う通りだ。
盗賊であれ、殺人犯であれ、標的をオレたちにしたのなら、
オレたちが寝静まっているうちに襲うのが定石というものだ。
そのために宿泊部屋まで確認したのではなかったのか?
少し遅く起きたシホも混じって、
オレたちは早朝鍛錬を、おのおの行った。
そのあと、木下を起こして、みんなで一階の食堂で朝食を食べた。
6人全員での朝食。
宿泊部屋のドアには鍵がかけてあるが、
相手が盗賊なら、簡単に開けてしまうだろう。
だから、みんな、最低限の貴重品は持参していて、
ファロスは、長谷川さんの刀を持って来ている。
今までも、そういうことはあったが、
刀という武器は、あまり他で見かけるモノではないため、
少しだけ注目を集めていた。
そんな中、やはり、じっと見つめてくる視線を感じた。
ほかの客の注目よりも、観察してくるような視線。
今回は、みんな、さりげなく視線の主を目で確認していた。
視線の主は、若い男だった。
服装からして、傭兵っぽい。
軽装備ではあるが、何かの骨を使った装備で、
今まで出会ってきた傭兵たちよりも、少し異質な感じだ。
良く言えば、熟練の傭兵。
悪く言えば・・・ならず者に見える。
木下は、この国へ来てから・・・
いや、正確には『ソウガ帝国』のあの町『クリスタ』を出てからは、
また以前のように、みんながそろって食べ始めても、
自分だけは食べず、数分後にやっと食べ出す。
今の状況になってからは、さらに、出された料理を
よく観察してから食べ始めるようになっている。
・・・虫が入っていないかを確認しているだけのような気もするが、
たしかに、料理に毒を盛られていたら、
やつらと戦うことなく、ランクの紋章を狩られてしまうからな。
オレも一応、用心しているつもりだが、
今のところ、料理に小細工はされていないようだ。
そして、またもや食後に、
ニュシェとブルーム以外のオレたちは腹痛に・・・。
たしかブルームが「すぐ慣れる」みたいなことを言っていたが、
オレたちの体は、いつになったらこの国の食事に慣れるのか。
この日は、移動せず、休息する日にしていた。
オレたちは、一人で行動せず、
つねにオレかファロスを連れて、外出することにした。
午前中、木下とニュシェとファロスが買い物へ出かけた後、
オレは、ふらっと宿泊部屋のドアの前で
背伸びをしていたら、あの男の視線を感じた。
木下とニュシェとファロスが標的ではなく、
宿屋に残ったオレ、シホ、ブルームの誰かが標的なのか?
・・・と思ったが、その推測も違った。
買い物から帰って来たファロスたちが言うには、
食堂にいた男とは、また別の男に尾行されたと言う。
つまり、相手には仲間がいたのだ。
昼食も、また宿屋『ウゴウゴ』の一階の食堂で、
みんなで食事していたが、やはり、ずっと視線を感じた。
気づけば、こちらを見てくるやつらの人数が増えている。
さりげなく見たが、やっぱり傭兵らしき軽装備。
それでいて、少し風変わりな服装。
顔つきも、善人には見えない。
まるで、野ウサギを狙っている肉食の害獣のような顔だ。
「監視されている、と言ったほうが正しいな。」
「そうですね。
仲間と連携していて、襲ってくるわけでもなく、
盗みに来るわけでもなく、ただ監視し、尾行し続ける者たち・・・。」
昼食が終わって、宿泊部屋へ戻って来たブルームと木下が、
話し合いながら、推測しているが、
やはり相手の正体までは見当がつかないようだ。
オレたちには、監視されるような覚えがない。
男たちの目的が、まったく分からない。
監視と聞いて、ふと、ペリコ君を思い出した。
彼女は、無事に、あの国境を渡って来たのだろうか。
きっと、この状況を涼しい顔で見守っているのだろうな。
「も、もしかして、『ソウガ帝国』の追っ手・・・。」
「まさか。それは無いだろう。」
ファロスの推測は、有り得ない。
オレを捕まえるために、あの王女から命令されて、
やつらが来たのなら、監視するだけで終わるはずが無い。
オレを発見次第、すぐ捕まえにくるはずだ。
それに『ソウガ帝国』からの追っ手ならば、
傭兵よりも騎士が追ってきそうなものだ。
「あいつら、傭兵っぽい格好してたよな?」
「あぁ、そうだな。」
「もしかして、これじゃないか?」
「え?」
そう言ってシホは、午前中、木下に買ってきてもらった
ゴシップ雑誌『月刊アルバトロス』のページを指さした。
こんな無駄な物を買ってきてもらっていたのか。
しかし、記事のそこには、大きな見出しで
『激化! 無法者たちの高ランク狩り!』と書かれてある。
「高ランク狩りって、たしか・・・。」
「そういえば、『レスカテ』の聖騎士デーアさんが言ってましたね。
悪事を働いて『ヒトカリ』から除名処分、世界指名手配されている
元・傭兵たちが、賭け事のために高ランクの傭兵を襲っているとか。」
木下の言葉で思い出した。
たしかに、以前、『レスカテ』で聞いた情報だ。
除名されてしまった元・傭兵たちの集団が、
賭け事のために、高ランクの傭兵を襲って、紋章を奪うとか。
「俺は、なんとなく昨日から、
そうじゃないかって思ってたんだよなぁ。」
シホは、調子のいいことを言い出す。
「そういうセリフは、昨日のうちに言ってくれ。」
「いや、確信が無かったんだけどさ。
今、この記事を見て確信に変わったっていうか。」
ゴシップ記事なんかで確信してしまうとは。
シホの推測は当てにならないと感じるが。
「今回は、シホさんの推測通りかもしれません。」
木下が真面目な顔で、そう言った。
「ゴシップ記事を信用するのは、
些か不本意ではあるのですが・・・
この記事によると、去年から『ソウガ帝国』が高ランクの傭兵たちを
国外追放したという情報が広まり、この一年間、『ソウガ帝国』周辺の諸国で、
高ランクの傭兵たちを待ち構えていた、元・傭兵の犯罪者たちによる
『高ランク狩り』が激化している・・・そうです。
狩りの餌食になった高ランクの傭兵たちは、
みんな、人気のない場所で待ち伏せされて、
集団で襲われている・・・だそうです。」
「ほぅ、今では、このような書物が・・・新聞みたいなものか。
なるほど、この書物どおりなら、私たちを
監視しているやつらと特徴が似ているな。
すぐに襲ってこないあたりとか。私たちが、
人気のない場所へ行かない限りは襲ってこないわけか。」
シホからゴシップ雑誌を受け取り、
木下とブルームが記事を読んで、推測している。
ゴシップだと知っていても、信用に値する情報だと感じたのだろう。
2人の推測を聞いていると、たしかに納得させられる。
「ほかの国では、すでに騎士団により討伐、制圧されて、
『高ランク狩り』という行為を禁止している国もあるらしいな。
でも、賭け事に参加している元・傭兵たちは、ハンターと呼ばれていて、
そいつらは討伐され続けてるけど、賭け事の『元締め』と呼ばれている
幹部たちが野放しだから、完全には被害を無くせていないってさ。」
シホが2人の間に割って入って、記事の続きを読んでいる。
「ここ『ウェルミス王国』では・・・
何人かハンターを捕まえたそうですが、まだ完全な制圧はされてないようですね。」
「そこへ、私たちがのこのこと現れた、ということか。」
「うーん・・・。」
今回ばかりは、ゴシップ記事の情報が正しいようだ。
オレたちを監視してくる、傭兵のような服装の男たち・・・。
やつらが、ハンターと呼ばれている無法者たちなのか。
すぐに襲ってこないのは、町中で騒ぎを起こすと
町にいる騎士団に包囲されてしまうから、か。
人気のない所で待ち伏せとか、いかにも
性根が腐っているやつらが考えそうな作戦だな。
「この国で『高ランク狩り』が制圧されていないのは、
例の連続殺人犯のほうが被害が大きいからだろうな。
騎士団は、傭兵たちにしか被害が出ない事件より、
一般人に被害が及ぶほうの解決を優先させているようだ。」
ブルームの推測は説得力がある。
元・帝国軍の騎士団長として、どっちの事件を優先的に
解決するかを考えると、そういう結論になるのだろう。
「ど、どうしよう・・・。」
みんなの推測を聞いて、ニュシェが不安がっている。
「大丈夫だ。相手は実力が低いやつらだ。
そんなに怯える必要はない。」
オレは、ニュシェを安心させるために、そう言ってみたが、
「でも、集団で襲撃とか、怖いな。」
シホの言葉で台無しになる。
「徒党を組んで、待ち伏せて襲撃など、
いかにも実力がない卑怯者たちが考えそうな、浅はかな罠でござる。
拙者が、今すぐにでも斬り伏せて・・・。」
「待て、ファロス!」
今にも剣を手にして飛び出して行きそうなファロスを呼び止めた。
こいつは正義感が強すぎるなぁ。
たしかに、ファロス一人でも討伐できそうな気はするが、
町中での戦闘は避けなければ、被害が大きくなってしまう。
「人気のない場所で討伐したほうが、周りに被害が出なくて済むだろう。
ここは、あえてやつらの罠にはまってみてもいいかもな。」
オレと同じ考えだったのか、ブルームがそう提案する。
「わ、わざと罠にはまるんですか!?」
木下が驚いている。
「相手が格下だと分かっているなら、臆する必要はないだろ?
人気のない場所での戦闘となれば、こちらとしても戦いやすい。」
ブルームはそう答えながら、オレを見て、
「相手は無法者。
返り討ちで亡き者にしても文句はないよな?」
ブルームの鋭い眼光に、ドキっとさせられる。
殺気を向けられている気分だ。
なるほど、人族への恨みを、無法者たちの命で晴らすつもりか。
「そうだな。相手は世界指名手配犯だから、
生死問わずの討伐対象ということだ。
オレたちの敵になら、斬り捨てるまで。」
「それを聞いて安心した。」
ブルームが一瞬、ニヤっと笑った。
とても恐ろしい女性の表情・・・一瞬だけ、怒った女房を思い出す。
午後からは、オレとシホとブルームで
町へ出かける予定だったが、男たちの監視の中、
外へ出る気になれなかったため、
オレたちは部屋に閉じこもることにした。
そっと窓を開けて、外を眺めていると、
建物の陰にいた傭兵らしき格好の男が2人、
不自然に、足早に去っていくのが見えた。
オレたちに見つからないようにと考えているのだろうか。
本当に、ゴシップ記事どおりなのだなと感じる。
ギリギリィ ギリリリ、ギリィィィィ・・・
窓を開けていると、たまに涼しい風が吹き込んでくるのだが、
小さな虫が入ってきそうだったし、
外から聞こえる虫の大合唱がうるさいから、
オレは、やつらを確認して、すぐに窓を閉めた。
窓を閉めると、やたらと部屋の気温が上がる。暑い。
この小さな町でも『ヒトカリ』はあるだろうと思っていたが、
午前中に外出した3人が言うには、この町に『ヒトカリ』はないらしい。
だからこそ、世界指名手配犯たちが、町をうろついているわけか。
襲われる前に、この町に滞在している騎士団へ
通報するという手も考えたが・・・
これだけオレたちの行動を監視して尾行してくるようなやつらのことだ。
オレたちが騎士団の方へ向かえば、
騎士団が動き出す前に、さっさと逃げてしまうだろう。
やつらを逃がしてしまうと、ほかの傭兵たちが狙われる。
オレたちで片づけたい。
夕食は、3人ずつ一階の食堂で。
そこでも相変わらず、4人の男たちが
オレたちをずっと監視していた。
少しずつ、やつらの人数が増えている・・・。
もしかしたら、今夜こそ夜襲してくる可能性もあるかと、
用心しながら寝てみたが、この日の夜も、
やつらは襲ってこなかった。
案外、やつらも用心深いのだな。
人気のない場所で確実に仕留めるつもりか。
そういえば、夕食後、いつもの腹痛に見舞われることが無くなった。
いつの間にか・・・オレたちの体は、ここの食事に慣れたのかもしれない。
夜、寝る前に木下が、そっとオレに紙切れを渡して来た。
こっそり脱衣所で読んでみたら、ペリコ君からの伝言だった。
おそらく、午前中に、木下が外出した際に
ペリコ君からこの紙切れを渡されたのだろう。
ペリコ君が無事に国境を越えられたようでよかった。
伝言の内容は、
「手練れの者が2人、あとは雑魚」という一文だけだった。
ペリコ君は木下の見張り役に徹しているから、
こういう密偵のようなマネはしないと思っていたが、
思えば、初めて顔を合わせてからは、たびたび
有力な情報をくれて、すごく協力してくれている気がする。
まぁ、特別、オレに協力しているつもりはなくて、
木下の安全のためだろうけど、ありがたい。
オレたちを見張っている男たちの中で、
そんな腕がたつような実力者はいないようだから、
その2人の実力者が、どこかに隠れて、
手下たちに命令して見張らせているのかもしれない。




