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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第六章 【竜甲の人狼】
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大昔の不仲になった理由




夜中も宿泊部屋は大変だった。


虫無しの食事に成功はしたのだが、

なぜか虫無しの料理を食べたオレたち4人は腹痛を起こしていた。

この国の普通の食事が体に合わなかったのか、

それとも、いっしょに出された飲料水が体に合わなかったか。

オレもファロスも木下もシホも、トイレへ何度か通うことに。


そして、暑くて寝苦しかったため、仕方なく窓を開けたのだが、

やはり蚊や他の虫たちが部屋に入ってきて、

なかなか寝付けない夜になった。


だから、


「ふぁぁぁぁ~・・・。」


早朝鍛錬で、シホが欠伸あくびばかりしているのも

仕方ないことだろう。かくいうオレも眠い。

シホは欠伸をしながら、体をボリボリとかいている。

また蚊に吸われてしまったようだ。


「ふっ! はっ! とぅ!」


オレたちは、ニュシェとファロスに起こされて、

宿泊部屋で早朝鍛錬をしていた。

この村には、広場のような場所は無さそうだったし、

村中を走り回ろうにも、あちこちに虫がいるため、

外を走ろうという気分になれなかった。


部屋の中なので、激しい動きは出来なかったが、

ファロスは、刀・・・

いや、剣を鞘に納めたまま、部屋の端で素振りをしている。

片手ではなく、両手で。

ファロスは毎日の薬のお陰で、とうとう右腕の器具を外して、

右腕を動かせるようになったのだった。

しかし、無理はさせられない。

少しだけ動かしていいと伝えたのだが、

久々に利き腕が使えるから嬉しくなって、

かなりチカラが入っているように見える。


「おい、ファロス。ほどほどだって言っただろ。」


「こ、これは・・・すまぬでござる。」


久々に両手が使えるから、その感触を確かめるように

素振りをしていたファロスが夢中になりすぎて、シホに叱られている。


アルファは・・・いや、今朝起きたら、アルファではなく、

ブルームの人格に切り替わっていた。

ブルームは部屋の中をゆっくりと壁伝かべつたいに歩いて、

シホはブルームの補助をしているが、もうブルームは、

しっかり歩けているため、ほとんど補助はいらなくなっていた。

少しずつではあるが、ブルームの体力が元に戻りつつあるのか。

数百年前の元の体力がどれほどだったのかは分からないが、

このまま順調に体を動かしていけば、

一般人と同じくらいの体力になる日も近いだろう。


こうなってくると、シホの補助は意味がない。

早朝鍛錬らしく、そろそろシホも本格的に

体を鍛えるように、なにか別の運動をしたほうがいい。


しかし、


「ふぁぁ・・・あぁー。」


ブルームと歩きながら、大きく伸びて欠伸をするシホ。

あの態度を見る限り、オレの提案は受け入れないだろうな。

シホにとっては、鍛錬が目的じゃなく、

ファロスの周りにブルームという大人の女性がいるから、

見張りとして早朝鍛錬に参加しているだけだ。

本気で早起きして鍛錬したいわけではないだろう。


「・・・。」


シホに叱られたファロスは、剣を握りしめたまま、

黙って自分の右手を見つめている。

途中で素振りを止められたが、右腕の回復の度合いを

感触で確かめていたのだろう。

骨折が治っても、筋力がすぐに戻るわけではない。

しばらく筋力を戻すために特訓が必要になるだろう。

また近いうち、オレに手合わせをお願いしてきそうだな。


オレはニュシェとともに、筋力を鍛える運動をしていた。

その場で、重い荷物をゆっくり持ち上げ、ゆっくり降ろす。

地味な運動ではあるが、筋力を鍛える運動というのは、

こうした地味な運動の繰り返しを続けていくしかないのだ。




早朝鍛錬後、木下を起こして

宿屋の一階の食堂で朝食を食べた。

どうしても、ニュシェとブルームたちの食事が目に入って、

食欲がなくなる。腹は空いているのに。


「おい、佐藤。しっかり食べないと鍛錬の意味がないぞ。

私のサラダを分けてやろうか?」


ブルームがそう言って、げられた何かの小さな虫が

たくさん混ざっているサラダをオレに向けて来た。

小さな虫には足がたくさんあるから・・・ムカデの一種だろう。


「うっ・・・遠慮させてくれ。」


オレは急激な吐き気に耐えながら、断った。

ダメだ、見ないようにしなければ。

ブルームの言う通り、食事は大事だ。

食べなければ体が弱ってしまうのは、生き物として当たり前のこと。

だから、今は少量でも食べなければ。


「まったく、人族というのは・・・

贅沢ぜいたくでワガママなやつらばかりだな。」


そう吐き捨てるように言って、オレに向けていたサラダを

ムシャムシャと食べ始めるブルーム。


この場合、贅沢というのだろうか。


この国『ウェルミス王国』へ来てから、

この宿屋の食堂でしか食事をしていないのだが、

虫を使っていない料理の品数が、明らかに少ない。

だから、仕方なく、昨晩食べた料理と同じ物を食べている。

虫を使っている料理は、かなり品数が豊富のようだ。


「郷に入っては郷に従え」ということわざがある。

学校でも習った言葉だったが、

昔、格言好きの先輩にも教えてもらった言葉だ。

だから、オレはこの国でも、そうするべきだと思っていたが、

無理だった。完全に考えが甘かった。

虫を食べるという行為に、

こんなに体が拒絶するとは思わなかったのだ。


「しかし、本当に不思議だな。」


「? なにがだ?」


ブルームが周りを見渡しながら、


「昔は気にならなかったが、

隣国の食文化が『ソウガ帝国』へ浸透しなかったことが不思議でな。

いくら国同士の国交がうまくいかなかったとは言え、

食文化というものは、勝手に広まるものだがな。」


そう言った。

たしかに、ブルームの言う通り、食文化というのは、

国交がなくとも広まってしまうものだ。

『ソール王国』も、周辺の国々との外交が閉鎖的なのに、

他国の食文化は、少しずつ国内へ浸透していた。


「多少なりとも国境を人が行き交うことがないと、

食文化も伝わりにくいのではないでしょうか?」


木下が、そう答えた。

それも一理ある。国境を越えるのが、あの『カラクリ』の小舟では、

とてもじゃないが、人が行き交うことは、ほとんどないだろう。


「あぁ、それもそうか。

たしか関所で商人たちや商品となるものを規制していたな。

あの国境の大橋が完成していれば、

大勢の人が行き交うこともできただろうに。

昔の、ここの王様と『ソウガ』の皇帝様が仲良くしていれば・・・。」


ブルームがそう言っていたら、

ちょど料理を運んできた、中年の店員が口を挟んできた。


「あんたたち、『ソウガ』の人たちか?

この国と『ソウガ』の仲が悪くなったのは、

当時の、そっちの皇帝が悪いんだぜ?

こっちの王様は悪くない。」


「なに?」


明らかに不機嫌そうな声になる、ブルーム。

店員が、まるで『ソウガ帝国』が悪いように言っているからだろう。


「あ、あの、この国と『ソウガ帝国』の仲が悪くなったという

大昔の原因をご存知なのですか?」


すかさず木下が、店員へ質問した。


「なんだ、『ソウガ』では、そういうことも後世に伝えていないのか?

こっちでは有名な歴史の話だぞ。」


店員は、やれやれと溜め息をつきながら説明してくれた。


「この国の歴史は古く、そっちの『ソウガ』という国は、

この国より後に出来た国だったんだ。

隣国にできた『ソウガ』と友好関係を結ぼうと、

当時の王様が、当時の皇帝へ話を持ちかけて、

友好の証として、お互いに贈り物を交換したそうだ。

ところが、そっちの皇帝が

「贈り物に虫が混入している! 謝罪を要求する!」って

難癖なんくせをつけてきてな。こっちの王様は、

「虫は天からの贈り物だ! ささやかなオマケだ!」と説明したそうだが、

そっちの皇帝が聞く耳持たずに贈り物を突き返したんだ。

非常識、極まりない話さ。そうして、

そっちの皇帝が一方的に友好関係を拒絶したのが始まりだよ。」


「あー・・・。」


店員の説明を聞いて、妙に納得してしまったオレたち。

なるほど、虫が原因だったのか。

その贈り物に、意図的に最初から虫が入れられていたのか、

それは厚意なのか、悪意なのか、

それとも偶然、混入しただけなのか、それすらも定かではないが。

文化が極端に違うと、そういうこともあるのだな。


「当時の状況は分からないけど、

この国では、うっかり虫が商品に入っても「ささやかなオマケ」って、

言い訳が通用するから、当時もうっかり虫が入ってしまったのかもな。

それにしたって、度量が狭い皇帝だよ。まったく。」


「き、貴様!」


ブルームのやつは、店員が

皇帝の悪口を言ったからカチンときているようだ。

チカラがなくても魔力はあるから、

少しずつブルームの魔力が高まり始めている!

いかん!


「あ、ありがとうございました!

貴重なお話が聞けて良かったです!」


「あ、この、虫が入ってない焼き魚、追加で!」


店員へ、すぐに木下が礼を言い、

シホが追加注文したことで、店員を素早く追い払うことが出来た。

それでも、


「話はまだ終わってないぞ!」


「ブルームさん、ここは抑えて!」


怒りが収まらないブルームをみんなで、なだめた。


ブルームの祖国は『エルフ』の国だろうに、

『ソウガ帝国』に対しての愛国心も、かなり強い。

いや、騎士たる者は、こういうものかもしれない。

ブルームを見ていると、自分には、

ここまでの愛国心はないと感じる。


特に、リストラの話を聞いた時から・・・。


では、なぜ『特命』を受けたのだろうか。

いや、答えは分かっている。

愛国心から引き受けたわけではない。

ご先祖様の話とか、いろいろ理由を付けていたが、

オレが、『ソール王国』にしがみつくため・・・。

自分の身のために引き受けただけだ。


「おじさん、また気持ち悪くなった?」


いつの間にかオレは、暗い表情をしていたのだろう。

ニュシェに心配されてしまった。

本当に、この子は、よく見ているな。


「いや、大丈夫だ。ありがとう。」


「ん。」


少し不思議そうな顔のニュシェ。

オレがなぜ礼を言ったのか、分からないって顔だな。




朝食後、オレたちは、また腹痛に見舞われた。

まだ、この国の普通の食事が体に合わないのか。


「ん・・・まぁ、そのうち慣れるさ。」


ブルームは何か知っているかのように、

オレたちの状態を見て、そう言っていた。

腹痛は、出すものを出したら治まっていた。


この国で食事は、できることはできるが、

吐き気を我慢して食べている。そして、腹痛。

健康な状態で旅を続けられないのは、非常に困る。

それは、ニュシェとブルーム以外のみんなが同じ気持ちだ。

だから、なるべく早くこの国を出て、

次の国へ進んでしまいたかった。


みんなと話し合った結果、

ブルームの体調次第になるが、毎日午後から馬車で移動することにした。

その予定で移動していけば、だいたい14日間で、

この国の北東の国境へ辿り着くらしい。

この国を抜けて、次に目指す国は、ここより北東の隣国『ルシィラ王国』。

その『ルシィラ王国』から北東へ向かえば、

いよいよ魔法大国『ウィザード・アヌラーレ』だ。

そこまで行けば、ブルームの体に残っている呪いの紋章を

消してやれるかもしれない。そして、オレが持たされている、

鬼の国宝も、そこまで行けば手放せる。


「異論はない。

この国の料理に不満は無いが、

『ソウガ帝国』への親愛も敬意も無いような、

こんな国は、早く通り抜けるべきだ。」


「そ、そうだな。」


ブルームは朝食時の、あの店員の話を聞いてから、ずっと機嫌が悪い。

今も体の筋力は本調子ではないブルームだったからよかったものの、

もし筋力が元通りだったならば、暴れていたかもしれない。

実際、魔力が高まっていたから危なかった。

この国のやつらが、みんな『ソウガ帝国』に対して、

敬意を持ってないとは限らないが、あの大昔の話が有名で、

みんな『ソウガ帝国』に嫌悪感を持っているのなら、この国にいる間、

ブルームを怒らせてしまうことが、たびたびあるかもしれない。

そう思えば、早くこの国から出ることは、

ブルームにとっても良いことになるだろう。




オレたちは、昼飯前に宿屋『オルミガ』を出た。

村の出入り口に大型馬車の停留場があり、

小さな広場の露店では、弁当が売られていたが、

完全に昆虫食だった。ニュシェが買いたがっていたが、

ブルームが馬車内で気分が悪くなったら困るからという

理由で、止めさせてしまった。

本当の理由は・・・ニュシェが馬車内で

虫入りの弁当を食べ出すと、ブルームよりも

オレたちの方が気分が悪くなってしまうからだ。


ゴトゴト ゴゴッ ゴトゴト ガタガタ 


大型馬車には、オレたち6人だけしか乗らなかった。

国境の村ではあるが、隣国『ソウガ帝国』との

商売が規制されているため、商人などが行き交うことが無い。

国境を越える方法が、あの『カラクリ』の小舟だから、

ほとんど人通りがないわけだ。


「すまねぇな、狭くて。

普段、客人を乗せて走ることなんて、

滅多めったにねぇから。」


年老いた男の御者が、オレたちにそう言って大型馬車を操作している。

オレたち以外の乗客はいないが、木箱などの荷物が多い。

ここの大型馬車は、主に荷物の運搬で稼いでいるのだろう。

そのせいで、少し狭く感じる。座席にはホコリが被っていた。


「くっ・・・うぅ・・・。」


馬車が走り出して、間もなく、ブルームの顔色が青ざめている。

この大型馬車は、『ソウガ帝国』の時よりも運賃が安かった。

いや、この運賃が普通であって、『ソウガ帝国』の運賃が異常に高かったのだ。

しかし、運賃が高かった分、『ソウガ帝国』の大型馬車の性能が良くて、

街道の整備も行き届いていた。だから馬車の揺れが少なかったのだ。

その『ソウガ帝国』の馬車でも気分が悪くなっていたブルームが、

この国の、普通の大型馬車の揺れに耐えられるわけもなく・・・。


「ブルームさん、袋! 袋!」


「うっ・・・ゲええええええええええ!」


「ぅあ・・・あー。」


「あぁ・・・。」


今日も天気が良くて、蒸し暑い。

大型馬車の中は、熱気とともに

気分が悪くなる空気が漂い始めて・・・。


「うぅ・・・。」


「ふぅ・・・うぅ・・・。」


ブルームだけじゃなく、ほかの仲間たちも青ざめた顔で

馬車の揺れに耐えることになった。





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