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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
483/502

ハーウェア大谷の小舟





ゴトゴト・・・ ガタガタ・・・


大型馬車を操縦している御者の話では、

騎士団に守られていない町は、どこも『ゴブリン』の被害が大きく、

今向かっている町『エンヴリマ』も

自警団や傭兵たちが守っているが、被害は大きいとか。


ガタタ・・・ ゴトトン・・・


数時間、馬車に揺られて町へ到着した時に、

町のあちこちが破壊されているのを見かけた。


帝国軍と傭兵たちで『ゴブリン』の住処を掃討したけれど、

この国全土に広がってしまった『ゴブリン』を

殲滅させるのには、まだまだ時間がかかりそうだ。

少しでも『ゴブリン』討伐をしていきたいところだが、

オレたちは、鬼の国の国宝を持ち歩いているため、

気軽に他の依頼を受ける余裕はない。

偶然、遭遇した場合は討伐する・・・つもりだ。


町『エンヴリマ』に着いた頃には、陽が落ちていて、

オレたちは、その町の宿屋で一泊。

宿探しを木下一人に任せていると、どうしても高級そうな

宿屋を選びがちだと感じたオレは、なるべく木下についていって

いっしょに宿屋を選んでいたつもりだったが、

最終的に、木下がパーティー全体の財布を握っているため、

オレの意見は通らなかった。

そもそも、木下と話し合うと、

頭の良い木下の提案に反論できなくなってしまう。

どんなに高級な宿屋に泊まろうとも、

資金を使い果たしてしまうような、そんな使い方をしない木下だから、

やつに任せておいてもいいか・・・と、オレは感じてしまった。




その後、オレたちは、木下が計画していた通りに、

旅のルートを進んでいった。


翌日、町『エンヴリマ』を午後から出発。

夕刻には、次の村『フハオ』に到着。

小さな村ということもあってか、やはり帝国軍が常駐しておらず、

反乱軍らしき村人たちが武装して村を守っているようだった。

夜は、そこで一泊。


その翌日の午後から『フハオ』を出発、夕刻に北東の町『シアール』に到着。

そこでは、少し安めの宿屋に一泊した。

安めの宿屋ということで、宿泊部屋がかなり埋まっており、

一部屋に6人で泊まった。ベッドが2台しかなく、

アルファは必ずベッドで寝かせるとして、もう一台のベッドは、

木下とニュシェがいっしょに眠った。シホは床で眠った。

シホがファロスに近づき過ぎるから、この夜、ファロスはあまり眠れなかったようだ。

また翌日の午後から『シアール』を出発。


夕刻には、この国の最北東にある国境の村『シュンボルム』が見えてきた。

急いで東へ向かっているが、アルファの体調を考えて、一日おきに移動してきた。

アルファの体調は、やはり馬車に揺られるたびに悪くなっていたが、

ここまで、なんとか、嘔吐おうとしない程度に。

馬車の揺れに慣れてきたようだった。

毎朝の鍛錬も続けていたから、少しずつ体力がついてきているのだろう。


とにかく数日前から雨が降らず、ずっと天気がいい。

朝陽が昇り始めると、すぐに気温が高くなって、

昼間は、もう汗をかくほど暑く感じる。

この国の気候だけではないだろう。

季節は、いよいよ夏になっていく。




この国と隣国『ウェルミス王国』との国境になっている、

『ハーウェア大谷おおたに』という渓谷けいこくは、

村に近づいた時、すぐに気づけた。


オォォォォ・・・ オォォォォォ・・・


遠くからでも分かる、巨大な渓谷。

大地を大きく切り裂いたような、数十km以上も続く谷。

強風がその谷の間を吹き抜けているのか、

獣の遠吠えのような音が、絶えず鳴り響いている。

渓谷というからには、きっと谷底に大きな川が流れているのだろうが、

近くまで行って谷を覗き込まない限り、その川は見えない。

そして、渓谷の向こう側、数百m先・・・いや、1kmは離れているだろうか。

渓谷の向こう側に大地があって、村?のような建物が見える。

あっちが『ウェルミス王国』か。

ここへ来るまでに、緩やかな坂道を通ってきた気がするから、

いつの間にか、高い位置まで登ってきているのかもしれない。


ゴトゴト・・・ ガタガタ・・・


村の入り口には、帝国軍の騎士たちの姿が。

小さな村とはいえ、さすがに国境は帝国軍が守っているようだ。


「なんか、匂うね。」


「うん・・・ミント草かな。」


馬車が、国境の村『シュンボルム』へ入った途端に、

ニオイに敏感なシホとニュシェが、そんなことを話し合う。

谷からの風が、村の中を吹き抜けて、

その風に乗って、何か独特なニオイが漂っている。


「そんなにイヤなニオイでもないような・・・。」


「そうですね。少し空気が澄んでいるような気が・・・。」


「ニュシェさんの言う通り、これはミント草ですね。

さわやかな香り・・・懐かしい。」


オレの意見に、木下もアルファも同感のようだ。

シホもニュシェもニオイには敏感に反応しているが、

そこまで嫌そうな表情ではない。

ニュシェとアルファが言う、ミント草というものが、

村のどこかに生えているのだろうか。


「それにしても、すごい谷だな、あれは。」


オレは、そう言って『ハーウェア大谷』がある方向を見た。

村の中に入ってしまうと、家屋などの建物で見渡しにくいが。


「はい。ですが・・・

未完成の大橋があるという話でしたが、見当たりませんね。」


オレが向いている方向を、木下が見つめる。

村へ入る前に『ハーウェア大谷』を見渡していたが、

たしかに、橋らしき建造物は見当たらなかった。

未完成だから、建造物すら無いのかもしれない。


「本当に、ここから国境を超えられるのでしょうか?」


ファロスが、少し不安そうに言う。

たしかに不安だ。橋が無いのに、どうやって隣国へ行くのか?


「谷を降りるんじゃないのかな? 分からないけど。」


シホが適当なことを言う。

しかし、少し現実的な予想でもある。

橋がないなら、下の谷底まで降りて、川を渡って・・・

しかし、本当にそんなことが可能なのだろうか?


「アルファさんの頃は、どうだったの?」


ニュシェが、少し小声でアルファに聞いている。

アルファは具合が悪そうだし、身分を隠すために移動中は

バンダナで口元を隠している。乗り合わせた他の客たちにも、

聞かれないように、ニュシェは配慮して聞いているようだ。


「そうですね・・・あまり記憶にないのですが、

私がこの国へ来た時にはすでに、この国と『ウェルミス王国』は、

敵対していましたし、当然、国同士の交流も貿易も皆無で

国境の往来も、許可したり許可しなかったり・・・だったと思います。

当然、橋もなかったですね・・・。」


アルファが少しうつむきながら、なんとか思い出して答えてくれた。

つい最近、敵対するようになったのではなく、

アルファが、この国へ来た時にはすでに・・・か。

ずいぶん昔から敵対しているようだな。


「まだ近くまで行って渓谷を覗いていないので、

谷底までどれほどの高さなのかは分かりませんが、

おそらく切り立ったがけになっているでしょうから、

もし谷底へ降りるとしても、容易ではないでしょうね。」


木下が、そう予想する。

切り立った崖か・・・どれだけ高いか分からないが、

降りるのを想像するだけで、眩暈めまいがしそうだな。




国境を超える手段は気になるところだが、時刻はもう夕刻だったので

国境超えは明日にして、馬車を降りたオレたちは、すぐに宿屋を探した。

しかし、宿屋はこの村に一軒だけだったので、すぐに見つかった。

宿屋『ポサダ』。周りの建物と同じ赤茶色の外装、木造2階建て。

少々、年季の入った外見だ。大通りに面していて、宿屋の看板も分かりやすかった。

宿泊部屋は、一階と二階。値段は、やはり他の国に比べたら高い。

しかし、この村に宿屋は一軒しかないのだから、オレたちに選択の余地はない。

オレたちの宿泊部屋は、一階と二階に分かれた。

男女に分かれて泊まることができたので、

女性陣は二手に分かれて、二階の二部屋へ。

オレとファロスで、一階の一部屋へ。

店の出入り口に、植木鉢が置かれてあって、青色がかった草が植えられていた。

アルファとニュシェが言うには、

それが村全体の匂いの元、ミント草だという。

その鉢は、宿泊部屋にも置いてあって、ドアを開けた瞬間に、

爽やかすぎるニオイがこもっていた。


宿泊部屋へ荷物を置いてから、オレたちは外へ出た。

宿屋に食堂が無かったため、店主に周辺の飲食店の場所を教えてもらい、

夕食のために外出したのだ。

その店は、宿屋から数分歩いたところにあった。

大衆食堂『インペーロ』。木造一階建てだが、かなり大きな建物だった。

こちらも赤茶色の外装で、出入り口には、あの鉢植え。

さすがに食事をする場所には置かれていなかったが、

これだけ村のあちこちにミント草が置かれていれば、

村全体に、あのニオイが漂うのも、うなづける。

ふと、以前の宗教国家『レスカテ』で、

国のあっちこっちで、お香を焚いていた光景を思い出した。

けむたいお香よりは、まだマシだが、

ずっとミント草のニオイが漂っているのも、なかなかツラいものがある。


店内は広めで、夕飯時でも客はまばらだったから、すぐに座れた。

食堂には、商人らしき男たちが3人、

あとは、この村の者たちが5~6人で座っている。

オレたちは、食べながら、そっと

他の客たちの会話に耳を立てて、情報を得た。


商人たちの話によれば、貿易の目的で、こちらから

『ウェルミス王国』へ行くのは基本禁止されているらしく、

そもそも国境を馬車で超えることは不可能だったらしい。

ここまで来たのに別のルートを探さなきゃいけないと、

その商人たちはなげいていた。


村の者たちの会話は、ずっと害虫駆除の話ばかりだった。

昔からミント草のおかげで害虫の被害は減っているようだが、

畑の作物を荒らす害虫は、また別の種類の虫らしく、

夏の時期になると、隣国から害虫が飛んでくるのだとか。

害虫に効果がありそうな道具の話ばかりしていた。

そして、会話の終わりには、反乱軍の話が出て、

「隣国が帝国の赤雷せきらいに撃たれればいいのに」と、

不気味な、呪いのような言葉を何度も言っていた。

この国へ来た時も、『赤雷』という言葉を聞いたが、

あの時は、『赤雷』が何を指すモノなのかが分からなかった。

しかし、今は『赤雷』が『カラクリ兵』のことだと知っているため、

村の者たちの言葉が、とても恐ろしいものに聞こえる。


反乱軍の思想がここまで広まって・・・

しかし、グルースの思想とは違って、平和的ではない。

たしか反乱軍にも、いろんな思想の反乱軍が各地にあるとか、

グルースが言っていたから、きっと違う反乱軍の思想が広まっているのだろう。


「なるほど、だからミント草があちこちに・・・。」


「とりあえず、馬車は無理でも

人は国境を超えられるようですね。」


聞きたかった情報も、かなり聞けたな。


そして、この日は珍しく木下が

オレへお酒を勧めてくれたのだった。


「い、いいのか!?」


「はい。明日には国境を越えて隣国へ行くので・・・。

お酒は、またしばらく飲めなくなると思いますから。」


「? そ、そうか。では、お言葉に甘えて。」


しばらく飲めなくなる?

本当に、そうだろうか?

いくら昆虫食の国だろうと、酒はあると思うが。

いや・・・もしかして・・・『普通』の酒は無いのかもしれない。


「お酒ですか・・・久しく飲んでいませんね。」


「お? では、アルファさんもいっしょに・・・。」


「おじ様! アルファさんは、

まだ体調を崩しやすい体ですから、

お酒なんてダメに決まってます!」


オレがアルファへ酒を勧めようとしたら、

木下に叱られてしまった。


「そ、そうですよね・・・。」


なんとなくアルファが落ち込んだ気がする。

もしかして、酒好きなのかもしれないな。

だとすれば・・・飲みたくても飲めないやつの目の前で

ガブガブと酒を飲むわけにもいかないか。


オレは、一杯だけ酒を注文して、ゆっくり味わうように飲んだ。

茶色がかった苦みのある酒・・・。久々に飲む酒はうまい。

これは、たしか『レッサー王国』で初めて飲んだ酒だったな。

ここでも飲めるとは。


夕食後、オレたちは宿屋へ戻った。

宿泊部屋が男女に分かれていても、

木下は「いっしょに」とかワケの分からないことを言う。

もちろん、シホに軽くあしらわれて

木下は女性陣に二階へと引きずられていった。


オォォォォ・・・ オォォォォォ・・・


宿泊部屋には、ミント草。

爽やかすぎる空気を入れ替えるために、少し窓を開けた。

遠くからは、相変わらず谷の風の音が響いてきて、

窓を開けた途端に、涼しい夜風が部屋に入り込む。

なんとも心地よかった。

たった一杯の酒だったが、久々だったこともあり、

ほろ酔いのオレは、すぐに眠った。




翌朝、早朝鍛錬ができるような広い場所が、

この村には無かったので、おのおの部屋で軽い準備運動を済ませた。

ファロスが、右腕を固定している器具を

外そうとしていたが、やめさせた。

毎日、薬を飲んでいるおかげで、もうすっかり痛みはなく、

右手を動かせそうだとファロスは言うが、

少し調子に乗って動かすと痛がるから、

おそらく、まだ器具を外す段階ではないはずだ。


それにしても、ここ最近、よく眠れている。

やはりファロスが仲間になってからは、

ちゃんと男女に分かれて宿泊できることが増えた。

オレ一人だったら、宿泊部屋を別にする提案は

木下が許してくれなかっただろう。


そして、ここ数日、オレの荷物には、

置き手紙などが入れられていない。

つまり、夜中にペリコ君や木下に呼び出されていない。

だから、夜から朝までしっかり眠れている。


「ふっ! ふんっ! ふっ!」


オレもファロスと同じく、毎日薬を飲んでいたが、

よく眠れたこともあって、とうとう左肩が完全回復できた。

いきなり無茶な運動はできないが、少しずつ

チカラを込めて動かしても、痛みは感じない。

剣を鞘に納めた状態で素振りしても大丈夫のようだ。


「せ、拙者も! うぅ!」


「ファロス、無茶はするな。」


オレが自由に体を動かしていると、ファロスが

無理やり動こうとするようだ。

ダメだな。しばらくは、ファロスの回復に合わせて、

あまり激しい鍛錬は控えておこう。


「・・・よし。」


そして、オレが鬼の国の国宝を預かるようになってから、

毎朝の日課が、国宝の確認だ。

いつも腰の布袋へ入れて持ち歩いているし、

寝る時も、自分の枕元へ置いているから

盗られているはずはないのだが・・・。

以前、『カシズ王国』で海賊に財布の中身を

鉄クズにすり替えられた苦い経験から・・・

一日に一回は、直接、自分の目で確かめるようにしている。

当然ながら、すり替えられておらず、

オレは、ただそれだけで安堵あんどする。

いっそ、誰かに盗まれれば・・・

手放してしまうのが一番ラクになれるのでは?と

思ったりもするが、もう、この国宝を運搬することは、

『ヒトカリ』からの正式な依頼になっている。

途中で盗まれたら、責任をもって、取り返さねばならない。

もし、取り返せなかった場合は・・・

最悪、オレたちが世界指名手配されてしまうかもしれない。




朝食も、昨夜と同じ食堂『インペーロ』で食べた。

頼んでいた肉料理が運ばれてきた時に、

どこからともなく小さな虫が飛んで来ていたが、

すぐに追い払ったし、そこまで気にならなかった。

しかし、木下は気になったようで、肉料理には手を付けなかった。

今までの旅の途中でも、小さな虫くらいは、

どこにでも飛んでいた気がするが・・・

木下は、そこまで気にしていただろうか?

あまり記憶にないが、木下の虫嫌いは、かなりのものだな。

木下は、ずっとサラダだけを食べて、

シホは相変わらず好きな唐揚げを食べていた。

そして、木下とシホは、


「これが、最後の普通の食事・・・。

しばらく食べられない・・・うぅ・・・。」


「?」


何かブツブツつぶやきながら、暗い表情で食べていた。




朝食後、一度宿屋へ戻って、荷物をまとめて宿屋を後にした。

いよいよ、関所があるであろう、崖の方へ、

村の奥の方へと、オレたちは進んでいった。


オォォォォ・・・ ビョオォォォォォ・・・


『ハーウェア大谷』に近づけば近づくほど、

谷に吹いている強風の、うなり声が大きく聞こえてきた。

吹いてくる風も強い。


ギギギギッ ギィギィギギギギィ・・・


「?」


風の音に交じって、何か・・・

木造の家がきしむような音が聞こえてきた。

付近の家が、風で揺れているのだろうか?と、思っていたが、

揺れているのは、家ではなかった。


「なんだ、あれは・・・!?」


村の一番奥に、造りかけの建造物があった。

橋・・・とは呼べない、5mほどの高さの太い石柱が2本建っていて、

その石柱2本は、2~30mの間隔があり、その間には、

デコボコのガタガタに並んでいる赤黒い石畳が、

ほんの5mほど、崖に向かって並べられてあった。

そこから橋を造ろうとしていた・・・という形跡があるだけ。

ただそれだけだった。


やはり遠くから確認できなかった通り、この渓谷には橋が無かった。

ただ、片方の一本の石柱に、ものすごく太いロープが

幾重いくえにも巻かれていて、その石柱のそばには

大きな歯車?もあり、そこにロープが巻き付いている。

そのロープの先は・・・崖の、遥か向こう側へと伸びていた。

遠くからは見えなかった、こっちとあっちの崖に伸びている

一本の太いロープ。いったい、何のために?


ヒュオオオ・・・ オォォォォ・・・ ビョオォォォ・・・


ギィィィィィ・・・ ギッ ギィ~ギィギィ~・・・


渓谷の強風にあおられている、長い長い一本のロープが、

揺れるたびに、大きくギシギシと音を立てている。


「ん? なんだ、お前たちは?」


「『ウェルミス』へ行くのか!?」


石柱のすぐそばに、小屋が建っていて、そこから

帝国軍の騎士が2人、驚きの声をあげながら出て来た。


「あ、あぁ、じつは、そうなんだ。」


もしかして、ここから国境を超えることは

禁止されているのだろうか?

しかし、昨夜、食堂で嘆いていた商人らしき男たちは、

馬車だけ通れないようなことを言っていた気がするが・・・。

ここで止められるのかもしれないと思って、

内心ドキドキしながら答えると、


「はぁ、物好きな奴らだな。」


「一応、通行許可証を見せてくれ。」


騎士たちにそう言われて、オレたちは

『ヒトカリ』の会員証を見せた。

続いて、荷物の検査をされるかと思ったが、


「ん、確認した。」


「なるほど、傭兵たちか。こっちも確認した。」


騎士たちは、軽く会員証を確認しただけで、それ以上、何もしない。

たしか、この国へ来た時は、

魔害薬の持ち込みが無いかを検査されたはずだが・・・。

この国から出て行く者に対しては、規制がゆるいのかもしれない。


「では、しばらくここで待て。」


「?」


一人の騎士がそう言って、少し妙な形のランプ?を

小屋から取り出して、そのランプに火を灯して、


ジャララ・・・


「よっ・・・と!」


フォン フォン フュン フュン


ランプの先端にはくさりが付いていて、

騎士が鎖を持って、崖の方を向いてランプを勢いよく回し始めた。


「?」


しばらくすると、遥か向こうの崖の上に、

チカチカと光っているモノが見えた。

その光は、小さな円を描いている。


「ほぅ、あぁやって向こう側にいる者に

合図を送っているのでござるな。」


「そのようですね。」


ファロスが、そう言ってうなづく。

アルファや木下も、分かっていたようだ。


「よっとっと・・・。」


向こう側の光を確認すると、騎士は

回しているランプを止めて、ランプの火を消した。

合図を送り合って・・・どうするのだろうか?


「あの・・・。」


「ん? あー、一応、聞くが、

お前たちは商売の目的で『ウェルミス』へ行くわけじゃないよな?

商売目的のやつらは、通行させられないことになっている。」


木下が、騎士へ何か質問しようとしていたが、

逆に、騎士から質問されてしまった。

なるほど、国同士の貿易は認められていないということか。

昨夜の商人たちがなげいていた理由が分かったな。


「あ、はい。旅が目的です。」


「旅か。いいなぁ・・・。」


木下の答えに、騎士がうなづく。


騎士たちは兜を装着しているから、

顔が分かりづらいが、おそらくファロスぐらいの年齢に見える。

オレたちパーティーの顔を見ても、会員証で名前を確認しても、

特に反応がないところを見れば、この2人の騎士は、

『ゴブリン』の住処討伐には参加していなかったから、

オレたちのことを知らないのだろう。


旅をうらやましがるところを見ると、

こいつらも、長年、城門警備をしていた以前のオレと同じで・・・

ずっと、この場所を守っているのかもしれない。


ギシギシギシィッ! ゴゴゴゴゴッ!


ギギギギッ ギィギィギギギギィ・・・


「!」


急に、石柱に繋がっているロープが大きく揺れ始め、

石柱のそばにある大きな歯車が回り出した!

回る歯車が、ロープを巻き込んでいく。


「あの、ところで、どうやって

向こうへ渡ればいいのでしょうか?」


「ん? なんだ?

まさかお前たち、何も知らないで、ここへ来たのか?」


「は、はい。」


「おいおい・・・。

はぁ、そうか、なるほど・・・。

知ってれば、ここから『ウェルミス』へ

行こうなんて思わなかっただろうな。」


「ははは、だろうな。

俺も、ここを通るのはごめんだな。」


「!?」


騎士たちが、何やら不穏なことを言う。

なんだ? どうやって向こうへ行くんだ?

こいつらが嫌がるほどの手段とは、いったい・・・?


ギィギィギッ ギギギギッ ギギギギィ・・・


「あ・・・あれ、なに?」


「え?」


ニュシェに言われて、遥か向こう側の崖の方向を見てみれば、

ロープに何か、小さな船? 小舟?のような物体が

ぶら下がっていて・・・こちらへ向かって来ている!?


「お前たちは、アレに乗って、向こうへ渡るんだ。」


「は!?」


「え? え? えぇぇぇ!?」


騎士が当然のように、そう言った。

しかし、信じられない!

オレも、みんなも驚いている!


「はははっ! いい反応だな。」


「あ、あれって、乗れるのか!?」


「そうだ。あれは『スカイ・ゴンドラ』っていう

『カラクリ』の乗り物だ。ロープにぶら下がっているアレを、

向こうとこっちの歯車でロープを巻き取ることで動かしている。

そこの歯車で、今、ロープを巻き取っているところだ。

たまに、『カラクリ』の不調で歯車が止まってしまうこともあるが、

爆風を生み出す魔鉱石が『スカイ・ゴンドラ』に搭載されているから、

それを使って動かすこともできる。」


「か、『カラクリ』!」


「初めて見るでござる!」


見たことも聞いたこともない『カラクリ』だ。

『ザハブアイゼン王国』の技術は、本当にすごいな。


「そりゃそうだろうな。

世界でも数台しか使われてない『カラクリ』らしいぞ。」


「で、でも、でも、あ、アレに乗るんですか!?」


「たまに止まるのかよ・・・。」


木下は驚きを通り越して、青ざめている。

シホも、乗りたくないようだ。

たしかに、すごい『カラクリ』であっても、

この渓谷を、アレに乗って渡るのは、かなり恐い。


「お前たちは、まだ恵まれてる方だぞ。

昔は、あんな『カラクリ』が無くて、このロープを

自力で行き来してたって話だぞ?」


ギギギギッ ガガガガッ ギギギギィ・・・


遠くから、ロープにぶら下がったまま、どんどん近づいてくる『カラクリ』。

石柱のそばにある歯車が、たまに変な音を立てて回転している。

アレに乗って渡るのもイヤだが、このロープを自力で渡るなんて、

もはや不可能だと感じる。


「あの、なぜ『ソウガ帝国』は、『ウェルミス王国』と

仲が悪いのでしょうか? お互いが歩み寄れば、このような

危険な『カラクリ』に頼らなくても、橋を建設すれば・・・。」


アルファが、おずおずと質問した。

フードを頭から被っていて、バンダナで口元を隠しているから、

騎士たちは少し怪しんでいるが、それでも答えてくれた。


「んー? そんなの、俺たちにも分からんよ。

昔から仲が悪いらしいからな。昔のやつに聞いてくれ。」


一人の騎士は、少し素っ気なく答えた。

昔のやつが、まさか自分の目の前にいるとは思っていないだろうな。


「俺も、仲が悪い理由は知らないが、

キッカケは、たしか、大昔の皇帝様が決めたって話だったかなぁ。

この国は1000年近い歴史があるから、

それこそ、1000年前の初代皇帝様が決めたんじゃないかな。」


もう一人の騎士は、少し丁寧に答えてくれた。


「この『スカイ・ゴンドラ』が設置されたのも、ほんの数十年前だ。

設置作業が開始されるまで、数十年かけて協議されてたって話さ。

何百年前か、橋を建設するって話もあったらしいけど、

橋の建設作業には、少なくとも数十年、いや、100年くらいかかるだろ。

そうすると、その間にこっちの皇帝様も、あっちの王様も、代が変わっちまうんだ。」


「そうそう、代が変わるたびに協議は中断。

代が変わっても協議が続行されればいいが、

非友好的な皇帝様か王様になれば、

協議そのものが取り消され、交渉決裂。建設途中の橋も未完のまま。

戦争に発展しそうになった年もあったくらいだ。

橋が完成していたとしても・・・きっと戦争になった時、

真っ先に破壊されるのがオチだろうしな。」


「この希少な『スカイ・ゴンドラ』も、今よりもっとお互いの仲が悪くなれば、

このロープを切断されて終わりだろうさ。」


「膨大な金と時間をかけて建設した橋を壊すよりも、安く済むからな。」


「・・・そうですか。」


騎士たちの話を聞いたが、

国同士の仲が悪い理由までは分からなかった。

しかし、橋が完成していなかった理由は分かった気がする。

最初から仲が悪かったからこそ、話し合いに時間がかかって、

建設作業にも時間がかかって、その間に、王の代が変わってしまう。

人が変われば、考え方も変わる。

代が変わるたびに、仲が悪くなったり、仲直りしたり・・・。

そういうことだったのか。

質問したアルファは納得しているのか、いないのか・・・

少し寂しそうな目で、『カラクリ』の方を見ている。


ギギギギッ ガガッ ギギギギィ・・・


そんな話をしている内に、ロープにぶら下がった小舟が、

とうとう、こちらまでやってきた!


「おぉ・・・。」


「す、すげぇ・・・。」


ガッコン!


そうして、歯車の回転が止まり、

オレたちの目の前で、『カラクリ』の小舟は止まった。

小さく見えていたが、目の前で見ると、なかなかの大きさだ。

そして、なるほど、これでは馬車で渡ることは不可能だな。

たしかに小舟っぽいが、本物の小舟とは、やはりどこか違う。

大きな木箱っぽい外観。

荷馬車のほろのような屋根が付いているが、

前後左右に遮るものが無いから、風通しが良すぎるだろうな。

木造だが、あちこちに鉄の何かの部品が使われている。




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