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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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早朝鍛錬の一場面






アプカリーに見送られて『ヒトカリ』を出た頃には、

すっかり夕方になっていて、オレたちは

一度、宿屋『ルスト』へ戻ってから、夕飯までに街で用事を済ませた。


正直、オレはアプカリーとの話し合いで疲れてしまって、

もう外出したくない気分だったが、

これからは、オレ一人になることは許されない。

パーティーで話し合った結果、鬼の国宝は、

オレが常時、持ち歩くことになったから、

常に、誰かといっしょに行動することを

仲間たちに約束させられたのだ。


木下の用事は、道具屋で回復薬の補充と、

銀行で、報酬金であるゴールドカードを

分割して金貨に換金してもらうことだった。

報酬金は、宿屋に戻ってから、

みんなと分配することになっている。

シホも道具屋に用事があった。

以前、『エルフの洞窟』で見つけてきた、

拘束こうそく用の魔道具を

高値で買い取ってもらえるかどうかの交渉だった。

その道具屋が、たまたま正規の奴隷商人と繋がりがあり、

そこそこの値段で売れたようだ。

奴隷制度がある、この国だからこその交渉成立・・・

オレとしては、好ましくない交渉成立だと感じる。

シホが売った魔道具で、

またどこかの誰かが拘束されるのだから・・・。


ファロスとニュシェの用事は、武器屋だったが、

残念ながら、もう店が閉まっていた。

木下とシホの用事に、みんなそろって付き合っていたから、

閉店の時間までに間に合わなかったのだ。

そう考えると、やはり、

鬼の国宝のせいで、ずいぶん不便になったな。

武器屋は明日、立ち寄ることにして、

オレたちは宿屋へと戻った。




宿屋の一階の食堂で、夕飯を食べた後、

アルファは、すぐに眠ってしまった。

『ヒトカリ』での話し合いで、すでに体力を消耗していたのに、

この大きな街を、みんなといっしょに歩き回ったから、

ずいぶん疲れてしまったようだ。

一度、宿屋へ戻った時に、付いてこなくてもいいと話したが、

「今朝は鍛錬の時間がなかったし、体を動かさないと」と言って

無理やり付いて来たのだった。

ほとんどニュシェに背負ってもらっていたが。

食事にしても、少しずつ固形の食べ物を食べるようになっているし、

食べる量も、ほんの少しずつ増えている。

ニュシェに背負ってもらっている時間の方が長いとはいえ、

なるべく自分の足で歩こうとする努力を欠かさない。

数百年前は、騎士団長だったアルファ・・・。

きっと、当時も努力の末に騎士団長になったのだろう。

オレみたいに『なんちゃって騎士』のまま、

年功序列で城門警備隊の隊長になった怠け者とは大違いだ。

・・・実力の無さを、努力せずになげいても、

現状も未来も、何も変わらない。

アルファを見習って、オレも自分なりに努力していかねば。


アルファは、報酬金の全てを木下に任せた。

だから、アルファは先に寝てしまったが、

アルファ抜きで、木下からみんなへ報酬金の分配をした。

シホが思わず大声を出してしまいそうなほどの高額分配だった。

正直、この旅を始めてから、オレの金銭感覚は麻痺まひしつつある。

城門警備に勤めていた時には、一生、お目にかかれない大金・・・

その大量の金貨を自分の財布に入れる日が来るとは、

夢にも思わなかったし、違う国に滞在しているだけで、

この大金があっという間に消費されてしまうのだから、

一般の金銭感覚を保つ方が難しいように思う。


こうして大金が手に入るなら、傭兵稼業も悪くないように

錯覚しそうになるが、これらの大金は、

すべて自分一人で稼いだものではない。

このパーティーで、死にそうになるくらい難しい依頼を

こなしてきたからこそ、手に入った大金なのだから、

オレ一人で傭兵として生きていくなど、

命がいくつあっても足りない。

長く傭兵稼業で生きているシホを見ていれば分かる。

大金を手にして喜びはするものの、

木下のように好きな物を買い過ぎたり、

高級な飲食で金を使い果たすようなことはしていない。

なるべく、必要なことだけにお金を使っている。

きっとシホも分かっているのだ。

この仲間がいるからこそ、これだけ稼げているのだと。

だから、いつか・・・このパーティーが解散して、

収入が激減しても大丈夫なようにたくわえているのだと思う。


それに、老い先短いオレが、傭兵として、

どれだけ働き続けることが出来るというのだ・・・。


今日も寝心地が悪い宿泊部屋の床の上で寝転がりながら、

腰が痛くならない体勢を探りつつ、

仲間たちの静かな寝息を聞き、そんなふうに思いふけって眠った。




「佐藤殿、お願いがあるのでござるが・・・。」


翌朝、いつもの通り、陽が昇る前に

ニュシェに起こされて、早朝鍛錬をした。

ニュシェとファロス、そしてアルファ、シホも起きていた。

木下だけは、起きる気配もなかった。


場所は、宿屋から少し離れた広場。

早朝から散歩している老若男女がいる中、おのおの鍛錬を始める。

オレは左腕、ファロスは右腕を怪我していて、

まだ激しい運動は出来ない。

特にファロスは、右腕を固定しているため、

日常の生活でも不便そうだ。

最近のファロスは体を動かすより、じっと座って

瞑想めいそうしているような、

精神を研ぎ澄ますような状態でいることが多かった。


オレは、そんなファロスの横で、

軽い準備運動だけをこなそうとしていたら、

ファロスが、そう話しかけてきた。


「お願い?」


「佐藤殿の剣を、ぜひ見せてほしいのでござる。」


「剣を?」


ファロスの前には、ファロスの刀が置いてある。

鞘に収まっているが、中身は・・・折れたままの刀だ。

折れた切っ先は、たしか『ゴブリン』の住処で失ったはず。

住処へ二度目に訪れた際、ファロスは

ずっと探していたようだったが、とうとう見つからなかった。

切っ先がなければ、さすがに修復は不可能だろう。

もっともファロスの『刀』という武器は、

ファロスの故郷でしか修復できないと、いつかの武器屋で言われていた。

オレだったら、使い物にならなくなった武器は、

さっさと買い替えてしまうだろうが、

ファロスのように、物を大切に保管しておく気持ちも分かる。

いつから使っていたのかは知らないが、

あの刀で、ファロスが長谷川さんと闘った日々を考えると・・・

たぶん、ファロスは、あの刀を捨てることはしないのだろう。


しかし・・・


「かまわないが、オレの剣を見てどうするんだ?」


スラァァァ・・・


オレは、そう答えながら腰の剣を抜き、ファロス側へつかを向けて渡した。


ファロスがオレの剣に興味を持っているとは、意外だな。

まさか、この機に刀ではなく、剣を使おうと考えているのだろうか?

ファロスには、もう一本、刀がある。

あの長谷川さんから受け継がれた刀・・・家宝の刀だったか。

だからこそ、ファロスは滅多に持ち歩かない。

今も宿泊部屋に置いてきている。

あの刀があれば、わざわざ買い替えなくとも

事は足りると思うのだが。


「かたじけない、では拝借はいしゃく・・・ん、少し重いのでござるな。」


「?」


ファロスは左手で受け取り、剣の刀身を見上げる。


「本当に、不思議な剣でござるな。」


「不思議?」


「はい、拙者の刀は、無名ながらも

強度は申し分ない業物わざものでござった。

だからこそ、父上との闘いでも長年、折れることが無かったのでござる。

それが、この前の老騎士との戦いで刃こぼれが生じて、

今回の赤鬼の、たった一撃を受けただけで折れてしまい・・・。

しかし、この剣は、一撃どころか、

あれだけの猛攻を受けきって、なお、刃こぼれ一つ無いとは・・・。」


ファロスは、オレの剣をいろんな角度に構えて、

刀身をじっと観察しながら、そう言った。

言われてみれば・・・あれだけ激しく鋼鉄の棒にぶつけたのに、

この剣は、まったく刃こぼれしていない。

あれから使っていないから、気づいてなかった。


「本当に、魔道具のたぐいか何か・・・

そういった由緒ゆいしょある剣だったりしませんか?」


ファロスに、そう問われても、

オレのほうには心当たりがない。


「んー、家の物置部屋に放置していた剣だからなぁ。」


たしか、以前、どこかで野宿している時に、

同じようなことをファロスに話した気がする。

しかし、ファロスには話していなかったが、

この剣は・・・たしかに、

オレの親父からゆずり受けた剣だった。

もしかしたら、先祖代々、

受け継がれてきた家宝みたいな剣かもしれないが、

オレが大学卒業した時に、受け取った際、

これが由緒正しい物ならば、

剣の名前とか親父が得意気になって教えてくれそうなものだ。

そんなことは一言も聞いた覚えがない。

もっとも、親父のことだから、

肝心なことを言い忘れていた可能性もあるが。


「ファロスの刀と同じく無名ということになるな。」


「そ、そうでござるか・・・。

無名にもピンからキリまでありますから、

佐藤殿の、この剣は、きっと

無名の中でも最上の業物わざものでござるな。」


そう言って、ファロスは

剣の柄をオレに向けて差し出して来た。

品定めは終わったようだ。


「ん・・・。」


ファロスから自分の剣を受け取って、改めて刀身を眺める。

たしかに、刃こぼれも、ヒビも、歪みもない。

通常の剣ならば、あれだけ硬い鋼鉄に打ち込んだら、

刃こぼれどころか、ファロスの刀のように

折れてしまっても不思議ではない。

やはり、ファロスの言う通り、

この剣は、普通ではないのかもしれない。


「・・・拙者、今日は武器屋で剣を購入しようと考えております。」


「剣を? 必要なのか?」


剣を鞘に納めながら、ファロスに問う。


「は・・・はい。

折れてしまった刀は、この国では修復不可能でしょうし、

新たな刀を買うにしても、拙者の国で造られた刀など、

この国の武器屋で売っていないでしょうから。」


「それはそうだろうが、いや、そうじゃなくて。

お前には、たしか、まだあの・・・。」


「佐藤殿の言いたいことは分かります・・・。

拙者には、父上から授かった『斬魔』があります。

ですが、あれは長谷川家の家宝でござる。

本来は、おいそれと使用していいものではございません。

今回、拙者の刀が折れてしまいましたが、

これがもし『斬魔』だったら・・・

拙者は、父上やご先祖様たちに天罰を下されてしまいます。」


ファロスは、その状況を想像しているのだろう。

小さく身震いして言った。

たしかに家宝というのは大事にしなきゃいけない物だろうが。


「しかし、長谷川さんは・・・ファロスの父上は、

あんなに使っていたじゃないか。

お前の猛攻を、全てあの刀でさばいていた。

ちっとやそっとの衝撃では折れないんじゃないか?」


オレは、そう言った。

今回、折れたのは無名の刀。

さっきファロスが言ったように、

名のある業物である、長谷川さんの刀なら、

無名の刀よりも強度が上のはずだ。


「と、とんでもござらん。

父上のように扱うには、拙者の実力では、まだまだ・・・。

きっと、父上の腕前ならば、

今回の赤鬼の攻撃も、刀を折ることなく、受け流していたことでしょう。」


「うーん・・・。」


ファロスは謙遜けんそんして、そう言ったが、

言われてみれば、たしかに・・・。

あの長谷川さんの実力なら、涼しい顔で

赤鬼の攻撃をさばいている姿が、容易に想像できてしまう。

ファロスの刀が、これまで刃こぼれしなかったのも、

もしかしたら長谷川さんのさばき方が上手かったせいかもしれない。

長谷川さんの思いやりだったのかな・・・。

あの船上での、長谷川さんとファロスの最期の闘いの際、

長谷川さんがファロスを見ていた時の、優しい目を思い出した。


「今回、刀を折ってしまったのは、

拙者の腕がまだまだ未熟だったせいでござる。

今まで刀以外の武器を扱ったことは無いのでござるが、

これを機に、剣での戦い方を身に着け、精進するつもりでござる。」


「そうか。」


いい面構つらがまえだ。

ファロスの決意が伝わる言葉だった。

刀と剣の違いは多少あっても、斬るという行為に変わりはない。

ファロスなら、きっと剣も使いこなせるだろう。


「なら、剣に関しては、長谷川さん・・・

ファロスの父上より、少しオレのほうが詳しいと思う。

うまく剣が振れない時は、オレに聞いてくれ。

分かる範囲で教えよう。」


「おぉ、かたじけない!」


ここしばらく難しい顔をしていたファロスに少し笑顔が戻った。


ブン! ブンブン!


「ふんっ! ふっ! はっ!」


ファロスとの話に区切りがついたので、

オレは自分の準備運動を再開しつつ、視線をニュシェに移した。

ニュシェは、日によって弓か斧の練習をしているが、

今朝は斧の練習だ。

ニュシェは、まだ実戦で斧を使ったことはないが、

体のさばき方、斧の振り方が様になってきている。

そこそこのスピードで斧を振れているからこそ、

風切り音が聞こえている。

鍛えていない者が闇雲に斧を振っても、

あれだけの音は出せないし、出せたとしても、

斧を振った遠心力で、体がフラつくものだ。

しかし、ニュシェはどんなに強く振っても、

体の芯がフラついていない。

武器の扱いで一番重要な、チカラの制御ができている証拠だ。

体勢を崩さずに、攻撃を続けることができる。

この早朝鍛錬を続けてきた成果なのか、

それとも、獣人族のニュシェだから、

もともとの体の筋力が備わっていたのか。

どちらにしても、今のニュシェなら、

実戦で斧による近接戦闘もこなせるかもしれない。


問題は・・・精神面の鍛錬と実戦の経験値か。


おそらく獣や魔獣相手なら、容赦なく斧を振り下ろせるだろうが、

対人となれば、ニュシェは斧を振り下ろせないかもしれない。


ブン! ブォン!


「ふっ! はっ!」


・・・もう子供扱いしてはいけないと、

頭では分かっているものの、こうしてニュシェを見ていると、

まだまだ幼い子供に見えてしまうし、

そう思うと、ニュシェが対人で斧を振り下ろす・・・

なんて想像するだけで、少し胸が痛む。

できれば、ニュシェには、

これ以上、命のやり取りをさせたくないのが本音だ。

オレが守ってやらねば・・・と思う反面、

いつまでもオレが守ってやるわけにもいかず、

大人に成長していく中、自身を守るチカラを身に着けて、

強く生きていってほしいと願う気持ちもある。


・・・子育てを女房に任せっきりで、

子供たちの成長を見てやることが出来なかったオレだが、

きっと女房は、こんな気持ちで、

子供たちの成長を見守っていたんだろうな。


「ふぅ・・・。」


他人の心配をしている場合ではないか。

オレは、準備運動をこなすだけで、体の調子が

まだ本調子ではないと感じている。

左肩の痛みは、薬のおかげで、かなり和らいでいる。

ただ、腰の痛みは・・・まだ重い痛みが残っている感じ。

腰の方は怪我ではなく、年齢による持病みたいなものか。

あの『クリスタ』の医者も言っていた。

この先も無理をすれば、こういう状態になってしまう・・・。

無理をしなくても、つねに戦いで生き残れるように、

体を鍛えていくしかない。


それほど大きな広場ではないが、並木道が広場を囲むように続いていて、

その並木道を、アルファとシホが散歩して回り、ちょうど戻って来た。


「はぁ・・・疲れた。」


アルファは、シホに肩を貸してもらいながら戻ってくるなり、

疲れた表情で、上着の前を大きく開こうとしている。


「お、おい、アルファさん!」


「んー? 私はアルファではないぞ。」


「えぇ!? お、俺、さっきまで

アルファさんって呼びながら、いっしょに歩いていたのに!?」


「!?」


暑くなったからって、

公衆の面前で、服装を乱すなと注意しようとしたら、

アルファではなく、ブルームの人格だった。

オレといっしょでシホも驚いているが、

いっしょに散歩していたのに、気づいていなかったのか。


「い、いつの間に?」


「はぁ、今朝、起きた時からだ。気づいてなかったのか?」


「き、気づけるわけないだろ。」


「一言、言ってほしいよ!」


シホが文句を言うのも無理はない。

見た目が変わらない限り、オレたちが分かるはずもない。

言葉使いが違うというだけで、声も変わっていないのだから。


「あー、ブルームさん。できれば、人格が変わった時には、

みんなにそう伝えてほしいんだが・・・。」


「そんなメンドーなことを、私がしなければならないのか?

朝起きて、挨拶がてらに自己紹介か? 勘弁してくれ。」


オレの提案に、ブルームが思い切りイヤそうな顔をした。

しかし、言われてみれば、その通りか。

人格が変わるたびに、自己紹介するようなものだ。


「しかし、アルファさんか、ブルームさんか、

こうして喋ってみるまで、オレたちには見分けがつかないしなぁ。」


どちらも同一人物だし、名前の呼び間違いは些細なことではあるが。


「人格によって、お前たちの対応が違うわけではないだろう。

名前の呼び違いが問題なのであれば、

どちらの人格でもクラリヌスと呼べばいいだろう。

元々、人格ごとに呼び分けたいと言い出したのは、

お前たちの方だからな。私は気にしない。」


ブルームは、上着の前をパタパタと

まるでドアを開け閉めするような仕草をする。

すでにファロスはオレたちを見ないように、

反対の方向を向いて座っている。


「うーん・・・そういう問題なんだろうか?」


シホが悩みだす。

たしかに、人格ごとに呼び分けようとしたのは、

オレたちからの提案だった。

そのほうが混乱しないだろうと思っていたからだ。

しかし、ブルームは、気にしていないと言う。

呼び分けなくても、どっちでもいいと。


「ところで、自覚しているのか? 佐藤?」


「え?」


「お前は、私が年上だからという理由で

『さん』付けで呼ぶと言っていたが、

時々、私のこともアルファのことも

呼び捨てで呼んでいる時があるんだぞ?」


「えぇ!?」


ブルームに言われるまで、まったく気づいていなかった。

そんな、年上に対して呼び捨てにしていたなんて・・・。


「あー、そういえば、おっさん、

小鬼の住処で戦っていた時に、アルファさんのこと、

思いっきり呼び捨てにしてたよな。」


「そ、そうだったのか・・・。」


シホが教えてくれた。

他人に言われるまで気づかなかったとは、

とうとうオレもボケ始めてしまったか。


「た、大変、無礼なマネを・・・!

許してくれ! アルファさん! ブルームさん!」


オレは頭を下げて、2人に謝った。

人格は変わっていても、

アルファにもオレの声は届いているはずだ。


「はははっ! そうかしこまる必要はないぞ。

誰も責めているわけではないからな。

私もアルファのやつも、なんとも思っていない。

だから言ってるだろ? 呼び分けることも、『さん』付けも、

こだわっているのは、お前たちだけだ。」


そう、ブルームに笑われた。


こうして、改めて見ると・・・

『エルフ』であることを隠すために、

フードを深く被っているから、分かりにくいが

顔を見れば、やはり若く見える。

とてもオレより年上に見えない。

見た目で判断しているわけではない・・・と言いたいところだが、

実際、こんな若い見た目の女性に対して、

『さん』付けで呼ぶのに、違和感を感じてしまっている。

他人に言われるまで気づかなかった、これが、オレのこだわりなのか?


「ブルームさんの言う通りだな。

実際、おっさんはパーティーのリーダーだし、

ブルームさんの見た目も、おっさんより若く見えるから、

呼び捨てにしてても、全く違和感なかったよ。

本人が気にしないって言ってんだから、

これからも呼び捨てでいいんじゃないか?」


「そ、そうもいかないだろ。

だいたい、普段からタメ口のシホですら、

『さん』付けで呼んでるじゃないか。」


シホの言うことに説得力を感じる。

でも、いつもタメ口のシホだが、

仲間に対しては『さん』付けを徹底している気がする。

シホが『さん』付けで呼んでいないのは、

オレのことと、ニュシェのことと、

あとからパーティーに加入したファロスだけ。

木下やブルームのことは、しっかり『さん』付けで呼んでいる。


「まぁ、そうだな。

おっさんと違って、俺はあんまり上下関係とか

気にすることがない環境で、ずっと生きてきたから、

敬語を使うのは苦手だけどさ。

傭兵の暗黙のルールっていうか、姉さんの教えで、

『依頼主には敬語を使う』とか『目上の人は『さん』付け呼び』とか、

全部、姉さんに叩きこまれたからなぁ。」


そう言って、シホは少し空を見上げた。

なるほど、傭兵として生きていくために、

シホの姉がしっかりしつけたのだろうな。


「まぁ、パーティーの小難しいルールは、お前たちに任せよう。

呼び名も、敬称も、私はどちらでもいいって、自分の意思は伝えたからな。

またパーティー全員がそろっている時にでも話し合ってくれ。

私は疲れた・・・意識が飛びそうだ。ふぅ・・・。」


そう言ってブルームは、また上着の前をパタパタと

開け閉めして、服の中に空気を取り込もうとしている。

気づけば、並木道を歩いている他の町人たちが、

ブルームを遠くから眺めているような気がする。


「ブルームさん、見えちゃうからダメだってば。」


慌ててニュシェが止めに入る。


「やれやれ、涼むこともできないとは・・・。

では、早く宿屋へ戻らせてくれ。もう限界だ。暑い・・・ふぅ。」


そう言って、ブルームがニュシェに寄りかかった。


「もう仕方ないなぁ。」


そう言いながらも、ニュシェはイヤな顔をせず、

ブルームに肩を貸して、宿屋へと歩き出した。


鍛錬前は朝陽が昇っていなかったが、

気づけば、陽が昇り始めて、広場全体が明るく見える。


今朝の鍛錬は、ここまでだな。


ファロスが立ち上がろうとした時に、

シホがすかさず駆け寄って、手を貸している。

そうして、オレたちもニュシェたちの後を追って、

宿屋へと戻っていった。





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