小鬼の包囲網
ガン!
「くっ!」
ひしめき合う騎士たちの合間をすり抜けて走っている途中、
空から小石や木枝が飛んできた!
やはり、あの洞窟で戦った『ゴブリン』たちと同じか。
小手でそれらを弾きながら走り続ける!
『ゴブリン』たちがどれだけの大群であろうと、
騎士たちと戦っているのは前列だけだ。
あとの大多数の『ゴブリン』たちは、後方から物を投げてくる!
よく見れば、先頭より後方の騎士たちは
盾を頭上に掲げて『ゴブリン』たちの投石を防いでいる。
「はぁ! はぁ! はあああああ!」
ザン! ドシュン! ザクッ! ビシュ!
騎士団の先頭へ、やっと辿り着いた!
すでに『ゴブリン』たちとの戦闘が繰り広げられていて、
戦っている騎士たちは、その真っ黒な鎧を、
さらに魔物の真っ黒な返り血で染めている。
騎士たちの剣が、どこを斬っても敵に当たる。
しかし、目の前の『ゴブリン』が倒れたそばから、
後ろから次々に新たな『ゴブリン』が押し寄せてくる!
「うがぁ!」
目の前の『ゴブリン』に気を取られていると、
いつの間にか、他の『ゴブリン』に足を噛まれて、
「倒れるな! ケビン!」
「うわぁぁぁ!」
グシャ! グシャ! グシャ!
「・・・!」
あっという間に、一人の騎士が『ゴブリン』の集中攻撃に遭い、
『ゴブリン』の集団の中へと引きずり込まれていった!
「足元にも気を付けろ! 転んだら最期だぞ!」
「うおおおおおお!」
ゲシュ! ザスッ! ドコン! グシャグシャ!
まさに惨劇・・・。
倒れている騎士たちを見つけたら回復薬を渡してやりたかったが、
倒れた騎士が見当たらない。
今、見たように、ケガをして倒れてしまった騎士は、
『ゴブリン』たちが自分たちの群れの中へと
引き込んでしまうのだろう。
これでは、オレがここへ来た意味がない。
あの王女は・・・
「はぁぁぁぁぁぁ!!!」
ザザザザシュ!! ザザザザンッ!!
ひと際、気合いの入った女性の叫び声が聞こえてきた!
騎士たちがひしめき合っているため、姿は見えないが、
おそらく王女の声だろう。
本当に、先頭に立って戦っているようだ。
今のところ、ケガをしているとか、
窮地に立たされているとか、
そういう感じではなさそうだ。ひと安心か・・・。
いや、しかし、この圧倒的な敵の数・・・
いつまで体力と集中力が保てるか。
「いって!」
オレのすぐそばで『ゴブリン』に殴られた騎士が倒れた!
「!」
オレは、すかさず倒れた騎士を自分の方へと引きずった!
倒れた騎士の足を引っ張ろうとしていた『ゴブリン』たちは、
他の騎士たちの攻撃を受けて、倒された。
「な、なんで、こんなとこに傭兵が!?」
兜を目深に被っていたから気づかなかったが、
オレがとっさに助けた騎士は、
声からして、第二の副団長の男だ。
しかし、一応、確認せねば。
木下から受け取った回復薬だから、
これは第二騎士団以外に飲ませてはいけない。
「第二騎士団か!? 回復薬を飲むか!?」
「お、おう! 第二だ! 薬をよこせ!」
目の前の騎士が、立ち上がりながら
オレの手から回復薬を乱暴に奪った。
ゴクゴクゴク
素早く回復薬を飲んだかと思えば、空になった小瓶を捨てて
「うおおおお!」
すぐさま、戦闘中の前線へと駆けて行った。
余程、高級の超速回復薬でない限り、
飲んだ瞬間にケガは治らないはずだ。
回復薬の効果が表れる前に、やせ我慢して戦い始めたのだろう。
それほど、騎士団が押されている・・・。
「・・・すべてを焼き払え! イグナイテッドォォォ!!!」
ズドオオオオオオオォォォォォ!!!
「「「「「「「ギャギャギャギャギャ!!!」」」」」」」
「うぉ!」
「あッチ!」
第二騎士団の先頭より、少し後方へ下がっている中曽根が
そこそこ大きな火の魔法を発動させた!
炎の柱が、30mほどの高さまで立ち昇り、
その炎で下から突き上げられた
多くの『ゴブリン』たちが上空へと吹き飛んでいく!
吹き飛ばされた『ゴブリン』たちの体は、
高熱の炎に焼かれて、真っ黒に燃えている!
あまりにも距離が近かったため、
前線で戦っている第二の騎士たちが熱がっていた。
グシャア!
「ぎゃっ!」
「!」
中曽根の魔法は、上級の威力ある魔法だと思うが、
それでも『ゴブリン』の数が減っている気がしない。
倒しても倒しても、その死骸を乗り越えて
次々に迫ってくる『ゴブリン』たち。
また目の前で第二騎士団の騎士がケガをしたので、回復薬を手渡す。
中曽根の周りには、魔法を使う騎士たちと弓使いの騎士たちが
いっしょになって中距離、または遠距離を攻撃している。
目前に迫って来ている『ゴブリン』たちは、
他の騎士たちと接近戦になっているため、援護攻撃はできない。
「む、無限に湧いてくる! くそっ!」
ガシュ! ザシュ!
騎士の誰かがそう言いながら戦っている。
まさに湧いてくるという表現がぴったりだ。
「ファイヤーウォォォール!!」
「ファイヤーウォォォル!」
ドォォォォォォッ!! ゴォォォォォ!!
火の魔法で焼き払っても、
「サウザントォアイス!」
ズドドドドドドドドドッ!!
魔法の氷塊を降らせても、
「ウィンドミル!」
ヒュオ! ピシュッ ズババババッ!!
魔法の風の刃で切り刻んでも、
キュイ! キュキュン! ピュン! ピュピュピュン!
多くの矢で射ても、
「「「「「「「ギャギャギャギャギャ!!!」」」」」」」
『ゴブリン』の数が減っている気がしない。
倒しても倒しても、後ろから新たな『ゴブリン』が襲ってくる!
「くっ!」
騎士団が攻撃しまくって、押しているように見えるのに、
先頭で戦っている騎士たちが、じりじりと、徐々に後退している気がする。
「下がるなぁ! 退くなぁ!」
あの、いかつい顔の第一の副団長の怒鳴り声が聞こえてくる!
他の騎士たちよりも先頭で戦っているだろうから、
オレからは見えないが、きっとやつの隣りには王女がいるのだろう。
「前進あるのみ! 押せ! 押せーーー!」
副団長の声の後に、王女の声も聞こえてきた!
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」
気持ちで押されていたのか、王女と第一の副団長の声に
この場にいる騎士たちが声をあげて応える!
「「「「「「「ギャギャギャギャギャ!!!」」」」」」」
騎士団の気合いの入った声に負けじと、
『ゴブリン』たちの雄叫びも大きくなっている。
「退くんじゃねぇーぞ! 押せ! 押し潰せぇ!」
今度は拡声器で中曽根が命令を叫んでいる!
「ん!? お前、なぜ前へ来た!?」
その中曽根と、なぜか目が合ってしまった。
中曽根はオレを見つけて、不機嫌そうな声を出す。
いや、戦いで気が立っているだけか。
「第二の回復薬を運んできました!」
「ふんっ、テオフィラ様に
接触しようとしてるのかと思ったが・・・。
そうか。それ以上、前へ出るなよ!
それから、第二の薬は絶対に第一に使うんじゃないぞ!」
「は、はい!」
そう、中曽根に注意された。
やはり、中曽根はオレたちが
王女へ接触することを恐れているようだ。
だから、後方にいるオレたちのことを警戒していて、
オレと目が合ったのだろうな。
こうなると、中曽根よりも前へ行くことは難しい。
いや、この『ゴブリン』の攻防の最中では、
先頭へ行くなど不可能に近い。
王女の安否すら確認できないな。
オレは、騎士たちで混みあっている中、
ケガをした騎士を見つけるたびに回復薬を渡し、飲ませた。
手持ちの回復薬が無くなったので、
急いで後方へと、また走り出した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・あ!」
後方へ戻ってきて、すぐ異変に気付いた!
木下たちの周りに、たくさんの騎士たちが倒れている!
「「「「「「「ギャギャギャギャギャ!!!」」」」」」」
「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」
他の騎士たちは『ゴブリン』たちと戦っている!
キュイキュイ! ピュピュン!
ニュシェも弓で応戦している!
どうやら、前方の『ゴブリン』の大群が、
とうとう騎士団やオレたちの周りを囲み始めてしまったようだ!
それもそうか。たった数百人のオレたちに対して、
敵は、8000匹・・・あっという間に囲まれるのは分かっていた。
前方だけではなく、四方八方から『ゴブリン』が・・・!
ヒュン! ガッ!
「っ!」
どこから飛んできたか分からない小石がオレの足に当たった!
大したダメージではないが、地味に痛い。
ザシュ! ザン! ザザザン!
見れば、木下たちよりも後方、丘の方で騎士たちと混ざって
ファロスが戦っている! オレよりも先に戻ってきていたか。
「おっさん!」
シホがオレを見つけて呼んだ。
そのシホは、風の魔法で壁を作らず、
光の攻撃魔法でニュシェと同じく応戦しているようだ。
そうか、倒れているのは傷ついた騎士たち・・・。
いつものように風の壁を作ってしまったら、
傷ついた騎士たちを助けにくい。
オレは剣を抜きながら、みんなの元へ駆け寄る!
「はぁはぁ・・・何が後方支援だ。
やっぱり、こうなってしまったじゃないか!」
オレは、帝国軍との契約を思い出して悪態をつきながら、
「はっ!」
ザシュザシュ!
丘の方から迫り来る『ゴブリン』たちとの戦いを始めた!
「お、おじ様!」
「はぁ、はぁ、ユンム、話はあとだ!
今は目の前の『ゴブリン』を・・・!」
「何か、おかしいんです! 騎士たちが!」
「え!?」
木下が悲鳴に近い声をあげた!
「ぅぅぅぅぅぅ、は・・・うぅぅぅぅ・・・!」
木下たちの周りで倒れている騎士たちは、
ケガをして倒れているだけではなく、回復薬を与えてもらって、
それでも立ち上がれない状態のようだ。
5~6人の騎士たちが、倒れたまま、ガタガタ震えて、
苦痛の表情で、呻いている。
「くっ!」
ザシュッ! ドシャア! ザンッ!!
状況がよく分からない!
オレは『ゴブリン』たちとの戦いを始めてしまっているから、
騎士たちの様子に気を配っていられない!
「回復薬では治らないのか!?」
「そうではないんですが・・・いや、これは・・・!?」
戦いながら、木下に聞いてみたが、
木下も状況が把握できていないのかもしれない。
「ま、待ってください!
ユンムさん、その回復薬を、この布にこぼしてみてください!」
「え、でも・・・。」
「一刻を争います!
回復薬の1本ぐらい、あとで弁償できます!」
「は、はい!」
アルファが、何かに気づいたようだ。
木下に、何か指示をしている。
木下だけでは心許なかったが、
アルファがそばにいるなら大丈夫か。
「どりゃ!」
ザン! ザン! ザシュシュ!
こっちはこっちで戦いに集中していないと、
「ギャギャギャギャギャ!」
「ちっ!」
ドカッ!
ちょっとでも隙を見せると、
『ゴブリン』たちは、足元を狙って来て、
オレを倒そうとしてくる!
足元へ突っ込んできた『ゴブリン』を蹴り上げて、
「ぬっん!」
ザギャ! ドシュン!
次々に襲ってくる『ゴブリン』たちを斬っていく!
後方がこんな状態では、もう回復薬を
先頭へ届けに走ることは出来そうもない。
・・・王女が心配だ。
「こ、これは!」
「な、なんですか・・・この色は・・・!?」
「!?」
アルファと木下の叫び声に似た声が聞こえてくるが、
何を話し合っているのか、オレには分からない。
「どうしたんだ!? おりゃ!」
ガシュン! ドシュッ!
戦いながら、2人に聞く。
「お、おじ様・・・こ、これは・・・この回復薬は・・・!」
「こいつは、回復薬じゃない・・・!」
「!?」
2人は、まだオレの問いに答えてくれない。
「うがああああああああああああああああ!!!」
「なっ!?」
突然、男の叫び声がして、
木下たちの方を一瞬見てみたら、
倒れていた騎士の一人が、叫びながら立ち上がり、
「ま、魔、ま物おおおおおおおおお!!!」
そう叫んで剣も持たずに『ゴブリン』の群れへと突っ込んでいく!
「お、おいっ!」
「「「「「「「ギャギャギャギャギャ!!!」」」」」」」
ドゴッ! バコッ! バキ!
「おおおおおおおおォォォォオ!!!」
たちまち『ゴブリン』たちと乱闘になったが、
数匹、素手で殴り殺していたようだが、
それもあっという間に・・・
「オオオオオッ! ガッ!」
バキッ! メキャ!
「あ・・・あ・・・あぁ・・・!」
木下が見たくないモノを見て、顔を背ける。
『ゴブリン』たちの群れの中に、騎士が引き込まれて消えた。
「ウガアアアアアアアアアアア!!!」
「おああああああああああああああああ!!」
「!」
今、消えてしまった騎士だけではない。
木下たちの周りに倒れている騎士たちが、
次々に・・・発狂して立ち上がる!
「な、なんなんだ、いったい!?」
何が起こっているんだ!?
「これは、回復薬じゃない! おそらく、魔害薬だ!」




