宿屋『ガイム』の救出劇
シホを心配しながらも、オレたちも料理を注文して
運ばれてきた料理を食べ始めた。
ふとファロスを見ると、少し険しい表情で
隣りのテーブルを見ている。
シホが他の男たちと楽しそうに話しているのが不満・・・
というわけではないんだろうな。
仲間として、女性として、守るべきシホが
いつ危険な目に遭うか、分からないから監視しているようだ。
たしかに、のらりくらりと騎士たちの下衆な話やおさわりを
かわしてはいるが、酔っ払いでも騎士は騎士。
本気でシホに襲い掛かれば、シホはひとたまりもないだろう。
・・・だからと言って、騎士たちを迎撃して
ケンカになるのはよろしくない。
明日の討伐軍に参加できずに、捕縛されてしまう可能性だってある。
かなり危険な状況ではあるが、シホのお喋りが、
騎士たちに大ウケしていて、
いつの間にか、隣りのテーブルには
10人くらいの騎士たちが集まり、飲んで騒いで、
シホを中心に笑い声をあげている。
それでいてシホは、騎士たちに遠慮することなく
次々に料理を注文して食べている・・・。
呆れたやつだ。
犠牲役を押し付けてしまったという罪悪感があったが、
あいつは本気で楽しく食事をしているようだ。
そういえば、出会った当初は、騒がしくて、
よく喋りながら食べるやつだった。
それが・・・オレや木下が目立たないように
旅していることを理解してからか、いつの間にか
大人しく食事するようになっていた気がする。
しかし、オレたちの食事が終わり、
シホもおなかいっぱいになってきている様子。
そろそろ、シホを救出しなければ。
オレが立ち上がるとともに、ファロスまで立ち上がった!?
そして、ファロスは手でオレを制してから、
隣りのテーブルへと進んでいく。
任せて大丈夫なのか?
「シホ殿、そろそろお開きでござる。」
「なんだ、てめぇは!」
案の定、騎士たちの中心にいるシホに話しかけただけで
周りにいる酔っ払い騎士たちが、ファロスの行く手を阻む。
「拙者は、シホ殿と同じパーティーの傭兵、長谷川ファロスと申します。
明日の討伐軍の作戦が大成功となりますように、
拙者たちも後方支援の役目を、しっかり果たすべく、
今宵は、早めにお休みをと思いまして。」
「んなこたぁ聞いてねぇよ!
俺たちとこの女は、まだまだ話足りねぇんだ。
お前たちは女を置いて、さっさと帰れ!」
スッ
「あぁ!?」
ドシーン!
酔っ払い騎士が、文句を言いながら
ファロスの肩を押そうとしたが、ファロスがそれをかわしてしまったため、
騎士の手は空を切り、勢い余って転倒してしまった。
ざわわっ!
「おい、コラ! てめぇ!」
「なんだ、お前はーーー!?」
「やんのか!? あぁ!?」
シホと話していて、陽気な空気に包まれていた騎士たちが、
一同に、一気に怒りの感情に飲み込まれ、それが伝染していった。
テーブルを囲んでいた10人くらいの騎士たちだけでなく、
この食堂にいる、30人くらいの騎士たちが、
一斉に立ち上がり、オレたちを囲み始めた。
「はぁ・・・やはりこうなってしまったか。」
オレは溜め息しか出なかった。
これだけの人数なら、一小隊に値する人数だろうが、
隊を束ねる上官らしき者の姿が見えない。
見渡す限り・・・ファロスよりも実力が上みたいな、強者は見当たらない。
上官がいてくれれば、上官1人を説得するだけで
この場が収まったかもしれないのに。
上官無しで、この場にいる全員を説得するのは、実質、不可能だ。
騎士たちは丸腰だ。
剣を持っていたとしても、酔っ払いの剣など
ファロスの敵ではないだろうが。
ただ、席についていない、離れた場所で
待機しているような騎士たちは、フル装備だ。
夜の見回り役なのだろう。やつらは酒を飲んでいないようだ。
乱闘騒ぎになれば、間違いなく、素面の騎士たちが
オレたちを捕まえに来てしまうだろう。
こういう場合、『相手の要望を少し飲み、
こちらの要望を飲ます』という、交渉方法もあるが、
騎士たちの要望は、女性陣とイチャイチャすることだ。
女性陣を犠牲には出来ない。
それでいて、シホが相手側に囲まれてしまっている。
いわば、こちらは人質をとられている状態だ。
犠牲を払わずして、この場をやり過ごす方法が思い浮かばない。
その時、
「おいっ! 何をしている!」
ビクンッ
突然、食堂の入り口から入って来た男の一声で、
この場にいる全員が身動きを止め、一瞬にして
場の空気が変わった。
「さ、参謀大臣・・・!」
ついさっきまでヤル気が無い態度で、入り口に立っていた騎士たちが
ピンと背筋を伸ばして、入って来た男に敬礼をしている。
騎士たちの態度からして上官だろう。
いいタイミングで来てくれたな。
しかし、入って来た男は騎士らしい格好ではない。
まるで貴族のような、少し華やかさを感じさせる服装だ。
騎士ではないのか?
その男が、ジロジロとこの場にいる騎士たちを見渡して、
「いったい、なんの騒ぎだ! バカども!
明日は大事な作戦が控えているんだ!
些細な失態も許さんぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
男に叱られて、この場にいる騎士たち全員が
敬礼しながら返事をした。
あれだけ酔っぱらって我を失っていた騎士たちを、
一瞬にして目覚めさせるとは・・・。
ここから入り口にいる男まで少し距離が離れているからか、
男の気配が分からないが、相当な実力の持ち主なのだろうか?
しかし、見た目は、頼りなさそうな体つきに見えるが・・・
それとも実力ではなく、権力の方が強いタイプか?
「全くっ・・・ただでさえ、菊池のバカが計画途中で姿を消しやがって、
俺様の計画が台無しになりそうだってのに。
この俺様が、わざわざ戦場で指揮をとらにゃならんとは・・・あのジジィめ。」
男が、何やらブツブツ独り言をつぶやいているが、
オレたちには全然聞こえてこない。
男は、そのまま周りをジロジロ見ながら、
「お前ら、俺様の足を引っ張るようなマネ・・・あ!」
「?」
その男とオレの目が合った瞬間、男の顔色が変わった?
「・・・なぜ、お前がそこに・・・!?
菊池は・・・まさか・・・!?」
男は、何やらまたボソボソと独り言をつぶやいているが、
オレには、まったく聞こえてこない。
オレをずっと見ている・・・?
まさか、こいつ・・・オレの顔を知って・・・?
スッ スススッ
「!?」
「おい!?」
「てめっ・・・!?」
「ぅおっ!?」
ざわわわっ
オレが男について考えている間に、ファロスが動き出した!
緩急をつけて、騎士たちの間をスルスルと駆けていく!
あっという間にシホの席まで辿り着き、
「失礼するでござるよ。」
「えぇ!?」
シホを抱っこ・・・お姫様抱っこして、
また、スルスルと騎士たちの間を駆け戻って来た!
「なっ、てめぇ!」
「お、おい!」
「待て、コラぁ!」
場の空気が固まって、酔っ払いたちが
気を抜いている瞬間を狙った、見事な救出劇!
人間は、突発的な出来事に、一瞬、思考を奪われ、
状況判断できるまで体が動かなくなる。隙が生まれる。
やつらは上官に注目していたし、酔っているから、
余計に、ファロスの突発的な行動に対応できなかったのだ。
そして、戻って来たファロスは早口で一言。
「逃げるが勝ちでござる!」
「はははっ!」
オレは思わず笑ってしまった。
シホを抱えたままファロスが、店の出入り口を目指すことなく、
後ろの開いている窓へ向かって走っていく!
オレはすかさず、アルファを背負い、
木下の手を掴み、ニュシェに号令した。
「行くぞ!」
「うん!」
「え? え? え?」
酔っ払いの騎士たちと同じく状況を把握しきれていない木下を
駆け出しと同時に、脇に抱え、オレも後ろの開いている窓を目指す!
「ちょっ・・・ま、待て! 貴様らぁ!」
「待てぇ!」
「お、おのれぇ!」
「そいつらを逃がすなぁ!」
「お、お前らぁ!」
立ちはだかる騎士たちは足取りがフラついているから
かわして走るのは、案外、簡単だ。
オレたちは、騎士たちの間をスルスルと駆けていく!
「あ、おいっ! 待て!」
「なっ、なんだ、こいつらぁ!」
「お、おい、邪魔だ! どけ!」
「お前こそどけ!」
ザザザザッ
騎士たちがモタついている間に、
ファロスは、あっという間に窓から外へ。
オレたちも、その跡を追う。
食堂が一階だったのは、助かったな。
「町の外へ!」
「御意!」
時間が夜だったのも、オレたちにとっては都合が良かった。
オレたちの姿は、あっという間に夜の闇に紛れて、
跡を追ってくる騎士などは、誰もいなかった。
町の出入り口には、見張りの騎士たちがいたが、
宿屋での出来事を知らないから、何の支障もなく通過できた。
町の外へ出て、適当な場所で簡易的なテントを張った。
「はぁ・・・やっと落ち着いたな。」
小さな焚き火のそばに腰かけた時、オレは大きな溜め息をついた。
出入り口に辿り着いた頃には、オレたちは息を整えて歩いていたが、
やはり騎士たちがいる前を通過する時が、一番緊張した。
「生きた心地がしませんでした・・・はぁー。」
「私もです。・・・ふぅ・・・。」
木下とアルファが、オレのそばで座り込み、長い溜め息をつく。
オレが運んだのだから、お前たちは走ってないじゃないか。
なのに、オレよりも疲れているようだ。
「うまくいってたんだけどなぁ。」
シホのやつが自分の頬を指で掻きながら、
ぼそっとつぶやいた。
「最初のうちは良かったがな。
どうやって抜け出すつもりだったんだ?」
オレがそう尋ねると
「だいたいの男たちは酔い潰れるまで飲ませたら、
そこから逃げるのは簡単だからな。
俺としては、もう少しあのまま飲ませ続けるつもりだったんだよ。」
シホがそんなことを言う。
あのペースで飲ませ続けていたら、どんなことになっていたか・・・。
とにかく、最悪を避けられてよかった。
「しかし、まさか一目散に逃げるとは。
思い切ったことをしたな、ファロス。」
「いや、拙者は・・・じつは、父上に教わっていたことでござる。
相手は酒で思考停止しているような輩。
酔っ払いと揉めたら、話し合いで解決できるわけがない。
逃げるが勝ちだと。」
「なるほど。」
長谷川さんの知恵だったか。
ふと楽しそうに酒を飲んでいた長谷川さんを思い出す。
あの人なら、酒の場のことをよく知っていて当然か。
「とにかく、シホ殿が無事でよかったでござる。」
「ぅ、お、おぅ・・・あ、ありがとな・・・ファロス。」
ファロスは天然の女殺しだな。
暗がりで分かりづらいが、シホのやつは明らかに顔が赤い。
惚れた男に、お姫様抱っこで助け出されたら、
惚れ直すのも無理はない。
肝心のファロス自身が、シホの気持ちに気づいていないのが残念だ。
「ニュシェも、ありがとう。」
「へへっ。」
ニュシェは、あの場から逃げ出す際、
全員の大きな荷物を抱えて走って来たのだ。
さすが『獣人族』というべきか。
大きな荷物を持ちながら、行く手を阻む騎士たちを
かわして走ってきたのだから、
動きだけならファロスに匹敵するほどかもしれない。
・・・オレも鍛えねば。
「そういえば、食事代・・・!」
木下が今さら気づいて、青ざめているが、
「あぁ、拙者がお金をテーブルに置いてきたでござるから、
無銭飲食の罪に問われることもないはずでござる。」
ファロスが即答した。
オレはファロスが席を立つ際に、お金を置いていたのを見ていたから
別段、心配していなかった。
「あ、ありがとうございます、ファロスさん!」
木下が礼を言いながら、腰の布袋から
ファロスに立て替えてもらった食事代を払っている。
「それにしても、最後に来た男は何者だったんでしょうか?
何やら、こちらを見て顔色を変えていたような・・・。
てっきり、私のことがバレたのかと思って、ヒヤヒヤしました。」
アルファがそう言いだした。
そうか、あれだけ離れていたから・・・
オレはてっきりオレだけを見ているのだと勘違いしてしまったが、
アルファを見て、アルファの正体に気づかれたということも?
「きっと、それはないでしょう。
アルファさんはバンダナで顔を隠していたし、特徴的な耳も見えてなかったし、
誰も500年前のアルファさんの顔を覚えているわけがないですよ。」
木下が、アルファの憶測を否定した。
たしかに、500年前のアルファの顔を覚えているやつがいるとしたら、
それは、500年前にも生きていたやつだけだろう。
そんなやつはいない・・・と思う。
あの洞窟の奥で研究されていた
『不老長寿の薬』が完成されていないなら・・・。
「俺の席からは見えなかったけど、
なんかすごく怒ってたよな。誰だったんだろな?」
「なんか偉そうな人だったね。」
「あの騎士たちの態度からして、帝国軍の指揮官かもしれませぬな。」
シホとニュシェは分かっていないようだが、
ファロスは、なんとなく分かっているようだな。
オレもファロスの意見に同意だ。
騎士たちの上官・・・一小隊を指揮する者だろう。
厳しい規律があって、誰も指揮官に逆らえないという感じだったな。
ただ、服装が・・・たまたま鎧を装備してなかっただけなのか、
一小隊を束ねる騎士には見えなかったな。
アルファと同じく、オレも、あの男の顔色は気になった。
何か驚いているようにも見えた。
あれは、いったい・・・?
「はぁ、結局、野宿かー。」
話題を変えたかったのか、シホが残念そうな声でそう言った。
「まだ晴れていて良かったな。」
オレは夜空を見上げながら、そう言った。
ところどころ雲が流れているが、満天の星空だ。
あの男の正体が、少し気になるところだが、今は答えが出ない。
無い頭で考えていても仕方ない。
気持ちを切り替えよう。
「いよいよ、明日だね。」
ニュシェが、オレと同じように星空を見上げながら
少し緊張した顔になっている。
明日のことを考えて緊張しているのか。
「大丈夫だ。オレたちは後方支援だしな。
きっとうまくいく。」
緊張をほぐしてやろうと、オレがそう言ったが、
「食堂であんなことになりましたが、大丈夫でしょうか・・・。」
今度は、アルファが別の心配をしだした。
「アルファさんの顔はバレていないでしょうけど、私たちの顔は
しっかり見られてましたよね・・・。」
木下まで心配し始めている。
「別に、オレたちは騎士団にケンカを売ったわけでもないし、
ファロスのおかげで無銭飲食をしたわけでもない。
何も問題ないだろう?」
「そうだといいんですけど・・・。」
安心させようと思ったが、木下とアルファの心配は
オレの言葉では払拭されないようだ。
結局、あの男の正体同様、オレたちが騎士団に
目を付けられてしまったかどうかも、この場では答えが出ないため、
オレたちは寝ることにした。
簡易テントでは3人までしか入って眠れない。
アルファ、木下、ニュシェに入ってもらい、
オレとファロス、シホには焚き火のそばで仮眠をとることに。
見張り役は、オレとファロスで交代して寝る。
シホにはしっかり寝てもらいたいが、衣類が入った袋を下に敷いても
地面の硬さが体を休ませてくれない。
仮眠程度の睡眠になるだろうが、我慢してもらおう。
パーティーの仲間が増えて、そろそろオレが持ってきた簡易テントも限界か。
毎回、きちんと宿屋に泊まれれば不要なのだが、
こうして野宿する状況は、今後も有り得るだろう。
追加で簡易テントを買うか・・・でも、それだと荷物が増える。
新しく、大きなサイズのテントに買い替えるか・・・
しかし、それも荷物が大きくなってしまうし、余計な買い物になりかねない。
どっちにしろ、この国では高値すぎるだろうから、
次の国で買ったほうがいいだろう。
木下と相談しないと、だな。
アルファは寝床に就くと、さっさと眠ってしまった。
大型馬車に揺られるだけでも体力が削られる。
元々、体力がないアルファにとっては
今日の移動は体力の限界まで頑張った方だろう。
アルファたちの寝顔を見てから、
焚き火の方を見てみると・・・
ファロスと微妙な距離を空けて座っているシホ。
2人して小声で、星空を見ながら喋っている様子。
なんだかんだ、いい雰囲気じゃないか。
オレは、焚き火から少し離れた場所に座り、
また満天の星空を一人で見上げた。
綺麗な星空だ・・・。
遠い『ソール王国』でも同じ星が見えているだろうか・・・。




