メトレイオフロン支店の交渉
ペリコ君から次の国『ウェルミス王国』の
情報を少し聞いただけで、木下が猛反対しだした。
しかし、北東に向かわず、東へ進んでしまうと、
目指す魔法大国『ウィザード・アヌラーレ』へは
かなり遠回りになってしまうため、木下の異議申し立ては却下した。
だいたい、異議の内容が「虫が嫌いだから」なので
たったそれだけのことで遠回りはできない。
それに、『ウェルミス王国』でも
他の国の食文化が浸透しているため、
すべてが虫だらけというわけでもないと、
ペリコ君が説得してくれて、この夜の密談は終わった。
それにしても・・・
「虫は好きでも嫌いでもない」と答えてしまったが、
それは食べ物としての好き嫌いではないので、
さすがのオレも虫を食べるのは抵抗がある。
他の食文化が浸透していると聞いたが、本当に大丈夫だろうか。
食卓の上に虫が出てくるところを想像するだけで
木下と同じく、異議申し立てしたくなる。
オレは、ペリコ君から聞いた話を忘れるように
意識を睡魔に委ねて、眠った。
翌日、早朝からファロスに起こされた。
しかし、いつもの早朝鍛錬をするような場所が
この宿屋には無かったため、
ファロスと宿屋周辺を走って、体を動かした。
体力バカのファロスと走っているだけで、相当、運動した気になる。
それにしても、本当に大きな町だな。
これでも中央の『帝都』という街より小さいのだろうか。
あちこちに階段があり、そこを上り下りするだけで運動になる。
早朝から開店の準備をしている飲食店から、
とてもいいニオイがしていて、腹が鳴った。
宿屋へ戻ったら、大量に汗をかいていたので
シャワーで汗を洗い流した後、オレたちは宿屋の屋上へ向かった。
屋上の食堂で、女性陣たちと合流した。
クラリヌスが目覚めていたようでニュシェに背負われて登場。
ゆっくり眠ったおかげで、今朝は元気があるようだ。
人格が、アルファではなく、ブルームだったから余計に元気そうに見える。
ニュシェとブルームに
「早朝鍛錬、誘ってほしかった」と文句を言われる。
ファロスといっしょに謝ったが、早朝とはいえ陽が昇る前に女性の部屋へ
訪れるのはよろしくないし、今回のように部屋が離れてしまうと
起こしに行きにくいから、自主的に起きるようにと話した。
「次は俺も」とシホが慌てて話に混ざっていた。
おそらく・・・今まではニュシェだけだったから
警戒していなかったが、クラリヌスとファロスがいっしょに
鍛錬している様子を想像して、危機感を感じたのだろう。
危機というより、嫉妬か。
どんな理由であれ、鍛錬することはいいことだ。
ブルームが眠っている間に、仲間と話し合って決めたことを説明した。
ルートの変更については何も言わなかったが、
「早く傭兵の会員証を」と釘を刺された。
今日一日、移動せず、この町に滞在する予定だし、
これだけ大きな町なら『ヒトカリ』も必ずあるだろう。
ここでの傭兵登録は避けられないな。
『ゴブリン』討伐参加の話を、見聞きされなければいいが。
しかし、オレと木下の不安は的中してしまう。
宿屋を出て東側、町の東に位置する、白くて大きな建物が
この町の『ヒトカリ』だった。
オレたちは、そこへ向かったのだが・・・。
「も、『森のくまちゃん』!?」
「あー・・・。」
オレと木下は、すっかり忘れていた。
オレたちパーティーは、『Aランク』の傭兵として
すでに『ヒトカリ』内部で有名になってしまっていたのだ。
『依頼掲示板』を見ることなく、
受付へ行って、クラリヌスの傭兵登録だけを済ませようと思ったが、
パーティー名を名乗った時点で、受付の女性事務員が
驚きの声をあげながら、奥の事務室へと駆けこんで行った。
大きな『ヒトカリ』だから、他の傭兵たちも大勢いる。
「あれがウワサの『森のくまちゃん』!・・・本当に実在したのか!」
「なんだよ、おい、そんなにスゴイやつらに見えないけどな?」
「知らねぇのかよ! たった一人で、圧倒的なチカラで容赦なく
悪党ども100人を皆殺しにした『殺戮ぐま』と呼ばれる男がリーダーで!」
「見た目の美しさとは裏腹に、地獄のような炎で敵を殲滅する
『炎の魔女』と呼ばれる女がパーティーにいるとか!」
「異例中の異例で、『ランク外』から、
いきなり『ランクA』に昇格したらしいぞ!」
「ど、どうやったら、そんな昇格できるんだよ!?」
「5m越えの凶暴な魔獣たちの巣窟を一晩で殲滅してきたらしいぞ!」
「バンパイアハンターがいるって話もあるぞ!?」
「しかし、なんだよ、美女がぞろぞろいるパーティーだな。
なんて、うらやましい! どいつが『炎の魔女』なんだ?」
「あの頭からローブを被っている女が、いかにも魔女っぽいな。
でも、怪我でもしてるのか? 小さい美少女に背負われてるぞ。」
「あの美少女、獣人族か。かわいいなぁ。」
「『殺戮ぐま』は、間違いなく、あのオッサンだな。
いかにも悪そうな面してやがる。」
「でも、あの横にいる男も風格あるぜ? 強者の空気を感じる。
なんにせよ、ハーレム状態でうらやましー!」
みんながオレたちに注目してザワザワと騒ぎ始めている。
もう、オレたちのパーティー名は、ほかの『ヒトカリ』や傭兵たちの間で
すごいウワサになってしまっているようだ。
悪そうな面で悪かったな。
女性事務員の慌てぶりを見て、
何が起こったのか、分かっていないブルームは
呆然としていたし、シホたちも、
何が起こったのか分かっていない様子だった。
オレと木下だけは、これから何が起こるのか分かっているため、
「やはり無理がありましたね・・・。はぁ・・・。」
「ダメだったか・・・はぁ・・・。」
お互い顔を合わせて、深い溜め息をしたのだった。
やたら笑顔の女性事務員が、奥の事務室から出てきて、
オレたちを奥の事務室へと案内した。
断りたかったが、クラリヌスの傭兵登録が終わっていない。
事務室で行うからとか、うまいこと言われてると感じていたが、
それを言われると逆らうことが出来ず、オレたちは
事務室へ通されて、室内の一角で、席に座らされた。
事務室は、書類が山積している机がずらりと並び、
10人ぐらいの男女の事務員がせわしなく働いていた。
そこへ現れたのが、長らしき女性。
「『ヒトカリ』メトレイオフロン支店の支店長、
アプカリー・ニュアルと申します。」
「わわわ・・・!」
そう言って、名前が書かれたカードをオレたちに渡して来た。
丁寧にお辞儀した支店長の女性は、
真っ白な長い髪がお尻の方まで垂れ下がっており、
そのお尻から真っ白でモコモコした丸い尻尾が出ている。
そして、ニュシェよりも天を衝くほど長く伸びたピンク色の耳。
耳の長さも身長に入れたら、オレたちより背が高いことになるな。
睫毛まで白く、そして目が赤い。
スラリとした体型で、パリっとしたスーツ姿がよく似合うが
太もも周りがやたら太い感じがする。
何か体術でも会得してそうな足だ。
支店長は、木下と同じくらい美人秘書という感じで、
ニュシェと同じ『獣人族』の女性だった。
あちこちの町で、遠目に『獣人族』っぽい容姿の者たちは、
これまでも見かけたことがあったが、
こうして目の前で、対面するのは初めてだ。
ニュシェが少し緊張している。
自分の故郷以外で、同族に会うのはこれが初めてだろう。
オレは、てっきり・・・
あの『レスカテ』の『ヒトカリ』で出会った、貴族っぽい格好をした、
あぁいう偉そうな男が出てくると思って身構えていたから拍子抜けした。
しかし、その立ち姿を見ていると、
あの時の男よりも賢そうで、こちらが
言いくるめられてしまいそうな、そんな雰囲気がある。
こちらも、おのおの名乗って挨拶をした後、
「支店長さん、私たちは、
今回、このクラリヌスさんの傭兵登録に来ただけなのですが。」
木下が、さっそく本題を話し始める。
まずは、こちらの目的を話すことで会話の主導権を握るつもりか。
「お引き留めして申し訳ございません。
みなさんは西からこの『ソウガ帝国』へ来られたようですが、
すでにご存じの通り、
この国では『ゴブリン』による被害が拡大中でして。
これまで『ゴブリン』の住処を、帝国軍とともに
捜索していたのですが、その住処が、数日前、ついに見つかったのです。」
「なにっ! それは本当か!」
「おぉ!」
支店長の言葉に、ブルームが飛びつく。
ニュシェたちも驚いている。
やはり、その話だったか・・・。
オレと木下は冷静を装いながらも、みんなと似たような反応を見せた。
「この情報は、帝国軍からのもので、信憑性は高いと思われますが、
機密事項でもあるので、この情報は一部の人間しか
まだ知らされておりません。
どうか、ご内密に。ここだけの話にしてください。」
オレたちの驚いた声が大きかったためか、
支店長は、そう言って、指を口に当てながら言った。
「その話を私たちにするということは、依頼か?」
ブルームが話を進めてしまう。
「話が早くて助かります。その通りです。」
話が早すぎる。
「帝国軍は、3日後、その『ゴブリン』の住処へ
総攻撃をかけるべく、討伐軍を編成しているところです。
その帝国軍からランクが高い実力のある傭兵に
討伐軍への参加要請が『ヒトカリ』へ届いております。」
「おぉ、それは願ってもない!」
「ちょ、ちょっと待ってください!
私たちの旅はとても急ぎでして・・・。」
支店長とブルームに会話の流れを任せていたら、
トントン拍子に、討伐の依頼を受けてしまう。
慌てて木下が口を挟んだが、
「みなさんの実力や実績は聞き及んでおります。
すでに『クリスタ』で100匹以上の『ゴブリン』を
討伐されていますし、ぜひそのお力を、
この国で暮らしている民のために、お貸しいただけないでしょうか?」
「もちろんだ!」
「待ってくださいっ!」
完全に支店長からの依頼に即答してしまっていたブルーム。
木下が慌てて叫んだ。
「もちろん、これは国からの正規の依頼ですので、
報酬は、かなりの額を用意しております。」
「ぜひ、やらせてくれ!」
「シホさん!」
大金をちらつかされて、シホまでもが即答する。
「では、今、必要な書類と依頼書をお持ちいたしますので。」
「待て待て!」
支店長がなかなか止まらない。
仕事が早すぎるというか、こちらに
断る隙を与えない魂胆なのだろう。
木下の制止ではきかないため、オレが止めに入った。
「・・・なにか問題でも?」
ようやく喋りが止まった支店長が、赤い目をオレに向けてくる。
目が赤いというだけなのに、なにか殺気に似たようなモノを感じる。
この威圧感・・・天然ではなく、わざと出しているようだ。
見た目の可愛さだけで支店長に昇り詰めたわけではないということか。
「わ、私たちの旅は、急を要する旅でして・・・。」
「あら、この国を救うことよりも重大な用事があるのかしら?」
「う・・・それは・・・。」
木下が臆せずに断ろうとしていたが、
支店長に対して、とっさに嘘が出てこないようだ。
いや、支店長の言う「国を救う」という大義名分を
断るぐらいの大きなウソが、すぐに思いつかないのだろう。
「わ、私からもお願いだ。
この依頼、受けさせてくれ。」
ブルームの性格上、自分からお願いなんてしないだろうに、
依頼を受けてほしいと頼んでくるなんて。
・・・本当に、この国を救いたいのか。
いや、『例の組織』によって、
この国の姫の命が狙われているんだったか。
「クラリヌスさん・・・。」
木下が困った表情になった。そして、
「・・・。」
当然のように、オレを見てくる。
こうなった時の木下は、もう使えない。
オレに判断を委ねてきている。
姫を守り、国を救う・・・か。
ブルームのやつ、500年以上閉じ込められていたくせに、
本当に、騎士道を忘れていないんだな・・・。
オレよりも騎士らしい・・・。
「支店長殿・・・じつは。」
「アプカリーでけっこうですよ。」
「あー、アプカリー殿、じつは
最近、パーティーに加入した、このニュシェやファロス、
そして、今から加入する、このクラリヌスたちは、
まだまだ新米の『ランク外』なんだ。」
「え? ・・・えぇ!?」
オレから事実を聞かされた支店長、アプカリーの
真面目な表情が崩れた。それほど衝撃的だったようだ。
そして、手元に持っていた書類を慌ててめくり始めた。
「ラ、『ランク外』!? ほ、本当ですね・・・。
そちらのクラリヌスさんは、今からご加入いただくから
『ランク外』なのは分かりますが・・・。
『ランク外』が多いのに、『Aランク』のパーティーとして
活躍しているということですね!」
「まぁ、そうなるが、このクラリヌスに至っては、
魔法こそ使えるが、自分の足で歩くこともできないほど、
今は、リハビリしながら旅をしている。治療中の身なんだ。」
「そ、そうなのですか。」
「う・・・たしかに、その通りだ。」
オレが話す事実に、アプカリーの勢いがなくなり、
ブルームも、それ以上、言い返せなくなった。
「そういうわけで、オレたちの実力では、
とても『ゴブリン』の住処なんて・・・。」
「では、3人のランクをアップしましょう。」
「なに!?」
オレにしては、うまい理由で断れていると思っていたのに!
「はっきり言って、今回、
傭兵ランクは、それほど重要ではありません。
今、この国には高ランクの傭兵が少ないので、
『ヒトカリ』としては、実力さえあれば
ランク問わず、討伐軍に参加してほしいので、
『ヒトカリ』が認めた実力のある傭兵たちに
こうしてお声がけさせていただいてます。
佐藤さんが、3人の方々の『ランク外』を気にされているのなら、
今回、討伐軍に参加していただいた後、報酬金と
3人の方々のランクを『Aランク』に昇格させることを
お約束いたします。」
「そ、そんな!」
そんな昇格とか、簡単にできるものなのか!?
以前の『レスカテ』の『ヒトカリ』でも
いろいろ大変な目に遭わされて昇格させてもらったはずだが。
いや、今回も大変なはずだ。たしか・・・
「待ってくれ。どうして、そんな好待遇なんだ?
たしかに『ゴブリン』の住処への総攻撃は
そこそこ高ランクの実力がないと参加できないとは思うが、
それだけが理由ではないんじゃないか?」
「・・・。」
支店長、アプカリーの表情が固まった。
やはり、あの情報をつかんでいるようだな。
「・・・お察しの通りです。
じつは、今回、ただ『ゴブリン』の住処を
総攻撃するだけが目的ではありません。
未確認情報ですが、『ゴブリン』の住処に、
『ゴブリン』たちを操っていると思われる
世界指名手配犯、『惰性の赤鬼』、
イズナミが潜伏しているという話で、
まとめて討伐することが目的とされています。」
「えぇ!?」
オレと木下以外、みんなが驚いている。
いや、ニュシェとブルームは、
驚いているように見えて、きょとんとしている。
ニュシェは、世界指名手配犯のことがよく分かっていないだろうし、
ブルームは、500年前には存在していなかった犯罪者だから
ピンときていない様子だ。
「『惰性の赤鬼』って、たしか
その首に、鬼の国から破格の賞金が掛けられてるって話だろ!?
いや、そ、そうでしたよね!?」
シホが慌ててタメ口を直している。
たしか、病院に入院している間に、
みんなには『ゴブリン』を操っている『鬼』の存在を
木下が明かしていたはずだが、あの時は説明する時間がなくて
『鬼』が、その『惰性の赤鬼』であるという情報は、まだ伝えていなかったか。
「はい、その『赤鬼』です。」
アプカリーは、タメ口を気にしていないようだ。
静かに答えている。
「そんなに強いのでござるか? その『赤鬼』というのは・・・。」
「そうですね。イズナミが鬼の国の国宝を盗み出したのが、
およそ7~8年前ですから、その間、ずっと捕まってもいないし、
討伐されてもいないので、かなりの実力者でしょう。」
ファロスが気になる点は相手の実力か。
しかし、アプカリーの返答だけでは、
討伐可能かどうかを見極めるのは難しい。
「だったら、なおさら、この依頼は断らせてもらおう。
オレたちでは無理だ。」
「待ってください。『赤鬼』は、みなさんに討伐してもらうのではなく、
みなさんは、あくまでも帝国軍を援助、後方支援する傭兵として、
参加してほしいのです。ここで『ゴブリン』の住処を叩いておかないと、
このままでは、この国は・・・『ソウガ帝国』は、滅亡します。」
「そんな・・・!」
アプカリーの話に、ニュシェが青ざめている。
おそらく、滅亡という強い言葉に反応したのだろう。
自分の故郷が殲滅させられた時の様子を思い出したのかもしれない。
断っても、断っても、アプカリーは引き下がらない。
この国が滅亡するなんてことは、さすがに大袈裟だろう。
帝国軍の軍事力は分からないが、『例の組織』だった
あの菊池という男が騎士団長を務めていたくらいだ。
あれくらいの強さの騎士が、きっとごろごろいるはずだ。
「その帝国軍には、やたらと強い騎士団長がいると聞く。
その帝国軍に任せておけば大丈夫だろう。
オレたちでは、とても役に立てな・・・。」
「いえ、それが・・・これも、ここだけの話なのですが、
じつは、その帝国軍でも一番の実力者と言われていた第二騎士団の
菊池団長の行方が、ここ数日、分からないという情報があるのです。」
「!」
しまった・・・と思った時には遅かった。
アプカリーの話に、オレは思いっきり表情を引きつらせてしまった。
何か勘付れてしまうかと思ったが、
「そういうことですので、今の帝国軍は、
猫の手も借りたいほど、実力者が不足している状態なのです。
ぜひ、みなさんのお力をお借りしたいのです。
どうか、お願いします!」
アプカリーは、特に勘付くこともなく、
そのまま懇願して、頭を下げ始めた。
「わ、私からもお願いだ。この依頼は、受けさせてくれ。
パーティーに加わった以上、私のわがままで
みんなを困らせることはあってはならないことだと
分かっているが、これだけは・・・この国だけは救いたい。
この先の旅では文句もワガママも言わないから、頼む!」
荒々しい性格のブルームが、オレに頭を下げた。
こいつの性格上、誰かに頭を下げるなんてことはしない気がしていた。
まして、人間を嫌っているのだから、なおさら。
そんなブルームが頭を下げて、オレにお願いしている。
「・・・。」
大事な局面だ。
リーダーのオレの返答次第で、早く東へ進めるか、
世界指名手配犯が待ち構えている『ゴブリン』の住処へ
行くことになるのか、決まってしまう。
チラリと木下を見たが、ダメだ。
この場を切り抜けるウソが思いつかないらしく、
困った顔でオレを見ている。
以前と違って、目の前にいるのは、
頭の良さそうな『ヒトカリ』の支店長が相手だ。
取ってつけたようなウソは通用しないと察したのだろう。
下手なウソをついてしまうと
傭兵の資格を剥奪されかねない。
この国からランクが高い傭兵がいなくなったのは、
『例の組織』のせいだったはずだ。
あの菊池という男が言っていた。
その強いとされていた菊池をオレが討伐してしまい、
帝国軍の戦力が下がってしまったというのか。
たしか、菊池は、『ゴブリン』の住処ごと、
指名手配犯の鬼を亡き者にする計画だったはずだ。
おそらく、例の『カラクリ兵』を使って、
鬼と『ゴブリン』を殲滅する予定だったのだろう。
だとすれば・・・菊池も『カラクリ兵』も討伐してしまった今、
もしかしたら、帝国軍の『ゴブリン』の住処総攻撃は、
失敗に終わる可能性が・・・!?
「おじさん・・・。」
ニュシェがオレを見つめてきているが、
今、ニュシェの目を見たらダメだ。
一方的に決まってしまう。
「佐藤殿・・・。」
ファロスの目を見てもダメだ。
正義感が強いファロスも、当然、ブルームの味方だろう。
「俺は反対だぜ、おっさん。」
「え!?」
みんながオレの返答を見守っていた中、
シホがそんなことを言い出した。予想外の援軍だ。
オレの心に迷いがあったのを感じ取っていたのか、
反対意見を言い出したシホを、アプカリーが鋭い目つきで見た。
「それは、どうしてですか?」
「えっと、大勢の帝国軍といっしょに
『小鬼』、『ゴブリン』の住処への総攻撃に参加すれば、
現場はきっと戦場みたいな、混乱した状況になるのは間違いないと思います。
俺たちは、これまでも『ゴブリン』を討伐してきましたが、
いつも俺たち女性は、おっさんとファロスに守られながらの討伐でした。
住処で、戦場で、そんな戦い方が出来るとは思えないからです。
明らかに、不相応の依頼です。最悪、
俺たちが命を落とし、『ヒトカリ』には迷惑がかかります。」
アプカリーの赤い目に睨まれながらも、
シホは、毅然とした態度で答えた。
シホにしては・・・いや長年、傭兵をしているシホだからこそ、
経験に基づいた、まともな反対意見だと感じた。
それにしても、普段、タメ口のシホが、
『ヒトカリ』相手だと敬語になるのは、聞き慣れてなくて面白いな。
「何度も言いますが、みなさんが討伐する必要はありません。
帝国軍の補助、支援をしていただくという依頼です。
みなさんがどのように『ゴブリン』を討伐してきたのかは
分かりましたが、どんな方法でも、多くの『ゴブリン』を
相手にしてきたことは分かっています。
その経験をもって、この依頼を受けてほしいのです。
現場が戦場になるという予想は、私にも分かりますが、
混戦するのは『ゴブリン』と戦う最前線のみ。
みなさんは後方支援の予定ですから、問題ありません。」
アプカリーも負けていない。
シホのまともな反対意見を受け流してしまう。
後方支援・・・つまり直接戦うことがない?のか?
本当にそうだろうか。
戦場となれば、予定と違う状況に一変するものだ。
常に臨機応変。戦わないつもりでいたら、
とんでもない目に遭いそうだ。
「うーん・・・後方支援かぁ・・・うーん。」
勢いよく反対していたシホも、ここで勢いを失った。
シホが黙ってしまったことで、みんなの視線がオレに集中する。
あとは、オレの答え次第ということか。
「頼む!」
ダメ押しとばかりに、また、ブルームがオレに頭を下げる。
・・・ブルームが「消えたくない」と泣いていた、あの夜を思い出す。
「・・・分かった。依頼を受ける。」
「え! 本当か!」
「わぁ!」
「おぉ! それでこそ佐藤殿!」
オレの答えに、一気にテンションを上げるブルームとニュシェとファロス。
シホは、少し納得いかない表情だったが、
「やれやれ」といった感じで、肩をすくめた。
オレと同じく、肩を落としているのは木下だ。
これでも無い頭を振り絞った方だ。
木下に文句を言われる筋合いはないだろう。
「ありがとうございます♪」
もう一人、テンションが上がっているやつが目の前にいた。
アプカリーは、まるで歌い出しそうなくらい上機嫌で、
オレたちにお礼を言った。
「それでは、今、必要な書類と契約書、
参考資料なども、お持ちいたしますね。
あ、それと、そちらの女性の傭兵登録書なども
いっしょに持って参ります。少々、お待ち下さい。」
そう言って、席を立ったアプカリーは、
まるで跳ねるようにして、去っていく。
お尻にある、丸々とした尻尾が踊るように跳ねていた。




