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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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馬車の旅






停留場の列に並んで、しばらくすると

大型馬車が2台、大きな倉庫から出てきた。

行列は、あっという間に大型馬車へと吸い込まれていく。

オレたちの列は、本当に少人数で座席にも余裕がある。

一般の運賃の方は、座席が足りず、立って乗っている人数も多い。

席に座れればいいが、立ったままの数時間の移動はつらそうだ。

こちらは高い運賃だが、あのような乗車が避けられるのはありがたい。


馬車は、一度、町の出入り口で止まらされて、

一人の騎士が乗り込んできて、乗客の身分を検査していたが、

オレたちの顔を見て「またお前たちか」という顔をされ、

オレたちの検査はせずに、騎士は降りて行った。

そうして、馬車はまた動き始めた。


小さな町『フルーメン』を後にして、オレたちは

そこから東の町『プラテリーア』へ向かう。

この国の中央に位置する『帝都』を下から迂回して進むルートだ。


移動中の馬車の中、オレたちが座っている目の前の座席に

3人の商人ぽい男たちが、やはり町の中の噂話と同様に

暗殺者の話で盛り上がっていた。


「聞いたか、例の殺人事件。」


「あぁ、世界一の殺し屋の話だろ。」


「そうそう。殺し屋っていうか、暗殺者な。」


「どっちも同じだろ。顔を見たってやつもいるらしいぞ。」


「そいつは、もうきっと消されてるだろうな。」


「目撃情報を帝国軍のやつらが聞きまわっているらしいが、

そんな情報を知ってるって言い触らせば、

暗殺者に目を付けられちまうからな。

目撃者は、今のところゼロ人だって話さ。」


「魔道具のヴァイオリン弾きなんだろ?

俺、昨夜、ヴァイオリンの音だけなら聞いたんだよ。

寝静まってる時間だってのに、誰だ?って思ったが、

これがまた、いい音楽を奏でてやがったのよ。」


「そりゃ、あの人気の酒場の音楽だったんじゃねぇのか?

夜中まで、ずっと音楽が聞こえてたからなぁ。

でも、噂の暗殺者って、

世界一の暗殺者であり、世界一の音楽家だって話だな。」


「『アルバトロス』の記事によれば、

魔道具で光弾こうだんと呼ばれるモノを

飛ばして攻撃するらしいな。

音楽を奏でながらの攻撃って、音楽家としてどうなんだろうな?」


「光弾って、光の魔法だったか?

そんなの、誰にも防ぎきれねぇだろうな。」


「一番安全なのは、貴族様に逆らわねぇことだよ。」


「ははは、そりゃ間違いねぇ。

貴族は敵に回すな、味方につけろって

商人ならだれでも知ってる暗黙のおきて

指名手配犯のやつは知らなかったんだろうぜ。」


「指名手配犯って言えば・・・。」


目の前の商人たちの会話は尽きることがない。

オレたちは聞き耳を立てているわけではないが、

黙っているだけで、勝手に話を聞こえてきていた。


「うぅ、話に混ざりたい・・・。」


シホのやつが、うずうずしながら、ボソっと小さな声でつぶやいた。

噂話が大好きなやつだから、このまま向こうの会話が続けば、

あと数分も経たぬうちに、シホが喋り出しそうな気がする。


「だいたい、暗殺者の情報は分かりましたね。」


「そうですね。」


アルファと木下が静かにそう言った。

自分たちは黙って、相手から一方的に情報を聞き出す・・・。

やはり、この2人は頭がいいな。


「ところで、私は、その『ヒトカリ』という会社で

傭兵登録させてもらえれば、みなさんが持っている、

身分証明書の代わりとなる『会員証』を入手できるのですよね?」


「はい、その通りです。」


「さきほどの町にも『ヒトカリ』という会社は

あったのではないですか?

身分証明書の代わりになるモノは、早めに入手しておくべきかと。」


アルファが、そう言った。

たしかに、その通りだ。その通りだが・・・


「ま、まぁ、旅は長いからな。

慌てなくてもいいと思うぞ?」


うっかり、どもってしまった。


「そうです。タイミングが合えば、でいいと思います。

次の町か、その次の町かで登録しに行きましょう。」


すかさず、木下が補助してくれた。

そして、チラリとオレを見ている。


木下とは話し合ったわけではないが、分かっている。

なんとか、この国を出て行くまでは、

アルファを『ヒトカリ』へ近づけたくない。

今、『ヒトカリ』へ行けば、

『ゴブリン』の住処すみかへの討伐参加の依頼が、

掲示板に張り出されている可能性があるからだ。

アルファに、それを見られたら、

きっと討伐に参加したいと言い出すだろう。


しかし、アルファに『会員証』を持たさないと、

この国を出る時、関所を通れないという問題がある。

だから、なるべく国境の近くで、

もう後戻りできない状況で『ヒトカリ』へ行くのがいい。

できれば、オレたちが移動している間に、

帝国軍による『ゴブリン』の住処への攻撃が

すべて終わってくれればいい。


しかし、その場合・・・

『例の組織』の計画によって、この国の姫が

命を落としてしまうことになるのだろう。

かわいそうだが・・・こればかりは仕方ない。

オレは、演劇の物語に出てくる正義の味方ではない。

ただの一般のおっさんだ。

目の前の命を守ることで精一杯だ。

他国の姫の命まで守るなんてことは、とてもオレには・・・。


「国境を超えるまでに登録しとかなきゃだね。」


「その通りですね、ニュシェさん。」


ニュシェがそう言って、アルファが笑顔で答える。

オレと木下の考えていることは、

アルファには伝わっていない・・・と思いたいが、

頭のいいやつを出し抜くなんて難しいこと、オレに出来るかどうか。


「うっ!」


「あ、アルファさん、袋! 袋!」


ニュシェと何か楽しそうに話していたアルファが、

突然、吐き出してしまった。いきなり顔面蒼白だ。

ニュシェはあらかじめ布袋を準備していたらしく、

対応が早かったから、馬車の床を汚すことは無かった。


「ご、ごめんなさい・・・うぅ・・・!」


アルファが謝りながら、まだ嘔吐おうとしている。

対面に座っている男たちの会話が止まり、

あからさまに嫌そうな表情を浮かべている。


乗り物酔いか。

いや、朝食を食べて、すぐ馬車に乗ってしまったから、

消化しきれていない食べ物が逆流してしまったか。

この国の街道は整備が行き届いていて、平坦な道だし、

この馬車は揺れも少ない方なのに・・・。

いずれにしても、アルファと旅をするには、

食後の移動時に、じゅうぶんな休憩の時間が必要だな。


アルファのために馬車を止めるわけにも行かないし、

アルファのことはニュシェに任せておいても大丈夫なようだ。

オレは、アルファの体調を気遣いながらも、

馬車の荷台から見える景色を眺めていた。


何もない草原が果てしなく続いていて、

『ゴブリン』の小さな気配を、たまに感じる。

高い丈の草木に隠れて、この馬車を見ているように感じるが、

この速さなら、襲ってくることは無いだろう。


「・・・ん!」


草原のニオイしかしていなかったが、

そこへ、ツンと酸っぱいニオイが混ざり始めた。

おそらくアルファの嘔吐物の・・・。


「・・・っ!」


そう思っただけで、オレまで気分が悪くなってきた気がして、

背中の脂汗が止まらなくなり、

次の町まで、オレも吐き気に耐える羽目になったのだった。




何もない草原に、幅広い平坦な街道が続いている。

オレたちが乗っている大型馬車が、颯爽さっそうと駆けていく。

あれから数時間経ち、陽が一番高い位置に昇っていて、一番暑く感じた。

馬車内に吹き込んでくる風が無ければ、きっと耐えられない暑さだろう。


そして、アルファには申し訳ないが、

熱気のこもった嘔吐物の臭いが、時折、風と共に

こちらへ流れてくるせいで、オレまで気分が悪くなっている。


小さな町『プラテリーア』は、

出入り口という感じのものがなく、外壁もなかった。

小さな家、建物がぽつぽつと建っていて、町の中心へ向かうにつれて、

それらの建物が多くなっていき、いつの間にか町の中へ入っていた感じだ。

ほかの町と違って、町の外に家を持たない者がいない。

その代わり、町の中心にある建物の方が大きくて立派で、

町の外れに建っている建物は、小さくて貧しそうな印象だ。

帝国軍らしき騎士たちもいない。

町の中では、傭兵らしき格好の者たちが、うろうろと歩いていたから

きっと傭兵たちが町を守る依頼を受けているのだろう。


「町全体が、だいぶ疲弊ひへいしているようだな。」


「そりゃそうだろ。税金を国に収められなくなった町は、

帝国軍に守ってもらえない。すでに帝国から捨てられている。」


「だからこそ、俺たちが稼げるってもんだ。」


「物流が途絶えたら、もう終わりだからな。

俺たちは町の救世主ってわけだ。」


「そりゃ調子に乗って、言い過ぎだろ。

稼がせてもらってるわけだから、

お得意様は大切にしなきゃな。ははは。」


町の中を馬車が走っている間、

目の前の商人たちの下衆げすな会話が聞こえてきた。

「こいつら、人の弱みに付け込んで・・・」と感じてしまうが、

あからさまに高値の商品ならば、

お金に困っていそうなこの町では売れないだろう。

ちゃんと利益を出さねば、こいつらにとっても

高い運賃を払って、ここまで来た意味が無くなる。

だから、きっとお互いにいい取り引きをしているはずだ。

少々、言葉が過ぎるように聞こえるが、

ここは目をつむるとしよう。


「・・・。」


ファロスを始め、ニュシェやシホも、

ちょっと不機嫌そうな表情を浮かべているから、

たぶん、こいつらもオレと同じ気持ちのはずだ。

わざわざ喧嘩をふっかけないあたり、

オレと同じ結論に至ったのだろうな。




馬車は町の中央を駆け抜けて、町の北側、

外れのほうで停まった。

小さな池がある広場だが、露店もないし、

今まで見た町の中では、一番活気がない町に思える。


一緒に降りた商人らしき男たちは、大きな荷物を下ろして

さっさと歩いて行ってしまった。


「んんんーーーーーー! はぁ!」


シホが馬車から降りて背伸びした後、


「あいつら、本当にイラっとしたぜ。」


「ぅんんーーー! あたしも!」


シホが、そう吐き捨てて、

ニュシェが背伸びしながら共感していた。

遠ざかっていく商人たちの背中をにらみながら、


「・・・。」


ファロスは黙っていたが、内心はシホたちと同じだろう。


「んーーーーー・・・はぁぁぁぁ・・・。」


オレも思い切り背伸びして、新鮮な空気を吸い込んだ。

なんとか吐き気に耐え抜いた・・・。

乗り物酔いにならなかったようで助かった。


「ん、んーーー! はぁ・・・。

ここでは、お昼を食べて、すぐに次の馬車へ乗ります。」


「分かった。」


「はーい。」


馬車を降りて、背伸びした後、木下がみんなへそう告げた。


「・・・。」


みんな各々に返事をしていたが、

返事をしなかった者がいた。アルファだ。

ニュシェに肩を貸してもらいながら、馬車から降りて来た。


「深呼吸して、背伸びすると、少しラクになるぞ。」


馬車を降りた直後だし、さっきまで

乗り物酔いしていたわけだから、まだ気分が優れないのだろうと思い、

ラクになれる方法を教えたつもりだったが、


「佐藤さん、この町に『ヒトカリ』はないのでしょうか?

次の馬車の出発まで時間があるのなら、

ここで私は傭兵登録しておいたほうが効率がよいと思いますが。」


「う・・・うむ。」


やはり、馬車内で木下が「次の町で」とか

言っていたのをアルファは覚えていたのだろう。

連れて行きたくないと素直に言えない。


「そうですね、でも、この町は小さすぎるため、

『ヒトカリ』はないかもしれません。」


「え、そんなことないだろ?

小さくても、小さいなりに『ヒトカリ』はあると思うぜ?」


木下がうまいこと言ってくれたのに、

何も知らないシホが余計なことを言い出した。


「いえ、たとえ『ヒトカリ』がこの町にあったとしても、

次の大型馬車の出発時間に、間に合いません。

まずはお昼を食べるお店を探すのが優先です。

次の馬車までの時間や座席の確保ができそうならば、

『ヒトカリ』を探してもいいかもしれませんが、

探している間に時間が経ちますし、

登録にかかる時間やここへ戻ってくる時間も考えると、かなり難しいかと。」


「うーん、そうか? うーん、まぁ、そうか。」


木下のまくしたてるような言い訳に、

シホが圧倒されて言い返せなくなった。

それに、オレが聞いていても

木下の言い訳はすじが通っているように感じる。


「そういうわけですので、

アルファさん、この町での登録は諦めてください。

次の町は、ここよりも大きく、

予定では夕食前には到着の予定ですので、

『ヒトカリ』を探す時間も

登録する時間も確保できると思いますので。」


木下が作り笑顔でアルファにそう伝えると、


「・・・分かりました。

では、食べるお店を探しましょう。」


アルファは素直に従ってくれた。

オレは内心、ホッとしていた。


この町の『ヒトカリ』がどこにあるのかは知らないが、

飲食店を探している時に、

偶然、見つけてしまわないように祈るしかない。




オレのささやかな祈りが、どこかへ届いたのか、

オレたちは停留場からすぐそばにあった飲食店を見つけ、

満席の店内で、席が空くのを待っているだけで

かなり時間が経過して、食べ終わった頃には、

次の大型馬車が、停留場へ到着する時間が迫っていた。


食事は、みんな美味しい。肉も魚も野菜も。

さすが人気がある店。満席になるわけだ。

アルファは野菜のスープしか飲めなかった。

乗り物酔いの影響もあって、食欲が無かったようだ。

もう少し時間をかけて休憩しなければならないところだが、

アルファにばかり合わせていられない。


店が満席だった時点で、次のお店を探すという

選択肢があったはずだが、木下があれやこれやと

もっともらしい言い訳をして、

空席になるのを待つことにした結果だった。

これも、木下の作戦だったのだろう。




こうして、この小さな町『プラテリーア』に

滞在していたのは、わずかお昼の時間だけだった。

次の目的地は、そこそこ大きな町『メトレイオフロン』。


ゴトゴトゴトッ ゴトトッ


「うぅ・・・。」


「アルファさん・・・。」


大型馬車が動き出して、しばらくすると

案の定、アルファの具合がまた悪くなった。

ニュシェが用意した布袋へ嘔吐おうとしている。

昼はスープしか飲んでいないのに・・・。

栄養のあるものを食べさせたいが、

このまま嘔吐ばかりしていては、体力や筋力が、

いつまでも戻らないし、このままでは悪化していく一方だ。


「・・・。」


それは木下も感じている事だろう。

その表情は、アルファを心配しているようにも見えるし、

悪いことをして反省しているようにも見える。


大型馬車での移動で、こんなにうまく乗り継ぎができたのは、

オレたちにとっては都合がよかった。

早く東へと進めるし・・・アルファに

『ゴブリン』の住処の討伐を知られなくて済む。


しかし、困った表情で、木下がオレを見てくる。

木下が何を言いたいのか、何を迷っているのか、分かっている。

オレも木下も、アルファを苦しめたいわけではないから、

この、無理やり早く東へ向かう作戦を実行していることが、

なんとも心苦しい。


・・・みんなとの話し合いが必要だと感じた。


馬車内には、オレたち6人の他に、

商人らしき男たち5人と、

席に座れず立っている傭兵っぽい男たちが2人。

傭兵っぽい男は、この馬車の護衛の依頼で乗っているのか。

それとも、オレたちと同じく移動が目的か。

とにかく、馬車内は満員状態。


大事な話は早い方がいいが、

こんな場所で大事な話はできない。

次の町へ着いたら、話し合うか。


「うぇ・・・。」


アルファが嘔吐し、ニュシェが背中をさすってあげている。

周りの客たちは、とてもイヤそうな目でアルファを見ている。

木下が、何度も心配そうな表情で、オレを見てきたので

オレは、溜め息しながら、うなづいた。

木下の表情は、それでも優れないままだったが、

それ以上、オレの方を見てくることは無かった。






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