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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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シュヴァインヴァイプ殺人事件




クラリヌス・・・ブルームが泣き疲れて眠った時点で、

オレは、ブルームをそっとテントへ運んだ。

ニュシェは寝ているようだったが、

どうやら木下は起きていた気がする。

しかし、特に起き上がることなく、寝たふりをしていたようだ。


数時間後、焚き火の火が小さくなりかけた頃に、き木を足してから

オレはファロスと見張り役を交替して眠った。

なんとなく、ブルームが起きてきた頃は、

ファロスも起きていたような気がする。

しかし、木下もファロスも、

ブルームの話をうっすら聞いていただけのようで、

オレへ何も話してこない。


人格の寿命・・・か。

消失と言ったほうが、しっくりくる。

命がなくなるわけではないからだ。

しかし、ブルームという人格が

この世から消えてしまうのなら、

それは、やはり、一人の人間としての

『死』と言えるのかもしれない。


オレと同じで、きっと話を聞いていた、

木下もファロスも、ブルームにかける言葉が無かったのだと思う。

そして・・・人格が入れ替わっても、記憶が共有されている、

もう一人のクラリヌス、アルファも同じだろう。




「私も特訓を。」


翌日の早朝、見張り役のファロスに起こされ、

ファロスがニュシェを起こして、いつもの3人で

早朝鍛錬をしようと準備している時に、

むくりとクラリヌスが起きてきて、そう言った。

言葉使いからして、アルファの人格のようだ。


「うん、いっしょにやろう、クラリヌスさん!」


「えぇ。」


ニュシェが、無邪気にクラリヌスを誘っている。

しかし、アルファと呼ぶことを忘れているようだな。


「アルファ殿は、特訓よりもリハビリからでござるな。」


「そうですね、ありがとうございます。」


さりげなく、ファロスが名前を呼ぶ。


「あ、ごめん、アルファさん。」


「いえ、いいのです。

クラリヌスであることに変わりはないので。

見た目も声も変わりませんから、

外見で人格を見抜くことは誰にもできないでしょうから。

無理にアルファの名で呼ばなくてもいいのです。

呼びやすいように呼んでください。」


ニュシェが謝ったが、アルファは

なんとも思っていないようだ。


「それから・・・もう一人の人格のことは、

『ブルーム』と呼んでやってください。」


「え、『ブルーム』?

いつの間に決まったの!?」


「あー、ニュシェが寝てしまった後かな。」


アルファは、やはり昨夜の記憶を共有していたようだ。

ニュシェが驚きながら、そう質問してきたが、

それに関してはオレが答えてやった。


「ブルーム殿・・・いい響きの名でござるな。」


あの時、ファロスは起きていたと思うが、

まるで初めて聞いたかのようにファロスはそう言った。


「うん、『ブルーム』・・・なんかいい名前だね。

この言葉に意味とかあるの?」


そのままオレも気になっていることを

ニュシェが、アルファに聞いている。


「『ブルーム』とは、私が

『A』から始まる言葉『アルファ』と決めたように、

もう一人の人格が『B』から始まる言葉で決めたようです。

言葉の意味は・・・『咲く』・・・花が咲くみたいな意味です。」


「わぁ、ステキだね!」


「そうですね。」


アルファから言葉の意味を聞いたニュシェが喜んで褒めている。

アルファ自身も嬉しそうな表情で・・・。

しかし、どこかツラそうに見えるのは気のせいではないだろう。

あの顔は、木下の作り笑顔に似ている気がする。


「さて、鍛錬を始めるか。

アルファは、短い距離でいいから、転倒しないように歩いてみてくれ。

疲れた時点で、その場でしゃがみこんで休むように。」


「はい。」


「はーい。」


「御意。」


おのおの、早朝の短い時間内で、鍛錬を始めた。

オレはニュシェの斧の使い方を指導しながら、

横目でアルファの様子を見ていた。

ゆっくりとした動きで、歩いていた。

その表情は苦しそうではあるが、

少しずつがんばらないとリハビリにならない。

少し動いて立ち止まってを繰り返していた。

ファロスもアルファの様子を気にしながら、

納刀のままの刀で素振りをしていた。


・・・アルファは、おそらく嘘をついた。

もしくは、『ブルーム』には別の意味が隠されているのかも。

アルファの作り笑顔を思い出して、そう感じた。

どんな意味が含まれているのか・・・。

木下なら分かるかもしれないな。




木下とシホが起きて来た時点で、

オレたちは、早朝鍛錬を終わらせた。

いつの間にか陽が昇っていて、斜め上から

ジリジリと熱い光を照らしつけてくる。

今日も暑くなりそうだ。


木下とシホにも、アルファから

もう一人の人格の呼び名を教えていた。

オレたちに説明した通り、言葉の意味を説明していて、

木下も、それを普通に受け入れていた。

ただ、木下の顔が一瞬強張ったのをオレは見た。

やはり、あの名前には別の意味が隠されているようだ。

それをあえてあばこうとは思わない。

本人が言わないのなら、隠したい理由があるのだろう。


オレたちはテントを片付けて、町の中へ入ろうとしたが、

町の出入り口にいた、帝国軍に止められ、

身分証明の検査を受けることになった。

昨日よりも出入り口にいる騎士たちの人数が多い。

昨日までは、こんな検査を受けることなく町へ入れたのに。


騎士たちも多いが、町民たちも道のあちこちで

集まって何やら話しているようだ。ザワザワしている。


「何かあったのですか?」


オレも聞きたい事だったが、あえて黙っていたのに、

シホのやつが騎士に質問してしまっている。

相手が騎士だから敬語を使っているシホ。

余計なことにならなければいいが。


「知らないのか?

昨夜は町の外で野宿していたというのは本当らしいな。」


若い騎士がそう言って、答えようとしていた時、


「そこの女は、身分を証明する物がないのか?」


「!」


しまった。

クラリヌスには、まだ『ヒトカリ』で傭兵登録していないから、

『会員証』がない。身分を証明する物が何もない。


「だったら、身体検査をしなくてはならないなぁ・・・。」


そう言って、オレと同じ年齢っぽいおっさんの騎士が、

クラリヌスをジロジロ見ている。

そういうつもりで言ったわけではないかもしれないが、

その言葉は、どことなくイヤらしく感じた。

身体検査を受ければ、長い右耳を見られて

『エルフ』だとバレてしまうし、クラリヌスの背中には

『呪いの紋章』がある・・・

奴隷としてこの場で調べられてしまうかもしれない。


「じつは、この人は・・・。」


すかさず木下が割って入って、何か言おうとしたら、


「申し訳ありません。

『ゴブリン』に襲われて、身ぐるみ剥がされ、

命まで取られる寸前で、こちらの傭兵のみなさんに

助けられたので・・・何も持っていないのです。

これから病院へ行って怪我の治療をうけたいのですが・・・。」


そう言って、クラリヌスは、フードから左耳だけを少し見せた。

包帯が巻かれて、短くなっている左耳を。


「そ、それは災難だったな。」


怪我を見せられて、素直に納得したらしく、

その騎士は、それ以上、クラリヌスを追及しなかった。

警備としては緩いと感じてしまうが、今は、そのおかげで助かった。


ドタドタドタ・・・


検査を受けている間にも、騎士たち数人が走っている姿も見えた。

ただ事ではないな。


「いったい、なにが・・・?」


「検査は終わりだ。行っていいぞ。

さぁ、次の者!」


シホが騒がしい原因をもう一度、聞こうとしていたが、

ちょうどオレたちの検査が終わってしまった。

いつの間にか、オレたちの後ろには

検査待ちの列ができていたので、騎士に言われるがままに

さっさと町の中へと入った。


「なぁ? なにがあったんだ?」


町の中へ入って、さっそく道の端に集まって騒いでいる

町民たちに話しかけるシホ。

少し太っている男が答える。


「殺人事件だ。殺されたのは

この町に、いつの間にか潜んでいた指名手配犯、

シュヴァインヴァイプってやつだ。」


「殺人!? 指名手配犯!?」


オレたちが町の外へ出たのは、夜になってからだ。

その時、町の中はこんな騒動になっていなかった。

ならば、オレたちが外へ出てから事件が起こったということか。

そして、まだ犯人が捕まっていないから探しているのか。


「指名手配犯って、悪い人のことでしょ?

悪い人がやっつけられたなら、

それは良いことのような・・・。」


ニュシェが、ふと独り言のように、

そうつぶやいたが、


「ニュシェちゃん、たしかにそう感じるかもしれないけど、

悪い人を殺してしまった人も、結局は殺人犯になる。

そんな殺人犯がまだ捕まってないということは、

その人が、ほかの人も殺してしまうかもしれないってことなの。」


「そ、そっか・・・。怖いね・・・。」


木下が説明してくれていた。

説明を聞いたニュシェは、獣の耳を垂れさせて、

自分の尻尾をぎゅっと握っている。

そうして、ちらりとオレを見た・・・気がした。

そうだ。今までオレも、悪人と認識した者たちを殺して来た。

自らそうした者たちを探して殺すのではなく、

降りかかる火の粉を払うように殺して来た。

しかし、結果としては、今回の指名手配犯を殺した犯人と、

オレがしてきたことには大差がない。


「もっと恐ろしいことになってるんだ。」


「え?」


「その指名手配犯の殺され方が、

世界一の暗殺者、フーデニックの手口に似てるらしい。」


「「えええっ!?」」


シホだけじゃなく木下までも、大きな声を上げて驚いた。

ニュシェとアルファは、状況が分かっていない顔をしている。


「・・・モシュコス・フーデニック。」


ファロスがその者の名をつぶやく。


「それで、こんな大騒ぎになっているのか。」


にわかには信じがたい情報だが、

騎士たちが警戒しているのも、

町民たちがざわついているのも、うなづける。

世界一の暗殺者が、この町に!?




オレたちは、町の出入り口から、

大型馬車の停留場がある広場へと歩き出した。

世界一の暗殺者がこの町に来ていることは、

道の端で、多くの人たちがしきりに噂話を広めているから、

もうこの町中、その話でもちきりだ。


指名手配犯が、この町に潜伏していたのも驚きだが、

世界一の暗殺者が、この町に来たのも驚きだ。

いずれも、この町の出入り口に騎士団がいたにも関わらず

侵入していたわけだから、騎士団としては体面上、批判が殺到するだろうし、

町民としては、安心して暮らせない。

ますます反乱軍の勢いが増してしまうかもしれない。


町民たちの話によれば、殺された指名手配犯は

詐欺グループの主犯だったらしい。

貴族を中心に詐欺を働いていたため、一部の一般人からは

『義賊』として人気があったとか。

しかし、貴族たちの恨みを買って、生き延びれたやつはいないだろう。

貴族たちは大金をはたいて暗殺者に依頼したようだ。

それが、今回、大騒ぎの原因になっている、

世界一の暗殺者、モシュコス・フーデニックというやつだ。

殺し方に特徴があるらしい。

どんな魔法を使ったのかは分からないが、

遺体には、拳大の穴が、体中を貫通していたらしい。

遺体だけではなく、建物の扉からそこにあった家具から、

すべて穴だらけの惨状だったとか。


たしか、いつかシホと見たゴシップ雑誌に書いてあった・・・

「世界一の暗殺者が東へ向かった」とかいう記事。

どこから東へ向かい、どこへ行ったのか分からなかったが、

まさか、この町へ来ていたとは・・・。


指名手配犯には悪いが、

オレたちが狙われていたわけではないと知れて、

少しホッとした。


「その、世界一の暗殺者とは、何者なのですか?」


アルファが聞いて来た。

そうか、数百年前には存在してなかったよな。


「世界一の暗殺者、モシュコス・フーデニックは、

魔道具のヴァイオリンを使う音楽家で・・・。」


「え、ヴァイオリン!? 音楽家!?」


シホが説明し始めたところで、

アルファがやたらと驚いている。


「ちょっと待ってください、私たちは昨夜、

一流を思わせるヴァイオリン弾きを見ましたよね?

まさか、あの人が!?」


「「えぇ!?」」


アルファの憶測に、今度は女性陣が驚いている。

声こそあげなかったが、オレもファロスも驚いた。

あの酒場で見た、あのヴァイオリン弾きが!?


「そ、そうか・・・あいつが・・・。」


「いえ、そう決めつけるのは早いと思いますが・・・。」


シホはアルファの意見にうなづき、

木下は首を振って否定している。


「そ、そうでござる。

昨夜見た素晴らしい音楽家が、暗殺者だと断定するのは、

少し早計かと。」


ファロスも木下の意見に同意している。

驚きはしたが、オレも木下の意見に同意だ。

たまたま見かけただけで、そんな・・・。


「しかし、偶然というものは必然に起こるものです。

その暗殺者が、この町の住人ではないなら、

昨夜見た音楽家も、どう見ても旅人にしか見えませんでしたし、

世界に名をとどろかせるほどの腕前ならば、

飛び入りで演奏した素晴らしい音楽にも納得できます。

彼こそが、世界一の暗殺者であった可能性のほうが高いと思われます。」


「それは・・・。」


アルファの説明に、木下が言葉を詰まらせている。

反論できない。

アルファの言うことにも一理あると感じる。


「・・・でも、これだけ偉そうに言ってしまいましたが、

結局は、本人を捕まえて真実を吐かせるまでは、

誰にも分からないことですから。

今、私が言ったことは、あくまでも可能性の話です。

不安にさせてしまったのなら謝ります。

ごめんなさい。」


アルファが、そう言って少し頭を下げた。


「いえ、私こそ・・・申し訳ありません。」


木下が慌てて謝っている。

さすがアルファ。年の功というべきか。

自分の憶測によって、パーティーの空気が

重くなっていくのを感じ取ったのだろう。

あくまでも可能性の話だということにして、

この話題を終わらせようとしている。


「俺は、アルファさんの言うことに賛成だけどな。

偶然は必然に起こる・・・いい言葉だぜ。

そんな気がするもんな。」


シホのやつは、ゴシップ記事を信じてしまうほどだからな。

可能性の話であっても、そっちの方を信じてしまうのだろう。

せっかくアルファが話を終わらせようとしているのに。


「しかし、暗殺者一人の話で、なぜ

みなさんが、そこまで恐怖に感じているのか、

私には、ちょっと理解できないのですが・・・。」


「あぁ、それは・・・。」


「じつは・・・。」


アルファの疑問も、もっともだ。

オレたちが暗殺者を警戒している理由・・・

『例の組織』について、いろいろ

アルファにも説明しておかねばならない。

アルファの疑問に、すぐシホと木下が説明してくれた。


アルファは、難しい顔つきで説明を聞いていた。

そして、オレたちの反応に納得したようだった。




大型馬車の停留場は、町の中央にある。

大きな馬小屋や倉庫が連なっていて、

その前に大きな広場があり、乗車する客たちが、

すでに長い列を作っていた。列は、2列に分かれていて、

一方の運賃が高い方の列は、3人程度しか並んでいない。

広場には、やはり露店が並んでいて、

朝から新鮮な野菜を売っている店や、

美味しそうなパンを焼いて売っている店があり、

やはり、そこにも行列ができている。

オレたちは、まず朝食をそこで食べてから、大型馬車の列に並んだ。

今朝のアルファは、柔らかい食べ物を中心に、

なんとか一人で食べることが出来た。少食でも、自分で食べられたことが凄い。

この調子で、少しずつ自分で出来ることが増えていけばいい。

それにしても、どこの店も高値の値段設定だ。大型馬車も

この人数が難なく乗れるからって高い運賃ばかり払っていられない。

早くこの国を抜けてしまいたい。





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