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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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ブルーム




居酒屋『カダー・アルバハル』での

音楽の演奏を、しばらく聴いていたオレたちだが、

ヴァイオリンの男が、数曲弾いた後で、

舞台から降りて行ったため、そのタイミングで

店から出て、次の店へと移動した。

そうして、なんとか普通の飲食店を見つけて、晩飯にありつけた。

『ゼフテラ』というこの店は、

主に焼き肉がメイン料理らしい。

美味しいけれど・・・なかなか値段が高い。


「あんな音楽、初めて聴いたぜ!」


「あたしも!」


他の店で食事をしていても、オレたちの話題は、

あのヴァイオリン弾きの男の話で盛り上がっていた。


「あんなスゴイ演奏ができるなんて、

さぞかし、名のある音楽家だったんだろうな。」


シホが興奮していて、早口で盛り上がる。

テンションが上がるのも、うなづける。

音楽によって、こんなにも気持ちを高揚させられるとは。


「しかし、あの風格・・・

音楽家というより、戦闘に長けているような姿に見えましたな。」


ファロスがそんなことを言う。

オレより背が高いファロスは、オレよりも

あの男の姿がよく見えていたのだろう。

オレも、少し見えただけだったが、音楽家というより

傭兵のような格好に見えた。


「もしかしたら、一か所に留まらず

ずっと旅をしながら演奏している人かもしれませんね。」


木下がそう言いながら、サラダを食べている。

旅を続けているから、傭兵のような格好・・・辻褄は合う。

もしかしたら、傭兵の仕事をこなしながら

音楽を演奏して旅しているのかもしれない。


世の中には、いろんなやつがいるものだな。


「うっ! ゴホッ! ゴホゴホッ!」


「クラ・・・アルファさん、大丈夫!?」


アルファが食事をしているが、また吐きそうになっている。

ニュシェが、食べるのを補助しているが、

アルファのむチカラが弱いらしく、うまく噛めないまま

飲み込もうとして、ムセてしまうらしい。

栄養がありそうなスープを飲ませて、なんとか落ち着いた。


「ふぅ・・・ありがとうございます、ニュシェさん。」


礼を言いながらも、あまり表情が優れないアルファ。

食事することすら、自分一人で出来ないという事実に、

すこし苛立いらだっているように見える。




食事を終えたオレたちは、町から一旦外へ出て、

簡易的なテントで野宿をすることに。

この町でも、壁の外には、オレたちの他にも、

簡易的なテントで生活している人たちがいた。

税金が払えず、町の中で住めなくなった人たち。

ボロボロの布切れのテントで、

雨風すら凌げない状態で暮らしている人たち。


飲食店の中でも、他の客たちが

国の税金が高いとか、『ゴブリン』の被害が深刻だとか、

帝国への不満を募らせて、愚痴っていた。

グルースたち反乱軍の声が広がっているのを実感する。

その一方で、反感の声が高まってきたからこそ、

例の組織がそれを利用して、この国を乗っ取ろうとしている。


国民たちの声は、王様の耳に届いていないのだろうか。

知っていて重税を課しているのか。

それとも、その周りにいる上層部とかいう偉いやつらが

王様に余計な情報が届かないようにしている可能性も。

例の組織のやつらが潜伏しているのなら、

その可能性の方が高いだろう。


「・・・。」


いつの時も、しいたげられるのは弱い民ばかり。

グルースが危険をかえりみず、反乱軍を立ち上げたのも

弱い民たちのため・・・なんとなく気持ちが分かる。

しかし、その反乱軍の活動の、その先が内戦だとすれば

結局は貧しい者たちが一番被害を被ることになる。

グルースは戦うことが目的ではないと言っていたが、

どこへ向かって活動しているのか・・・

興味本位で突っ込んでいい話ではないが、聞いてみたかったな。


ほかの者たちの邪魔にならないような場所で、

オレたちは休むことにした。

そういう貧しい者たちに襲撃されるか、

『ゴブリン』に襲撃されるかもしれないので、

今夜は、オレとファロスが見張り役を交替しながら寝る。


簡易テントの中は、アルファを優先して、木下とニュシェが

そのそばで寝ることになり、その3人でテント内は満員だ。

シホが焚き火のすぐそばで雑魚寝することに。

ファロスのすぐそばで寝ることが目的らしい。

当人のファロスは、まだシホの気持ちに気づいていないようだ。

シホが寝始めてから、そっと離れて寝始めた。

ファロスらしい対応だな。




昼間の熱い空気が、ちょうどよい具合に冷えてきて、

時折ときおり、心地良い風が吹き始めた夜。

クラリヌス・・・アルファは、寝る前に飲み薬を飲んでから

しばらく眠っていたが、みんなが寝静まってから、むくっと起き出した。

そうして、テントからよろよろと出てきたと思ったら、


「よぉ。」


「あぁ、目が覚めたのか? 歩いて大丈夫か?」


「心配ない。ぅおっと。」


焚き火のすぐそばにいるオレのところまで来て、

オレの横でよろけて、その場に座り込んだ。

この人格は、アルファではないな。


「・・・どうやら、表にいる人格が眠ってしまうか、

もしくは意識が無くなると、もうひとつの人格に切り替わるようだ。」


アルファ・・・いや、ベータだったか?

クラリヌスが、そう説明してくれた。


感情が昂って人格が切り替わるだけじゃなく、

眠っても人格が切り替わるというのか。

でも、たしか入院中も、

翌日には違う人格になっていた気がする。


「しかし、今は私も眠い・・・。

このまま眠ったら、朝には、

また人格が変わってしまうかもしれないな。」


そう言いながら、眠そうな目をこするクラリヌス。


「眠いなら眠ってしまったほうがいい。

旅は長いからな。」


「あぁ、そうする・・・

だが、その前に言っておきたいことがある。」


「なんだ?」


「私の人格を『ベータ』と呼ぶのはやめろ。」


やはり、そのことか。

この人格が、アルファの言う通りに従うはずが無いと思っていた。


「分かった。一応、その理由を聞いてもいいか?

明日もクラリヌス殿がその人格のままなら

自分で説明してもらえればいいが、別の人格だったら

うまく説明できないかもしれないからな。」


アルファの人格ならば、うまく説明してくれるかもしれないが、

人格が違うと伝え方も違うだろうから、

本人の意志が伝わらない場合もある。


「理由は簡単だ。

『ベータ』とは、『二番目』という意味だからだ。

あいつが一番で、私が二番というのが気に入らない。」


「そうだったのか。なるほど。」


そういう意味が含まれているとは知らなかった。

あいつというのはアルファのことか。

アルファは知っていて、そう名付けたのだろうか?

だったら、この人格が納得しないのも分かっていたはずだが。

そこまで配慮していなかったのか。


「では、どんな名前がいいんだ?」


「そうだな。ふむ・・・。」


クラリヌスがあごに手を当てて考え込む。


「私のことは、『ブルーム』と呼べ。」


「ブ、ブルーム?」


クラリヌスがドヤ顔でそう言った。


「その名前には、何か意味があるのか?」


アルファやベータに、何か意味があったように、

この名前にも、何か意味があるような気がして聞いてみたが、


「一応、『B』から始まる言葉で考えてみた結果だ。

私は、これが気に入った。だから、そう呼んでほしい。」


深い意味はない?のか?


「わ、分かった。ブルーム殿。」


「あー、その『殿』というのは止めろ。

目上に対して使う言葉だと理解しているが、どうにも性に合わない。

おそらく、あいつ・・・アルファもそう感じているはずだ。

私は呼び捨てでも構わない。『さん』付けでもいいぞ。」


「ブ、ブルーム・・・さん。」


「あぁ、それでいい。」


オレが『殿』で呼ぶのは、目上の人だけではなく、

敬っている気持ちからだが、相手に拒絶されれば仕方ない。

かと言って、歳上のやつを呼び捨てにするのは抵抗があるから、

『さん』付けにした。


「・・・。」


なぜか、そこで会話が止まった。

クラリヌス・・・ブルームは、

目の前の焚き火の炎を見つめて黙ってしまった。

もしかしたら『炎の精霊』のことを思い出しているのか?


そう思っていたが、いつの間にか

目を閉じているブルーム。


「もう寝たほうがいいんじゃないか?」


「ん・・・そうだな。

その前に、お前だけには話しておこうか。」


そう言って、目を開けたブルーム。

焚き火の灯りに照らされて、黄色の目が輝いて見える。


「なにを・・・。」


「私は、おそらく・・・長くはない。」


「え!?」


少し大きめの声が出てしまった。

慌てて手で口を抑える。

突然のブルームの言葉に、驚きを隠せない。

こいつは、自分の寿命が分かるのか?


「命の話ではないぞ? 命については・・・まだ分からない。

『エルフ』の平均寿命は1000年で、

私は、まだその半分しか生きていないけれど、

死ぬ寸前の状態で、呪いの紋章によって生き延びた。

呪いによって、どれだけ

寿命が縮んでしまったのかは分からない。

でも、そうじゃなくて・・・

長くないと言ったのは、私という人格の寿命だ。」


そう言って、ブルームは目を細めた。


「人格の寿命?」


「そうだ。あいつが言った通り、私という人格は、

深い悲しみと強い怒りから生まれた。

あいつ・・・もう一人の人格が、

その感情を押し込めた結果、私が生まれたわけだ。

あの洞窟の奥・・・真っ暗な孤独の中、

私たちは生きてきた・・・。」


パチッと焚き火の火が散り、ブルームの言葉が途切れると、

本当に音が消えて無くなったかのような錯覚になる。

まるで、ブルームたちが孤独を味わった、

あの洞窟の場所が再現されているような感覚だ。


「あの長い時間を生き抜くのに、私たちは都合が良かった。

一人だけど独りじゃない・・・他者の存在を感じることで、

必死に孤独と闘っていた・・・あの頃は。」


「・・・。」


孤独と闘う・・・か。

何も見えず、何も聞こえてこない空間で、たった一人、

身動きもとれない状態で、数百年・・・。

呪いのせいもあるだろうが、本当によく生き残れたものだ。

常人ならば、体力が尽きる前に、精神が壊れてしまうだろう。


「でも、お前たちに救われて、あの場所から解放された今、

私という人格は、ただ邪魔な存在になっている。」


「そんなことは・・・。」


そんなことはないと言いかけたが、

実際、二つの人格のままでは、

日常生活において、とても生きづらいはずだ。


「元の人格は、冷静なやつだ。

対して、私という人格は、感情的だ。

感情の昂ぶりによって、すぐに元の人格に戻ってしまう。

元の人格は冷静だから私という人格に変わる頻度は、

これから減っていくだろう。

今のように、元の人格が寝てから、

私という人格に変わっても、私自身も眠いからな。

ますます私という人格が活動する時間は減っていく。」


「・・・。」


このブルームという人格が現れる頻度が減れば、

そのうち、出てくることが無くなるということか。

それが、つまり・・・人格の寿命・・・。


「・・・そんな顔で私を見るな。

同情を誘っているわけではないぞ。」


「す、すまん・・・。」


オレがどんな表情になっていたのかは分からないが、

おそらく失礼な表情になっていたのだろう。

勝手にあわれむなど、失礼にも程がある。


「まったく・・・お前というやつは・・・。」


少し怒っているかのような口調のブルームだったが、

オレから顔を背けて・・・声が震え出した。


「!」


突然、ブルームがこちらへ倒れ込んできたから

体を抱きとめたが、


「うぅ・・・。うぅ・・・。」


「・・・。」


体を震わせて、泣き出したブルーム。

そして、一言。


「ぅ・・・こ、このまま・・・消えるのが、怖い・・・。」


ブルームの言葉に、胸が詰まる。


二重人格・・・あの医者が言った言葉だった。

これは病気の名前なのだろうか?

病気ならば、それが治って、

元の、ひとつの人格だけになることが

本人にとって良いことだろう。

しかし、これは、本当に病気なのか?

もうひとつの人格が、消えることを怖がり、泣いている・・・。

なにが正しいことなのか?

なにが良いことなのか?

オレには、分からなくなってしまった。


ただ・・・「消えるのが怖い」という気持ちは、

オレにも分かる。


『ソール王国』の王室で、リストラを言い渡された時の、

あの瞬間の、絶望感・・・突然の孤独感・・・。

目の前が真っ暗になる感覚・・・。


いや、ブルームが感じているソレは、

仕事が奪われるという感覚の比ではない。

避けようがない死に対する恐怖だ。


「・・・。」


オレは、なにも言葉をかけてやることができなかった。

なにも言えない。癒してやれない。

どんな言葉も慰めの言葉以下になる。

頭の悪いオレでは解決策も思い浮かばない。


「うぅ・・・うぅ・・・ううううぅ・・・。」


オレは、ブルームが泣き止むまで

その震え続ける肩を、抱き締めてやることしかできなかった。

しばらくの間、ブルームのくぐもった泣き声が、

真っ暗な夜の闇へと吸い込まれていった。





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