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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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エルフの交渉術





「佐藤さんたちは、ここより東の『未開の大地』へ向かわれる予定でしたね。」


シュル シュル シュルル・・・


「あ、あぁ・・・クラリヌス殿の依頼もこれで達成できたし、

この町でやるべきことは、もうないからな。

明日か明後日には、この町を発とうと思っている。」


医者が包帯を解いている音が、やけに大きく聞こえてくる。

否応いやおうなしに、目の前で

女性が裸にされていくことを意識させられるが、

オレは、首が痛くなるほど床だけを見つめ続けている。


「そこで、お願いがあるのですが・・・。」


シュルルル・・・


「こ、断る!」


「!」


クラリヌスからお願いの内容を聞く前に、オレはとっさに断った。

包帯が解かれる音を聞いて、妙にドキドキして声が上ずってしまったが、

この際、オレの声など、どうでもいい。

単なるカンだが、とてもイヤな予感がした。


「・・・内容を聞かずに断るのは、

少々、無作法ぶさほうではないですか?」


シュル シュル・・・


「ど、どう言われても仕方ない!

これ以上、クラリヌス殿の願いを聞く時間も余裕も

オレたちには無いからな。」


非情な態度になっているのは、自分でも分かっている。

しかし、これ以上、頼まれごとを引き受けることはできない。

早く、この町を発たねば・・・。


「佐藤さんの国の『特命』のため・・・ですか。」


「! そ、そうだ。」


この集中治療室で、オレが仲間に白状していた内容を

装置の中で聞いていたのだから、当然、

クラリヌスも、オレたちの事情は分かっている。


「私のお願いというのは、他でもありません。

私に、佐藤さんの『特命』のお手伝いをさせていただけませんか?」


「なにっ!? うっ!」


クラリヌスのお願いの内容が、あまりにも予想外だったから、

うっかり顔を上げてしまったが、すぐに下を向いた。

本当に一瞬だったが、クラリヌスは完全に全裸の状態だった。

み、見てしまった内に入るのだろうか?

一瞬だったから・・・ペリコ君、見逃してくれ。


「あー、お話し中、悪いがね。

今から『呪いの紋章』の契約書を一枚ずつ燃やすよ。

最初は、身体への影響が低いものから焼却したいんだが・・・。」


そう言って、医者が契約書をペラペラめくる音が聞こえてくる。

オレとしては、もはや契約書のことよりも、

クラリヌスの裸を見てしまったことや、

クラリヌスのお願いのほうが気になっている。

手伝い? オレの『特命』の手伝いだと!?


「いかがでしょうか? 佐藤さん。」


「っ・・・お、お前に、いや、クラリヌス殿に

いったい、どんな手伝いができるというのだ!?」


名前を呼ばれると反射的に顔をあげそうになってしまう!

これはクラリヌスからの交渉だ。

オレとしては、こういう場合、相手の顔を見て話したい。

表情を少しでも読みたい。

しかし、表情を読むことを封じられている!?


「! そういうことか。」


オレは、ボソっと独り言を吐いた。

これはクラリヌスのわなだ。

初めから、こういう展開になることを読んで

あえて、医者に契約書の焼却をさせながら

オレに交渉してきている!


「あー、まずは、これにしよう。

『強制避妊』・・・これは、どこの紋章かな?」


「ここです。内股うちまたのところです。

バツマークのような形の。」


「!」


ま、股・・・!

思わず、さきほどの一瞬見た

裸体の光景が、目に浮かびそうになった。


「まず、『未開の大地』へ向かわれるとのことなので、

あの土地は、人間がほとんど立ち入ったことが無いようですが、

私なら、多少はあの土地の地形に明るいです。」


「な、なるほど・・・。」


医者との会話と同時に、オレとの交渉をこなすクラリヌス。

オレとしては、クラリヌスの言葉に集中したいのに、

医者の言葉に中断されて、まぎらわしい。


「では、焼却するよ。

おそらく一瞬だけ紋章が熱くなると思うが、気分が悪くなったり、

どこか痛いところがあったら言ってくれ。」


「はい。お願いいたします。」


医者の方も、オレとクラリヌスが喋っていても構わず、

自分の仕事を優先して話しかけてくる。

いよいよ、『呪いの紋章』の契約書を焼却するらしい。

医者がそう告げて、ほんの少しだけ魔力が上がり、


「わが魔力をもって、明かりを灯せ、ホォライト。」


ボッ


医者が火の初級魔法を使った。

オレは気になって、少しだけ顔をあげ、医者の方を見ようとしたが、

やはりダメだ。医者はクラリヌスの目の前に立っているから、

クラリヌスの体がどうしても視界に入る。

だから、すぐにオレは床を見つめた。

一瞬だったが、医者の右のてのひらに、小さな火が灯っているようだった。

左手には、例の契約書。


ボワッ


「ゲホッ!」


何かが燃えたような音が聞こえて、医者がせきをした。

おそらく契約書を燃やしたのだろう。


「あぁっ!」


「!」


突然、クラリヌスが声を上げる。


「あぁっ・・・くぅ・・・うぅ・・・あっ、あ、あぁ・・・。」


「クラリヌスさん!」


木下が心配そうに声をかけている。

床を見つめているオレには、何が起こっているのか分からない。

ただ、クラリヌスの痛がるような声が、

少し・・・なまめかしい声に聞こえてしまうのは、

オレがクラリヌスの全裸で妄想してしまっているからだろうか。


「消えた・・・。」


ニュシェがそうつぶやいた。


「少し紫色の炎に見えましたが、

一瞬にして紫色の煙だけを残して消えましたね。

灰も残らないんですね・・・。」


木下が状況を説明してくれた。

いや、説明する気はなかっただろうが、

見たままを口にしている感じだ。

きっと無事に契約書が焼却できたのだろう。


「『エルフのキミ』、大丈夫かね?

無事に『呪いの紋章』が消えていったよ。」


「ぅ・・・はぁ・・・はい、ありがとうございます。

思いのほか、熱かったもので・・・。でも、大丈夫です。」


「よかったね。」


「あっという間なのですね。

歴史あるものが消えてしまった・・・。」


どうやらクラリヌスも無事らしい。

ニュシェは素直に喜んでいるが、

木下は、歴史的価値がありそうな契約書が

あっけなく焼却されて、少し残念そうな声だ。


「佐藤さん、どこまで話しましたか?」


「! ク、クラリヌス殿は『未開の大地』の

土地勘とちかんがあるという話だったな。」


「はい、そうです。それに『ドラゴン討伐』となれば、

一日かそこらで発見して、すぐ討伐完了というわけにもいきません。

数週間や数か月かかることもあると言われています。

その間、野宿だけでは・・・。」


「では、次に『強制発情』・・・これは、どこの紋章かな?」


「それは、これですね。

下腹部にある、ハートの形みたいな紋章です。」


「!」


か、下腹部・・・!

またしても医者がオレたちの会話に割って入ってくる。

クラリヌスも、すぐにそれに応じる。

というか、クラリヌスを見ていないオレに、

わざと聞こえるように紋章の位置を説明している気がする。

いちいち妄想してしまうオレもオレだが。


「話を続けますが、野宿だけでは、まともに休息できません。

戦闘で消費した道具や、食料などの補給も必要ですし、

そのためにも、わが故郷『エルフィン・ラコヴィーナ』へ出入りされた方が

至難と言われている『ドラゴン討伐』も・・・。」


「わが魔力をもって、明かりを灯せ、ホォライト。」


ボッ


医者の魔力が少しあがり、火の初級魔法を使った。


「うぁ・・・ド、『ドラゴン討伐』ぅ・・・もぉ・・・あ、

あぁ・・・ずっとぉ・・・あっ、あっ、

ゆ、有利にぃぃぃ・・・はぁ・・・あぁ!」


「っ!」


さすがに口調がおかしいだろ!

明らかに、わざとだ! オレをあおるように喋りやがって!


「クラリヌスさん、苦しそう・・・。」


「え、えぇ・・・そうね・・・苦しそう?」


ニュシェは気づいていないようだが、木下は気づいている様子だ。


「わ、分かった! 分かったから、もう喋るな!」


オレはすっかりクラリヌスの罠にはめられて、

これ以上は聞くにえず、つい口走ってしまった!


「あふ・・・ふぅ・・・。何が分かったのですか?」


「おま、クラリヌス殿をパーティーに加える!

これでいいだろ!」


「お、おじ様!?」


「え! クラリヌスさんも一緒に行けるの!?

よかったね、クラリヌスさん!」


木下からは驚きの声が、ニュシェからは喜びの声が聞こえてきたが


「外で待つっ!」


オレはそれだけを言い残して、さっさとドアの方へと走った。


「ありがとうございます、佐藤さん。ふふふっ。」


「よし、『強制発情』の紋章も消えたようだ。

大丈夫かね? 次は『魔力消耗』の契約書にするかな。」


「えぇ、大丈夫です。

『魔力消耗』は、私のおしりの・・・。」


バタン!


クラリヌスと医者の会話を背に、オレは

集中治療室から出て、勢いよくドアを閉めた。


まったく、たまったもんじゃない!

あの状態が、このあと契約書4枚分も続くとか、オレにとっては地獄だ!

あの『エルフ』め! オレをバカにしやがって!




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