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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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エギーの遺言





あの『エルフ』、クラリヌスとの面会時間が

夜9時までだから、夕食前に出向きたかったが、


「おなかすいたよぉ~。」


オレとニュシェは、病院で朝食を食べてから夕方まで

何も食べていなかったため、みんなで夕食を食べてから病院へ向かった。

数日ぶりの、宿屋の食事は絶品だった。

思わず、おかわりをしそうになったが、木下に止められた。


「止めておいた方がいいですよ。

たった数日とはいえ入院していた間に、私たちの胃袋が

少し小さくなっていますから、入院前のように食べていたら、

あとで嘔吐するか、おなかをこわしますよ。」


「そ、そうか。」


「でも・・・あたし、足りないって感じてるんだけど。」


オレは素直に諦めたが、ニュシェは腹いっぱい食べたいらしい。


「ユンムさんの言う通りにしておいた方がいいぜ、ニュシェ。

なぜなら、俺たちは昼飯の時に、食べ過ぎて後悔したからな。

な? ユンムさん?」


「うぅ・・・。」


シホに言われて、木下がバツが悪そうな表情になり、右手で腹をさすった。

なるほど、経験からの忠告だったのか。


「わ、わかったよ。」


ニュシェは渋々、忠告どおりにした。

ひょっとしたら獣人族で若いニュシェなら、

オレたちよりも胃袋が強いのかもしれないが、

人の忠告を聞く耳を持つことも大切だ。

木下の忠告を聞いて、オレたちは、ゆっくり味わうように食べた。




病院側も夕食の時間が過ぎていて、

日中の混雑していた時間よりも静かになっていた。

クラリヌスの病室は、まだ集中治療室のままだった。

明日から移動する予定だったか。


「あぁ、来たか。待ちわびたぞ。」


集中治療室の真ん中にある、大きな筒状のガラスの中で

ベッドに腰かけていたクラリヌスが、俺たちを見て、そう言った。

ガラス内の薬液は抜かれている。

声は同じだが、言葉使いが違う。少し粗暴な性格・・・。

あの医者が名付けていたように、これは『Bの彼女』だ。

しかし、今日のクラリヌスは言葉使いこそ荒々しいが

声に元気が無いように感じた。


「こんばんは、クラリヌスさん。」


「こんばんは。」


「・・・。」


木下やニュシェの挨拶には無反応だ。

元気も機嫌も良くないようだ。


「具合はどうだ?」


「ふむ、あまり良くは無いな。」


「どこか痛むのか?」


「いや、今日から食事をもらえたのだが、

流動食りゅうどうしょくとやらが、とても不味くてな。

今日は、飲んで吐いてを繰り返していて、気分が悪いだけだ。

あの医者は、いきなり普通の食事はさせられないと言っていたが、

忌々しいことに、あの医者の言う通りだった。はぁ・・・。」


とりあえず、オレまで無視されなくてよかった。

まだ全身包帯だらけで、目の部分しか見えないクラリヌス。

目だけでは判断できないが、やつれているのだろうか。

食事ができれば、早く回復しやすいのだろうが、

その食事がまともにできないとなれば、元気も出ないか。


「それで? 私のエギーの骨と契約書は見つかったか?」


「あぁ、ここに・・・。」


オレは少し大きめの布袋と契約書の束を見せた。


「それで、契約書なんだが・・・。」


「それよりも、エギーの骨を見せてくれ。

私のエギーを・・・。」


「・・・分かった。」


クラリヌスに促されて、オレは布袋を開けて

ガラスの装置の中にいるクラリヌスへと近づいて行った。

壊れそうなくらい軽い骨を取り出して見せてやろうかと思ったが、

この骨はすぐに粉々になりそうだから、やめておいた。


装置の中のベッドに腰かけていたクラリヌスが

ゆっくり立ち上がり、ガラスのそばまで一歩一歩近づいてきた。

そうして、オレが広げて見せている布袋を覗き込んできた。


「・・・っ。」


骨だけ見ても、それが故人のものとは判別できないだろう。

しかし、このエルフの男と生前、ともに生きて来たクラリヌスには、

何か感じ取れるものがあったのかもしれない。

骨を見た瞬間に、ガラスに寄りかかるようにして


「エギー・・・うぅ・・・。」


静かに泣き始めた。

この『Bの彼女』が、静かに泣くとは意外だった。

気性の激しい人格なら、人間たちへの復讐を思い出して

怒り狂ってもおかしくないのに。

いや、これはオレの偏見か。


しばらく沈黙が続いた。この部屋にはクラリヌスの泣き声と、

もらい泣きする女性たちの泣き声だけが響いた。


オレは言うか言わないでおくか迷ったが、

あのエルフの男が最期に残した血文字の言葉を

今、伝えることにした。

泣いているクラリヌスを、さらに悲しませる言葉かもしれないが、

今言わなければ、もうクラリヌスに会うことは無いかもしれないから。


「この男の骨のすぐそばに、血で書かれた言葉があった。

クラリヌス、キミへの遺言だ。」


「え・・・。」


「・・・『クラリヌス、今までありがとう。愛している。』」


短い言葉だったが、骨のすぐそばの地面に書いてあったのは、

その言葉だけだった。

男の最期の血文字・・・

天井からの手錠で、ぶら下がっていた男が、

地面に落ちたのは、きっと痩せ細った腕が手錠から

すり抜けて落下したはずだ。

そんな、ろくにチカラもない痩せ細った手で、

真っ暗な闇の中、自分の血を指に付けて

死力を尽くして地面に書いた、とても短い言葉・・・。


しかし、この言葉に込められた男の愛情は、たしかに


「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


今、クラリヌスへと届いたのだ。

いや、クラリヌスもこの数百年、ずっとこの男のことを

愛していたのだろうから、生前から今の今まで、

この2人は相思相愛だったのだ。


クラリヌスは泣き叫びながら、装置の中でひざから崩れ落ちた。


「クラリヌスさん・・・ぐすっ。」


「うぅぅぅ・・・。」


女性たちも同じく泣き崩れている。

オレも、亡くなった男に感情移入して泣きそうになるが、

そこは、ぐっとこらえた。


クラリヌスたちに起こったことは、たしかに悲しい出来事だ。

しかし、オレは、この2人の愛情を見て、

心底、うらやましいと感じている。


・・・オレが、この旅の途中で亡くなってしまっても、

女房は、こうして泣いてくれるだろうか?

『特命』を受けたオレに生命保険の書類を用意するぐらいのやつだ。

泣くとしても、泣いて喜ぶ方ではないだろうか。


「・・・っ。」


そこまで考えてから、オレは

旅立つ前の、あの女房の表情と

久々に聞いた「いってらっしゃい」の言葉を思い出して、

胸にこみ上げたナニかを、ぐっとこらえた。


ちくしょう・・・やっぱり死にたくない。

もう一度、女房の、あの笑顔を見たい。会いたい。


女房と冷めきった関係のオレですら、こう思うのだから、

クラリヌスより先に亡くなってしまった、この『エルフ』の男は、

さぞ無念だったことだろう。

それを思うと、なおさら鼻の奥がツーンとなって、

オレは少し泣けてしまうのだった。


「ん!?」


その時、急速に近づいて来た気配を感じたが、

その気配が、部屋のドアを勢いよく開けた。


「だ、大丈夫かね!?」


部屋に入ってきたのは、あの院長みたいな医者だった。

クラリヌスの泣き声が響いたのか?

いや、クラリヌスが興奮しすぎて体調に変化があって

この装置が医者へ何かを知らせたのだろう。

医者は慌てて駆けつけたらしいが、

クラリヌスを始め、わんわん泣いている女性たちを見て


「はぁ・・・あー・・・うむ、異常はないようだね。

えーっと、一応、装置の調子を見ておこうかな・・・。」


何かを察したようだが、すぐに出て行くのも気まずかったようで、

クラリヌスの装置を点検し始めた。




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