8巻
その後、オレたちは、もう一度、
ニュシェが整頓してくれた山積している書類の中を
探してみたが、契約書らしきものは、
オレたちが発見した6枚以外、見つからなかった。
仕方なく諦めて、洞窟を出て来たオレたち。
大量の分厚い本数冊と、魔鉱石と、魔道具は、
まとめて持つと、なかなかの重さだったが、
帰りは、ニュシェが荷物の半分を背負ってくれた。
町に着いたのは夕暮れ時。
一日中、照りつけていた陽が西側の山の奥へと落ちて、
ようやく涼しい風を感じる時間帯になっていた。
オレたちは、そのまま病院へ向かわず、
ひとまず宿屋へと戻った。
そこには、すでに木下とシホが宿泊部屋にいた。
ファロスは暇を持て余していたので、
宿屋の庭の方で剣の素振りをしていたらしい。
5人が部屋の集まったところで、お互いに報告しあった。
洞窟探索の件は、オレから報告しようと思っていたが、
木下がニュシェにやらせると言い出した。
新しい言葉を知っても、自ら喋って使いこなさないと意味がないとか。
これも勉強の一環らしい。
ニュシェは、大トカゲとの戦闘を
少し大袈裟に報告している気がしたので、
そのへんは、オレがやんわりと訂正しておいた。
戦いの場面を説明しようとすると、どうも感情が高ぶるのか、
シホのように、大袈裟に説明してしまうようだ。
いや、これまでもシホの大袈裟な話し方を
見聞きしていたせいなのかもしれない。
今後、木下が誇張しない話し方を
ニュシェに教えてくれたらいいのだが。
「契約書が、一枚足りないんですか・・・。」
「うん。おじさんとずっと探してたんだけど、ね?」
「あぁ、テーブルの上の書類だけじゃなく、
本棚のほうも、ほとんど探してみたのだが、見つからなかった。」
ひとつのランプの灯りが届く範囲は、とても狭い。
二手に分かれて探していたが、明るい場所ではなく
うす暗い中、手探りで探していたし、
なんと言っても、そこそこの広さだ。
あの場所を、隈なく探したか?と言われると自信がない。
「ニュシェちゃんが言うなら間違いなさそうですね。」
「おいおい・・・。」
オレの言葉は信用できないのか?
「クラリヌスさんには、ありのままを報告するしかないですね。」
「うん。それから、ユンムさんとシホさんのお願いは、
おじさんが探し出してくれたよ。これ。」
そう言って、ニュシェは背負って来た布袋をテーブルの上に置いた。
「おぉ!」
「わぁ!」
すぐに、シホと木下が目を輝かせて、布袋を開けている。
「こ、こ、こ、『古代魔法書 第8巻』!?」
分厚い本を、丁寧に布袋から取り出しているのは木下だ。
歴史的価値のある本だからか、興奮だけじゃなく
緊張もしているようだ。
シホのほうも、さぞ興奮しているかと思ったが、
喜んで布袋を開けた後、意外にも冷静に品定めをしている。
「どうだ、シホ。高値で売れそうな物だったか?」
「そうだな、魔道具のほうは・・・あんまり期待できないけど、
魔鉱石の方は、なかなかいい値段になるかも。」
「そうか。オレには価値が分からないが、
魔道具も、これだけあれば、いい値になるんじゃないのか?」
手錠ではあるが、魔道具としての価値は、
けっこう高いと思うのだが。
「おっさん、魔道具なら
なんでも高値で売れるわけじゃないんだぜ?
おっさんが持ってきたのは、魔道具の手錠『カルケル』だ。
これって、刑務所とか、それこそ奴隷の市場とか、
特殊な場所でしか使われてないんだよ。」
「! そうか、つまり需要が無いのか。」
「そういうこと。」
そう言ってシホは、魔道具が入った布袋を閉じた。
「でも、この手錠は使い方次第では武器にもなるから、
何個か売らずに持っててもいいかもな。」
「な、なるほど。」
傭兵歴が長いシホだからこそ思いつく使い方だろう。
手錠をかけられた者の魔力を吸い取ってしまう魔道具の手錠・・・
魔法にも魔道具にも疎いオレには、
それを戦いの場で使う方法が思いつかない。
「でも、こっちの魔鉱石の方は時価で取り引きされるからさ。
さすがの俺も、この魔鉱石の価値までは分かってないから、
売るタイミング次第では、すっごい金になるかもな!」
「おぉ。」
魔鉱石が入った布袋をひとつ持ち上げて、
少し悪そうな笑顔を見せるシホ。
金に執着があるのも傭兵らしいといえば、らしいのか。
「それで、ユンムの方はどうだ?
金になりそうな本はあったか?」
「う、売るだなんて、とんでもない!」
「えぇ!?」
何気なく聞いただけだったが、
オレの言葉を聞いた木下が
持っていた本を大事そうに抱きしめ始めた。
「これは歴史的価値のある本ばかりです。
最初から売ることは考えていません。」
「し、しかし、オレたちにはお金が・・・。
それこそ、歴史的価値がある本なら、高値で・・・。」
「ダメです!
お金なら、当分は心配ないはずです!」
「・・・。」
なんとも怖そうな表情の木下。
これは本気だ。
お金の心配がないというのは・・・
どうやらグルースからの報酬が、それなりの額だったのかもしれない。
「諦めたほうがよさそうだな、おっさん。」
「あぁ。」
シホも、そう感じたようだ。
あの本を金に換えるのは諦めるしかないか。
「それよりも、この本の続きは!?」
「え? そこにある本だけだが?」
「どうして、この本を8巻から持ってきたんですか!
普通に考えて、1巻から持ってくるものですよ!」
「いや、そう言われてもな・・・。」
適当に難しそうな本を取ってきただけだから、
巻数など確認せずに持ってきてしまった。
「1巻を探してきてください!」
「おいおい、その本のために、
また洞窟へ行けと言うのか!?」
木下が無茶なことを言い出している。
「ユンムさん、さすがにそれは本来の目的と違ってきてるぜ?」
すかさずシホが口を挟んでくれた。
「そうだぞ、ユンム。
本来、その本は、あの『エルフ』からの依頼の報酬として
売るために持ってきたものだ。
それに、あの場所にある本の量は、お前も見ただろ?
図書館ほどではないが、この部屋が本で埋まりそうなほどの
大量な本だったじゃないか。
あれを全て持ち出そうとするのは不可能だ。
この先の、旅の荷物にしかならない。」
「うぅっ・・・でも・・・うぅ。」
オレとシホの説得に、木下が反論できなくなった。
いや、今回は反論の余地も無いはずだ。
木下は、旅の始めから荷物を多くしてしまう傾向にあった。
元々、お嬢様育ちだろうから、自分の荷物を自分で運ぶという
概念が抜けてしまっているのか。
旅の間も、なるべくオレが荷物を持ってやって
移動していたのも悪かったかもしれない。
歴史的価値がある物だとしても、不要な物は『お荷物』にしかならない。
それらを売らずに持ち運びながら旅を続けるなんて、無茶な話だ。
黙り込んで、恨めしそうな顔の木下に
今度はオレたちが報告を聞く番だ。
「それで、グルースの話はなんだったんだ?」
オレの質問に、木下の気持ちが切り替わったのか、
表情が元通りになって、少し笑みを浮かべながら、こう答えた。
「はい、グルースさんからのお話は、魔鉱石採掘の依頼分の報酬金と、
帝国軍からグルースさんを逃がすという依頼分の報酬金の話でした。
こちらが、グルースさんからの報酬金です。」
そう言って、木下は自分の腰の布袋から
「え!」
「そ、それは!?」
木下の手に握られているのは、
金貨が入った袋ではなく、一枚のカード・・・
金色に輝く、それは、『ゴールドカード』!
『レスカテ』で一度は手にした『ゴールドカード』!
『カシズ王国』で海賊たちに奪われた『ゴールドカード』を
再び手に入れるとは!
「グルースのやつは、本当にそれをくれたのか!?」
驚きを隠せない!
たしか『ゴールドカード』一枚で、金貨10000枚分だったはず!
「そんな大金を、あいつは支払ったというのか!?」
「はい、グルースさんからの
二つの依頼の報酬金を合わせたものです。」
魔鉱石採掘の依頼は、依頼書に依頼達成のサインだけはしてもらっていたが、
報酬金を受け取る前に、帝国軍が町へ攻めて来たから後回しになっていた。
グルースを町から逃がすという依頼は、
『ヒトカリ』を通していない、グルース個人からの依頼だったが、
まさか、合わせてこんな報酬額になるとは!
「き、気前が良すぎるな。
何か別の依頼を受けたんじゃないだろうな?」
グルースが元々ケチだったわけではないが、
あっさり報酬だけ払ってくれる男でもない気がする。
「いいえ、今回は、本当に報酬のお話だけでした。
そのほかのお話といえば・・・。」
「グルースさんは、町長にならないんだってよ。」
「え!?」
木下の説明を横から奪ってしまったシホ。
「シホさん、私が説明してるのに!」
「いいじゃねぇか。俺にも言わせてくれよ!」
大事件というほどではないが、たしかに驚かされた。
木下よりも先に言いたくなるシホの気持ちが分かる気がした。
「てっきり町長の息子であるあいつが
跡を継ぐものだとばかり思っていたが・・・。」
「なぁ? びっくりだよな!」
「グルースさんも、かなり悩まれたそうですが、
今回の町長さんの件で、なおさら
今の帝国への怒りと不信感が募ったそうです。
反乱軍をやり続けるために、この町を巻き込まないために、
町長は・・・。」
「次の町長は、執事のおっさんがやるんだってよ!」
「そうなのか!」
またしても木下が一番言いたいところを
シホが横取りしてしまう。
たしかに、これも驚かされた。
「シホさん!」
「仕方ないだろ? このことは誰にも言うなって言われてるんだから、
おっさんとニュシェにしか話せないんだからさぁ!」
木下に注意されてもシホは不満をもらしている。
なるほど、口止めされているわけか。
「・・・そういうわけで、次期町長は執事の方が就任されるそうです。
グルースさんは、この町から離れて反乱軍の活動に専念したいとか。
でも、執事の方だけでは町長を務めるのは難しい部分もあるそうで、
グルースさんは、これからも陰で協力していくことになると
おっしゃってました。」
「そうか。」
あの執事の男は、そこそこ歳をとっているように見えた。
そうなれば、町長でいられる期間もそう長くないだろう。
グルースが反乱軍として、
何かを成し遂げるまでの間・・・ということだろうな。
「あと、グルースさんに根掘り葉掘り聞かれたんだけど、
そこはユンムさんがのらりくらりとかわしてたぜ。
あの騎士は何者だったんだ!?とか。」
「ふふふ。」
シホが木下より先に説明したが、
今度は、木下が作り笑顔で笑っている。
シホとしては、グルースと同様に
根掘り葉掘り、木下に聞きたいことがあるのだろう。
しかし、すべて木下はあの作り笑顔でかわしてしまうだろうな。
「それで、グルースの体は大丈夫だったか?」
あの時は、一人で動くことができず
ニュシェに肩を貸してもらっていたぐらい重症だったが・・・。
「はい、連日、超特急回復薬に浸っていたそうで、
私たちよりも早く動けるようになっていたとか。
町長がお亡くなりになってから、葬儀や各種の手続きなどで忙しく、
私たちの見舞いに行けなかったと、謝っておられました。」
「そうだったのか。回復したなら、よかった。」
さすが金持ちというべきか。
心配する必要が無かったようだな。
「グルースさんは、何度も感謝の言葉を述べられてました。
おじ様へしっかり伝えてほしいと。
この報酬は、この町を救ってくれたお礼だとも言われてました。」
「そうか・・・。」
町を救ったお礼か。
もしも、あの場面で、あの菊池という男を倒せなかったら・・・
オレたちは、あの場で全滅して・・・
この町も壊滅させられていたのだろうか?
この町には本物の帝国軍がいないし、町を守る傭兵たちも
オレたちより実力が劣るとなれば、そうなっていた可能性もあるか。
いや、この宿屋は『ハージェス公国』の『スパイ』たちの店・・・
ペリコ君たちが立ち向かえば、あの菊池を倒せたのでは?
「よかったね、おじさん!」
「え?」
「だって、おじさんがこの町を救ったんだもん。
おじさんが褒められて、あたしも嬉しい!」
「ふふっ、そうね。ニュシェちゃん。」
木下に言われても、ピンときてなかったオレを見て、
ニュシェがそんなことを言い出した。
木下とニュシェが笑い合い、シホもなんだか嬉しそうな笑顔をしている。
「オレだけのチカラではない。
みんなのチカラを合わせたからこそ、生き残れたんだ。」
「いや、しかし、あの騎士を討ち取ったのは
まぎれもなく佐藤殿でござる!
拙者、不甲斐なく途中で気を失ってしまったため、
最後まで佐藤殿の雄姿を見れなかったのが残念でござるが、
パーティーの一員として、誇らしいでござる!」
みんなの誉め言葉を受け容れられなかったが、
黙っていたファロスに熱く語られてしまい・・・
なんだか、おしりのほうがムズムズするような、
恥ずかしい感覚を味わう。
・・・他人に認められるという、この感覚を
オレは今まで何度か味わったことがあった。
大学に合格して、学友たちに祝ってもらった時・・・
竜騎士の資格を取得した時には、
めったに他人を褒めない親父に褒められた時・・・
城門警備隊の隊長に選ばれた時には
女房がご馳走を用意してくれた・・・。
それが、いつしか・・・他人に褒められることがなくなった。
何も出来なかった子供と違って、
大人になると出来ることが当たり前になってしまう。
当たり前に出来ることを他人は褒めることをしない。
オレも、息子や娘に対して、褒めることが少なかった。
ましてや、女房のことは・・・
いつの間にか家事をしてくれることが当たり前になっていた。
オレが褒めないから、誰も褒めてくれなくなったのか?
誰も褒めてくれないから、オレは褒めなくなったのか?
いや・・・どちらが先とか関係ないんだろうな。
とにかく、久々の感覚だ。
こいつらに巡り会えてよかった。




