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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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退院後の探索




翌朝。

外は天気がいいらしく、朝から日差しが暑そうだった。

入院中、早朝の特訓はしていないが、

ファロスは朝からベッドにいなかった。

自主的に、早朝起きて、病院の敷地内を走ってきたらしい。


「あたしも行きたかったなぁ。」


「す、すまなかった。

明日こそは、いっしょに早朝特訓をするでござる。」


「おじさんもいっしょに、ね!」


「お、おう。」


ニュシェは寝坊してしまったらしい。

特訓できなかったことを悔しがっているようだ。

オレとしては、病院のベッドが寝やすくて、

ついつい起きるのが遅くなってしまっている。

退院したら、また宿屋の床で寝ることになるだろうから、

ゆっくり体を休められるのは、今朝までだろうな。


「ふっ! ふぅ・・・。」


しかし、休んでばかりもいられない。

起きてから、肩や腕を動かして、痛みが無いかを確かめる。

体をほぐす準備運動をする。

オレはまだまだ弱い。鍛えていかねばならない。




朝食後、オレたちは退院した。

受付で木下が支払いを済ませた後、ものすごい溜め息をついていたから

オレたちパーティーの旅費を、また稼がねばならないのだろう。

そして、あの院長らしき医者が病院の出入り口で見送ってくれた。


「あの患者との面会時間は、原則、夜9時までだ。

それ以降は立ち入りを認めない。

それから、今日のリハビリがうまくいけば、

明日以降は、別の病室へと移ってもらう予定だ。

他の集中治療室もあるが、他にも重症の患者がいるのでね。

明日以降の病室の場所は受付で聞いてほしい。

キミたちも退院したからって、くれぐれも無茶はしないでくれよ?」


医者にそう釘を刺されてから、オレたちは宿屋へと戻った。




宿屋『リュンクス』へ戻ると、あの受付の年老いた女性店員が

出入り口のドアの前で出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます。」


「ば・・・いえ、ただいまです。」


木下が何か言いかけたようだが、聞こえなかった。

もしかしたら『スパイ』同士の暗号か?

考え過ぎか。


「皆様が入院されている間に、グルース様から伝言を預かっておりました。

退院されたら、町長のお屋敷へ来てほしいとの事です。」


「分かった。」


年老いた女性店員は、それだけ伝えると宿屋の中、受付へと戻って行った。

そう言えば、オレたちが入院中、やつは見舞いに来なかったが、

グルース自身も身動きが取れない状態だったのだろう。

町長の死亡も発表したらしいから・・・

父親の葬儀から残務処理など、いろいろやることがあるだろう。


「そういえば、グルースさん、もう大丈夫なのかな?」


ニュシェも、グルースの心配をしている。

ニュシェはあの戦闘中も、ずっとグルースに肩を貸していたな。


「宿屋へ戻ったばかりだが、グルースのほうが重症で

動けないのかもしれないな。伝言通り、見舞いがてら行ってみるか。」


「そうだな。」


「はい。」


「あ、あの・・・ちょ、ちょっと休んでから行きませんか?

はぁ・・・。」


みんながオレの意見に賛成していたが、

木下は、反対というわけではないが、どうやら休んでいきたいらしい。

ちょっと息切れしているようだ。

たしかに、病院から宿屋までは、まぁまぁ距離があるけれど、

走ってきたわけではないし、息切れするほどではないはずだが。

退院後の軽めの運動としては、じゅうぶんかもしれないが、

今日は洞窟まで行こうと思っていたのに・・・。

木下がこれでは、洞窟へ辿り着くこともできないかもしれない。


「きゅ、休憩は必要かもしれませんな。」


すかさず空気を読んで、そんなことを言い出すファロス。

自分は休憩が必要ないほど、体力があるくせに。


「しかし、今日中に洞窟へ行って、依頼された物を探してくるなら、

もうあの山へ向かって歩いて行かなきゃいけない時間だろう。

探し物を見つけるのに、どれだけ時間がかかるか分からんし、

今日中にクラリヌスへ物を渡すつもりなら

面会時間を過ぎない内に帰ってこなくてはならないから、なおさらだ。

グルースの家へ寄っていくなら、休憩する時間は削らなきゃな。」


「そ、そんなぁ。」


珍しく、木下からの反論はなく不満の声しか返ってこない。

オレの意見が正論だったようだ。


「おっさんの言う通りだけど、俺たち、おっさんほど

体力があるわけじゃないからな。俺も、ちょっと休みたい気分だな。」


シホのやつまで木下の肩を持つとは。

いや、ファロスが先に木下の味方についたからか?

分かりやすいやつだ。


「あたしは、どっちでもいいよ。」


ニュシェは空気を読んだのか、読んでいないのか、

どっちつかずな意見のようだ。




話し合いの結果、オレたちは二手に分かれて行動することにした。

ファロス、シホ、木下が、グルースの家へ。

オレとニュシェが『エルフの洞窟』へ向かうことになった。


退院したばかりの体は、自分たちが思っている以上に動けない。

体力と筋力が落ちているのを感じる。

ファロスやニュシェはまだ若いから動けるようだが、

元から体力が無い木下は、入院前より確実に体力が低下していて、

オレもシホも、体力の低下を感じている。

木下の休みたい気持ちも分かる。


しかし、オレたちには時間が残されていないようだ。

あの菊池という男は、オレたちがこの町にいることを

知っていて、この町を襲撃しようとしていた。

つまり、例の組織にオレたちの居場所がバレてしまっている。

いつ、ほかの敵がここへ襲撃に来てもおかしくない。

早く、この町を発つべきだ。

そのためにも、クラリヌスの依頼を早々に終わらせねば。




オレとニュシェが町の出入り口へ向かったら、

そこには、あの『カラクリ人形』が立っていた。

これもペリコ君たち『スパイ』がここまで運んだのだろうな。

グルースが起動させて、オレたちとともに戦った『カラクリ人形』は、

以前よりも、あちこちに傷やヘコみが出来ていた。

すぐそばに警備している傭兵たちがいるが、

オレたちが『カラクリ人形』に近づいても何も言わないところを見ると、

この『カラクリ人形』は、以前と同じ、

町の有名な置物、銅像のような扱いなのだろう。

本当は、数百年前に反乱軍を壊滅させた危険な兵器なのに・・・。

ニュシェは、『カラクリ人形』の胸のあたり、名前が彫られている部分をさすって

今回の依頼の達成を祈っているようだ。

一応、オレもニュシェにならって、無事を祈ってみた。




「はぁ・・・はぁ・・・。」


「はぁ・・・どっちでも・・・はぁ・・・

よくなかったなぁ・・・。はぁ・・・はぁ・・・。」


数時間後、オレとニュシェは山道を登っていた。

ニュシェが息を切らしながら、愚痴っている。

息切れしているのも愚痴を言うのも、ニュシェにしては珍しい。

今さら後悔しても遅いけどな。

オレにとって、4度目の山道だが、ぜんぜん慣れない。

足腰への負担は想像以上だ。

情けないことに、ニュシェが先頭を歩き、

オレはフラフラ揺れているニュシェのシッポを追いかける形で、

ニュシェについていくのに必死だ。

今日も憎いほど、良く晴れている。容赦なく照り付ける太陽。

山道にところどころ木陰がなかったら、照り焼きになっているところだ。


ニュシェは息切れしながらも、その歩きの速度は落ちていない。

オレのほうは徐々に速度が落ちてきて、

ニュシェの後ろを歩かされている。

入院のせい、老いのせい・・・だけではないだろう。

これが、数十年、鍛錬を怠ってきた者の情けない体。

自業自得というやつだ。


「はぁ、はぁ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」


今さら体力の無さをなげいている場合ではない。

これも訓練と思って、今はニュシェに置いて行かれないようにせねば。




さらに数時間後、オレたちは山の中腹に位置する

あの『エルフの洞窟』の前に辿り着いた。

数日前、『炎の精霊』に挑んだ時よりも登山に時間がかかった気がする。

太陽の位置からして、もう昼は過ぎてしまっただろうか。


「はぁ、はぁ・・・いい眺めだね・・・・はぁ、はぁ。」


ニュシェは息切れしているものの、景色を見る余裕がある。


「はぁ・・・はぁ・・・そ、そうだな・・・はぁ、はぁ・・・。」


対して、オレには景色を見る余裕がない。

地面に倒れ込みたいのを我慢して、その場に座り込んだ。

背中の荷物から水筒を取り出して飲み始める。

ガブガブ飲んでしまうと、帰りの分が無くなるから、

ゆっくりと一口ずつ、喉をうるおす。

オレが水を飲んでいるのを見て、

ニュシェも自分の荷物から水筒を取り出した。


「ゴクゴク・・・。」


勢いよく水を飲むニュシェ。


「か、帰りの分を残しておけよ。」


「ぷはぁ・・・分かってるよ、おじさん。」


思わず口に出してしまったが、

オレに言われずとも、ニュシェは給水の配分を

自分で考えて飲んでいるらしい。

要らぬ世話だったな。


お互い、息切れがおさまったところで

オレは立ち上がり、良い景色とは真逆の方向、

『エルフの洞窟』の入り口を見据える。


ヒュオォォ・・・


山風が洞窟の入り口へ吹き込むが、

洞窟の奥までは風が入っていかないようだ。

だからこそ、洞窟の中は空気の通りが悪く、なんとなく息苦しく感じる。

一応、洞窟の入り口の地面を注意深く見てみる。

雨が降った後か、ほとんど何の痕跡もない。

数日前にオレたちが付けた足跡すらも洗い流されてしまったようだ。

つまり、もうこの洞窟に敵はいない。

『ゴブリン』も奴隷商人たちも、そして『炎の精霊』もいない。

安全なはず・・・だから、ニュシェをつれてきた。


ランプに火を点けて、


「じゃぁ、行くか。」


「うん。」


少し硬い表情のニュシェとともに、洞窟へと入った。

真っ暗な洞窟の中、か細いランプの灯りだけを頼りに、

ニュシェに持たせた地図を確認しながら、目的の通路を進んでいく。

2人だけの足音が静かな洞窟内に響く。


「・・・。」


少しニュシェの歩きが遅く感じる。

暗い場所では慎重になるのか、それとも暗い場所が苦手なのか。

今まで注意深く見ていなかったから知らなかった。


「お、おじさんは・・・。」


「ん?」


「おじさんは、怖いって気持ちを、どうやって克服したの?」


「怖い・・・か。」


ニュシェに問われる。

そうか、やはり何か恐怖を感じているようだ。


「オレは頭が悪いから、うまく言えないが、

その昔、オレの先輩が恐怖のカラクリを教えてくれたんだ。」


「きょうふのカラクリ?」


「あぁ、恐怖にも種類があるが、

だいたいの恐怖は無知によるものだと。」


「ムチ?」


「何も知らないってことだ。

何を怖がっているのかにもよるが、その『何か』を知らないから・・・

得体の知れない『何か』を怖がってしまう。

目が見えない暗闇の中で怖がるのと同じだ。

分からないから対策を立てることが出来なくて、体がちぢこまってしまう。

その恐怖に打ち勝つには、まず、恐怖の対象を知ることだ。

自分が何を怖がっているのか。何を恐れているのか。」


「たいしょうを知る・・・。何をおそれているか・・・。」


オレは、手に持っているランプを高々と掲げてみせた。

普通に持っているよりも、ほんの少し、先まで灯りが届く。


「知るということは、暗闇に灯りを灯すのと同じだ。

暗闇の先に何があるのか、それさえ知れば暗闇も怖くない。

もし、暗闇に何もなければ、怖がる必要はないということだ。」


格言好きな先輩は、オレにいろんなことを教えてくれたなぁと

思い出しながら、ニュシェに教えていく。


「分かった。おじさんは、すごいね。」


オレの助言で、少しは恐怖が和らいだのか、

ニュシェの顔に笑顔が戻った。


「オレがすごいのではない。

このことを教えてくれた先輩がすごかったんだ。」


「んーん、あたしにとっては

じゅうぶん、おじさんもすごいんだよ。

だって、その先輩の言ったことを、ちゃんと覚えてるってことだし。

それをあたしに教えてくれたし。」


「・・・そうか。」


「そうだよ。」


オレは先輩の教えを、ただ伝えただけなのだが、

ニュシェに褒められて嫌な気はしない。

むしろ嬉しい。


・・・こういうことも、自分の子供たちに

オレは教えてやることが出来なかったんだなぁ。

もっと教えてやれたらよかった。


これこそ、先輩が言っていた格言通りだな。

後悔、先に立たず。


「あたし・・・。」


「ん?」


「あたしは・・・洞窟が怖いっていうか、嫌いなのかも。

やっぱり、洞窟は・・・あの魔物を思い出しちゃうから。」


「・・・。」


ニュシェの言う魔物とは、『レスカテ』の洞窟の最奥にいた、

あの『バンパイア』のことだろう。

ニュシェにとって思い出したくもない、最悪の思い出。

そうか・・・そうだったのか。


「よくついてきてくれた。」


「うん・・・自分でも分かってるんだ。

いつまでも怖がってちゃいけないって。

おじさんがファロスさんにも同じようなこと言ってたもんね。」


ファロスが長谷川さんの刀を使うことを躊躇ためらっていた時のことか。

もう少し配慮すべきだった。

ニュシェを子供扱いしないようにしていたが、

それと配慮の無さは無関係だ。

大人の扱いをするにしても、

もっとニュシェの気持ちを考えてやるべきだった。


「ニュシェ、教えてくれてありがとう。」


「うん。」


「それと・・・先輩の教えは、確かにすごいが、

それが全てではないと、オレは思っている。」


「え?」


「以前にも言ったかもしれないが、

ちゃんと怖がることも大切なんだ。

怖いからこそ、危険を回避できることもある。

怖かったら逃げてもいいんだ。

人間の本能が働いているってことだからな。」


うまく伝わっているだろうか。

逃げてばかりでもダメだし、

果敢かかんに突っ込み過ぎてもダメなんだ。

守るべきものを守り、攻め時には攻める。

これも戦法のひとつなのだが・・・。


「んー、うまく説明できんな。」


「んーん、ちゃんと伝わってるよ。

ありがとう、おじさん。」


オレが困っていることを察したのか、

ニュシェは笑顔で礼を言った。


自分の伝えたい事というのは、100%伝わることは無い。

どんなに言葉を尽くしても、言葉を受け取る側の

解釈によっては、ほんの数%しか伝わらないこともある。

でも、これでいいのかもしれない。

すべて教えることだけが、『教え』ではないからだ。

考えさせる余地を与えることも、

『教え』なのだ・・・と、先輩が言っていたはずだ。





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