斬ってしまいました
「『アニマの洞窟』?」
「『エルフの洞窟』と呼ばれていた、元・魔鉱石採掘場のことですね。」
「あぁ、クラリヌスさんが幽閉されてた、あの洞窟か。」
オレもシホと同じで、一瞬、どこの話なのか分からなかったが、
木下の説明で思い出した。
このクラリヌスが幽閉されていた、あの『エルフの洞窟』の別名だったか。
「探索の目的は、魔鉱石ですか?」
「いや、そんなものは必要ない。私が欲しいものは、
あの洞窟の奥、私たちが囚われていた、あの研究室にあるはずだ。」
「研究室・・・。」
クラリヌスたち『エルフ』が囚われていた、あの場所か。
「本来は、私が完治した後に自分の足で行きたいところだが、
うぅっ・・・!」
そう言いながら、身震いするクラリヌス。
「くそ! 忌々(いまいま)しい! あいつらのせいで、
あの場所を思い出すだけで、吐き気がして鳥肌が立つ!」
自分自身で体を抱き締めるように、
両手で肩を抱き締めて、震えている。
心身ともに、相当なダメージを負っているのだろう。
「うぅ・・・私は二度とあの場所へは行きたくない。
しかし、あの場所には・・・私の大切な男の遺体がある。
エギー・・・私のエギー・・・。」
そう言って、クラリヌスはうつむいて、肩を小刻みに震わせている。
泣いているのかもしれないし、
過去を思い出して、怒りに震えているのかもしれない。
「クラリヌスさん・・・。」
ニュシェが、泣きそうな声を出す。
他人のせいで、大切な家族を失った者同士・・・
共感しているのか。
「・・・真っ暗で何も見えなかったが、最後にはニオイもしなくなっていた。
きっと、エギーは骨だけになっていただろ?
お前たちには、エギーの骨を回収してきてもらいたい。」
「エギーというのは・・・。」
「エギエネス・ハリーさんのことですね。」
そうじゃないかと思っていたが、
クラリヌスが言っているのは、この町の『カラクリ人形』の名前ではなく、
恋人だった男の名前・・・愛称が『エギー』だったようだ。
あの『カラクリ人形』の製造に関わっていたのが、その男だったはず。
まさか、自分の愛称を『カラクリ人形』につけるとは・・・
ほかの名前が思いつかなかったのだろうか。
それとも、あの『カラクリ人形』の名付け親は、クラリヌスなのか。
「しかし・・・。」
木下が、困った表情でオレの顔を見てくる。
うまく断れないようだ。
つまり、木下はクラリヌスに同情してしまっている。
『ゴブリン』の住処へ連れて行くのは、きっぱり断れたが、
恋人の遺骨の回収となると、やはり情がわいてしまったか。
「それと、私のサインが入っている契約書が、あの場所にあるはずだ。
それを探して持ち帰ってきてほしい。」
「契約書?」
「こいつの契約書だ。」
「っ!?」
そう言ってクラリヌスが、自分の胸元の包帯をずらし始めたので、
オレは慌てて横を向いた!
よく見れば、ファロスはギュっと目を閉じている。
「おい、勘違いするな。胸は、はだけてないぞ。
だいたい女の体に免疫がない年齢ではないだろ?
見ろ、この胸元に光っている『呪いの紋章』・・・『体力微力回復』の紋章だ。」
そう言われて、オレとファロスは
おそるおそるクラリヌスの方を見た。
「これだけは、無理やり私自身で契約させられたものだ。
こいつのおかげで、今日まで生き延びれたわけだが、
この先、怪我をするたびに、この『呪い』のせいで寿命が縮まってしまう。
呪いが働いているから、きっと契約書があの場所にあるはずだ。
契約書を探し出して、私の目の前で焼却してほしい。」
クラリヌスの胸、心臓がある部分に
うっすらとピンク色に光っている『呪いの紋章』。
そうか、ほかの『呪いの紋章』と違って、
自分自身で契約してしまっているから、契約書を焼却しない限り、
『呪い』の効果が消えないのか。
それにしても、包帯で体中をグルグル巻きにされているから
クラリヌスの体の状態が分かっていなかったが、
じゅうぶんな食事もしていないのに、いつの間にか
体つきが良くなってきている。
発見した時の、骨と皮だけのミイラ状態から、
普通の人間と変わらぬぐらいの肉付きになってきているようだ。
呪いのせいなのか、薬液のせいなのか、すごい回復力だな。
「契約書、ですか・・・。」
また弱気な声を出しながら、困った表情の木下がオレを見てくる。
断る理由ぐらい、木下なら思いつきそうなものだが。
完全に同情してしまっているようだな。
「そろそろ、だな。」
クラリヌスが包帯の位置を直しているが、
その胸のあたりまで、装置の中の薬液が満たされ始めていた。
「や、やっぱり私たちは・・・。」
「そうだな、お前らへの依頼の代金は・・・
あの研究室の中に、それなりの金が放置されていると思う。
金が見つからなかったら、あの研究室の中にある物を
どこへでも売り飛ばしてくれて構わない。
500年前の物ばかりだから、骨董品のような
アイテムも見つかるかもしれないだろ。
それで、依頼の代金としてくれ。」
木下が勇気を出して断ろうとしていたようだが、
クラリヌスが、さっさと依頼の報酬金の話を始めてしまった。
「骨董品・・・お宝・・・。」
「こ、骨董品・・・歴史的重要アイテム・・・。」
シホは一瞬で金に興味をひかれてしまい、
木下の断る意志も、一瞬でひっくり返されてしまった。
あの洞窟の奥にある物が、高値で売れるとか、
そういうことではなく、木下にとっては
古い歴史を知ることができる物に興味をひかれてしまったようだ。
この流れはまずい。引き受けることになってしまう。
どうやって断ればいいんだ?
「それと『ジャファーフ』への合い言葉を教えておこう。
合い言葉は「我に不老不死のチカラを」だ。
・・・って、私をあの場所で見つけたお前らは、
すでに知っているはずだったな。」
「え!?」
クラリヌスの言っている意味が、オレはよく分かっていなかった。
合い言葉って、なんだ?
「『ジャファーフ』って、あの『炎の精霊』か!」
シホが思い出したようにそう言った。
そうか、たしかに、あの『炎の精霊』は、そういう名前だったはずだ。
「『ジャファーフ』は、元々、私と契約を結んでいた召喚精霊だ。
私たちを罠にはめたやつらが、私の命を盾にして、
強制的に、別の契約を結ばせたんだ。
人質など精霊に対して効果はないと思っていたが、
やつらの中には召喚魔法に詳しい人間がいたのだろうな。
そいつが、おそらく『ウィザード・アヌラーレ』の者だろう。
・・・忌々しい!」
時折、殺意をこめた目つきになるクラリヌス。
「まぁ、『ジャファーフ』の強さなら護衛として最適だからな。
合い言葉を知らなければ、魔獣も魔物も盗賊も、誰も通ることはできない。
そして、元々の契約者である私が『呪いの紋章』で生き続ける限り、
『ジャファーフ』も、契約に縛られ続けることになる。
やつにとっても、災難だっただろうな。
私と契約していたというだけで、巻き込んでしまった。」
「そうだったんですね・・・。」
「それにしても、500年前の合い言葉を、よく調べ上げたものだな。
もしや・・・当時の上層部だったやつらの子孫が、この帝国にいるのか!?」
「あ、あの、いえ、その・・・『炎の精霊』は、ファロスさんが・・・。」
「は?」
木下が言いにくそうにしている。
それも、そうか。
クラリヌスの態度から察するに、
『炎の精霊』は自慢の精霊だったに違いない。
オレたちの視線が、ファロスに集まり、
ファロスは、おずおずと手を挙げながら、
「せ、拙者が、斬ってしまいました・・・。」
「なっ!? なんだゴボボボボボボボォぉぉ!!」
「!」
ファロスが白状したところで、ちょうど
装置の中の薬液が、クラリヌスの口元を満たしてしまった。
何か文句を言っているようだが、全て泡となって消えていく。
見る見るうちに、薬液が彼女を飲み込んでいく。
「・・・! ・・・!」
ゴン!
「ちょっ、ちょっと、クラリヌスさん!」
「だ、ダメだよ! クラリヌスさん!」
とうとう怒りのままに、クラリヌスが装置のガラスを叩き始めた!
こうなると・・・
ドタバタ ドタバタ ガチャ!
「ど、どうした!?」
「なんだ! 何があった!?」
医者2人と看護婦数名が、慌てて、この病室へと入ってきた。
オレたちが簡単に事情を医者たちに説明して、
その説明をクラリヌスも聞いていて、少しは冷静さを取り戻したのか。
クラリヌスは何度もガラスを叩きそうになっていたが、
どうにか気持ちをおさめてくれたようだった。
「まさか君たちが患者を刺激してしまうとは、ね。
どんな話をしていたのかは詮索しないが、
言葉選びにはじゅうぶん注意してくれ。
『エルフ』のキミも、自分の体を傷つける行為はやめてくれ。」
あの院長みたいな医者が部屋へ駆け込んできて、
ほかの医者とともにクラリヌスの傷を診てから
オレたちに注意して、引き上げて行った。
「・・・。」
医者たちが引き上げて行った後、
クラリヌスは怒気を感じる視線を、
ファロスに向けつつ、寝始めた。
病室は、なんとも言えない、重たい空気になってしまった。
「か、かたじけ・・・。」
「謝るな、ファロス。」
「!」
ファロスが装置の中のクラリヌスへ謝ろうとしていたが、
それをオレが止めさせた。
やはりオレの声が装置の中のクラリヌスにも聞こえているらしい。
彼女も反応して、ムクリと起きだした。
「誰かがやらねばならなかったんだ。
しかし、500年以上、誰も成し得なかった。
合い言葉を知っていれば、穏便に事が済んだのだろうが、
500年前の合い言葉なんて、誰も知る術がなかった。
オレたちが討伐に挑戦して、ファロスが斬ってくれた。
そうして、クラリヌスを救助できたんだ。
誰が悪いわけでもない。」
「・・・!」
オレの言葉に、敵意むき出しで睨んでくるクラリヌス。
しかし、何か言いたそうな雰囲気でもない。
もう声を出せないからか、無言のまま、
また目を閉じて、ベッドで横になった。
オレたちは間違った救助の方法を選んでしまったのかもしれない。
しかし、それはクラリヌスを無事に助け出した後でしか、
分からないことだった。
救助する前に、正しい救助方法が分かるなら、
きっと、500年も経つことなく、彼女は誰かに救われていたはずだ。
それは、きっとクラリヌスも薄々分かっていることだろう。
だとしても、自慢の精霊を消されてしまったことに変わりはないし、
ショックも大きいことだろう。
しかし、ファロスが謝るのは違うと感じる。
今は、時間が解決してくれると思うしかない。




