『エルフ』の願い
「さきほど、お前たちが話していた内容を聞かせてもらっていたからな。
その、例の組織とやらが、帝国の第三王女の命を狙っているのだろう?
私は、王女の命を守りたい。だから、私を『ゴブリン』の住処へ連れて行け。」
「!」
装置の中で眠っているように見えていたが、
『エルフ』は、オレたちの話をずっと聞いていたようだ。
「な、なぜ王女を助けたいんだ?
お前は、帝国を滅ぼして、すべての人間を滅ぼすつもりじゃないのか?」
さきほどの発言と矛盾していることを言っている『エルフ』。
「そうだな。お前の言う通り、私は支離滅裂なことを言っている。
それは自分でも分かっている。でも、私は・・・
腐っても、父・モンタークの娘だと自負している。
父の、皇帝への忠誠心は絶対であり、私もその意志を受け継いでいる。
人間たちは憎いが・・・皇帝を、この国を、守りたい気持ちもある。
どっちの気持ちも、私の本心だ。
だから、皇帝の娘を救いたい。この国を救いたい。」
「・・・。」
人間を憎んでいるのに、人間である皇帝へ忠誠を誓っているというのか。
それも、すでに当時の皇帝ではなくなっているのに。
まさに騎士道。昔、英雄と呼ばれていた、
その将軍も立派な騎士だったのだろう。
その騎士である父の意志を受け継いでいるというのか・・・。
「なにか文句あるか?」
「いや、ない。」
『エルフ』の問いに、オレは即答する。
騎士道を重んじる精神は
『なんちゃって騎士』であるオレでも持っているつもりだ。
だから、気持ちは分かる・・・だが、しかし、
その強い忠誠心があるゆえに、人間を憎む気持ちと矛盾してしまっている。
『エルフ』の表情は分からないが、苦しい状態ではないだろうか。
「では、私を連れて行ってくれるのか? そこの女。」
「え、私!?」
「お前らパーティーの中で決定権を持っているのは、お前じゃないのか?
そこの竜騎士が、お前らの中では最年長かもしれないが、
このパーティーの中で一番頭がいいのは、お前だろう。
違ったか?」
「それは否定しませんが・・・。」
「おいっ!」
なんだか『エルフ』と木下で、オレに失礼なことを
言い始めた気がして、思わず声が出た。
「と、とにかく、まずは自己紹介をしませんか?
昨日はアーダルベルト・クラリヌスさんの自己紹介を聞きましたが、
私たちの自己紹介がまだですし、その・・・
アーダルベルト・クラリヌスさんのことは、
どのようにお呼びしたらいいですか?
人格が変わっても同一人物なのは分かりますが、その、
区別がつきにくいと言いますか・・・。」
「それに、オレのことを竜騎士だと最初から分かっていたのは、なぜだ?
それも聞かせてくれ。」
木下が自己紹介の提案をして、
オレは、最初から疑問だったことをぶつけてみた。
「自己紹介か・・・。
ふん、時間の無駄ではあるが、仕方ない。聞いてやろう。」
『エルフ』は、しぶしぶ了承した。
まずは木下から自己紹介を始め、続いてシホ、ニュシェ、ファロス、
そして、最後にオレが軽く自己紹介した。
『エルフ』は黙って聞いていた。
オレの自己紹介が終わってから『エルフ』が口を開いた。
「お前らのことは、だいたい分かった。
私のことは、そうだな・・・クラリヌスと呼んでくれ。
もう一人の私のことを、クララと呼べばいい。」
「クララ?」
「あぁ、私が幼い頃、祖国にいた頃は、そう呼ばれていた。
私は、そう呼ばれるのは好きじゃないから、
私のことは、クラリヌスと呼ぶように。」
「わ、分かりました。」
同じ『エルフ』なのに、人格によって呼び方を変えるのか。
オレは間違えそうな気がする。
「それで、そこの竜騎士は・・・本当に、竜騎士なんだろ?」
「あぁ、そうだ。」
「そして、名を『佐藤』という・・・。
なんと、まぁ、運命なのか、神の気まぐれなのか・・・ふふふ。」
「?」
「いや、すまない。大昔の事なので笑ってしまった。
お前の顔を見るまで忘れていたぐらい、古い思い出だったんだ。
おそらく、お前の顔とそっくりな点と、同じ名を名乗っていたあたり、
私は、昔、お前のご先祖に会ったことがあるんだ。」
「なっ!?」
「えぇ!」
「ご先祖!?」
『エルフ』・・・いや、クラリヌスの話に、
オレだけじゃなく、みんなが驚いた。
「私がまだ祖国『エルフィン・ラコヴィーナ』にいた時、
外から人間たちが招かれてきた。国にとっては珍しいことだった。
他の種族を国へ入れることすら無かったのだから、
私たちが最も嫌いな人族なんて、とても入れる場所ではない。
厳重な警備体制の中、人間たちは王城へと入ってきた。
ふふふっ、あの時の人間たちの怯えた表情が面白かったなぁ。」
クラリヌスは当時のことを、
オレの顔を見ながら思い出して笑っているようだ。
そうか、『エルフ』は、オレの顔を知っていたのではなく、
オレの顔を見て、オレのご先祖様を思い出して「竜騎士」と言ったのか。
「それが、オレのご先祖様・・・。」
「名前はたしか・・・『佐藤』・・・『かつのり』と名乗っていた気がする。
お前、そっくりな顔で、もう少し白いヒゲが生えていたかな。
竜騎士になるための試練として、『ドラゴン』を狩るため
仲間を率いてやってきたと言っていたはずだ。」
「かつのり・・・。」
そんな名前、聞いたことが無い。
それこそ、500年以上前のご先祖様の名前なんて
オレが覚えているはずもない。
家系図が残っていたら分かるかもしれないが、
実家で家系図を見た記憶も無い。
そんな遥か昔のご先祖様が、竜騎士になるための試験を受けていたとは・・・。
「昔は、竜騎士になるために『ドラゴン』を
一人で討伐しなければならなかったと聞いたことはあったが・・・。
『ドラゴン』が絶滅したのが、約800年前だったはずだから、
500年前に、その試験の習わしが残っていたとは考えられないな。」
「ん? 絶滅?
なんだ、この500年の間に『ドラゴン』は絶滅したのか?」
「え? 何を言って・・・。」
「いや、500年じゃなくて、約800年前に、すでに・・・え?」
オレたちとクラリヌスの会話が、どうにも噛み合わない。
クラリヌスの話だと、500年前には『ドラゴン』が
まだ存在していたかのように聞こえる。
「いや、まさか・・・
オレのご先祖様は『ドラゴン』討伐に成功したというのか!?」
「えぇ!?」
「あぁ、たしかに討伐していたな。
やつらが国に滞在していたのは、一ヵ月ぐらいだったか。
一ヵ月かけて『ドラゴン』一匹を討伐したようだった。
しかし、一人で討伐したわけではない。
引き連れてきた仲間たちとともに討伐したと言っていた。
巨大な『ドラゴン』をたくさん切り分けて、
大きな荷馬車で運んでいたなぁ・・・。
そういえば、かつのりは今も生きているのか?」
「い、生きているわけないだろ!
会ったこともなければ、名前を聞いたことも無い。
本当にオレのご先祖様の名前なのか、今のオレには判断できない。
実家に家系図が残っていれば、それで確認するしか・・・。」
「なんだ、そうか・・・。もう亡くなっていたか。
それもそうか・・・。当時は、
『ドラゴン』の肉を食べたら不老不死になるなんて、
伝説級のウワサ話があってな。かつのりたちとそんな話をしながら、
国のみんなで『ドラゴン』の肉を食べ合ったものだ。
あれは、楽しい夜だった・・・。
そうか、そうだよな・・・所詮は、ウワサ話だったか。」
少し寂しそうにクラリヌスは、そう言った。
そんな話も聞いたことが無い。
しかし、これではっきりしたことがある。
クラリヌスがウソをついていないのであれば・・・。
「そうか・・・もしかして、『ドラゴン』は、
まだどこかで存在しているということか・・・!」
「絶滅したというウワサは、500年前にも流れていたが、
私の国では、そのウワサは嘘であると、みんなが分かっていた。
たまに見かけたからな。大空を飛んでいく『ドラゴン』を。
つまりは、そういうことになるな。」
オレのつぶやきに、クラリヌスはうなづく。
そうか、絶滅は事実ではなく、ウワサだったということか。
木下たちは、少し嬉しそうな表情だ。
いや、この事実は、嬉しいのか?
ご先祖様たちが一ヵ月かけて討伐した『ドラゴン』・・・。
まだ生き残りがいるとして・・・オレは、討伐できるのだろうか?
「まぁ、しかし、私が知っている情報は、500年前のことだからな。
この500年の間に『ドラゴン』がどうなっているのかは分からない。
お前らは『ドラゴン』討伐のために、東へ向かっているんだろう?
ならば、まぁ、『ドラゴン』の詳しい話は、
私の祖国『エルフィン・ラコヴィーナ』へ行けば分かるだろう。」
「し、しかし、滅多に人間は入れないのでは!?」
「あ・・・。それもそうだな。
しかし、かつのりたちは、ものすごく歓迎されていたはずだ。
あれは、なんだったんだろうな?
ふむ・・・すまない。私も当時は、二十歳にも満たないガキだったから、
当時のことも、おぼろげに覚えているだけだし、
詳しいことは、よく分からないな。
たしか、『ドラゴン』との盟約がどうとか、
当時のエルフィン王が言っていた気がするが・・・。
やっぱり、詳しくは覚えていない。」
「ド、『ドラゴン』との盟約!?」
クラリヌスの話は次々に、とんでもない情報が飛び出てくる。
『エルフ』たちの国『エルフィン・ラコヴィーナ』・・・。
『ドラゴン』討伐の目的でその国に滞在していた、ご先祖様・・・。
そして、『ドラゴン』との盟約!?
いったい、どんな約束だったのだろうか?
いや・・・『盟約』?
そういえば、いつも親父がご先祖様の『ドラゴン』討伐の話を
語っていた時に、それっぽい言葉を言っていた気がする・・・。
「なんだか、おっさんの『特命』が、
本当に達成できそうな感じになってきたなぁ、おい!」
シホが、少し嬉しそうな声で、そう言った。
達成できそう、か。
こいつ、今まで、達成できないと思っていたんじゃないか?
いや、オレも半信半疑だったが・・・
クラリヌスの話で、一気に現実味を帯びた気がする。
「まぁ、そういうわけだ。
さて、そろそろ返事を聞かせてもらおうか、人間たち。」
「え?」
「私はお前たちの質問に答えてやっただろう?
次は、お前らが私の要望に応える番だ。
私を『ゴブリン』の住処へと案内するという話だ。
引き受けるか、引き受けないのか、どっちだ?」
気づけば、緑色の薬液は、装置の中の
クラリヌスの腹より上のあたりまで満たしていた。
会話の時間終了まで、あまり時間はない。
「・・・私たちは『ゴブリン』の住処が
どこにあるのか知らないし、この国の騎士団が大勢集まる場所へは
わざわざ近寄りたくないのが本音です。
私たちの旅の目的は、あくまでも
おじ様が任命されている『特命』の『ドラゴン』討伐だからです。」
「ユンムさん・・・。」
「木下殿・・・。」
木下は、はっきりと断ってくれた。
ニュシェやファロスが残念そうな声を上げるが、これは交渉だ。
クラリヌスには同情するが、
今やクラリヌスは、現在の騎士団の一員ではないし、
この国の王女は、当時の王女ではない。
つまりは、クラリヌス自身も、
すでに、この国にとっては部外者と言える。
騎士道を貫こうとする姿勢に共感はするが、
部外者が今の王女を助ける義理も義務も無いだろう。
それに、当時、罠にはめられたとしても
反逆罪で捕まった過去があるのなら、クラリヌスも騎士団に近づくべきではない。
「ふむ、そう来たか。
つまり、自分たちに利益が無い、と。
いかにも傭兵らしい理由だな。
お前なら、大臣の娘ということもあって、
王女への同情に働きかければ、引き受けてくれると思っていたが。
アテがはずれたな。では、竜騎士はどうだ?
さきほどは『なんちゃって騎士』だとか
自分のことを茶化していたが、お前にも騎士道の精神はあるだろう?
王女を救いたいとは思わないか?」
クラリヌスも簡単には引き下がらない。
木下の説得が見込めないと知って、
今度は最年長であるオレの意見を求めてきた。
しかも、騎士道の精神を問うように。
「騎士道の精神は、たしかにオレも持っているつもりだ。
しかし、この忠誠心は、剣に誓った主のみ。
オレの主は『ソール王国』のソール王、ただ一人。
この国の王女とは関係が無い。」
「はぁ、こちらもえらく真面目というか、融通が利かんというか・・・。
この中でなければ、すぐに殺してやりたいほど、ムカつくな!」
「・・・!」
クラリヌスは、目の前のガラスに向かって、
拳を叩きつけようとしたが、ガラスに触れる前に拳をひっこめた。
一応、あの医者との約束もあって、
自分の体を傷つけるような行為は抑えているようだ。
ただ、殺意ある視線を送ってくるクラリヌス。
しかし、すぐに目を閉じて溜め息をついた。
「はぁ・・・こうしていても埒が明かない。
では、傭兵であるお前らに頼みがある。」
「! か、金を積まれても『ゴブリン』の住処へは・・・!」
「いや、そうではない。それは、もういい。
お前らに頼みたいのは、『アニマの洞窟』探索だ。」




