おっさんの暴露
『エルフ』が目を閉じてから、本当に数分後に
あの医者が集中治療室へと入ってきた。
オレたちが黙っていて、『エルフ』が予定どおり
緑色の液体に浸かっている状態を確認してから、また退室していった。
「・・・。」
また、この集中治療室に静寂が訪れた。
あと2時間ぐらいで、消灯時間になるだろう。
この機会に喋り出したいけれど、やはり言葉が出てこない。
しかし、このままでは・・・!
「ね、ねぇ、ユンムさん・・・。」
「え・・・?」
勇気を出せなかったオレの代わりに、
この静寂を破ったのは、ニュシェだった。
「あたしね、文字というか言葉を覚えたいの。」
「言葉?」
「その・・・、村にいた頃から簡単な言葉は学んでいたけど、
この旅を始めてからは、知らない言葉が多くって。
あたし、本当に何も知らないんだなぁって思って。」
「ニュシェちゃん・・・。」
「あたしも、ユンムさんのように
難しい本を読めるようになりたいな。
そしたら、魔法の本も読めるようになって
少しは旅に役立つ魔法を覚えられるかもって・・・。
だから、ユンムさん、教えてくれる?」
ニュシェの申し出は、言葉の勉強だった。
ニュシェが育った獣人族の村でも勉強はしていただろうが、
旅をしている間に、今までの勉強では不十分だったことを知ったのだろう。
知らないことを知らないままでいても、
誰かが助けてくれるかもしれないが、
それでは、いつまでも自立できない。
そういう思いを、ニュシェは今の今まで感じていたのかもしれない。
もしくは・・・
このパーティーがいつまでも
仲良しこよしのパーティーでいられるわけではないと・・・
いつ解散して、独りになるか分からないと感じて、
危機感を抱いたのかもしれない。
「えぇ、分かったわ、ニュシェちゃん。
私でよかったら、教えますよ。」
「ありがとう、ユンムさん。」
木下がニュシェの願いを断るわけもない。
二つ返事で快諾していた。
「す、すまないが・・・
オレからひとつ・・・みんなに謝罪したいことがある。」
「おじ様・・・。」
木下が心配そうな目を向けてきたが、
せっかくニュシェが重い空気を破ってくれたのだ。
この機を逃がすわけにはいかない。
震えそうになる声を、必死に抑えて、
オレは喉の奥から絞るように声を出した。
正直、怖い・・・!
王宮の者たちや、騎士団の者たちで
何か不祥事を起こせば、すぐに責任者が
公衆の面前で謝罪をする羽目になる昨今・・・。
当事者ではないやつらが、「謝れ」「土下座しろ」などと
罵倒する中、声を震わせて謝罪している場面を何度か見たことはあったが・・・
これほど怖い目に遭っていたとは思ってもみなかった。
ある意味、喉に剣先を突き立てられているのと同じくらい怖い。
魔獣と戦う方がマシだ。
「・・・。」
「なんかワケ有りなんだろ?
もったいぶらずに話してくれよ、おっさん。
こっちも覚悟はできてるから・・・。」
オレが変に間をあけてしまったせいで、
シホから催促されてしまった。
明るい声ではない、やけに静かな声だったので、
自然と背筋が伸びた気がする。
覚悟か・・・。
相手が真実を聞く覚悟をしているのに、
オレが覚悟を決めないでどうする。
「じつは・・・オレは『ハージェス公国』出身者ではなく、
『ソール王国』出身者なんだ。
『ソール王国』の城門警備隊の隊長・・・だった者だ。」
こうして、オレはゆっくり話し始めた。
みんなに聞こえやすいように話しているわけではない。
恐る恐る、真実を言葉にした。
騙していたことに対して、みんながいつ怒り出すか・・・
そのことを恐れながら話した。
『ソール王国』出身者で、日々鍛錬も何もせず、
城門警備隊を長年務めてきただけの男で・・・
自国から出ることも、ほぼ無かった、世間知らずのおっさんが、
定年目前にして運悪くリストラに遭い・・・
それを回避するための条件が、
何の冗談か『ドラゴン討伐』という『特命』を受けることだった・・・。
だから『ドラゴン』討伐は夢でも男のロマンでも何でもない。
そして、オレ自身、強者でも何でもない、ただのおっさんであるという
真実を・・・みんなに白状した。
木下とは親族ではないことも明かした。
そうでなければ、先に『ハージェス公国』の大臣の娘という真実を
明かしている木下の言葉と、矛盾してしまう。
親族ということにしておいた方が
2人で旅をするにしても都合が良かったから、
オレに協力させたのだと、木下が補足してくれた。
もちろん、木下が『スパイ』であることは伏せた。
木下の話をほとんどせずに、
オレは、菊池という男が話していた通り、
『ソウルなんとか』という組織が、
『ソール王国』出身者の集まりで構成されていることを話した。
「だから、ユンムさんがわざわざ『ソール王国』へ出向いて、
そのことについて確認しに行ったわけか。」
木下が『ハージェス公国』の大臣の娘であるから、
その組織との関連性を『ソール王国』まで確認しに行った・・・
というふうに、シホは思ったらしい。
「はい、その通りです。
私の調査では、結局、あの組織と『ソール王国』は
直接の関与はなかったようなので無駄足になりましたが・・・。
ちょうど調査を終えた、そのタイミングで、
おじ様はリストラ・・・いえ、『特命』を任命されまして。
おじ様が『未開の大地』へ行く途中で、
私は『ハージェス公国』へと帰る予定でした。」
「え、ユンムさん、途中で帰っちゃうの!?」
ニュシェが心配そうな声をあげる。
「えぇ、おじ様とはそういう約束になってまして。
でも、ニュシェちゃん、『未開の大地』から『ハージェス公国』は、
少し近い方だから、ほとんどいっしょに旅をするようなものですよ。」
木下は申し訳なさそうに、そう言った。
木下は、あんな説明をしているが
『未開の大地』は、どの国からも遠い。
『ハージェス公国』は、まだ近い方というだけで・・・
実際は、木下と別れたあとの旅の方が長いかもしれない。
「それにしても、『ハージェス公国』から『ソール王国』まで
ユンムさんなら専用の高級馬車で移動してきたんだろうし、
帰りも、専用の馬車で移動しそうだけどな。」
すかさずシホが、するどい部分を突いてきた。
「私は、そうしたかったのですが、
おじ様が変に遠慮したといいますか・・・
高級馬車での移動を拒まれてしまったのです。
『ハージェス公国』に借りを作りたくないとかで。
おじ様といっしょに行動するという約束をしてしまった手前、
おじ様だけを置いて、自分だけ先に帰ってしまうわけにもいかず・・・。」
さすが木下だ。
そんな嘘が、よくもポンポンと・・・。
こいつの数々のウソに比べれば、
オレの嘘なんて大したことないんじゃないかと思わされる。
話し出す前の恐怖も、みんなと話していたら
いつの間にか和らいだようだった。
「・・・今までみんなを騙していて、すまなかった!」
オレは深々と頭を下げた。
オレとしては、やっと真実を話すことが出来て、
胸の中がすっきりした気分だ。
「あとは煮るなり焼くなり好きにしろ」状態だ。
ここで、みんなからどんなに罵られても、
オレはそれらの言葉を浴びる覚悟が出来ていた。
「頭をあげてくだされ、佐藤殿。」
今まで黙って聞いていたファロスにそう言われて、
オレは少しだけ顔を上げた。
「よくぞ打ち明けてくれました。
国から任命された『特命』というのは、
拙者の父が任された『密命』も同じ・・・。
拙者たちのような部外者に話していいものではござらん。
それを拙者たちを信じて話してくれた・・・
もうそれだけで、じゅうぶんでござる。
拙者たちが、佐藤殿を責めることはないでござるよ。」
あの長谷川さんが任されていた『密命』は、
国王や奥さんの敵討ちであったから、
はっきり言って、オレの『特命』とは
事の重大さが全然違うと思うのだが・・・
それでも、国王からの命令という点で同じように見てくれているのか。
「あたしは・・・正直、難しいことは分かんないけど・・・。
ファロスさんが言うように、他人に言っちゃいけない
大変なお仕事を受けていたんだよね?
だったら・・・おじさんが謝ることは無いんじゃないかな。
ウソにしても、誰かを傷つけるようなウソじゃなかったと思うし。」
ニュシェは最初からオレに対して好意的だったからか、
いや、他人を疑うことがない性格だからだろうか。
責めるような言葉が出てこなかったことに、オレはホッとした。
「みんな優しいっていうか、心が広いねぇ。」
「シホさん・・・。」
みんながオレを許してくれそうな雰囲気の中、
シホが、トゲのありそうなことを言う。
そうだ、たしかに。
ファロスもニュシェも心が広い。
オレは2人の優しさに救われたのだ。
「悪いけど、俺は正直、おっさんとユンムさんのことは
最初から100%信じてたわけじゃないんだ。
これは長年、傭兵として生きてきた俺の性分というか、
幼い頃から姉さんにずっと言われ続けてきたことなんだよな。
・・・どんな相手も、100%信じてはいけないって。」
言葉の口調が、いつものシホっぽいが、その表情は至って真剣だ。
オレが本気で腹を割って話した結果、
シホも、偽りのない気持ちや考え方を話してくれていると感じる。
「傭兵をしていると、いつものパーティーだけじゃ
達成できない大きな依頼もあるからね。
そんな時に他のパーティーと共闘して討伐したり、
いっしょに荷物を運んだりする場合もあった。
事前に話し合って、報酬金の分け前を決めておくんだけど、
いざ報酬金を分ける段階で裏切られたり、襲われたりっていうのは
この世界では当たり前に起こり得るからね。
だから俺は、誰といっしょの時でも
最低限、身を守る手段や逃げる経路を確保してたりするんだ。」
つねに危険と隣り合わせの傭兵らしい考え方だ。
普段のシホからは想像つかないが、
言われてみれば、シホはオレたちよりも警戒心があるように感じる。
警戒していることをオレたちに気づかれないように、
くだけた話し方をしているのかもしれない。
そんなシホは・・・ゴシップ雑誌は、けっこう信じてしまうようだが。
「俺は、おっさんがどこの出身だろうと興味は無いけど、
ユンムさんと同じ『ハージェス公国』出身じゃないってことだけは
最初から気づいてたよ。」
「・・・!」
「えぇ!?」
さ、最初から気づかれていた!?
「だって、おっさんは、国を越えるたびに、
初めて来たような反応してたからな。
物忘れが激しいとか方向音痴だったとしても、
ユンムさんが知っている、旅の情報を
おっさんは全然分かってなかったし。
戦闘での連携もバラバラだったし。
だから、ユンムさんと『ハージェス公国』からいっしょに
旅をしてきてないってことは、すぐに気づいたよ。」
「・・・はぁ~。」
シホの話に、木下が呆れ顔で溜め息をついた。
そして、オレを軽蔑したような目で見てくる。
こればかりは仕方ない。
ある程度、訓練を受けた『スパイ』ではなく、
オレはウソをつくことも演技をすることも素人なのだから。
それにしても、シホの観察力がすごい。
これが長年の傭兵の実力というものか。
「まぁ、だからさ・・・俺としては、今さらっていうか。
許すも何も、初めから胡散臭いのは分かってたし。
警戒しながら、ここまでいっしょに旅してきたけど・・・さ。
おっさんとユンムさんの素性とか関係なく、
このパーティーの仲間が、その・・・俺は好きだから。」
シホは言いにくそうに、周りのみんなを見つつ、
最後の方は、ちらりとファロスを見てから、そう言った。
「おっさんたちの旅は、ここで終わりってわけじゃないんだろ?
だったら・・・これからも、このパーティーの
リーダーとして、よろしく頼むぜ、おっさん!」
トゲのありそうな言葉から切り出したシホだったが、
初めからオレたちを警戒しつつ、それらを含めて
このパーティーの仲間でいることを決めてくれていたということか。
「ありがとう、みんな。」
オレは、もう一度、頭を下げた。
体を動かすだけで怪我した腕が少し痛むが、
そんな痛みを吹き飛ばしてしまうほど、嬉しかった。
「俺としては、おっさんよりも、
ユンムさんのほうが、もっと白状しなきゃいけないものが
たーくさんあるような気がしてるけど、ね?」
「ふふふ。」
シホは含みのある言い回しで、木下に揺さぶりをかけているようだが、
木下は、久々に完璧な作り笑顔をして見せている。
肯定も否定もしない、噓つきのプロの顔だな。
「それにしても、『ソール王国』かぁ。
行ったことないっていうか、まずほとんどの傭兵は
入国許可が下りないって話だったなぁ。」
「そうなのか?」
傭兵歴が長いシホがそう言うのだから、
きっと『ヒトカリ』の影響力が及ばないのだろう。
まず『ソール王国』に『ヒトカリ』の支店がないからなぁ。
「拙者も、ナゾ多き国としか聞いたことがなく、
どんな国なのか、どんな人たちが住んでいるのか、興味があります。」
ファロスが本当に興味津々の目でオレを見ている。
外交に消極的な『ソール王国』だから、
ほとんど情報が他国へ流れていないのだろう。
しかし、その真意は・・・国民にすら秘密にされている
『ソール王国』出身者の能力の秘密、血を守るためだったわけだが。
「オレも自国を出るまでは分からなかったが、
他国の文化とそんなに変わらない。
住んでいる者たちも、みんな、オレといっしょだ。」
・・・ここに来て、オレはまたひとつウソをついた。
オレが受けた『特命』も守秘義務があったわけだが、
しかし、『特命』と違って、
これだけは簡単に喋ってしまうわけにはいかない。
わが国の王族ですら秘密にしてることを
オレがベラベラ喋っていいはずが無い。
「もしかして、『ソール王国』は海に面していないのか?」
「うっ・・・たしかに、その通りだ。
なぜ分かった?」
「あはは! なるほど、
だから、おっさんは泳げないのか~!」
「う、うるさいな!」
「あははは!」
シホが、また鋭い質問をしてきた。
なんというか、オレのことをよく観察しているというか。
オレが泳げないことを覚えていて、そこから
わが国の地形を予想したのだろう。
普段のシホからは、とてもそう思えないが、
こういう時に、ずば抜けた観察力、洞察力を感じさせられる。
オレは泳げないことを蒸し返されて
恥ずかしい思いをしたが、さっきまでの重苦しい空気が、
シホのおかげで明るい空気に変わった。
ふと、中央の装置の中の『エルフ』を見ると、
包帯で隠れていて表情がよく見えないが、
なんとなく微笑んでいるような気がした。




