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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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『エルフ』の目覚め





驚いて、音のする方を見たら、

その音は、この治療室の中央、

『エルフ』の女性がいる装置からだった!


ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!


「!?」


「エ、『エルフ』さんが!?」


見れば、ガラスの筒の中の『エルフ』の女性が、

ものすごい勢いで、内側からガラスを殴りつけている!

液体の中だから、声が出せないのだろうが、


「・・・! ・・・!」


本人は、何やら大声を上げているように見えた。

もしかして、装置から出してほしいのか!?


バタン! バタバタバタ


治療室のドアが開き、医者たちや看護婦たちが慌てて入ってきた。

装置に何かあれば気づけるようになっているのか。


「先生、患者が目覚めてます!」


「まさか、あの言葉を!? 混乱しているのか!?」


ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!


「これは第二の人格のほうだろう!」


「いかん! 低麻酔薬の許可と準備を!」


入ってきた医者3人は慌てながらも、

いろんな道具を準備したり、魔力を高めて魔法を詠唱したり。

『エルフ』の女性は、薬によって眠らされた。


「筋肉の損傷があるな。回復魔法だ!」


その後、回復系魔法によって、

ガラスを殴っていた腕などを治療された『エルフ』。

この装置は、本当に回復系の魔法しか通さないようだな。


「また腕を骨折しているかもしれない。

眠っている今のうちに、診察を行う!」


「はい!」


テキパキと動き回る医者と看護婦たち。

あっという間に、装置の中の緑色の液体が抜かれて、

『エルフ』の女性は診察台へと移動させられた。




・・・そうして、数十分後。




また、元の装置の中へと戻された『エルフ』の女性。

緑色の液体は、まだ入れられていないようだ。

包帯でグルグル巻きだが、依然として『エルフ』の女性の体は

痩せ細っていて・・・いや、よくよく観察してみたら、

発見した時よりも、少しだけ筋肉が付き始めているように見える。

特に・・・胸や腰の凹凸おうとつがはっきりしている気がする。

骨と皮だけではなくなったようだ。すごい勢いで回復しているということだな。

・・・それだけ高価な薬を使っているのか、『呪いの紋章』が強いのか。

とにかく、医者たちの適切で迅速な処置によって、

大事には至らなかったようだった。


「ふぅ・・・。」


「ヴィ、ヴィクトワル先生!

『エルフ』の方は、どうしてこんな状態に!?」


「そ、そうだ、意識が戻った時に、

『エルフ』から、何か聞き出せたのか?

いや・・・何か聞き出せたんじゃないですか!? 先生!」


処置を終えて、この治療室から

引き上げて行こうとしていた医者の一人に、

木下とシホが早口で質問した。

他の医者たちや看護婦たちは退室していったが、

問いかけられた、あの早口の医者だけが立ち止まった。


たしかに、『エルフ』に関して疑問がたくさん残っている。


「どうして、あの時、オレたちを助けに来たんだ?」


オレたちの問いかけに、医者は、


「やっと、喋られるほどに回復したようだね。

回復と言うべきか、精神的安定かな。」


そう言って、中央の装置のそばにあったテーブルへ向かい、

そこの椅子に、深い溜め息とともに腰かけた。


「さて、どこから話そうか・・・。

事の発端は~・・・そうそう4日前だ。」


4日前といえば・・・

オレたちが午前中に病院へ訪れて、

午後からは『ゴブリン』討伐に行って、

夕方には『ヒトカリ』で包帯だらけのグルースに会った・・・あの日か。


「あの日は、昼過ぎにグルースが血だらけで病院へ

お仲間に担ぎ込まれてきてね。命に別条が無かったのは奇跡だった。

それぐらい、グルースの怪我は深刻な状態だった。

緊急手術によって、なんとか動けるようになったグルースは、

入院をこばんでいた。

全く、あいつは昔から変わらず病院嫌いなんだろうな。

しかし、町長の息子という立場もじゅうぶん理解しての事だろう。

人目に付かずに治療するには、この集中治療室しかなかったから、

手術後に、グルースをここへ運んだのだが・・・

そこへタイミング悪く、グルースたちのお仲間が

急を要する情報を持ってきたとかで、ここへ立ち入られてしまってね。」


「え!? では、グルースさんたちに、

『エルフ』の存在を知られてしまったのですか!?」


木下が、医者の話の途中で質問した。

医者は早口で長々と話すため、話の途中で声をかけても

無駄だと思っていたのだが、


「いや、その心配には及ばないよ。

グルースをここへ入れる前に、

装置を大きな黒いシーツで覆っておいたからね。

グルースのやつに怪しまれたけれど、

女性が全裸で治療中だと伝えたら、それ以上は

何も詮索せんさくしてこなかったよ。」


医者は、早口でそう答えていた。

女性が全裸で治療中・・・たしかにその通りなのだが、

グルースも、まさか装置の中の患者が、

500歳以上のミイラ化寸前の老婆だとは思わなかっただろうな。


「話を戻すが、グルースたちは、

この装置の前で、大事な情報の報告や作戦会議などを始めてしまった。

僕もこの場にいたんだけどね。

これまで彼が反乱軍のリーダーであることは、

誰にも知られないようにしていたはずなんだが、

それほど、切迫した事態だったわけだ。

まさか、ガルカ町長が・・・ねぇ。

あれには僕も驚いたな。」


医者は、初めからグルースが何をしていたのか

知っているような口ぶりだな。


「そのグルースたちの会話の中で、

グルースが、ある単語を口にしたんだ。

その途端に、黒いシーツで覆い隠していた装置から、

先ほどのように、ガラスを強く叩く音が聞こえ始めた。

グルースたちも驚いていたが、僕自身も驚いてしまってね。

慌てて、グルースたちを他の空き部屋へ移動させてから、

他の先生たちとともに黒いシーツを取り除いてみたら、

彼女が鬼の形相でガラスを叩きまくっていた。

目を覚ましたのは奇跡だったが・・・

彼女の意識は混乱していて、とても話せる状態ではなかった。

だいたい、あの時は動くだけでも体を傷つけてしまうのに、

強化ガラスを殴り続けるなんて、自殺行為だった。

だから、先ほどと同じように一時的に眠ってもらったんだ。」


医者は、装置の中で眠っている『エルフ』を見ながら、

言葉を慎重に選んで喋っている感じだった。


「それから我々は彼女の治療をしながら、

どうやって彼女が目を覚ましたのかと考察、調査していった。

そうして、分かったんだ。

グルースが使った単語が、彼女を目覚めさせるキッカケだったと。」


ある単語というのがカギになっているようだな。

その言葉を使えば、『エルフ』が目覚めてしまうのか、

医者はそれを言わないようにしているみたいだ。


「グルースの治療を終え、グルースたちが病院を出て行ってしまった後、

我々は、再び『エルフ』を目覚めさせることに成功した。

2度目に目覚めた彼女は、最初に目覚めた時よりも穏やかで、

とても落ち着いていた。そして、彼女がこう言い出したんだ。

私には、第二の人格があると。」


「第二の人格!?」


「なんだ? それ?」


オレたちが聞き慣れていない、専門用語が出てきた。


「あー・・・第二の人格とは、一人の人間の中に、

2つの異なる人間の意識がある状態のことを指す。

解離性・・・いや病名はこの際、省くとして、

一人の人間なのに、違う人間が入っているかのように

何かのキッカケで、その人の性格、言動、行動が

入れ替わってしまう症状のことをいう。

彼女は、長い間、とある場所に一人で隔離かくりされていたようだね。

その長い時の間に、心が、精神が崩壊しかけたことが

何度もあったのだろう。別人格が出来上がったのは、

自身の精神を守る、自己防衛本能のせいであり、

その稀有けうな状況下において、必然だったと言えるだろう。」


「・・・。」


木下もシホも、今の医者の説明で理解できたのだろうか?

黙って聞いているということは、そうなんだろうな。

オレには、到底、理解できなかった。

一人の人間の中に2人いる? どういう状態なんだ?


「先ほどの・・・

暴力的、自虐的な性格の彼女を、仮りに『Bの彼女』としよう。

その後に現れた人格、落ち着いた性格の彼女は『Aの彼女』だ。

彼女が言うには、元々の人格は『Aの彼女』だったらしい。

『Bの彼女』の時に体験したこと、聞いた話なども、

ちゃんと『Aの彼女』は分かっていると言う。

つまりは、別の人格が現れている時でも、

意識、記憶が共有されているわけだね。

これも極めて特殊で、奇跡が成せる症状と言えるだろう。」


「奇跡・・・。」


医者の話が、どんどん難しくなっていく。

AだのBだの言い始めて、

まるで、学校で難しい授業を受けているような気分だ。

元々は大人しい性格だったのに、

暴れるような性格になってしまったということなのか?


「『Aの彼女』は、『Bの彼女』の時にグルースたちの話を聞いていた。

そして、自分をグルースたちが言っていた待ち伏せ場所へと

連れ出してほしいと頼んできたんだ。

グルースたちが話していた、例の・・・

『カラクリ人形』には隠された機能があるのだと。

その機能を使えるのは、私だけなのだと。

それを使わない限り、グルースたちが

無駄死にしてしまうとまで彼女は言った。

医者としては、到底許可できるものではなかったが、

グルースたちの、人の命がかかっていて、

この町の町長も関係しているとなれば、我々は動くしかなかった。

君たちが町の石門にいる間に合流できていればよかったが、

彼女を病院から連れ出すには、いろいろ準備が必要だったのでね。

時間がかかってしまった。しかし結果は、あの通り。

まさに奇跡的なタイミングだったね。

君たちが助かってよかったよ。」


・・・つまり『エルフ』がグルースの話を聞いてなかったら・・・

『エルフ』がオレたちを助けようと思わなかったら・・・

そして、医者たちが『エルフ』の話を聞き入れなかったら・・・

きっと、いや、確実にオレたちは全滅していただろうな。

この医者が奇跡という言葉をよく使うから、

どこまでが奇跡なのか分かりづらいが、

たしかに、奇跡的に、オレたちは助けられたんだな。


「できれば・・・ガルカ町長も助けられたらよかったんだが、ね。」


「・・・。」


そう言って、医者は少し寂しそうな表情になった。

この町の町長は、町のためにこの病院を建てたらしいし、

きっとこの医者との交流もあったのだろう。

子を思う親の気持ちを考えれば、町長の行動も分かる気がする。

密告した相手が、この国を乗っ取った例の組織でなかったら・・・

あの菊池でなかったら、また違う未来があったのだろうか。


「せ、先生は、もう『エルフ』から

いろいろ、その、何があったか教えてもらったのですか?」


シホが珍しく敬語を使っているから、

少し妙な感じだが、それはオレも気になる。


「いや、何も聞いてないよ。

我々は患者のプライベートな話を根掘り葉掘り聞いてはいけない、

そういう規則があってね。聞いていいのは、名前や病状や気分、

何が原因か思い当たるフシが無いかを聞くことぐらいさ。

それに、彼女は今、精神的に不安定だからね。

精神的負荷をかけないよう、質問責めにすることはしない。

君たちも、できれば、しばらくは

質問責めにならないよう、心がけてあげてほしい。

彼女が自ら話すことは問題ないけどね。」


「も、もう話せるんですか?」


木下が少し興奮気味にそう言った。

こいつは・・・興奮しすぎて質問責めにしそうだな。


「んー、3日前のあの時、彼女は無理やり大きな声を出したために

声帯が損傷していたけど・・・彼女なら、もう治っているだろう。

それこそ4日前までは、身体に負担をかけさせない治療法で、

この装置にはピンク色の薬液『ラクトフェアリー』を使っていたが、

今は本格的な治療法に切り替えて、

超回復薬の薬液『レアニマシオン』を使っているからね。

筋肉も再生しているし、たぶん話せるよ。」


「では・・・!」


「ただし、大きな声は出せないし、言葉も早く喋られない。

声帯に負担をかけないように、ゆっくり話させてくれ。」


「は、はい。」


そう言うと医者は、ちらりと装置の中の『エルフ』を見た。

少し心配そうな表情だ。

本来なら面会謝絶の状態なのだろう。

医者は椅子から「よっこいしょ」と立ち上がり、


「・・・彼女が強く反応する、ある言葉というのは、

この町の名物だった『カラクリ人形』の名前・・・『エギー』だ。

できれば、君たちもこの言葉は多用しないでほしい。」


医者がそう言って、『エルフ』を見つめていたから、

オレたちも『エルフ』のほうを見ていると、

装置の中の『エルフ』が、すぅっと目を覚ました!

本当に、『エギー』という言葉に反応したのか?

薬で眠らされていたにも関わらず、

『エギー』という言葉で目覚めたというのか!?


「目! 目が開いた!」


シホが大きな声をあげて驚いている。

ほかのやつらも驚きの表情で『エルフ』を見つめている。

『エルフ』は、目を覚ました後も、混乱することなく、

静かに辺りを見渡している。


「あまり大きな声で彼女を驚かせないでやってくれ。

『エルフ』の君、紹介しよう。

こんな状態での面会になってしまったが、

ここにいる彼らが、君を救った傭兵たちだよ。」


そう言って、医者は装置の何かのボタンを操作し始めた。

グォンという低い音が装置から聞こえた。


「僕は、これで失礼するよ。

この装置の中は、約10分後に薬液で満たされる。

医者としては、今の彼女には絶対安静にしていてほしいから、

面会も禁止したいほどだけど、特別に、

今から10分間だけ話し合うことを許可しよう。

何かあれば、我々を呼びに来てくれ。

僕は、10分過ぎた頃に装置が正常に働いているかを見に来るからね。」


医者はそう言い残して、この集中治療室から出て行った。


「ぁ・・・。」


途端に、この部屋に静寂が訪れた。

いや、なんとなく気まずい空気だ。

ここ数日、話し合うことがなかったから、

何を話せばいいのか・・・

何から話せばいいのか、迷っている空気だ。


その気まずい空気を打ち破ったのは、

『エルフ』の静かな声だった。


「・・・みなさん、初めまして。

私の名前は、アーダルベルト・クラリヌスです。

医師ヴィクトワルから簡易的に説明を受けましたが、

この度は、私を助けていただきありがとうございました。

お時間がないようなので、必要なことだけを手短にお話いたします。」





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