パーティーの溝
俺が地面に寝転がって、何分経っただろうか?
いや、もしかしたら一時間ぐらい、そうしていたのかもしれない。
遠くの草原から昇っていた朝陽が空へ昇って、オレたちを照らしていた。
じわじわと暑さを感じていた。
早く動かなければ・・・!
怪我をした仲間たちを、早く医者に診せなければ!
そして、早く、ここを離れなければ・・・
人の往来がある街道だ。騎士たちの死体が見つかれば、
オレたちは捕まってしまうだろう。
しかし、疲れ切った体がどうにも動かせない。
その後、ニュシェが自力で立ち上がり、
あの赤い幌の馬車へと向かった。
そこでニュシェは医者から回復薬を飲ませてもらい、
足の痛みが和らいだようだ。
やがて、馬車の荷台から、
3人の医者とニュシェに体を支えてもらいながら、
あの白いローブ姿の患者?がよろよろと歩いて出てきた。
他の医者たちがグルースや木下へ回復薬を与えたあと、
白いローブの患者と医者とニュシェが、
オレ、ファロス、シホのそばへ来た。
そして、あの白いローブの患者の魔力が高まり出して、
「エヴァンジル・レイン!」
無詠唱で魔法を唱えたかと思ったら、
上空に大きめの青い魔法陣が浮かび上がり、
その魔法陣から雨のような細かい水が、オレたちに降り注いだ。
しとしとと降り注ぐ水は冷たくて、熱くなっていた体には心地良かった。
細かい水が朝日に照らされて、小さな虹ができていた。
あとで木下に聞いた話によれば、この魔法は、
その場にいる半径10mの生き物の傷を回復させる、
水属性の回復系、上級魔法だという。
細かい雨が口や傷口から体内へと浸透して、
痛みを和らげ、傷を治す効果があるという。
ただ、仲間だけではなく範囲内の生き物、全てに効果があるため、
範囲内に敵が生き残っている状態では、敵も回復させてしまうため
戦闘中は使えない魔法という話だった。
その上級魔法を、無詠唱で発動できたというのか。
オレたちを助けてくれた、この白いローブの、包帯だらけの患者こそが、
あの、干からびていて瀕死寸前だった『エルフ』の女性だった。
しかし、無理をして魔法を使った『エルフ』の女性は
魔法を使った後、気を失ってしまい、医者たちに馬車へと運ばれていた。
『エルフ』の女性のおかげで立ち上がる程度に回復したオレたちは、
そのまま馬車へ乗り込み、町『クリスタ』の病院へと運ばれた。
馬車には、ほかにも4人ほど医者がいて、
移動中の馬車内で、オレたちは医者たちに診てもらい、
応急処置をしてもらった。
ファロスは、あばら骨の骨折が2本、ヒビが2本。
打撃による皮膚の怪我や筋肉の損傷は、
『エルフ』の魔法で、ほぼ治っていたらしい。
骨折した骨によって内臓が傷つけられて出血。
回復系の魔法や回復薬によって、かなりマシになっているようだが、
折れた骨は複雑骨折かもしれなくて、
病院へ戻った後、手術が必要だという。
骨折した骨が繋がるのは、高級回復薬でも三日かかるらしいが、
骨は繋がるだけで、十分な強度の骨に戻るには、
やはり最低でも1か月はかかるという診断を受けた。
シホは、右腕の骨折、あばら骨3本の骨折。
シホも皮膚や筋肉の損傷は『エルフ』の魔法で
ほぼ治っていたらしいが、やはり骨折のほうは
ファロスと同じで、高級回復薬で三日で繋がるが、
十分な強度を取り戻すには、全治1か月というところだ。
菊池に殴られて吹っ飛ばされた際に、地面に頭を強打して気絶していたシホ。
怪我は治っているようだが、精密な検査を
病院で受けなければならないらしい。
ニュシェの足の怪我は『カラクリ兵』の攻撃によるものではなく、
木下を突き飛ばした時に、足をひねってしまったようだ。
医者に飲ませてもらった回復薬のお陰で、痛みは和らいだようだが、
筋肉?筋?を痛めている可能性があるため、
病院へ戻ってから検査しなければならないという。
木下は、何度も転んだ時にヒザや足首を
擦りむいていたらしいが、そんな小さな傷は
医者からの回復薬ですぐに治ったらしいが、
こちらも転んだ際に、足をひねって筋肉?か筋?なのか
分からないが、そこを痛めている可能性があるため、
病院で検査を受けることになった。
オレの体の方は、やはり左肩と左腕の骨にヒビが入っていた。
防具があったからよかったものの、防具が無ければ
粉々に粉砕されていたことだろう。
竜騎士の剣技を使った後、右腕、右手の筋肉が熱くなっていたが、
医者の診断では、おそらく筋肉の炎症ではないかという。
その炎症も『エルフ』の魔法で、すっかり治まっていた。
グルースは、元々、入院必須の大怪我をしていたらしい。
右腕、右肩、左手首、左脇腹、左足首、そして左側頭部・・・
ほかにもあちこちに怪我をして、骨折やヒビが入っているようだ。
医者の言うことを聞かず、表面だけの怪我を超高級回復薬で治し、
痛覚を麻痺させる薬を塗って、骨折の痛みを和らげていただけらしい。
その麻痺させる薬の効果が、逃げる際に切れてしまい、
一人で立ち上がることもできなかったようだ。
「・・・。」
そのグルースは、戦闘が終わってから、
馬車での移動中も、ずっとうつむいて黙ったままだった。
グルースのそばには、医者たちに運び込まれて
白いシーツを被せられている、町長のご遺体がある。
・・・グルースには、かける言葉も無い。
そのグルースとともに暗い表情をして黙っているファロス。
ファロスは、影響を受け過ぎていると感じるが、
大切な家族を失った者の気持ちというのは、他人には計り知れないことだ。
そして、その悲しみの受け止め方も、人それぞれ。
今は、2人をそっとしておこうと思う。
オレたちが菊池たちと戦った場所は、
町から離れているとはいえ、街道のど真ん中だった。
そんな街道に、この国の騎士たちの死体があれば、
すぐに通行人や定期の大型馬車に発見されて通報されてしまう。
それこそ、何も理由を知らない騎士団が、
躍起になって犯人を捜し始めてしまうだろう。
だから、医者たちは、騎士たちが乗ってきた馬車のうち、
オレが破壊していない馬車の荷台へ騎士たちの死体を乗せて、
白いシーツで覆い隠した。
そして、医者の一人がその馬車を操縦して、
オレたちとともに町の病院へと移動したのだった。
・・・そうして医者たちによって、
騎士たちの遺体は、内密に処理されたようだ。
後始末が大変なのは、破壊された馬車や『カラクリ兵』たちだろう。
あんな重量のある大きな物体を、どうやって、どこへ運んだのか分からないが、
あとで聞いた話では、なぜか、いつの間にか・・・街道から姿を消していたという。
オレの憶測では、おそらくペリコ君たち、
『ハージェス公国』の『スパイ』たちによる
証拠隠滅だろう。
オレたち5人は『クリスタ第一病院』の集中治療室に、
『エルフ』とともに入院することになった。
普通の病室でもよかったのだが、
事情があることを察して、医者が配慮してくれたのだ。
グルースだけは自宅・・・町長の屋敷で静養するという話だった。
医者たちは入院しろと口酸っぱく伝えたらしいが、
「町長の仕事や後始末をしながら静養する」という
大義名分のような理由を言われたため、止むを得ず許可したとか。
入院した日の午後には、ファロスとシホが検査や手術を受けていた。
オレたちも一応、検査を受けたが、怪我以外の異常はなかった。
ファロスとシホの骨折にしても
手術によって、正常に回復できそうだという話で安心した。
「・・・。」
そういうわけで、この集中治療室に、
ベッドが5台並び、オレたちは寝て過ごしているわけだが。
「・・・。」
誰も、言葉を発することが出来なかった。
カラ元気を出して、今回の戦闘での
みんなの活躍ぶりを褒めて、元気づけようかとも思ったが、
そんなことでは、この場に流れている
重たい空気は変わらないと感じた。
治療室の中央に、巨大なガラスの筒の装置があり、
緑色の液体で満たされた、その装置の中に
包帯グルグル巻きの『エルフ』が眠っている。
装置の中には、背もたれが斜めになっている、
少し変わったベッドがあるのだが、液体の中の『エルフ』は
ベッドを使わず浮かんでいるようだ。
以前は、ピンク色の液体に浸されていたはずだが。
オレたちは、その装置を中心に、一定の間隔をあけて
並べられたベッドの上で・・・
真面目なファロスも、お喋りなシホも、気遣いが出来るニュシェも、
仕切り役の木下も、ただただ黙って寝ている。
オレたちは、寝ていなくてはいけないほどの重傷ではないため、
トイレのために立ち上がって、治療室を出て行くこともあった。
トイレは、治療室を出て、廊下のすぐそこにあるのだが、
たまたま、ファロスとトイレへ行くタイミングが
ばっちり合ってしまって、トイレ内で顔を見合わせることもあったが・・・
「・・・。」
そこでも、お互い、無言で用を済ませていた。
とてもとても気まずい時間だった。
みんなが黙ってしまっている原因は、分かっている。
あの菊池とオレとの会話を、みんなは
少なからず聞いてしまったのだ。
オレが、木下と同じ『ハージェス公国』出身者ではなく、
『ソール王国』の出身者であったこと。
そして、『ソール王国』出身者で構成されている
『例の組織』から勧誘されたこと。
「・・・。」
こうなっては、今までの嘘を続けることは不可能だ。
あの会話を無かったことには出来ない。
最悪、パーティー解散の危機でもある。
それでも・・・嘘をついていたけれど、
オレは、みんなのことを本当の仲間だと思い、接してきた。
だから、最後になろうとも、みんなには
嘘をついていたことを謝罪して、真実を伝えるべきだろう。
心では、そうやって答えが出ているのに、
オレを含めて、誰も喋り始めなかった。
今さら、どうやって説明したものか・・・。
オレの頭の中では、そればかり考えていた。
ここの集中治療室には、窓が無い。
だから、朝なのか夜なのか分からないから、
時間経過の感覚が狂いそうになるが、
朝昼晩の食事は決まった時間に運ばれてくる。
そして、医者たちの問診の時間も、
毎日、決まった時間に来ているようだった。
あのベラベラ喋る医者ですらも、
オレたちが黙っているから、何も問うことなく、
黙々と、オレたちの体の具合だけを診察して退室していった。
何日も過ぎたような感覚だったが、
実際には、3日しか経過していなかった。
その3日目の夕食後に、オレたちの気まずい沈黙は、
ある異音によって破られた。
ゴンッ!
「!」
「な、なんだ!?」
「なんの音ですか!?」




