敗戦の色
「ファロス! 撤退だ!」
オレは、再び、ファロスへ呼びかける!
オレたちは、グルースからの情報で、騎士3人ぐらいなら
どうにかなると侮っていた。
菊池が、なぜ仲間の騎士2人を殺したのかは分からないが、
騎士が1人になっても、『カラクリ兵』3体がある限り、
相手はオレたちより戦力が上だ。
それに、元々、戦うためにここへ来たわけではない。
当初のグルースの計画通り、ここは早く逃げるべきだ。
そうじゃないと、
「ぬりゃぁ!」
ガキン!
『カラクリ兵』には、オレたちの武器が通じない!
思いっきり攻撃してみたが、
硬い金属を剣で叩いてしまった感触が手に伝わってくる!
ドスッ ドスン
怯まず、前進してくる『カラクリ兵』!
オレは攻撃の直後、その場を離れる!
幸い、『カラクリ兵』はものすごく速いわけではない。
一般人が走ってくるぐらいの速さだ。
攻撃も、何か特殊な方法ではなく、
手のような部分を伸ばしてきて、オレたちを押し倒そうとしてくるだけだ。
距離をとれば、そこまで脅威ではない。
しかし、
「グルースさん、早く走って!」
「うぅ・・・!」
ニュシェが必死にグルースを持ち上げて、
引きずるように逃げ回っている。
木下は、自分の足で逃げるだけで精いっぱいだ。
シホも魔法の壁を解除して、逃げている。
魔法の壁なら『カラクリ兵』たちの攻撃を防げたかもしれないが、
もし、そうなったら防戦一方で勝てるわけがない。
結局は、逃げ切れないオレたちが不利になる。
早く逃げなければ!
「ファロス!」
「ダメでござる!」
「!」
ガィン! ギキィン!
ファロスがオレの声にやっと反応した!
ファロスは、『カラクリ兵』2体に追われながら、
菊池に攻撃して、攻撃をかわして、距離をとる。
それを繰り返している。
「こ、ここで拙者たちが逃げれば、
こやつらが町へ攻め入ってしまうでござる!
それに、こやつの声にしか『カラクリ兵』が反応せぬなら、
こやつさえ倒してしまえば!」
「しかし・・・!」
ファロスは、怒りで我を失っているわけではなかった。
初めは我を失っていたと思うが、今は冷静に
この状況を判断して、菊池を攻めているのか。
ファロスの言うことも分かるが、
まずは、『カラクリ兵』を倒さないと
菊池を攻撃することもできない!
「わが魔力をもって・・・きゃっ!」
「ユンム! 魔法は無理だ! 今は逃げろ!」
木下が立ち止まって何かの魔法を詠唱しようとしたが、
『カラクリ兵』が近づいてきて、あやうく
攻撃をくらうところだった!
「あぁ、ゴホッんんっ! いい判断してるじゃないか。
貴様の言う通り、俺を止めねば『クリスタ』は消滅する。
しかし、貴様らの実力では、俺を倒せんし、
『カラクリ兵』を壊すことも不可能だ。
このまま戦い続ければ、逃げる機会を失って、
貴様ら全員、命を失うぞ? げひゃひゃ!」
ギィン! ガガン!
「逃げぬ! はぁぁ!」
菊池が何やら喋っているが、ファロスはお構いなしに
攻撃を仕掛けていく!
だが、菊池は軽く受け流してしまう。
このままでは!
「ファロス! 退け!」
ガン! ガガン!
オレは『カラクリ兵』に攻撃をしかけつつ、
ファロスへ逃げるように命令したが、ファロスは退かない!
あの頑固者め!
「んんっ! ゴホゴホっ!
あの男は、戦局を見極める目があるな。
だが、俺が貴様らを逃がすことは無い!」
「はぁ!」
ガイン! ズドンッ!
「がっは・・・ぁ・・・!」
ファロスが攻撃を仕掛ける直前に、
菊池が前へ出て、ファロスの刀を左拳でさばき、
右拳でファロスの腹を殴った!
軽く体を浮かされ、一歩後ろへ下がり、うずくまるファロス!
「「ファロス!」」
ダッ!
オレとシホが同時に叫んでいた!
そして、シホがファロスの方へと走り出した!
「ま、待て! シホ!」
「わが魔力をもって、閃光の矢と成し・・・!」
ファロスは、片手で腹をおさえ、その場にうずくまっている!
あの、たった一撃が効いてしまったのか!
「がぁっ! ごほっ!」
いかん、ファロスが吐血した!
口元を隠すように巻いていた黒いバンダナが、
赤い血と一緒にボトッと地面へ落ちた!
まさか肋骨が折れて内臓を!?
ファロスまで40mほどか! シホの足では助けが間に合わない!
そのシホの魔力が高まっていく!
シホの両腕の包帯が光っている!
走りながら魔法を詠唱するとは、すごい集中力!
いや、シホは以前からあの魔法だけは移動しながらでも発動していた。
しかし、走りながら発動すると・・・
「ライトニング・アローーー!」
ピュン!
シホが放った光の魔法の矢が、菊池にも『カラクリ兵』にも
かすりもせず、遠くの草原へと素早く飛んでいった!
やはり走りながらでは命中精度が悪くなる!
しかし、菊池の顔色を変えるには、じゅうぶんだったか。
「ほぉ? 光の魔法を素早く発動できるとはのぉ!
この『カラクリ兵』たちの体は、火や水などの魔法は効かないらしいが、
光の魔法は・・・少しやっかいかもしれんなぁ。
どれ、そいつも早めに消しておくか!」
「! シホ、戻れぇ!」
「はぁ、はぁ、わが魔力をもって・・・!」
シホは諦めていない!
いや、オレの声が聞こえていないのか!?
ファロスを助けたい一心で、魔法を詠唱しながら
闇雲に突っ込んでいく!
「きゃぁ!」
「ユンム!」
オレから少し離れた所で、木下が転んだ!
いつの間にか『カラクリ兵』が木下を追いかけ回し始めていて、
転んだ木下へ『カラクリ兵』が迫っている!
元々、あいつは足が遅いうえに体力が無い。
もう逃げ回るのも限界か。
「ちっ!」
オレはすぐさま木下の元へと駆け出す!
ドシッ ドシッ
横目でシホを確認したら、
シホの前へ、一体の『カラクリ兵』が立ちはだかる!
「くっ!」
シホは、その一体の『カラクリ兵』の脇を走り抜けて、
「ライトニング・・・!」
「ご苦労さん!」
ゴキンッ!
シホが魔法を発動する直前に、いつの間にか『カラクリ兵』の背後まで
移動していた菊池が、突然、シホの目の前へ現れて!
シホを殴りつけた!
「ぎゃッ!」
「シホォーーー!!」
ドサッ
オレからはよく見えなかったが、強烈な一撃!
鈍くて、イヤな音が聞こえていた!
後方へ吹っ飛んだ、シホ!
地面に転がって、動かない!
「「シホさん!」」
木下とニュシェの悲痛な叫び声が聞こえてきた!
オレは、木下へ向かっていたが、すぐさまシホの方へと走り出す!
・・・間に合わない!
ついに、恐れていたことが現実となった。
頭の片隅に、つねにあった恐怖・・・。
オレが弱いゆえに、いざ、本物の強者と対峙した時、
相手を倒せず、攻略法が思い浮かばず、
仲間たちを守り切れず、自分の身を守ることも出来ず・・・
ただただ、目の前の現実が、敗戦の色に濃く染まっていく・・・。
その先は・・・死・・・。
「おじ様!」
いや、まだだ! まだ諦めない!
オレを頼ってくれる仲間の声が聞こえるうちは!
「すっ! ぬりゃあぁぁぁ!」
ズバァアアアアアア!
オレは素早く体内の気を練り込み、
その気を一気に、剣とともに横一文字に薙ぎ払い、
シホたちがいる方向へと放った!
剣から放たれた、真っ赤な真空の刃が、
菊池や『カラクリ兵』へ目掛けて、素早く飛んでいく!
竜騎士の剣技のひとつ、『火竜殺し・胴薙ぎ』!
「ゴホッ!?」
ガッザザンッ! ゴゴン!
ファロスやシホが地面に伏せている状態だから、なんとか繰り出せた!
あの鋼鉄で出来ている『カラクリ兵』を2体、
見事に横一文字に切り裂いて、真空の刃が飛んでいく!
「ヒィンッ!」
ザシュ! バキバキバキッ ドドンッ! バカン!
真空の刃は、さらに奥の、菊池が乗ってきた騎馬を切り裂き、
騎士たちが乗ってきた馬車一台を破壊して、消えて行った。
オレの位置からは、菊池まで斬れたかどうかは分からなかった。
離れているから気配も分からない。
しかし、今は確認しているヒマがない!
ダッ!
オレはすぐさま、また方向転換して、木下の元へと走っていき、
木下を踏みつぶそうと近づいていた『カラクリ兵』を横から蹴った!
「はっ!」
ドッ
しかし、オレの蹴りではビクともしない!
オレの足の方が痛い!
それでも、一瞬、隙が生まれた!
起き上がろうとしていた木下を助け起こして、
「ユンム! ニュシェ! 馬で逃げろ!」
木下たちへ撤退命令を出す!
「でも、シホさんたちが!」
「2人は、オレが助ける!」
「しかし・・・!」
「ユンムとニュシェはグルースを連れて逃げてくれ!
そうしないと、オレが暴れられない!」
「! 分かりました!
でも、無茶はしないでくださいね!」
「あぁ!」
木下たちを、逃亡用の馬たちがいる岩の裏へと向かわせた。
「ふんっ!」
ガィン! ギィン!
オレは、すぐ後ろにまで迫って来ていた『カラクリ兵』を
足止めするために斬りかかった!
しかし、ダメだ。やはり歯が立たない。




