表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
429/502

第二騎士団長の罠


まだ気温は上がっていないが、緊張のせいか、

身体がじっとりと汗をかいている。


いよいよだ。


「おじ様、警戒しておいてくださいね。」


「分かっている。」


オレたちが街道のど真ん中に立ちふさがっている。

ゆっくり進んできた帝国軍の先頭を行く騎馬の騎士が、

制止の合図を手で送り、帝国軍たちは

オレたちより50mほど離れたところで止まった。

そのまま突っ込んでこないか警戒していたが、

立ち止まったところを見れば、すぐに襲ってはこないようだ。

グルースの作戦通り、交渉の余地があるのか。


ここからでは相手の気配は感じられない。

本当に、騎士3人と町長の、その4人だけで来たのか?

30m以上離れた場所に他の帝国軍が待機しているのかもしれないが、

ここはかなり見晴らしがいい草原だ。

今のところ、ほかの帝国軍が移動してきている様子はない。


先頭の騎馬が第二騎士団の団長だったか。

どうりで、タダ者ではない風格を感じる。

他の騎士たち同様、真っ黒な鎧に、

頭のてっぺんに槍の刃が付いているようなかぶと

顔まですっぽり覆う仮面があるから顔が分からない。

防御が高い装備、『フルプレートアーマー』というやつだ。

そして鎧から覗かせている腕には無数の傷、そして筋肉の太さ。

歴戦の猛者もさの証だ。離れていても威圧感がすごい。

騎士団の団長が出張ってきているぐらいだから、

ほかの騎士2人も、相当、腕がたつのかもしれない。


「これからしばらくは、お互いの名前を呼び合うのをやめてくれ。

バンダナで素顔を隠していても、名前から素性を特定されてしまうからな。」


グルースが小声で、そう注意してきた。

オレたちは黙ってうなづく。

名前を呼び合うのを禁止か・・・どうやって呼び合えばいいのやら。

これも、もっと早く言ってほしかったな。


騎馬に乗っていた騎士が、ドスっと降り立つ。

馬車に乗っていた騎士たちも降り始めた。

グルースの父親も、のそのそと降り始める。

相手側も、すぐに戦う意思はないのか?


それにしても、あの先頭の騎士の立ち姿・・・

何か違和感を感じる。


「よくも俺たちを売ってくれたなぁ、親父ぃ!!」


馬車から降りてきた父親の姿を見て、グルースが先に叫び出した。

離れているから叫んだのではない。

グルースの怒気を感じる叫び声だ。

交渉すると言っていた割には、かなり強気だな。


「売るも何も、お前が、反乱軍なんぞやっているからだろ!

分かっているのか!? 反逆罪なんだぞ!

俺の忠告を無視したせいで、こうなったんだ! グルース!」


町長の方も負けていない。

これでは数日前の、町長の家の前での親子喧嘩の再現だ。

それに・・・同じく息子を持つ父親として、

町長の叫び声を聞けば、若干じゃっかん、町長の話にも一理あると感じる。

グルースにはグルースの正義があるだろうが、

この国の法を破っている事実があるから、グルースの分が悪い。


「それに、なんだ!?

そこにあるのは、『クリスタ』の『カラクリ人形』だろ!

町の重要文化財だぞ! 勝手に持ち出すな!」


さっそく『カラクリ人形』について指摘されている。

3mほどの大きな緑色の物体が、

街道のど真ん中に突っ立っているんだから、目立って当然だ。


「あぁ!? エギーは、町の物だが、

親父の所有物じゃねぇだろ! 指図するな!」


ちょっと指摘されたぐらいでは、グルースはひるまない。

しかし、これではグルースの言っていた交渉とは程遠い。

また、以前と同じ平行線の話し合いになっている。


「おっ、ゴホゴホッ! おいおい、貴様ら!

勝手に親子喧嘩を始めるんじゃねぇ!!」


「!」


いきなり先頭の騎士が大声で、グルースたち親子を怒鳴りつけた!

その声は、野太い男の声だったが、少し年老いている感じがする。

もしかして、オレと同等、もしくはそれ以上の老いぼれか?

いきなり大声を出そうとしたから咳き込んでいるようだったが、

しかし、これだけ離れていても怒気を感じた。


「た、大変、失礼いたしました、菊池様。」


「おぉ、分かればいいんだ、分かれば。」


町長がすぐさま頭を下げて謝っている。

菊池と呼ばれた騎士の機嫌もすぐに直った。


「・・・。」


グルースのほうは押し黙ってしまった。

あいかわらず町長のことを睨んでいるが、

帝国軍の騎士団長に怒鳴られては下手に口を開けないか。


「あ、あっ、んんっゴホッゴホ! あー、貴様らが

反乱軍の『ポ』・・・『ポ』・・・ナンチャラかぁ!?」


「・・・。」


菊池という騎士が、こちらへ向かって質問しているが、なんともひどい質問だ。

あいつ、オレと同じで長ったらしい名前を覚えられないようだな。

反乱軍の名前を『ポ』しか覚えていないとは・・・。

いや、オレも覚えていないから、人の事は言えないが。


「『ポステリタス』だ!」


「ん、そう、それだ! それで間違いないんだなぁ!?」


「あぁ、そうだ。」


「んあ!? そうだって言ったか!?

若ぇくせに、声が小さいっ!

もっとデケェ声で言え! かぶとのせいで聞こえにくいんだ!」


「っ!」


菊池という騎士は、かなりマイペースなやつだな。

そして、やはり老兵という感じがする。

耳が遠いなら兜を脱げばいいのに。

自分の都合に相手を合わせさせる感じが、

いかにも年寄りっぽい。・・・オレもあんな感じか。


「あー・・・。」


「グルース、よく聞け!」


「親父・・・!」


「お前の愚行のせいで、

『クリスタ』の町が戦地になるところだったんだぞ!

それを、この菊池様の計らいで、

穏便に済ませてくださることになったんだ!」


「!?」


騎士が何か喋り始めようとしていた時に、

町長が騎士よりも前にしゃしゃり出てきて、そんなことを言い出した。

あの騎士に叱られたばかりだが、今度は騎士が町長を止めない。

それよりも、なんだ? 穏便に済ませるとは?


「穏便っていうのは、どういうことだ!?

俺の仲間に手出ししないし、町には侵攻しないということか!?」


グルースが、交渉しようとしていた内容を話し始めている。

きっと町長の言っている穏便とは違う内容だと思うが。


「そうだ! お前の罪も見逃してほしいと頼んだが、

やはり、それはダメだった。しかし、その代わり、

反乱軍に加担したお前の仲間たちも、『クリスタ』の町も

見逃してくださることになった!」


「!」


思わず、耳を疑った。

意外にも、町長の穏便に済ませるという話の内容が

グルースの思惑通りだというのか!?

帝国軍の目的は、反乱軍の撲滅ではなかったのか?

そんな温情ともとれる処遇を帝国軍が?


「じょ、条件はなんだ!?

そんなうまい話が、無条件なわけがないよな!?」


「条件は・・・反乱軍のリーダーの逮捕だ!」


「・・・!」


それは、つまりグルースだけ捕まればいいということか。


「な、なぁ? 町長の言ってることって、

グルースの計画通りじゃ・・・ねぇのか?」


シホは混乱し始めている。いや、シホだけじゃない。

グルースも含めて、みんな混乱し始めていた。

グルースの計画では交渉は失敗に終わる予定だったのだ。

これでは交渉が成立してしまうことになる。

これは・・・いい事なのか? 悪い事なのか?


「もちろん、お前だけじゃない!」


「え!?」


「俺もいっしょだ!」


「!!」


「俺とお前がいっしょに捕まることによって、

ほかの反乱軍のメンバーは罪に問われず、無罪放免!

『クリスタ』も罪に問われない。

さらには『クリスタ』の税率が軽減され、

一度撤退された騎士団が帝都から町へ戻ってくる!

もう『ゴブリン』の脅威に、町民が悩まされることが無くなる!」


町長が興奮気味に喋っているが、興奮するのも、うなづける。

普通に考えて、こんな好条件は有り得ない。

本来なら、反乱軍は反逆罪で一人残らず極刑を免れないだろう。

それに、あの町長・・・息子のために自分が捕まることを臆していない。

最初から覚悟して、あの騎士と交渉したのだろうな。


「そ、それは本当なのか!? 親父!」


「あぁ、本当だ! この菊池様が約束してくださった!」


「・・・。」


興奮している町長が、騎士に頭を下げながら、

そう言って力説している。

菊池と呼ばれた騎士は、顔を兜の面で覆っているため、

その表情は分からないが、黙って2人のやり取りを聞いている。

町長の勝手な作り話ならば、あの騎士が黙っているはずが無い。

この国の騎士との約束なら、間違いないのか?


「俺とお前が捕まるだけで、

お前の仲間たちや『クリスタ』が救われる!

そして、捕まった後、俺たちの刑も

減刑してくださるとも言っていただけたのだ!」


「そ、そんな・・・ことが・・・!?」


町長から聞かされる好条件に、戸惑うグルース。

それが本当なら、グルースの作戦を実行するまでもなく、

おとなしく捕まった方が、全てが丸く収まる気がしてくる。

いや、捕まったらダメなのか?

町長の話は、どこまで信用できるんだ?


「おい、これって交渉成立しちゃうんじゃないか?

この場合、どうすんだ? 俺たち、逃げなくていいのか?」


「わ、分からなくなっちゃった・・・。」


「せ、拙者も・・・。」


「・・・。」


シホもファロスもニュシェも、混乱している。

そして、混乱しているのはオレたちだけではなかった。


「ちょ、ちょっと待て!」


「うわっ!」


「お、親父!」


その時、突然、町長の後ろで黙って聞いていた騎士2人が、

町長を後ろから引っ張って、町長を後ろへと下がらせた。


「んんっゴホッ、なんだ?」


「き、菊池団長! 今、こいつが言ったことは本当ですか!?」


「聞いてませんよ! 反逆罪のこいつらを生かしておくなんて!」


「!?」


まさに、寝耳に水といった感じで驚き、騒ぎ始めた騎士2人。

そんな重要なことを部下たちに教えていなかったのか?

それとも、その条件は団長と町長だけの裏取り引きだったとか?


「はぁ~・・・町長、お前なぁ・・・。」


菊池団長と呼ばれた騎士は、呆れたような、深い溜め息とともに、

町長に文句を言いそうになっている。

それまで町長に好き勝手、喋らせていたくせに今さら叱るのだろうか?

だとしたら、町長の話の内容は間違っていたのか?


「・・・いきなりバラすんじゃねぇよ。」


「え?」


「!?」


それは、一瞬の出来事だった!


ジャキキッ ドス! ドスッ!


「ぁ! がっ!?」


「ぐぁ!」


菊池という騎士が、素早く両手で、2人の騎士の腰から剣を抜き、

その剣で2人の腹部を同時に貫いた!!


「なっ!?」


「え? え? えぇ!?」


「な! なにやってんだ、あいつ!?」


「!?」


ドサッ ドサ


その場に倒れる騎士2人! 仲間割れか!?

ここからでは、はっきりと見えないが、

菊池という騎士は、鎧の構造を熟知しているのだろう。

寸分たがわず、鎧の繋ぎ目に剣を突き通している。

あの素早さで、あの正確な突き。

腹部から斜め上へ突き上げるように貫いているから、

騎士たちは、一瞬で絶命したと思われる。


「んんっ、ここまでの荷物運び、ご苦労だった。

ゆっくり休んでくれ。げひゃひゃひゃっ!」


何が面白いのか、菊池という騎士が

そんなことを言って、カンに触る笑い声をあげた。


「き、き、き、菊池っ様!?

こ、こ、これは・・・ど、どういう・・・?」


一番近くで、その惨劇を見ていた町長が

声を震わせて、菊池に聞いている。


「親父ぃ! そこから離れろぉ!」


この場の誰もが、菊池という騎士の、

突然の行動に理解が追いついていないが、

同じ騎士団の仲間を、自分の部下をいきなり殺すなんて、明らかに異常だ!

危険を察知して、グルースが町長へ逃げるように叫んだが、


「うがっ!」


「!」


遅かった!

町長の目の前にいた菊池が、

町長の服の胸元を鷲掴み、町長を軽々と持ち上げた!


「うっ! ぐっ!」


持ち上げられた町長が、ジタバタと抵抗しているが、

完全に足が地面から離れているし、菊池の強くて太い腕一本は、

町長の腕力でどうにかなるものではない。


「お、親父ぃ!」


「動くなぁ! ごほごほっ!

ぃ、今、丁寧に説明してやるから、近寄るんじゃねぇ!」


「ちっ!」


助けに行こうとしたグルースに気づき、菊池が叫んだ。

町長が人質にとられた!?

50mほど離れているから、オレたちが近づくよりも早く

町長は殺されてしまうだろう。

グルースも、オレたちも下手に動けなくなった。


「あー、んっんっ!

俺はよぉ、まどろっこしい説明はいつも省いてるんだ。

だって、今から死ぬやつに説明したって無駄だろぉ?

でも、今回だけは特別だぁ!」


「!!」


やばいことになった!

あの菊池という騎士・・・たった一人で

この場にいる全員を皆殺しにするつもりか!?


「うっぐっ! そ、そんなっ!

お、俺をだましたのか!?」


町長が苦しそうに、もがきながら

手足をジタバタさせて、菊池に抗議している。


「だます? 人聞きの悪いことを言うな、罪人がぁ!

利用してやったまでのことだ。」


「しょっ、正直に話せば、俺の息子を助けてくれるって!

うぐっ、俺の町を! 『クリスタ』の町も救ってくれるって!

や、約束・・・ぐっぅ!」


「っ! 親父・・・!」


胸元を絞められて苦しいのか、

それとも騙されたことが悔しいのか、町長は涙声になっている。


「あぁ!? 貴様の都合のいい条件ばかりで、

おかしいと思わなかったのか!?

俺もよぉ、頭はいいほうじゃねぇけどよぉ・・・

そんな話が出てきたら、さすがに気づくぞ?

こいつは信用できねぇってなぁ!」


「あいつ・・・!」


菊池の話に、グルースが完全にキレている。

腰の布袋に入っていたナイフを取り出し、


「ま、待て!」


「親父ーーー!」


ダッ!


ついにグルースが走り出した!


「ま、待つでござる!」


すぐさまファロスがグルースのあとを追う!

しかし、グルースが

50mほど離れている菊池と町長の元へ至るには時間がかかる!


「ゴホッ! ほれ、見てみろ。

貴様の育て方が悪いから、俺の説明を待つことも出来ん。

息子の罪は、親である貴様の罪だ。

反逆者は、例外なく極刑に処す!

息子を反逆者に育て上げた、貴様も重罪!

貴様が仕切っている町も重罪!」


「ぐっ! そ、そんな! 出鱈目なっ!」


ちょうど10m走ったところで、

ファロスがグルースを羽交い絞めにして止めた。


「は、離してくれ! 行かせてくれ!

親父が! 親父がぁ!」


「グ、グルース殿っ!」


止められたグルースが必死になって、

ファロスの腕を振りほどこうとしている。

一見すると、グルースがナイフを振り回していて

危ない場面ではあるが、しかし、

グルースの実力ではファロスを傷つけることはできないし、

ファロスの腕を振り払うこともできない。

あの実力で、あの菊池に挑むのは無謀過ぎる。


「重罪は極刑によってのみ償われる!

安心しろ。貴様の次は、あの息子だ。

そして、そのあと、

貴様の町の全員が後を追うことになるだろう!」


「やめっ、やめてくれぇぇぇ!」


菊池が町長の首を両手で絞め始める!


「グ、グルゥスっ! 逃げッ・・・!」


ゴッキン!!!


「っ!!!」


やりやがった!

町長の首の骨が折れる音が、ここまで響いてきた!

菊池が、町長の首をへし折った!

この距離だ。やつが町長を捕まえた時点で、

オレもファロスも、誰もが間に合わなかったのだ。


「くそっ!」


怒りがこみ上げてくる。


「親父ぃぃぃーーー!!!」


グルースの悲痛な叫び声が響く中、


「ここまでの道案内、ご苦労だったな! げひゃひゃひゃ!」


ドサッ


そう言って、菊池は町長をゴミのように

地面に倒れている騎士たちの上へと放り投げた。


「このっ! 外道がぁぁぁぁぁ!!!」


ダッ


「え!?」


「!!」


その瞬間、グルースを取り押さえていたはずのファロスが、

いきなり激高し、菊池へ向かって走り出した!

グルースと違って、足が速い!


「ファロス!」


チャキッ


ダメだ! オレの声が届いていない!

完全に怒りで我を失っているようだ!

もう刀を抜いて、一直線に菊池へと向かっていく!


そうか、ファロスにとって父親は絶対的な存在。

町長を自分の父親と重ねて見ていたのか。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ