鈍足の一行
オレたちは、町からある程度離れたところで、
グルースともども、あの反乱軍のバンダナで口元を覆い始めた。
これで、どこから見ても、オレたちはグルースの仲間。反乱軍だ。
ギギギギギィ・・・ ギギギギギィ・・・
『カラクリ人形』の動きは遅い。
なんというか、のろまな亀のようだ。
命令してもこれ以上、早く動けないとなると・・・
グルースには悪いが、このままでは戦闘でも役に立ちそうにない。
「おじ様、グルースさん、今のうちに作戦の確認を。」
「あぁ、そうだな。」
「あぁ。」
木下がグルースの作戦の確認を始める。
グルースの作戦は、現状で使えるモノを使って、逃走し、
帝国軍をおびき寄せて、町から離れさせるという作戦だ。
最終的に、グルースを無事に逃がすことがオレたちの目的だ。
使えるモノというのは、この『カラクリ人形』と・・・
こいつの中では、オレたちも含まれている気がしている。
「グルース殿は、てっきり馬を用意していると思ったが・・・。」
「あ、そうだ、言うのを忘れていた! 馬は人数分、用意してある!
帝国軍を待ち構える場所に待機させてある。
最初から馬で行こうと思っていたくらいだが・・・。」
ギギギギギィ・・・ ギギギギギィ・・・
グルースはゆっくり動く『カラクリ人形』を見て、溜め息をつきそうになっている。
最初から馬だったら、この『カラクリ人形』はついてこれなかっただろう。
それにしても、グルースは用意周到だ。
昨夜、オレたちが寝ている間に、そこまで準備していたとは。
一人じゃなく仲間たちと準備したのかもしれないが、
そこまで想定して準備できていることがすごい。
「ん?」
オレの袖をニュシェが引っ張ってくる。
「おじさん、あたし、馬に乗ったことないよ?」
「そ、そうだったのか?」
うっかりしていた。
ニュシェの村では乗馬は教えていなかったのか。
いや、村の外との交易なども遮断して生活していただろうから、
そもそも移動手段として馬を使うという習慣が無かったのだろう。
馬車に乗ったのも、この旅で初めてだったからな。
「シホは二人乗りできるか?」
「あぁ、大丈夫だ。姉さんとよく乗ってたからな。
ニュシェ、いっしょに乗ろうぜ。」
「うん!」
これで、ひとまず馬は・・・
「ん?」
今度は、木下に袖を引っ張られたが、まさか?
「おじ様・・・私も乗馬はちょっと・・・。」
「・・・はぁ。」
お嬢様なら乗馬を嗜んでいるかと思ったが、
こいつは箱入り過ぎだな。
「仕方ない。オレの後ろに乗せてやる。」
「あ、ありがとうございます。」
木下がホッとしてお礼を言う。
「あー、そういうわけで、すまない、グルース殿。
馬が2頭ほど無駄になってしまったが・・・。」
「あぁ、問題ないぜ。
もともと乗り捨てるための馬だから、
俺たちが逃げる時に、いらない荷物でも載せて
勝手に走らせておけば、それも囮になる。」
なるほど。
以前、グルースは逃げるのが得意だと
冗談ぽく言っていたが、あながち冗談ではなかったようだ。
それにしても、馬を乗り捨てて使うとは・・・
なんとも豪快な金の使い方をするものだ。
「もうすぐ目的地だが、歩きながら
これから、昨夜伝えきれてなかった作戦の詳細を伝える。」
グルースが真剣な表情になって話し始めた。
「作戦は、まず、街道の真ん中で俺たちが帝国軍を待ち構える。
そこで・・・一応、相手と交渉してみるつもりだが、
おそらく失敗するだろう。交渉決裂したところで、
帝国軍が動き始めたら、『カラクリ人形』の出番だ。
ただ、エギーは『カラクリ兵』じゃなくて『カラクリ人形』だ。
戦闘向けじゃないから、エギーが出来ることは
帝国軍の進軍を邪魔することだけになる。
エギーが帝国軍を止めている間に、俺が煙幕を張り、
その混乱に乗じて、俺たちは馬に乗り、東へ向かう。
逃げる先は、ここから東の町『フルーメン』だ。」
グルースが作戦の流れを説明してくれたが、
ひっかかる部分があった。
「待ち伏せの目的地はもう近いのか? このままでは
帝国軍のほうが先にこちらへ向かってきてしまうかもしれないぞ?
それと、交渉というのは? 何を交渉するつもりだ?
おそらく、このバンダナをしている姿で見つかった時点で
帝国軍は有無を言わさず突っ込んでくると思うが?」
帝国軍の目的が、反乱軍の撲滅ならば、
グルースが見つかった時点で、
話し合う間も逃げる間も与えてくれないはずだ。
ギギギギギィ・・・ ギギギギギィ・・・
もうすぐ待ち伏せる目的地なのだろうが、
このままでは帝国軍のほうが早いのではないかと焦る。
昨日から時間が無いと焦っていたグルースだが、
今はそれほど焦っていないように見えるのが、気がかりだ。
作戦のカギとなる『カラクリ人形』が、この有り様なのだから、
今さら急ぐこともできないが。
「あー、えっと・・・昨夜はどこまであんたらに話したんだっけ?
とにかく、あの食事の後、夜中のうちに、
最新の情報が仲間から届いたんだ。
帝国軍は、ゆっくりこちらへ向かっているらしい。
だから、目的地へは俺たちの方が先に着くと思う。
交渉は・・・俺は・・・もうジタバタしないと決めた。
覚悟を決めて、話し合うつもりだ。」
「?」
ギギギギギィ・・・ ギギギギギィ・・・
そう言って、真剣な表情で『カラクリ人形』を
見つめているグルース。
帝国軍がゆっくり来る?
肝心な情報を言わなかったようだが、
何を覚悟したのか? それを問おうとしたが、
ヒヒィ・・・ ブルルルルッ
「!」
この気配は動物? かすかに聞こえたのは馬の鳴き声?
「あ、このあたり・・・、ここだ!
ここが作戦の目的地だ。ここで帝国軍を待ち伏せる。
ふぅ・・・やっぱり、帝国軍より早く辿り着いたな。」
「ここで待ち伏せか。」
陽はすでに東側から昇り始めていた。
まだ早朝の涼しい空気を感じるが、
陽の光に当たっているだけで、すでに暑くなってくる。
町から北東へ向かって歩いてきたが、1kmも歩いていない気がする。
ここへ来るまでに、道の脇に、首が無い『ゴブリン』たちの死骸が転がっていた。
本当に、どこにでも転がっているなぁ。
ここで待ち伏せるのか。
「あの大きな岩の裏にある大きな木に、馬たちを繋げてある。」
そう説明してくれるグルース。
オレたちが歩いて来た街道の左右は、見晴らしのいい草原が続いているが、
あちこちに岩や木々が、無造作に点在している。
グルースが指さした岩は、たしかに他よりも大きな岩で、
馬たちが隠れるにはぴったりだ。距離的には、30m離れているようだが。
ギギギギギィ・・・ ギギギギギィ・・・
俺たちが立ち止まっても、まだ動こうとする『カラクリ人形』。
「えーっと、『止まれ』!」
ギギ、ギィ・・・
グルースの命令で『カラクリ人形』が止まった。
「本当に、人の声に反応するとは・・・。」
ファロスが不思議そうな目で『カラクリ人形』を見ている。
「本当に、不思議だよなぁ。
ここまでも、ちゃんと俺たちの後をついてきたし。」
「そうですね。
こんな技術が数百年前からあるなんて。
でも、特殊な命令ができないのは難点ですね。」
シホも木下も『カラクリ人形』を見ながら感心している。
オレも感心はしているが、
こいつが戦闘に役立つかどうか、今も半信半疑だ。
「ここまで来るのに、けっこう時間が経ってるけど、
帝国軍の姿はまだ見えないな。」
シホが北東へ続く街道のはるか遠くを見て、そう言った。
「・・・馬の声がここまで聞こえてしまうな。」
馬たちが隠れている岩までは、約30m。
オレが気配を感じ取れるギリギリの距離だが、
これだけ離れていても、耳を澄ませば
馬の鳴き声や呼吸は聞こえてくる。
当然、帝国軍にも早々にバレてしまうだろう。
「それも仕方ないさ。飼い慣らした馬じゃないからな。」
グルースの真剣な表情は変わらない。
昨日の今日で、完璧なものを揃えることは無理な話だろう。
これでも良く準備できている方だと思う。
「もう仲間たちは町を出て行ったのか?
この前みたいに、こっそりついてきてないか?」
「あぁ、それなら大丈夫だ。
俺からの最後のリーダー命令だからな。
あんたらが出入り口の石門に現れる前に、
仲間たちが石門から出て行くのを見届けたから、
あいつらがここに来ることは無い。」
以前のように、グルースを心配して尾行してこないかと
確認してみたが、グルースが意外なことを言い出した。
「最後?」
「ん? あぁ、すまない。昨日の今日で、
俺の方も情報が多すぎて・・・あんたらには伝えきれていないんだが、
俺たち『ポステリタス』は、昨日で解散したんだ。」
「え!? 解散!?」
シホが驚く。いや、オレも驚いた。
「あぁ・・・これもリーダーとしてのケジメってやつさ。
最初から、帝国軍に目を付けられたら解散するって話だったからな。
捕まるまでとか、処刑される最期の最後までとか、
信念を貫く覚悟が俺にはあるけど、
それを大切な仲間たちにまで押し付けることはしない。
仲間たちの命が一番大事。そして仲間たちの大切な家族たちの命が大事。
大切な人たちを守るための反抗運動だったんだから、
その命を犠牲にしてまで運動を続けるつもりはない。
そうなったら本末転倒だからな。」
なるほど。聞けば納得だ。
グルースの反乱軍が武装していなかったのも、
反抗運動の本質を履き違えないためか。
「なんというか・・・。」
オレは言葉を詰まらせた。
反乱軍とはいえ、組織として活動してきたものが
急に解散したのだ。
リーダーとしての役割はまだ残っているかもしれないが、
居場所を急に失った気持ち・・・
自分がリストラされた時のような気持ちになる。
「あぁ、そんな深刻な顔しなくてもいいぜ、佐藤さん。
俺は・・・まだ終わってないんだからな。
この大事な局面を生きて乗り越えれば、きっと、
また仲間たちと再会できる。
俺が生きている限り、仲間たちがいる限り、
何度だって反乱軍は再結成できる。」
「・・・そうだな。」
グルースは、どこまでも前向きな姿勢を崩していなかった。
オレが勝手に後ろ向きな気持ちになってしまったのは、
やはりオレの精神のほうが弱いからだろう。
一瞬でも、こいつと自分は同じだと思ってしまったのは
こいつにとって失礼にあたるよな・・・。
仲間か・・・。
ちらりと周りを見れば、このパーティーの仲間たちがいる。
しかし、グルースたちのような信頼関係が築けているか?と問われれば、
とてもじゃないが、胸を張って答えられない。
嘘と秘密で、無理やり仲間たちを繋ぎとめている関係・・・。
一度でも解散してしまえば、グルースたちのように
もう一度結成できる自信はない。
素直にすべてを話し合えれば・・・。
つくづくオレは自分が『特命』を果たす器じゃないと感じた。
「グルースさん、先ほどおっしゃっていた
最新の情報というのは、他にもありますか?
こちらへ向かっている帝国軍のだいたいの規模は分かったのですか?」
「あぁ、だいたいの規模は分かった。
こちらへ向かっている帝国軍は、馬車が2台、騎馬が一騎、
騎士は3人、そしてもう一人・・・
あんたらには話していなかったが、
うちの仲間に内通をそそのかしたやつがいてな。
そいつが・・・今、帝国軍とともに、
こっちへ向かって来ているんだ。」
「き、騎士がたった3人?」
木下の質問にグルースが答えたが、
敵の規模が、あまりにも少ない。
グルースたちが武装していないからって、
少々、ナメすぎているんじゃないか?
もしも、グルースたちが町に潜伏していたら、
騎士3人だけでは町中を捜索するにしても時間がかかるだろう。
帝国軍は人員が足りていないのか?
「その馬車に騎士たちが大勢乗っているのでは?」
「いや、荷台に人の姿は確認できなかったらしい。
何やら荷物がいっぱいだとか。」
オレの指摘に、グルースが答える。
本当に騎士は3人だけらしい。
「相手が3人だけならば、逃げるまでもなく、
無力化することもできそうでござるが・・・。」
ファロスがそう言った。
オレも、そう考えてしまう。
オレたちの実力ならば、騎士3人ぐらい、なんとかなりそうな気がする。
「いや、手を出すのはマズイ。
俺はすでに反乱軍のリーダーとして、反逆の首謀者の罪は免れないが、
あんたらは違う。あんたらは、そのバンダナで顔を隠している間だけ
反乱軍に加担している仲間として見られるわけだが、バンダナさえはずせば
帝国軍も、すぐに探すことはできないだろうし、本気で探すこともないと思う。
しかし、手を出したとなれば話が変わってしまう。
顔が分からずとも、身長や体格などの特徴を頼りに
重罪人として、やつらも本気であんたらを探し始めてしまう。
それだけは避けたい。」
「う、うむ。」
グルースの言う通りだな。
安易に手を出せば、この国に喧嘩を売ってしまうことになる。
「ちょっと馬の様子を見てくる。」
「あ、俺も。」
グルースが岩の方へ歩き出し、そのあとをシホがついていく。
オレもついていこうかと思ったが、シホの後ろを
ファロスがついていったので、やめておいた。
やはりファロスは気の利くやつだ。
それとも・・・シホとグルースを2人きりにしたくなかった?とか?
いや、それはないな。
ファロスは、ただシホの身を案じただけだろう。




