窮鼠、何を思う
「ど、どういうことか説明してください。」
「俺の依頼を受けてくれるのか?」
「内容を聞いてから判断します。」
木下は強気でグルースに説明を求めているが、
オレのカンでは、グルースの話を聞いてしまった時点で、
やつの依頼は断れない気がしてきた。
それほど、やつは頭がいい。
「では、説明しよう。
今から『カラクリ人形』へ試しに魔鉱石を入れてみるが、
さっきも言ったように、本当に動くかどうかも分からない。
俺も、そこまで大きな期待をしているわけじゃないからな。
あの人形は大昔から、あの状態だったわけだから、
うまく動いたとして、帝国軍の足止めになれれば上出来だ。
たぶん追い払うことは不可能だろう。
最悪の場合、あれが動かないまま、
俺は明日、一人で帝国軍の足止めをすることになる。」
「・・・。」
楽観的で前向きな予想ばかりのグルースだと思っていたが、
やはり反乱軍をまとめあげているリーダーだ。
なかなか現実的な予想もできている。
「帝国軍の目的が、『ポステリタス』のリーダーである俺だけなら
俺の命ひとつで仲間たちや町を守ることが出来るだろうけど、
やつらの目的は、反乱軍の撲滅だ。
だから、俺が捕まったり、その場で処刑されようとも、
帝国軍は止まらない。町へ入って、他の仲間たちを探すために
町中をめちゃくちゃにするのは目に見えている・・・。
だから、俺がやつらを足止めする。」
「足止め、ですか。」
木下が不服そうな声を出す。
「あぁ、作戦の第一段は、あの『カラクリ人形』を動かすことだ。
それが成功しても失敗しても、たぶん帝国軍は退けられない。
そこで、作戦の第二段。
俺が、あんたらに守られながら帝国軍の前から逃げ出す!
町とは反対方向へと逃げれば、
町から帝国軍を引き離すことが出来る・・・と思う。」
「そんなことが簡単に・・・。」
木下がグルースの作戦を否定しようとしたが、
「簡単じゃないのは分かっている!
でも、もう代案を練る時間が無い!」
切迫したグルースの声が響いた。
「俺はあんたらの強さを知っている!
・・・あんたらにとっては問題に巻き込まれることになるが
仲間たちを逃すため! この町を守るため!
俺の作戦に乗ってほしい! これは、俺のお願いだ!」
「・・・。」
グルースの必死な頼み込みに、
正直、心が揺らいでしまっている。
仲間たちや町を守るという大義名分を理由にされては断りにくい。
だからと言って、快諾する気にもなれない。
『ヒトカリ』の傭兵として、
帝国軍と事を構えるのは避けなければならない。
「はっきり言って、グルースさんの作戦は
確実性がなく、成功率が低く感じられます。
そもそも、この町が反乱軍の拠点であることが、
帝国軍にバレているのであれば、グルースさんの作戦で
帝国軍を遠ざけたとしても、それは一時的なもので、
グルースさんが逃げ切った後、帝国軍の町への侵入は避けられません。」
「それは・・・。」
木下が、グルースの作戦の弱点を突いた。
グルースもすぐに反論できない。
分かっていたのだろう。
「第一、私たちに利点がありません。
私たちは『ヒトカリ』の傭兵であり、あなたの直属の部下でもなければ、
反乱軍の一員でもありません。この町の住民ですらない。
帝国軍がこの町へ侵入して、町がめちゃくちゃになる前に、
私たちも町を出るべきでしょう。」
「うーん・・・そうだな。こればっかりは・・・なぁ。」
木下の話に、シホも相槌を打つ。
「ま、待ってくれ!
これは俺の依頼だから、作戦が達成できれば、
もちろん報酬金を出す!
『魔鉱石採掘』の倍の報酬金を出そう!」
「うおっ!」
グルースの必死な交渉に、シホがさっそく心を動かされている。
こいつは良くも悪くも現金なやつだな。
「しかし・・・!」
「それに・・・確かにあんたらの利点は少ないが、
俺の願いを聞かないと、損をすることになる。」
ここにきて、グルースが脅しのような話をし始める。
なりふり構っていられないという感じだ。
「損? どんな損だ?」
「帝国軍がこの町へ侵攻すれば、俺が住んでいた家、
つまり、町長の屋敷にも帝国軍の手が及ぶことになる。
家の隅々まで調査され・・・財産没収や差し押さえ、
最悪、屋敷を破壊されるかも分からない。
そうなったら・・・あんたらへの報酬金は払えなくなる。」
「そんなっ!」
グルースの揺さぶりに、木下が驚く。
まさか、そんな展開になるとは・・・。
「い、今すぐ町長さんの家へ行って、
この依頼書を執事の方へ・・・!」
「あいにく、そんな大金、屋敷には置いていない。
その依頼書を執事が確認してから、執事が銀行へ行き、
お金をおろしてくることになるが、
この時間、もうすでに銀行は閉まっている。
そして、帝国軍がこの町へ到着するのは、
銀行が開店する前の、明朝だ。」
「そ、そんな・・・!」
「くっ・・・。」
なるほど、考えたな。
グルースの言っていることが、本当かどうかは確かめようがない。
町長の家へ行って、執事に確認すればいい話だが、
執事がグルースと口裏を合わせることも考えられる。
それに、話が本当だった場合、オレたちにはどうすることもできない。
こんな展開になるなんて、偶然なのだろうが、
その偶然すらも自分の味方にするなんて・・・グルースめ。
「ふぅ・・・本当に時間が無いようだな。」
「おじ様・・・。」
木下が助けを求めるような視線をオレに向けてくるが、
オレは首を横に振った。
この状況は、どう考えてもひっくり返せない。
「帝国軍は、この国の中心部から来るのか?」
「あぁ、『帝都・ソウガ』からやってくる。
この町までは半日かかるはずだから、
明朝までにここへ来るのなら、
今晩のうちに、やつらは『帝都』を出発するはずだ。」
「なるほど。」
半日かかって、こちらへ来る帝国軍。
最速でこの町の反乱軍を叩くつもりなら、大軍での移動はしないはず。
ならば、ここへ向かってくる帝国軍の規模は、
せいぜい100人以下の少数精鋭か・・・。
ここの反乱軍は武装していないという情報も伝わっているだろうから、
もっと少ない小隊かもしれない。
相手が大軍じゃないなら・・・こちらにも勝機があるかもしれない。
「どうやら、グルース殿の思惑通りになるしか道が無いようだな。」
「はぁ・・・。」
オレがそう言ったら、木下が盛大に溜め息をついた。
オレに反論しないあたり、木下も頭では分かっているようだ。
「俺の思惑通りってわけでもないさ。
味方に裏切り者がいたり、帝国軍が押し寄せてきたりと、
俺が想定してなかった事態ばかりだ。
この想定外な事態を収拾するのに、
今の俺には、『カラクリ人形』とあんたらの力に頼るしかないんだ。
本当に助かる! ありがとう! イッ痛っ!」
グルースが席を立って、頭を深々と下げた。
傷だらけなのに、いきなりそんな動きをしたから、
体中に痛みが走ったらしい。
「さ、佐藤殿、本気で帝国軍とやり合うのでござるか?」
ここに来て、静観していたファロスが不安そうに聞いて来た。
たしかにグルースの話は、こちらに何ひとつ利点がなく、
むしろ傭兵としてやっていくのに帝国軍とやり合うのは、
オレたちにとって大損しかない。
「報酬金を諦めて、逃げる選択肢もあるんだが・・・?」
「そ、それは・・・うぅ。」
オレがちらりと木下を見たが、木下がうつむく。
大損をしないために、あえて損をするという選択肢もある。
『ゴブリン』討伐で得た報酬金でも、
かなり資金面では潤ったはずだが、それでも
この長く続く旅において、お金はいくらでもあっていい。
むしろ、足りないぐらいなのだ。
『魔鉱石採掘』の報酬金は、『ゴブリン』討伐よりも高額。
木下が無駄にしたくない気持ちも分かる。
それに・・・この町が帝国軍によって
めちゃくちゃにされるということは、少なからず
木下たち『ハージェス公国』のあの宿屋も、タダでは済まないかもしれない。
そして、
「この町を守ることは、あの病院を守ることにもなる。」
病院にも帝国軍の手が及ぶ可能性が高い。
そうなると、奴隷にされていた人たちや
あの『エルフ』のこともバレてしまう危険性が・・・。
「! そうでござるな。」
オレの一言で、納得したファロス。
あの奴隷だった人たちや子供たちを守るという
気持ちが強まったのだろう。
しかし、対人戦に弱いんだよな、ファロス・・・。
これも試練となるか。
「俺たちなら出来る!」
シホが、そう言ってファロスの肩を叩く。
ファロスが気合いの入った表情でうなづいている。
シホは、すっかりヤル気だな。
「うん!」
ニュシェも難しそうな表情で話を聞いていたが、
ファロスと同じく、気合いの入った表情でうなづいた。
「よし、それじゃさっそくメシにするか!
今夜こそは、俺に付き合ってくれるだろ?」
「おぉ、話が早いぜ!」
大事な話が終わったとばかりに、グルースが食事に誘ってくる。
シホはすぐに飛びついている。
「時間がなかったのではないですか?」
「今日は朝しか食べてなくてな。それに、明日も早朝から
逃げ回る予定だし、何か食べなきゃ体力が持たない。
あんたらも、そうだろ?
依頼を受けてくれた礼も兼ねて、今夜は俺の奢りだ。」
「おぉ!」
「いいえ、私たちは宿へ戻って・・・。」
「ここでじゃなくて、あんたらのオススメの店で食事しよう。
俺も、この町に長く住んでいるが、すべての飲食店に詳しいわけじゃないからな。
あんたらのオススメの店が気になる。ぜひ案内してくれ。」
木下が断ろうとしているのに、グルースがすかさず食いつく。
前回、断られた理由をしっかり覚えていて、
その対策を立ててきている感じだ。
このしつこさは・・・
あの『ダブルスパイ』のガンランを彷彿させる。
グルースの場合は、人懐っこい部分と、
この図々しさのバランスが絶妙なのかもしれない。
「でも・・・。」
「いいんじゃないか、ユンム。
世話になっている宿屋へ、新しい客を紹介できるし。」
「はぁ・・・おじ様がそうおっしゃるなら。」
「ははっ、ありがたい。楽しみだな。」
オレの助けでグルースと食事をすることになった。
木下としては『スパイ』の宿屋だから、
あまり人に知られたくない気持ちもあったのだろうが、
グルースを断る理由が思い浮かばなかったのだから仕方ない。




