貧乏な森のくまちゃん
オレたちが病院から出ようとして、入り口へ向かっている時に、
『ヒトカリ』の、あの窓口の女性と、ばったり会った。
「あ」
「どうも・・・。」
オレたちに気づいて、会釈する女性。
たしか、名前はエギーだったかな?
「エリーさん、こんにちは。
どなたかのお見舞いですか?」
木下が、すかさず挨拶している。
そうだ、名前はエリーだった。
エギーは、この町の入り口にある『からくり人形』の名前だったか。
ややこしい。
「いえ、見舞いではなくて・・・
身寄りのない子供の患者が運び込まれたって、
病院から連絡がありまして・・・。」
エリーはそう言いだした。
息子が行方不明だから・・・
病院へ、それらしき子供が運び込まれるたびに、
そういう連絡が入るらしい。
そういえば、先日、オレたちが助けた男の子が運び込まれた時も
すぐに病院へと駆けつけていたようだ。
「それで・・・息子さんは・・・?」
木下が遠慮がちに聞いてみたが、
エリーはうつむきながら首を横に振った。
この奥さんは、こうして子供が運び込まれるたびに、
病院へ駆けつけているんだろうな・・・。
「そうか。いなかったか・・・。」
シホが残念そうに言う。
昨日、洞窟で助け出した子供たちは、7人だったはず。
しかし、エリーの息子はいなかったようだ。
こうなると・・・エリーの息子は、残念ながら
本当に『ゴブリン』にさらわれた可能性が高くなった。
それは、生存確率がかなり低いことを指す。
もしくは、すでに・・・あの『炎の精霊』に攻撃された焼死体の中に・・・。
「あなたたちは?」
「私たちが子供たちをここまで運んだのです。」
「そ、そうだったんですか・・・。
それってつまり、あの、『アニマの洞窟』から?」
「えぇ、そうです。」
「こ、『小鬼』たちの住処は見つかりましたか!?」
「いえ、『ゴブリン』たちの住処は依然として見つかっていません。
私たちはただ、洞窟であの子たちを見つけただけです。」
「そ・・・そうだったんですね。」
あの子供たちを洞窟で見つけたのは嘘ではないが、
木下は、奴隷商人から助け出したことを言わなかった。
エリーが『ヒトカリ』の職員だから・・・、
『ヒトカリ』から貴族たちへ情報が漏れるのを防ぐためだ。
エリーは、悲しそうな表情でうつむいた。
エリーが落ち込んでいるのは、
あの洞窟に、自分の息子がいるはずだと思い込んでいるからだろう。
『ゴブリン』たちの住処が、あの洞窟にあって、
その住処に、自分の息子がいるはずだと・・・。
「・・・。」
少し沈黙が流れた。
木下が、これ以上言うべきか迷っているように見えた。
先日は、オレが単独で洞窟内を探索したし、
昨日、オレたちは『炎の精霊』を討伐して、
その奥まで行って確かめてしまっている。
オレたちがまだ探索していない坑道もまだあるだろうが、
あの洞窟に『ゴブリン』の住処がある可能性は、ほぼゼロに近い。
「では、これで。」
「えぇ。『魔鉱石採掘』、がんばってください。」
しかし、そのことを告げず、オレたちはそのまま別れた。
可能性だけの話を、あの奥さんにするのは無責任に感じた。
木下も、同じように感じたのかもしれない。
オレたちは、一旦、宿屋へ戻ってきた。
時刻は、もうすぐ昼時だったので、
今日は一階の食堂で、みんなで食事を始めた。
宿屋の食堂は、満席になっている。なんとも賑やかだ。
宿屋の出入り口には、数人ほど列が出来ている。
ここへ訪れた時は、行列ができるほどの人気はなかったはずだが、
ここ数日の間、人気になっているようだ。
それというのも、木下がこの宿屋に滞在し始めてから、
出される料理の味が美味しくなっているからだろう。
その評判が広まっているようだ。
「今日も予約してあるとか、ユンムさんはさすがだな。」
「えぇ、ここの料理が美味しいので、
毎日、予約したいほど気に入ってます。」
シホの言う通り、行列が出来るほどの食堂に、
オレたちは戻ってくるなり、受付の年老いた女性が
食堂のテーブルへと案内してくれたのだ。
テーブルには『ご予約席』というプレートが置いてあった。
木下が予約しておいたと説明してくれたが、
絶対、ウソだ。
ここが『ハージェス公国』の『スパイ』たちの宿屋であり、
木下が大臣の娘だから、ここの従業員たちが
オレたちを贔屓しているとしか思えない。
まぁ、そうと分かっていても、
こうして、すぐに美味しい料理にありつけるのだから
オレも文句はない。
みんな各々の好きな料理を堪能している。
オレは魚料理が気に入っている。
昨夜の焼き魚も良かったが、この煮魚も美味しい。
ファロスもオレと同じで魚料理が気に入ったようだな。
オレと同じ物を食べている。
シホとニュシェは唐揚げか・・・
いや、シホは唐揚げが大好物なだけで、ここに限らず
いつも唐揚げばかり食べているな。
あれだけ油まみれの鶏肉を食べているのに、
よく、あの細身の体を維持できているな。
木下が大好きなサラダを食べ終わったところで、
「さて、昼食後の予定ですが、
昼から『ヒトカリ』で『ゴブリン討伐』の依頼を受けたいと思います。」
「えっ!?」
「えーーー!?」
突然の木下の提案に、オレも思わず声が出た。
不満そうな声を上げたのはシホだった。
シホの口から唐揚げの欠片が、
見事にファロスの料理にまで飛んでいた。
ファロスが微妙に困った表情になっている。
「シホさん、声が大きいですよ。」
「いや、その、ごめん。
でも、ユンムさんが突然言うから・・・。」
シホの驚いた声は、たしかに大きかったが、
満席の食堂では周りの雑談の声の方が大きくて、
誰も気にしている様子は無かった。
「『小鬼』討伐は危なくないか?
だいたい、なんで依頼を追加で請け負う必要があるんだよ?」
「シホさんの言う通り、『ゴブリン』は
『ヒトカリ』でもBランク以上の傭兵に限定されている危険な依頼です。
でも、先日、あの『アニマの洞窟』内で、私たちは
『ゴブリン』討伐に成功してますし、おじ様は
たった一人で100匹近い『ゴブリン』を討伐してます。
つまり、私たちにとって『ゴブリン』討伐は・・・」
「おいおい、話を大きくするな。
オレが討伐したのは、数十匹だ。100匹じゃない。」
木下の話は、もっともらしく聞こえるが、
オレの話を誇張している。
だいたい、一人で討伐してきたわけじゃないのを
木下は知っていて、わざと誇張しているように感じた。
「話の腰を折らないでください、おじ様。
とにかく、私たちにとって『ゴブリン』は脅威ではないということです。
なので、追加で依頼を請け負っても本日中に達成できると思われます。
そして、なぜ追加で依頼を受けなければならないかというと・・・。」
そう言って、木下が自分の腰の布袋から
お金が入っていそうな小袋を取り出して、
「これが現在の・・・
私たちパーティーの旅の資金だからです。」
小袋の中には、あと数日の滞在だけで
消えていきそうな、10枚程度の金貨しか入っていなかった。
「えぇーーー!?」
「えぇ!? ウソだろ!?」
「こ、これは・・・!?」
木下以外の、4人が驚く。
「たしか数日前に、あの、『イノシシタイプ』討伐の報酬金を
分配したばかりじゃなかったか!? いったい、いつの間に!?」
信じられない。
あの報酬金で、しばらく金の問題は解決したはずだったのに。
「おじ様、お忘れですか?
この国は税金が高いから買い物は控えてくださいとお伝えしたはずです。
たしかに『アグリオ・グルノ』討伐達成の報酬金で、
おじ様たちの借金が完済できて、みなさんにも報酬を分配できて、
そこそこの資金、旅費が溜まっていましたが・・・
この宿屋の宿代と食費は、ほかの国と変わらないぐらいの
お値段ですが、そのほかの支払いでこれだけになりまして。」
「そのほかの支払い?」
「はい。
回復薬や魔力回復薬の購入費、そしてファロスさんの治療費と入院費、
おじ様が投げた鋼鉄の槍の購入費と、腰痛の治療費、
さらに、奴隷商人に囚われていた人たちの治療費と入院費、
例の『エルフ』の治療費と入院費・・・。
それで、残金がこれだけです。」
木下が、淡々と説明してくれる。
「あー・・・そうだったなぁ。」
「そっか・・・。」
「そうか、あの人たちの治療費と入院費か・・・。」
オレたちは瞬時に納得できた。
それほど派手に買い物をしたり、飲み食いしたりしていないのに、
オレたちパーティーの資金がここまで無くなってしまった理由。
そういえば、午前中に行った病院で、木下だけで受付と何か話していたようだったが、
その時に治療費と入院費を支払っていたのだろう。
あれだけ大勢の人たちの治療費と入院費となれば、
オレたちの金なんて、あっという間に消えるのも分かる。
ましてや、あの『エルフ』にかかる治療費なんて、
あの病院のすべての医者が関わっているというぐらいだから、
相当な請求額になったのだろうな。
「せ、拙者の治療費と入院費は、自分で・・・!」
「いいえ、ファロスさん。
私たちはパーティーであり、仲間です。
仲間が病気や怪我をすれば、当然、
パーティーの資金から、治療費が支払われるべきなのです。
もし、先にファロスさんが自費でそれらを払ってしまったとしても、
払ってしまった分を後日、パーティーの資金から補填させていただきます。
例外はありません。」
「そうだぞ、ファロス。
ファロスの腕が元通りになったんだから、
治療費なんて安いもんさ。」
ファロスは、自分で治療費を払いたいと
木下へ申し出たようだが、木下は却下した。
木下やシホの言う通り、ファロスだけじゃなく
この中の誰かが病気や怪我をした場合は
パーティーのお金をそれにあてる。
仲間として、それは当然だとオレも思う。
「少しは、おじ様を見習ってください。」
「え? オレを?」
「腰痛の治療費を自分で払おうともしない。
さも当たり前のように、パーティーの資金から
治療費を払わせているのです。
ファロスさんも、これぐらいの態度でいいのです。」
「おい!」
オレを責めるような木下の物言いに、思わず大きな声が出た。
ここが食堂であることを忘れていた。
周囲のテーブルの客たちが、ジロっとオレを見てきた。
オレは申し訳なく感じ、目が合った客たちに頭を下げる羽目に。
シホとニュシェがクスクス笑っている。
それにしても、木下のやつ・・・。
ファロスを説得するためとはいえ、
オレを悪者のように扱いやがって・・・。
だいたい、ファロスたちには内緒だが、
パーティーの資金は、みんなで稼いだお金だけじゃなく、
『ソール王国』からの支度金も含まれているのだ。
『特命』を受けているオレたちにとっては、
旅の間の腰痛の治療費も、そこから支払われて当然なのに。
「ま、まぁ、そういうわけだから、
ファロスも治療費のことは気にするな。
お前があの時、体を張ってオレたちを守ってくれたのだから、
パーティーの資金から治療費が払われて当然だ。」
「は、はい。
リーダーである佐藤殿が、そうおっしゃるのであれば。」
ファロスが納得してくれて、木下がふふっと笑った。
オレをダシにしておいて、自分の手柄と思っているのだろう。
悔しいが、策士の木下の思い通りになったのだから仕方ないか。
「それにしても、やっぱり
この国は税金がバカ高いよなぁ。」
「そうですね。税金のこともありますが、
あの病院は、最新の医療設備が充実していましたからね。
医療費もそれなりになってしまうのは仕方ありません。」
シホの愚痴に、木下が答える。
たしかに、あの病院の設備は素人の目から見ても立派なものだった。
町長が町の人たちの命を守るために建てたそうだが、
命は守れても、結局、治療費が払えなくて
町の人たちの生活を圧迫しているのでは?と思えなくもない。
「無くなったものは、仕方ない。
無くなったのなら、稼げばいい。ということだな。」
「はい、そういうことです。」
あの『カシズ王国』で海賊たちに大金を盗まれた時は、
かなり取り乱していた木下だったが、
ここが『ハージェス公国』の宿屋ということもあってか、
今回は、やけに冷静で、前向きだ。
「そうと決まれば、さっそく『ヒトカリ』だな!」
「うん!」
シホの言葉に、ニュシェがうなづいた。




