救出後の休息
『エルフ』は、オレに言葉を伝えた後、意識を失った。
その後、オレと木下で、この『エルフ』をどうやって
町まで運ぶか思案していた。
助けるかどうか迷っていたことも忘れて、
オレたちは、助けることしか考えられなくなっていた。
オレがまだ持っていた回復薬を飲ませてみようと
話し合っていたところへ、背後から、
木下の見守り役であるペリコ君が現れた。
音もなく気配を消したまま、
「それはいけません。」
と背後から声をかけられたので、
オレたち2人が飛び上がるほど驚いたのは言うまでもない。
ペリコ君の背後には、彼女の部下のような男もいた。
2人とも全身黒っぽい服装のため、
この洞窟内で簡単には見つからないだろうな。
部下の男は頭、鼻、口を黒い布で巻いているため、
目しか見えない状態で、どんな顔をしているのか分からないが、
今回の部下の男は、以前、
洞窟の前で会った男よりも、少し歳をとっている気がする。
「警戒する必要はありません。この者は、私の補佐です。
前回、私が洞窟から瀕死の状態で帰還したため、
私の上官からの命令で、この者が片時も離れず付いてくることになりまして。」
オレが男をじろじろ見ているのに気づき、
ペリコ君が、そう説明してくれた。
なるほど、ペリコ君の補佐役か。
見守り役であるペリコ君が姿を現すことや
木下の手伝いをすることは、ほぼ皆無だと聞いていたが、
今回は、特別というか、黙って見過ごせなかったのだろう。
それだけ、数百年間、生きていた
この『エルフ』が貴重な存在ということか。
そのペリコ君が言うには、
回復薬とは言え、薬には必ず副作用があり、
老衰同然の状態で、強い薬を飲ませると
体が耐えきれないだろうと指摘された。
説明を聞きながら、木下も、うっかりしていたと反省していた。
ペリコ君の見解では、
この状態の『エルフ』の骨はスカスカで強度が無く、
少しでも動かせば粉々に骨折してしまうだろう、と。
だからと言って、この場で治療できるわけもなく、
病院へ連れて行かねば、ただ死を待つだけだ。
ペリコ君は自分が持っていた大きな布を取り出し、
ビリビリ破って、包帯のような物を数本作っていった。
その間、オレと木下は慎重に『エルフ』の爪を切り、
髪をある程度の長さで切った。
髪は、少し強く握っただけでもボロボロと崩れた。
水分が無い髪は、こんなにもモロいものなのか。
首輪を取らねば連れ出すことが出来ないのだが、
首輪に強い衝撃を加えれば衝撃が伝わって、
首の骨が折れる心配があったため、
首輪はそのままに、繋がれている鎖だけを、オレの剣で断ち切った。
ペリコ君は、布や包帯で『エルフ』の体をぐるぐる巻いて、固定し始めた。
その際、多少の骨折は免れないが、骨折しても
命に関わらない部分を、あえて折って、包帯や布を巻いていく。
『エルフ』が気を失っていたのが不幸中の幸いか。
おそらく、どんなに慎重に巻いても、
あちこちの骨が折れるのだから、相当な激痛だ。
数分後、ぐるぐるに布を巻かれて、
丸まった状態の『エルフ』が出来上がった。
その『エルフ』をペリコ君の部下である男が背負い、
ゆっくり運んでくれた。
急いで病院へ連れていきたいが、
走るだけで、その衝撃が『エルフ』の体に伝わってしまう。
オレたちは男のゆっくりした歩きに合わせて、洞窟を後にした。
道中、木下はペリコ君とお喋りしたそうだったが、
補佐役の男がいたためか、みんな無言で歩いていた。
『クリスタ』の町へ近づく前に、ペリコ君の部下である男は
黒っぽい服装から、普通の傭兵っぽい服装に着替えていた。
その手際の良さは、さすが『スパイ』と言ったところか。
そして、ペリコ君は、いつの間にか姿を消していた。
きっとオレたちの背後で気配を消して、見守り役に戻ったのだろう。
オレたちが町の病院へ着いたのは、夕暮れだった。
そこにはファロスたちも待機していて、
オレたちの帰りが遅かったから、もう少しで
ファロスが洞窟へ向かうところだったらしい。
心配かけたことを謝った。
ペリコ君の部下は、この町の傭兵という話になっていた。
山の途中で「偶然」出会って、腰が痛いオレの代わりに
『エルフ』を背負ってきてくれた・・・ということを
木下がファロスたちに説明していた。
ペリコ君の部下が背負って来た『エルフ』を見て、
病院側は一時、騒然となった。
そうでなくとも、ファロスたちが運んだ
奴隷だった人たちも即入院だったので、病室は混雑極まっていた。
問題の『エルフ』は、ファロスの腕を治療した医者が担当することになったが、
『エルフ』は体のほとんどの機能が著しく低下しているため、
その病院にいるすべての医者が協力して治療にあたることになった。
医者の見解では、生きていることが奇跡で、
このまま意識が戻らなくてもおかしくないくらい
危険な状態である、としか今は言えないらしい。
オレたちがお礼を言う間もなく、
『エルフ』を医者たちに引き渡した後、ペリコ君の部下は姿を消していた。
本来の『スパイ』の任務に戻ったのだろう。
『エルフ』をひと目見れば、この『エルフ』が
ヤバい事情を抱えていることは、医者じゃなくても分かってしまうだろう。
しかし、オレたちは、何も聞かずに治療してほしいことと、
『エルフ』のことに関しては他言無用にしてほしいと医者へ伝えると、
「この町を見捨てて撤退した帝国軍に、今さら報告義務などない。
我々の使命は、救える命を救うことだけだ。」
と、この病院の院長らしき医者が答えてくれた。
なんとも男気ある医者だな。
ちなみに、その医者にオレの腰も診てもらった。
やはりオレの予想通り、腰痛になる癖がついてしまっているらしい。
「腰痛というのは、普通の回復薬や治癒魔法では完治できないものだ。
あんたは傭兵だから、無茶なことをするなと言ったところで
仕方ないことだろうが、年齢のことも考えて行動するように!」
そう釘を刺されて、薬を染み込ませた布を腰に貼り付けられた。
集中治療室という特別な病室へ運び込まれる『エルフ』を
見届けてから、オレたちは病院から宿屋へと戻った。
宿屋『リュンクス』では、特別に宿泊部屋へ
料理を運んでもらい、オレたちはそこで食事した。
やっと晩飯だ。
正直、今日一日でいろんなことがあり過ぎて、
早く体を休めたいと思っていたから、
食堂ではなく宿泊部屋でゆっくりと食べられるのは、ありがたい。
みんながオレに気遣ってくれて、
オレはベッドを椅子代わりに座った。
ありがたいことなのだが、年寄り扱いされていることに、
若干、不満を抱いてしまっている自分がいる。
いや、こいつらと比べれば、間違いなく年寄りなのだが。
「それで! どうやって『エルフ』を見つけたんだ!?」
「それで!? もう一人の『エルフ』は? どうなった!?」
「それで!? それで!?」
宿泊部屋に戻ってからというもの、シホからの質問が尽きない。
オレと木下は順を追って説明した。
もちろん、ペリコ君に助けてもらったことは省いて、
木下が率先して説明してくれた。
なんとなく、木下自身も『エルフ』という
長い歴史を生きてきた人物の生存を発見したことに、
少し興奮しているようだった。
オレはシホと同じく木下の説明を聞きながら、
頭の中では、あの時、『エルフ』が言った言葉を考えていた。
「なんで、その『エルフ』はおっさんのことを知ってたんだ!?」
「それは・・・分かりません。偶然かもしれませんし。
あの状態で、おじ様の顔をはっきりと
目視できていたのかも怪しいわけですから。」
りゅうきしさま・・・。
あれは『エルフ』が、偶然、たまたま寝ボケてて、
口走った言葉だったのか?
いや、しかし・・・こんな偶然があるのだろうか?
たまたま数百年間、洞窟の奥へ囚われていた『エルフ』を
たまたま今日、オレたちが助けに行って、
たまたま目を覚ました『エルフ』が、
竜騎士であるオレに「りゅうきしさま」と口走った・・・?
偶然とは思えない。
思い返すのは、あの言葉と、あの黄色の瞳だ。
虚ろな目をしていたが、間違いなく、オレを見ていた。
オレと目が合っていた・・・。
オレを見て「りゅうきしさま」と呼んだ・・・。
そうとしか思えない。
しかし、どういうことだ?
オレは今日まで『エルフ』という種族に会ったことが無いのに。
ましてや、数百年前の『エルフ』と顔見知りだったなんてこと、あるわけがない。
間違いなく、初対面だった・・・。
それとも『エルフ』という種族は、
ひと目見ただけで、相手の職業が分かるとか!?
『エルフ』特有の特殊能力!?
・・・そんな話、聞いたことが無い。謎だ。
「佐藤殿、あまり食べられてないようだが、
まだ腰の方は痛みますか?」
「あ、いや、大丈夫だ!
すまん、すまん。ちょっと疲れてしまったようだ。」
オレは考え事をしていて食事の手が止まっていた。
それをファロスに心配されてしまった。
「おじ様、早く休まれるなら、
寝る前にお風呂へ入ってくださいね。」
木下に、女房みたいなことを言われる。
「おっさんが食べないなら、その唐揚げ、俺にくれよ。」
「あ、あたしも食べたい!」
シホもニュシェも、けっこう疲れただろうに食欲は衰えないな。
むしろ、食べたら体力回復しそうな勢いだ。
オレはシホたちに唐揚げをくれてやって、
ほかの食べやすい料理を少しだけ食べた。
朝食べた後、今まで何も食べていないから
腹はへっているはずだが『エルフ』の言葉が気になり過ぎて、
どうにも食が進まなかった。
「それにしても『エルフ』を背負ってきてくれた傭兵は、
いつの間にかいなくなってたなぁ。」
「そ、そうだな。」
シホは、妙なところでカンが働く。
「しかし、よかったよな。
たまたま山の中であの傭兵に出会えて。
おっさんの腰じゃ『エルフ』を気遣って歩くのは
到底、無理だったよなぁ。」
「そうですね。」
シホの鋭いツッコミに、木下が平然と受け流す。
オレとしては、シホが何かに感づいているのでは?と思って
内心、ドキドキしてしまう。




