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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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急を要する木下の仮説




奴隷商人たちのアジトであった広場から、

『炎の精霊』がいた広場へと歩いてきた。

広場の近くまで来ると、どうしても焦げ臭いニオイとともに

たくさんの焼死体を、また見てしまうことになる。


「・・・。」


実際は『炎の精霊』にやられた人たちだが、

奴隷商人を討伐したことで、少しは仇討ちになっただろうか。


そう思いながら、『炎の精霊』がいた広場へと入っていくと、

そこに木下が一人で待っていた。


ファロスたちの姿が見えないから、

『炎の精霊』がいた広場へ入らず、そのまま通路に沿って

洞窟の出入り口の方へと、もう進んでいったのだろう。

体が不自由な人を運んでいるし、

体力もない奴隷だった人たちとともに歩いているから、

すぐに追いつけると思っていたが、

ファロスたちが頑張っているのだろうな。


「・・・あ。」


木下が、オレの姿を確認して、

どこかホッとしたような顔をしている。

『炎の精霊』を討伐したからと言って、

ここはまだ洞窟内だから、安全とは言えない。

ランプひとつの明かりでは広場全体を照らせないし、

一人で待っているのは心細かったのだろう。


いや、こいつがここにいるということは、

この近くに、ペリコ君が気配を消して見守っているはずだな。


「待っていてくれたのか?」


「それもありますが・・・。」


オレのことを気にして待っていてくれたのかと思っていたが、

木下は、ランプをこの先の通路側へと向けている。

この先・・・壁の横穴でもなく、出入り口側でもない、もうひとつの通路の方。


「なんだ? まさか確認しに行きたいのか?」


およそ500年間、『炎の精霊』が守っていた、この先の通路。

この先に、『エルフ』が2人、幽閉されているという話だが、

普通に考えて、その2人は、もう生きていないはず。


「どうしても、あの『炎の精霊』が言った、最後の言葉が気になるんです。」


「たしか、『真のあるじ』だったか?」


「はい。『炎の精霊』が最後に語った『真の主』・・・。

そして、ケイヤク・・・契約・・・。

たしか精霊は「あのニンゲンとのケイヤク」と言ってました。」


「契約か・・・。

魔鉱石に留まって、この広場で侵入者たちを

攻撃するっていう契約だったんだろうな。」


木下は、『炎の精霊』の言葉をよく覚えているようだ。

たしか精霊は、召喚されて、別の世界からこの世界へ来るとか。

この広場で『エルフ』たちが逃げ出さないように、

そして、『エルフ』たちを助けにくる人間を

攻撃させるように、召喚した人間と契約したのだろう。


「たぶん、契約の内容は、そうだと思います。

でも、不審な点は、そこじゃなくて・・・

私の憶測ですが、『真の主』がこの奥に囚われている『エルフ』たちなら、

人間との契約というのは・・・『エルフ』たちと違う・・・

その当時の帝国の人間だったのではないか、と。」


「え? いや、そうか・・・。」


突然の木下の憶測に、頭が混乱しそうになっているが、

木下の言いたいことは、なんとなく分かった。


たしかに、あの『炎の精霊』は、

この先に『真の主』がいるようなことを言った。

しかし、この先にいるのは『エルフ』たちだけのはずだ。

他の人間がいるとは考えにくい。

となれば、当然、『真の主』とは『エルフ』たちのことだろう。

『炎の精霊』が言った「人間との契約」というのは、

『真の主』との契約ではなく、当時の帝国の誰かだった・・・

ということを木下は言いたいのか。


つまり、


「いや、ユンムの憶測が合っていたとして、

この先に『真の主』か、契約した人間がいるとしても、

数百年前の話なのだから、すでに誰も生きていないはずだろう?」


はっきり言って、オレには興味が薄い話だ。

数百年前のことだから、

『炎の精霊』を召喚して契約した人間のことなんて、

今さら知ったところで・・・。

その人間も『エルフ』たちも、もういないわけだから。


「私も、そう思うのですが・・・

『炎の精霊』も、一応は精霊なので、

嘘をついているとは思えないんです。」


「ど、どういうことだ?」


「魔法に長けている者ほど、口から出る言葉を大切にするといいます。

それは、魔法の詠唱に使われている言葉は

どれもこれも意味のある言葉、真実の言葉であり、

言葉のひとつひとつに強いエネルギーが宿っていて、その言葉を使えば、

その強いチカラを発揮しやすいからです。

それは、精霊たちも同じ考え方のようで、

一部の精霊を除いて、彼らは虚言を言わない性質だと

辞典で読んだことがあります。

つまらない嘘や他者をあざむく虚言を使えば使うほど、

自らのエネルギーやチカラを弱くしてしまうと考えているからだそうです。」


「つまり・・・『炎の精霊』も、嘘はついていない?」


「おそらく。」


「それって、つまり? どういうことだ?」


いまいち、木下が何を言いたいのか、よく分からないのだが。


「つまりですね、

『炎の精霊』が嘘をつかないということは、

最後の言葉どおり、この先に『真の主』がいるということです。」


「・・・?」


「だから! 『エルフ』たちは、今も生きているってことです!」


「なにっ!?」


オレが全然理解できていない表情だったため、

木下が、やや大きめの声で、とんでもないことを言い出した。


「な、何を言い出すんだ!?

数百年も経っているんだぞ!?

いくら『エルフ』たちが長生きとはいえ・・・!」


有り得ない。

普通の生活ができているなら長生きしている可能性はあるだろうが、

この数百年・・・ざっと500年くらい前から、

『炎の精霊』が、この広場で侵入者を拒み続けてきたのだ。

その間、飲まず食わずのはずだ・・・。

どうやって生きるというのか。


「私も・・・そう思うのですが、

『炎の精霊』が嘘をつかない存在であるなら、

この先に・・・生きている者がいると考えるべきです。」


木下も、オレと同じく「有り得ない」とは思っているのだろう。

しかし、精霊の性質上、嘘はついていない・・・。

ということは・・・本当に?


「ふぅーーー・・・。」


「・・・。」


オレは、思わずため息をついた。

呆れているわけではないが、木下の憶測が突拍子もない。


「それは、そのー・・・

やつが言い残した「この先にいる」というのは、

「この先に遺体が在る」という意味じゃないのか?」


「私もそう解釈しようと考えましたが、

それだと、その言葉のあとに続いた「好きにするがいい」という

言葉の意味が分からなくなります。

亡くなっている方に対して「好きにする」というのは当てはまりません。

やはり、命があってこそ、生殺与奪せいさつよだつの意味として

「好きにする」という言葉が使われるものだと思います。」


「せ、せいさつよだつ?」


「囚われている『エルフ』の命は、

生かすも殺すも、おじ様次第という意味です。」


木下に難しい話をされている気がしてしまうが、

説明を聞いていると、妙に納得してしまう。

オレとしては『炎の精霊』の最後の言葉も、

よく聞こえてなかったから、本当にやつが

そんなことを言っていたのかも半信半疑だが。

木下の話が本当ならば・・・

木下の憶測も、あながち間違っていない気がしてくる。


だとしたら・・・


「・・・この先に、まだ『エルフ』の2人が?」


「はい、おそらく・・・まだ・・・。」


オレと木下は顔を見合わせてから、

2人で、この先の真っ暗な通路側を見つめた。

ランプの灯りでは、ぼんやり通路がある方向しか分からない。

通路の奥は真っ暗だ。ここからでは何も気配を感じない。


「ユンムの深読み、じゃないのか?」


「・・・。」


正直、木下の頭の良さは認めているが、

完全には納得できない話だ。

精霊が嘘をつかないという情報から推測したのだろうが、

さきほど「一部を除いて」と言ったはず。

つまりは、その一部に『炎の精霊』が含まれるかもしれない。


「仮に、『エルフ』たちが生きていたとして・・・

ユンムなら、どうする? 助けるか?」


「それは・・・。」


とりあえず、木下の意見を聞いてみるが、即答できないようだ。

もしも、『エルフ』たちが奇跡的に生きていたとして、

オレなら・・・助けるかどうか悩んでしまう。

数百年前、『エルフ』たちは

この帝国を裏切った反逆罪で、ここへ幽閉されたと聞いた。

その反逆者を助けるとなれば・・・

反乱軍のグルースたちを助けるのとは少し事情が違う。


「会ってみないと分かりません。」


少し考えてから木下がそう答えた。

木下の答えは、会うことが前提のような言い方に聞こえた。


「分からないか・・・そうだな。

しかし、数百年経っているとはいえ、

この国で犯罪者として囚われている者を助けて逃せば、

オレたちはどうなるか分からないけどな。」


助けるとして、

一番、困るのは、帝国に目を付けられることだ。

うまく帝国から逃げても、帝国から『ヒトカリ』へ連絡が入れば、

『ヒトカリ』は、オレたちを全国指名手配するだろう。

全世界の傭兵たちから命を狙われることになる。


「それは、大丈夫だと思われます。」


木下が即答してくる。


「なぜそう言い切れるんだ?」


「ここへ帝国軍が来た痕跡がないからです。

数年前に『ヒトカリ』の調査隊が、ここで『炎の精霊』に襲われてからも、

帝国軍がここへ来たという情報もないようですし、

数百年間、『炎の精霊』がいる間、誰もこの奥へ行ったことがないし、

『エルフ』たちを見た者がいないのです。

つまり、ここから『エルフ』たちを助け出しても、

私たちが真実を他人へ話さない限り、

それが反逆者の『エルフ』たちかどうかは分からないと思います。」


「それは・・・そうだが・・・。」


たしかに、帝国軍が来たという情報が無い。

来ていたとしても『炎の精霊』との契約で交わされた

当時の合い言葉が分からなければ、攻撃されているはずだ。

数百年、帝国軍が放置していたとすれば、

もう『エルフ』たちのことは忘れ去られているのかもしれない。

だとすれば、『エルフ』たちを助けたとしても、オレたちの身は安全なのか?


「『エルフ』の存在自体が希少だからな。

洞窟の外へ出てしまったら、あっという間に見つかるんじゃないか?」


「でも、おじ様、仮におじ様が

外で希少な『エルフ』を見たとして、その『エルフ』が、

数百年前の反逆者の『エルフ』だと断定できますか?」


オレたちは、その『エルフ』たちの特徴までは聞かされていない。

というか、数百年前のことだから、きっと誰も

幽閉されている『エルフ』たちの特徴は知らないだろう。


「うーん・・・それは無理だな。」


「ですよね。」


なんだ、この話の流れは。

もしかして、もう木下の気持ちは決まっているのでは?


「それで、どうするんだ?」


「この先に、本当に『エルフ』たちが生きているのか、

確かめたいと思います。」


やっぱり、そうきたか。


「今すぐにか?」


「はい。」


「オレたちだけで、か?」


「そうですね。」


「しかし、危険な事があったら・・・。」


「おそらく『炎の精霊』が今まで誰も通さなかったでしょうから、

まぎれもなく、今ならこの先には『エルフ』たちしかいません。

ですが、時間が経てば『ゴブリン』など、他の魔物や魔獣が

この先へと入ってしまうかもしれません。

そうなった時、場合によっては、

『エルフ』たちの命が危険にさらされる可能性も有ります。」


「たしかに・・・。」


なるほど。

こいつは、そこまで考えているのか。

ファロスたちと合流してから、と思ったが、

ファロスたちは、もうすでに町へと向かっているし、

奴隷だった人たちを放っておくこともできない。

彼らは早く病院へと連れていかねばならない。

しかし、時間が経てば、

この先の『エルフ』たちを救うことも出来なくなる、か。


「これは、オレたちの『特命』と

なんの関係もないことだと思うが、それでも行くのか?」


「そうですね。」


この場にオレたちしかいないから『特命』の話を持ち出した。

いつもなら、木下からオレが言われることを、オレが言ってみた。

しかし、木下の表情は変わらない。


「今回は、やけに乗り気だな。

なにか理由があるのか?」


「救える命があるなら、救ってあげたいという気持ちも

あるのですが、今回はそれだけじゃなくて・・・

私自身の興味が勝っているのかもしれません。」


「興味?」


「はい・・・。

だって、数百年前の『エルフ』たちですよ?

教科書に載っていてもおかしくない、歴史上の人物に

直接会えるって思うと・・・ちょっと。」


そう答えると、木下は、少し照れたような表情になった。

なるほど、こいつは根っからマジメで、勉強家なのだな。

大昔の歴史上の人物に会えるかもしれないというだけで、

少し気持ちが浮ついているようだ。

ちょっと珍しいというか、こういうのは初めてだな。


「ふー・・・オレは腰が痛いから、早く町へ戻りたいんだが、

救える命があると言われれば、仕方ないな。」


「では!」


「あぁ、ただし、危険だと判断したら、すぐに引き返すこと。

『エルフ』たちの命より、自分たちの命が優先だからな。」


「分かってます。」


結局、こうなったか。やれやれ。

木下からは威勢の良い返事が返ってきたが、

どこまで分かっているのやら。




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