焼かれた者たち
「おじ様は、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ・・・少し腰を痛めただけだ。」
ファロスがランプを落としてしまった場所に、
オレたちは座り込み、一休みすることにした。
気持ちとしては、早くこの洞窟の奥へと進みたいところだが、
『炎の精霊』との戦闘で、みんなの体力が著しく減ってしまっている。
シホとニュシェに荷物を運んでもらって、
割れたランプの火を囲むようにして座った。
荷物から水筒を取り出して、おのおの水分を補給する。
オレは荷物の中から、予備のランプと回復薬を取り出す。
オレは回復薬を一本、飲み干した。
しばらくして、すぅっと腰の痛みが和らぐ。
オレはよく腰を痛めるから
ちょっとクセになってきているのかもしれない。
それとも歳のせいなのか・・・気を付けなければ。
シホと木下も、魔力回復薬をそれぞれ飲んでいる。
木下の土の壁の魔法も、シホの風の付与魔法も、
中級の魔法ではあるが、それを発動して維持するための
魔力消費は、2人にとって大きかったようだ。
ふと、うつむいているニュシェの姿が視界に入った。
頭の上の耳が垂れ下がっていて、元気が無いように見える。
「ニュシェ、よくやったな。」
「おじさん・・・。」
オレは、さきほどの弓の腕を褒めたのだが、
「あたしの矢は届かなかったね・・・。」
「そんなことはないぞ。
あいつさえ邪魔しなければ、間違いなく
天井の魔鉱石へ届いていた。」
「そ、そうかな?
あたしの位置からは『炎の精霊』が眩しくて、
よく見えなかったんだけど・・・。」
そう言われると、オレからの位置でも
やつが眩しくて見えにくかったのだが。
「いや、ニュシェ殿の矢は確実に
魔鉱石へ届く距離まで飛んでいたでござる。」
すかさずファロスが助けてくれる。
「そうだぞ、ニュシェ。
俺の風魔法のおかげってのもあるだろうけど、
矢の軌道は、まっすぐ魔鉱石へ飛んでたぞ。」
今度は、シホが・・・
ちゃっかり自分の手柄も上乗せしてニュシェを励ましている。
「そ、そうかな。」
そこで、ようやくニュシェが顔をあげる。
「そうですよ、ニュシェちゃん。
今回の作戦、ニュシェちゃんの弓矢が無ければ
第二段目のおじ様の技も通用したかどうか分かりませんから。」
「たしかにな。」
木下もニュシェを褒めている。
木下の言う通りだ。
オレがいきなり槍を投げたところで、
『炎の精霊』に阻止されていたと思う。
作戦の一段目で、ニュシェの矢が
本当に魔鉱石を破壊すると思わせるぐらいの、
スピード、強さ、そして軌道を見せた。
やつが矢を警戒したからこそ、
魔鉱石の防御へと意識が集中していた。
やつが、ニュシェの矢に気を奪われてなければ、
オレが鋼鉄の槍を投げる前に、攻撃されていたかもしれないし、
槍を弾き返すぐらいの、なにかしらの防御の技を
繰り出していたかもしれない。
「そっか・・・よかった。」
木下にそう言われて、ニュシェは安心したような表情を見せた。
この子なりに、みんなの役に立とうと必死なんだな。
「それにしても・・・みんな、よく生き残れたな。」
オレは改めて、火に照らされている、みんなの顔を見渡した。
「私の作戦と、みなさんが役割をきちんと果たしたおかげですね。
でも・・・私の作戦通りではありませんでしたね。
まさか、魔鉱石を破壊しても『炎の精霊』が動けるなんて。」
今度は、木下がうつむきだす。
たしかに、木下の作戦通りではなかった。
天井の魔鉱石を破壊するまでは作戦通りだったが、
まさか、魔鉱石を破壊されても、やつが攻撃してくるとは・・・。
「あれは仕方ねぇよ。
図書館の辞典にも載ってなかったことだろ?
誰にも予想できなかったことだからな。ぅ・・・。」
シホが木下を慰めている。
「本当だな。なぜ、やつは動けたのか・・・。
ファロスの、長谷川さんの刀が通用しなかったら、
今頃は・・・全滅だったな。」
オレは、ファロスの背中にある刀を見ながら、そう言った。
そう言った瞬間に、背筋が寒くなって身震いしそうになった。
あの瞬間を思い出して、寒気を感じた。
「・・・本当に、よかったでござる。」
ファロスも同じことを思い出しているのか、
少し強張った表情で、背中の刀の柄をそっと触っている。
長谷川さんの刀に触れることで、
父親と母親を感じられるのだろうか。
この場にいる全員が、生きている実感をかみしめているようだった。
みんなの気持ちが落ち着いてきたところで、
木下が話し始めた。
「あの時・・・『炎の精霊』が
最後に言い残した言葉が気になりますね。」
「ん? あぁ、ケイヤクがどうとか?
・・・ぉぇ・・・。」
「その契約の内容も気になりますが、
気になるところはそこだけではなくて・・・
この先に、真の主がいる、という言葉です。」
「え!?」
木下とシホの会話を聞いていたオレは、思わず驚きの声を上げてしまった。
あの『炎の精霊』の言葉が聞き取りづらくて、
ほとんど理解していなかったが、やつはそんなことを!?
「た、たしかに! そんなこと言ってた!」
ニュシェにも、そう聞こえていたのか。
「この先って・・・真の主って・・・
例の監禁されてた『エルフ』たちのことか!?」
「えぇ!?」
シホの言葉に、今度はニュシェが驚きの声を上げる。
オレも声を上げそうになったが、
「い、いや、待て! 『エルフ』たちが
閉じ込められたのは数百年前のことだぞ!?
いくら『エルフ』が長生きだったとしても、さすがに・・・!」
オレは、とても信じられなかった。
本当に『炎の精霊』がそう言っていたのだとしても、
この洞窟の奥に閉じ込められた『エルフ』たちが
数百年経っても生きているなど・・・。
「さすがに無理がありますよね。
たとえ長く生きられるほどの生命力があったとしても、
この数百年の間に、誰もここを通れなかったのだから、
普通に考えて、ひと月も経たないうちに餓死しているはずですから。」
「そ、そうだよな・・・そう、だよな。」
木下が冷静に話してくれている。
そのおかげで、オレやシホも冷静さを取り戻す。
「だからこそ『炎の精霊』が残した言葉が謎ですね。
それに、好きにしていい、とも言ってました。
あの精霊が主を守っていた立場なら、
そんなふうに言い残すでしょうか?」
「うーん・・・。」
木下の問いに、この場の誰も答えられなかった。
本当に、やつはそんな言葉を言ったのだろうか?
みんなより一番近くにいたオレですら
やつの言葉が聞き取りにくかったのに。
やつの真の主が、この奥にいて・・・
その身を好きにしていいというのは、
どういう意味だろうか?
やつは、その真の主にとって味方ではなかったのか?
「ぅ・・・ぉぇ・・・。」
「・・・。」
みんなが黙ってしまった中、さっきから
シホが嘔吐きそうになっている。
ニュシェも、そうならないように我慢しているように見える。
ここへ来てからというもの、ずっと広場一帯に
焦げ臭いニオイが漂っている。
『炎の精霊』がいなくなればニオイも少しは軽減されるかと思ったが、
このニオイは、この場にこびりついているようだ。
鼻が利く2人は、なるべく息をしないようにしているようだが、
どうにも気分が悪いらしい。
早くこの場を離れたほうが良さそうだ。
「この先への探索は一旦、後回しです。
私たちの本来の目的を果たしましょう。」
「そうだな。
『エルフ』のことはおいといて、
早く奴隷商人たちのアジトへ乗り込もうぜ。」
「うん。早く子供たちを助けよう。」
木下の言う通り、今は『エルフ』たちのことは放っておいて、
オレたちは準備を整えてから、
広場の壁の大きな穴から別の通路へと進みだした。
「・・・なんだ、これ。」
「ひどいっ・・・うぅ!」
「ぅ・・・無理・・・おぇぇぇ!」
オレたちが、広場の壁の穴から通路へ出た時、
この辺り一帯に漂っていた焦げ臭い空気の原因が分かった。
臭いに敏感なニュシェとシホが顔を背け、うずくまった。
「大人だけじゃなく子供まで・・・なんとも惨い・・・。」
ファロスの言う通り、そこには
大人だけじゃなく子供らしき死体も含め、
数人の焼死体が転がっていた。
合わせて10人ぐらいだろうか。
臭いに敏感じゃなくても、顔を背けたくなる惨状だ。
「先日、オレたちが戦った時に
爆弾で亡くなったやつらだけじゃないな、これは。」
「えぇ、先日より確実に死体が増えてます。
子供まで・・・!」
オレたちのランプに照らされた焼死体は、
いずれも必死に逃げようとしていたような恰好で
亡くなっている。
「こいつらは、この奥から逃げてきたのか?」
「体の向きからして、そうでしょうけど・・・ちょっと考え難いですね。
奴隷商人たちが、見張っているはずですから、
逃げ出すことは困難だと思います。」
先日、この通路の壁が『炎の精霊』がいる広場と
通じてしまった瞬間から、この通路は誰も通れなくなっているはずだ。
それは、この悲惨な焼死体の人数を見ても明らかだ。
ここを通った者たちは、みんな『炎の精霊』に襲われたのだろう。
ファロスがランプを地面に置いて、目を閉じて両手を合わせだした。
「これは拙者の国の、死者を弔う作法でござる。」
ファロスはオレたちの視線に気づいて、そう説明した。
おそらく、ファロスの出身国に根付いている宗教の作法なのだろう。
ファロスに習って、見よう見まねで、
シホとニュシェが同じように、目を閉じて手を合わせてだした。
「ぅ・・・おぇ・・・。」
ニュシェもシホも涙目になっているが、
シホの方は、悲しみからではなく
吐き気の苦しみからきている涙かもしれない。
どっちにしても辛そうだ。
「・・・私たちが、もっと早く救出に来れていたら・・・。」
「言うな。」
木下が、自責するような言葉を言い始めたので、それを遮った。
「これは誰にも止められなかったことだ。
それよりも早く先へ進もう。
きっと、まだ助けられる命がある。」
「は、はい・・・。」
オレは少し冷たい言い方で、そう促した。
木下の気持ちは分かる。オレも同じ気持ちだ。
もっと早く『炎の精霊』を討伐できていれば・・・と。
しかし、先日のオレたちでは、とてもじゃないが
『炎の精霊』を討伐することはできなかった。
下調べしたり、準備したり、特訓して、ようやく討伐できたのだ。
数百年間、誰にも成し遂げられなかったことを
今日、オレたちが成し遂げたのだ。
胸を張ろう。
亡くなった者たちには申し訳ないが、
木下たちには救えなかった命よりも
今から救う命とともに生きていくこと、
その喜びを分かち合ってほしい。
・・・これは、オレの独りよがりかもしれないが。
そう思いながら、オレたちは
焼死体を背に、奴隷商人たちのアジトがあるであろう
洞窟の奥へと進み始めた。




