油断大敵
その時!
ガラガラ、サラサラサラララ・・・
「!」
微かに感じていた木下の魔力が消えて、
通路側から壁が崩落する音が響いて来た!
木下が、土の魔法を解除したのだ!
それは、つまりシホの魔法が成功したことを意味する!
通路側に目をやれば、さっきまでの壁が崩れて通路がよく見えた。
シホは頭上に両手を広げて、両腕の包帯が光っている。
その頭上には、半透明な緑色の魔法陣が浮かび上がっている!
シホの奥には弓矢を構えているニュシェの姿!
「ブォッハ!?」
「っ!」
オレとファロスが通路側に視線を向けていたのが
『炎の精霊』に気づかれた!?
「ボォッハッハー!」
『炎の精霊』が通路側に片手を向けだした!
まずい!
「我が魔力をもって、守り堅い土のチカラを・・・!」
シホの隣りにいた木下の魔力がまた高まっていく!
素早い魔法の詠唱! もう一度、土の壁を作り出そうとしている!?
間に合うのか!?
いや、その前に、ニュシェが矢を放った!
キュン!
「!!!」
その矢は、シホの頭上の魔法陣を貫いた瞬間に、
オレの目では追えないほどの加速で、あっという間に
天井へと飛んで行った!
寸分たがわず『炎の精霊』の魔鉱石へ!
いける!
カッ ボォオオオォォォ!!
「なにっ!?」
「えぇ!?」
オレたちの目の前にいた『炎の精霊』は、
いつの間にか消えていて、天井の魔鉱石の周りに
突然、炎の輪がぐるぐると燃え盛った!
ニュシェの矢は、その炎の輪に阻まれて燃えてしまった!
そして、
「ボァッハッハッハー!
マァダ、オォソォイー! ボッハッハッハー!」
天井に現れた炎の輪が、人の形に変化して喋り出した!
やつは瞬時に魔鉱石へ戻れるのか!?
そして、自由に空も飛べる!
だとすれば、遠距離からの攻撃は
どんなにスピードを速くしても間に合わない!?
「はぁ!」
キュン! キュン!
ニュシェはめげずに第二、第三の矢を放つ!
矢が物凄いスピードで、次々に天井の魔鉱石へ飛んでいく!
「ボァッハッハッハーーー!」
それをあざ笑いながら『炎の精霊』は
また自身を炎の輪に変化させて、ニュシェの矢を燃やし尽くす!
連射している分、狙いが定まっていないように見える、ニュシェの矢。
ダメだ!
どれだけ正確に矢を射っても、どんなにスピードを上げても、
やつの防御に防がれる! 魔鉱石へは届かない!
「くっ!」
ニュシェの連射は、オレへの合図でもあった!
オレはすぐさま鋼鉄の槍を落とした位置へと駆けだす!
ファロスは、通路側へと走り出した!
木下の土の魔法は、まだ詠唱の途中だ。
『炎の精霊』がいつ攻撃に転じるか分からない。
しかし、ファロスが向かったところで防げるかどうか。
キュイ! キュン! キュッ!
ニュシェは次々に矢を放っていく!
もはや、魔鉱石を狙って射っているという感じではない。
木下の魔法が発動するまで、
やつに攻撃させないため、わざと防御させるためだ。
「うぅ、はぁ、はぁ・・・!」
どことなくシホがよろめいている気がする。
まだ慣れていない中級の魔法を維持する
集中力や精神力が途切れかかっているのか。
ガッ
「はぁ、はぁ、すぅぅぅぅぅ!」
オレは鋼鉄の槍を手に取って、思い切り空気を吸い込む。
槍が落ちていた位置は、ちょうど、あの魔鉱石の真下の位置だ。
体内の『氣』に集中して、鋼鉄の槍を振りかぶり、
ドン!
「ボハ!?」
思い切り槍を地面に叩きつけて、
槍のたわみの反動を利用して、空中へ飛ぶ!
両腕に伝わってくる痺れそうな衝撃!
これだけの跳躍でも、せいぜい5~6m!
地上から天井の魔鉱石までは、50m以上!
届くか? いや、届かせる!
「はぁぁぁぁぁ! くらえぇぇぇ!!!」
下半身と上半身のバネを利用して、
体中の『氣』を鋼鉄の槍に込めて放った!
ドキュッッッ!!!
竜騎士の技のひとつ『飛竜殺し・天串』!!
鋼鉄の槍は赤い真空をまとって、魔鉱石へ向けて真っすぐ天井へ!
ニュシェの矢と同じぐらいの速さ!
「ボッ!」
やつは炎の輪から人の形へと変化して
オレの槍を防ごうとしたようだが、
ヒュボッ
ガッ キィィィィン!
槍は、やつの体を貫いて、天井の魔鉱石を破壊した!
威力はそれだけに留まらず、天井の岩盤を貫いていく!
ズドッ ゴゴゴゴゴゴンッ!!!
「ボォ・・・ハ・・・!」
フッ・・・
広場全体を薄暗く照らしていた魔鉱石の赤い光が消えて、
『炎の精霊』も、一瞬にして消えた!
「やったぁ!」
「よっしゃーーー!」
すぐさまニュシェとシホの喜びの声が響いてきた。
ズザッ グギ!
「いっっ!」
オレは着地に一応成功したが、
着地の衝撃なのか、竜騎士の技の反動なのか、腰に痛みが走った!
やはり無茶な角度で技を放ったものだから、
腰を痛めてしまったようだ。情けない。
ガラガラッ ゴト! ゴトン!
休む暇もない。オレは、落下してくる岩石を避ける。
「はぁ、はぁ・・・いっつッ!」
動くたび、腰に痛みが走る。
今、『ゴブリン』たちに襲われたら応戦できる自信が無いな。
木下の作戦通り、オレの竜騎士の技で放った槍の威力は
凄まじいものだったが、槍のチカラが一点に集中するため、
洞窟内で使っても、天井の一部が崩れてきただけで
天井全体が崩落することはなかった。
天井からは、岩石の落下に紛れて
キラキラとした赤い石の破片が落ちてきていた。
粉々に砕け散った、『炎の精霊』が宿っていた魔鉱石だ。
しかし・・・
「はぁ、はぁ・・・ふんっ、思い知ったか・・・。」
オレは誰にも聞こえないように独り言をつぶやいた。
放った鋼鉄の槍は、魔鉱石を破壊するためだったし、
どうせ『炎の精霊』の体にはダメージを与えていないだろうけど、
最後に、やつの体を貫いてやったのを見て
今まで受けた屈辱が晴れた気がした。
『なんちゃって騎士』だが、なめるなよ。
「さ、佐藤殿、大丈夫でござるか!?」
木下たちがいる通路まで戻っていたファロスが、
ランプを持って、オレがいる広場の中央へと歩いてきている。
『炎の精霊』や光る魔鉱石が無くなった今、広場は真っ暗だ。
ファロスの持っているランプの灯りが、かろうじて
辺りをぼんやり照らしていて、天井から落ちてくる岩石が見えている状態だ。
「あぁ・・・。」
本当は無事ではないのだが、
余計な心配をされないように返事をした。
腰をさすっているオレの姿を見られたら、
すぐにバレてしまう、小さな嘘だ。
木下の作戦がうまくいって、本当に良かった。
木下の作戦の第一段目は、シホの風の補助魔法で
ニュシェの弓矢を加速させ、魔鉱石の破壊をする予定だった。
しかし、弓矢は耐久性が乏しい。
『炎の精霊』の防御が間に合わないほどのスピードで
魔鉱石を破壊してしまえば、こちらの勝ちだが、
もしも、やつの防御が間に合ってしまったら
オレたちの負けが確定してしまう。
だから、作戦は二段構えだった。
その二段目がオレの『竜騎士の技』だった。
『レスカテ』のあの洞窟で使っていた、投げ槍の技。
あの時、普通の投げ槍よりもスピードが速く、
飛距離も出ていたことを木下は覚えていたのだ。
そして岩をえぐるほどの破壊力がありつつも
エネルギーが槍の先端の一点に集中するため、
洞窟全体が崩落する心配が少ないことを、
あの時、木下はそう分析していたようだった。
投げやすい鉄の槍でも通用するとは思ったが、
念には念を入れて、耐久性と耐熱性に優れた鋼鉄の槍を選んだのだった。
それが功を奏したようだ。
あの『炎の精霊』に挑んで、
パーティー全員が無傷で討伐できるなんて。
本当に良かっ・・・
ボワッ
「・・・え?」
急に明るく!?
そして、このエネルギーは!!!
「!!?」
「さ、佐藤殿!」
「おじ様!」
「ボァッハッハッハッハー!」
オレが広場の中央から少し離れた瞬間、
その中央に『炎の精霊』が人の形をして立っているではないか!
高らかに笑い声をあげて!?
「ど、どうして!?」
「嘘だろ!?」
広場へと入ってきている
ニュシェとシホが驚きの声を上げている。
チャキ! ズキィン!
「くっ!」
天井から落下してきた岩石の上に立つ『炎の精霊』!
オレとの距離は、約5m!
やつの熱を感じるほど近い!
オレは、反射的に剣を抜いたが、
たったそれだけの動作で腰に鈍い痛みが走る!
逃げられない!




