遠雷
町から離れた草原に、みんなで移動した。
本来は、おのおの離れて特訓したほうがいいかもしれないが、
町の外で、女性陣だけで特訓していると、
いつ『ゴブリン』に襲われるか分からないし、
町の外の住人たちに、襲われる可能性もある。
だから、オレたちは、程良い距離を保って、
お互いの姿が見える位置で、おのおのの特訓を開始した。
木下とシホは魔法の特訓。
木下が教えているようだが、木下自身も
成功させたことが無い魔法のようで、
2人して悪戦苦闘・・・試行錯誤しているようだ。
2人の魔力が高まったり、元に戻ったり。
しかし、ついに午前中は、
シホの頭上に魔法陣が出現することは無かった。
それほどの難易度。今日一日で習得できるのだろうか。
ニュシェは、今までにない姿勢で上空に向かって弓矢をひいていた。
初めてにしては、なかなかの飛距離だが遠くから見ていると、
その飛距離が50mに達していないと感じる。
地上から上空まで、重力に逆らって弓矢を飛ばす・・・。
飛距離だけじゃなく正確さも重視しなければならず、
これも、今日一日で体得できるかどうか。
オレとファロスは、まずファロスのリハビリを兼ねて、
手合わせから始まった・・・ファロスの要望だったからだ。
手頃な木枝を見つけ、手合わせしたのだが・・・
ファロスは退院したばかりの体とは思えないほどの動きだった。
もはや、リハビリなど必要が無いと感じるほど、
俊敏な手と足の動き、体の動かし方、相手の動きを見る目、体力・・・
どれも、数日前のファロスそのものであった。
強いて言うならば、打ち込むチカラが・・・やや弱く感じた。
それは、打ち込んでいるファロス本人も感じているようで、
手合わせ中も優れない表情のままだった。
治療で筋肉を元に戻せても、今まで筋肉に蓄えられていたチカラまでは
元通りにはならないものなのだろう。
ファロスならば、鍛錬して、すぐに元に戻せそうな気もするが、
退院したばかりの今日一日で、元通りにはできないだろう。
オレ自身も体力に不安がある。
今日一日で持久力がアップするわけではない。
木下の提案で、作戦決行は明日ということになっている。
今日一日は、作戦を実行するための打ち合わせと特訓に使う。
オレに課せられた『特命』を最優先したいオレからすれば、
今日一日は『特命』と全く関係のない、無駄な一日だ。
しかし、あの洞窟に残された子供たちの命を救うために、
必要な一日なのだ。無駄には出来ない。
絶対に、作戦を成功させねば。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
時刻は夕暮れ。
早い時間から起きて体を動かしていたせいか、
体力バカのファロスの動きに合わせていたせいか、
オレの体力は尽きかけていた。
今は、この草原に倒れ込みたい気分だが、
息を切らしているファロスが立っている以上、
オレは座りこむことすら躊躇われた。
・・・座ることが、なんだか若いやつに負ける気がしたからだ。
午後から5人で動きを合わせる特訓の予定だったが、
シホの魔法がうまくいかないため、それは叶わなかった。
しかし、みんな、木下の作戦どおりの動きは、
なんとかできるようになった。
ファロスは右腕の不調以外は、普通に動けている。
2~3日入院していたとは思えないほどの体力だ。
ニュシェの弓の上達は驚くほど早い。
空に向けて発する弓矢は、上空50mまで届きそうな勢いだった。
午後からは、なるべく遠くの的へ向けて矢を飛ばしていたが、
かなりの確率で的を射貫いていた。
ニュシェは謙遜して「弓の性能のお陰」だと言っているが
獣人族のニュシェの筋力と、正確な腕の良さが成せる業だろう。
シホの魔法も、夕暮れ前には一回だけ成功した。
シホの頭上に浮かび上がった、透明な緑色の魔法陣。
オレにはよく分からないが、あれが物を加速させる魔法なのだろう。
木下の魔法は、何度か成功していた。
ただ、昨日、洞窟内で見たペリコ君の土の魔法とは
少々異なるようだ。
魔法で土の壁を出した後、その壁を維持するために
木下は魔力を高まらせ続けていた。
魔力の高まりを途切れさせた途端に、
土の壁がサラサラと崩れていった。
魔力の高まりを維持させるのは、かなり苦しそうだ。
そして、魔法を止めるタイミングも難しそうだ。
木下とシホ、2人とも魔力を使い果たして、
魔力回復薬を飲んで、さらに魔力を使い果たしていた。
急激な魔力の消費と回復を繰り返したから、
2人とも、それ以上、魔力回復薬を飲めないほど
気分が悪くなっていた。
なので、一回だけ魔法が成功した後に
2人はその場でぐったりと座りこんでしまった。
シホの魔法は・・・
一回だけの成功では、あの魔法を習得したとは言えないだろう。
それは、シホも分かっていたようで、
夕飯後、シホは一人で草原へ練習に出かけた。
夜の草原は、昼間よりも危険だから
ファロスに付き添ってもらった。
・・・シホの集中力の邪魔にならなければいいが。
夕飯後、オレと木下とニュシェで、
店が閉まる前の武器屋や道具屋へ行き、
明日のために必要な物を買いそろえてきた。
回復薬と魔力回復薬、そして・・・鋼鉄の槍一本。
資金が心許ないオレたちにとっては、かなりの出費だ。
しかし、これが木下の作戦の第二段の準備だ。
できれば、作戦の第一段で仕留めてほしいものだ。
「お、おい! 見てみろよ!」
夜、宿屋へ帰ってきたシホが、開口一番、
大声で、部屋のテーブルに置いてあった物を指さした。
「わぁ! すごい!」
ニュシェが「おかえり」を言うことも忘れて
目を輝かせながら、シホが指さしたほうを見ている。
それは、オレが昨日、
あの洞窟から持ち帰ってきた魔鉱石だった。
3つの大きな赤色の魔鉱石が、見事に、紫色になっていたのだ。
みんな、気になっていたが、じっと
見張っていたわけではなかったので驚いた。
「微弱な魔力を感じますね。
間違いなく、魔鉱石『ゼーレ』ですね。」
「やったな、おっさん!
これで、グルースの依頼は達成だな!」
「あぁ。」
あの広大な洞窟で、いったいどれだけ
採掘作業をしなければならないのかと
気が滅入っていたが、これで、とりあえず
『魔鉱石採掘』の依頼は達成だ。
少し、ホッとした。
「明日の朝、洞窟へ向かう前に
町長の家へ持って行ってしまおう。
それで、シホの魔法はどうなんだ?」
戻ってきたシホの表情からして、
なんとなく察していたが、
「あぁ、ゆっくり詠唱すれば、確実に
魔法を成功できるようになったぜ!」
と、自信満々にシホが答えてくれた。
「いやはや、すごい魔法でござった。
拙者が、試しに魔法陣へ投げた小石が、
加速して飛んで行ったでござるよ。」
付き添って行ったファロスに魔法を試してもらったようだ。
そんなにすごいのか。
中級か上級に値する魔法を、一日で習得とか、
シホも何気にすごい才能だな。
「さすがシホさん!」
「へへっ、まぁな!」
ニュシェが褒めて、シホがますます調子に乗る。
しかし、今はそれでいいのかもしれない。
調子に乗ったまま、明日も成功させてほしい。
「ゆっくり、ですか。」
「え、いやまぁ、その・・・。」
木下に指摘されて、シホの表情が曇っていく。
「早く詠唱しようとすると、
魔法のイメージができなくなっていくというか・・・なぁ。」
シホが木下を納得させるような言い訳をしているが、
木下は、厳しい表情のままだ。
実際、作戦の要となるシホの魔法の発動が
遅れれば、それだけ囮となっているオレとファロスは
危険にさらされる時間が長くなる。
「し、しかし、中級か上級の魔法だろ?
よくぞ短期間で習得したな。
これで、明日の作戦は実行可能になったわけだな。」
オレが、そう言うと
「だ、だろ!? 上級魔法ぐらいに難しい魔法なんだぜ。
普通に習得しようとすれば、
まだ三日かかるぐらい難しい魔法だからな。」
シホが少し明るい声を出す。
「・・・たしかに、そうですね。
魔法を発動できるようになったのは、すごいことです。
シホさんが詠唱している間、おじ様たちには
がんばってもらうしかないですね。」
木下は、シホを認めつつも、厳しい態度は崩していない。
意地悪なわけではなく、木下は
危険な作戦を提案した手前、失敗は許されないと、
責任を感じているのだろう。
「これで、ユンムさんの作戦に必要な物が
すべてそろったね。」
木下の厳しい空気を感じ取って、
ニュシェなりに、空気を変えようとしてくれているようだ。
ニュシェの明るい声に、木下の表情も緩む。
「そうですね。」
木下がひと息ついて、オレたちの顔を見渡した。
「いよいよ明日です。
作戦は、頭に入ってますね?」
「あぁ、しっかり覚えてるぜ。」
「うん。」
木下の問いに、シホとニュシェが答える。
オレとファロスは、力強くうなづいた。
「明日は、多めに水筒を持って行く予定ですので、
荷物の方、よろしくお願いします。おじ様。」
「オ、オレか!?」
木下に言われて、少し驚く。
水筒ぐらい、どうってことないと思われがちだが、
水は、地味に重くなる。
オレは鋼鉄の槍も持たされるのに。
「拙者も持つでござる。」
「す、すまんな。」
すかさず、ファロスが助けてくれた。
「ファ、ファロス。」
「なんでござるか?」
「今日は、練習に付き合ってくれて・・・あ、ありがとな。」
「拙者は見ていただけでござる。」
シホが少し照れながら、ファロスに礼を言ったようだが、
ファロスはシホの気持ちに気づくこともなく、
軽く受け止めている。
かくいうオレも、シホの恋心を聞かされてなければ、
その気持ちに気づくことは無かったかもしれない。
ファロスとオレは似ているな。
だからこそ、助言してやりたいところだが、
こればかりは他人に押し付ける物でもないしな。
この旅の間に、シホの気持ちに気づくようなキッカケがあればいいのだが。
夜、オレとファロスが床に寝て、
女性陣3人がベッドで寝る。
部屋の中は、少し暑いくらいだから、
少しだけ窓を開けてある。
時折、入ってくる風にカーテンがなびく。
夜でも道通りには人が歩いているようで、
たまに通行人たちの声が響いてくる。
やたらと声が大きい通行人たちは、
どこかで一杯飲んできたのかも・・・。
今日も酒が飲めなかったな。
最近は、早朝の特訓のせいで夜は早く眠くなる。
昼間、疲れるほど体を動かしているから余計にそうなる。
明日の早朝のことを考えると、酒を飲みたいという欲求が薄れる。
ファロスたちのせいで・・・いや、やつらのおかげで、
ずいぶん健康的になったものだ。
ゴゴゴ・・・ゴロゴロゴロ・・・
遠くで雷が鳴っている。
もしかしたら夜の間にひと雨降るのかもしれない。
それとも、明日は雨か?
「・・・。」
ほかのやつらの寝息が静かに聞こえてくる。
もう寝たのだろう。
オレも昼間、バカみたいに走り続けたから
体は疲れ切っていて、横になれば
すぐに眠れるものだと思っていた。
なのに、まだ眠れない。
時折、窓から入ってくる涼しい夜風が
眠気を誘ってきているのに。
ゴゴゴ・・・ゴゴゴ・・・ゴロゴロ・・・
また雷・・・そういえば、
「帝国に逆らえば『赤雷』に撃たれる」だったか?
町の入り口にある『カラクリ人形』と似たような、
昔の『カラクリ兵』のあだ名が『赤雷』・・・。
そんなに早いスピードで動けたのだろうか?
それとも、反乱軍を早く片付けてしまったから、付いたあだ名なのか。
いずれにしても、数百年前の大昔の話。
必ず尾ひれがついているものだ。
あの『カラクリ人形』を蘇らせる、か。
グルースは頭のキレるやつだ。
そんなやつが、本気であの人形に
全てを賭けているとは思えない。
あれをキッカケに、何か帝国軍に仕掛けるつもりなのか?
・・・できれば戦争という手段は避けてほしい。
戦争は、何も生まない。
生まれるのは、痛みと深い悲しみと遺恨だけ。
日常の生活に溢れている、全ての幸せを消し去ってしまう戦火。
いかに相手が悪政をしいる帝国軍であろうと、
自ら戦火を振りまくような、愚かな手段は使わないでほしい。
「・・・。」
自分の手が、少し震えた気がした。
実戦で感じた恐怖心を思い出したか?
・・・最近は、すっかり慣れ切っていたと思ったが、
まだオレの中には、命のやり取りに対する
恐怖心が残っていたのか。
明日は、いよいよ『炎の精霊』討伐。
あの洞窟の奥にいるであろう、さらわれた子供たちを救出する。
恐怖で震えている場合ではない。
どうせなら、勇気で拳を奮い立たせよう。
オレは、そう思いながら、
拳を力強く握って・・・いつの間にか眠っていた。




