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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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血まみれの報告





体はじゅうぶん休まったとは言えないが、

どのみち、洞窟内では本当の意味で体を休めることはできない。

周辺の気配を警戒して休んでいたが、

幸い、休んでいる間は、何も近づいてこなかった。

ランプの灯りが消えかかっていることに気づき、

オレは荷物と『ゴブリン』の首が大量に入った袋を背負い、

ランプを片手に持ちつつ、両腕で

ペリコ君を抱きかかえ、洞窟の出入り口へと歩き出した。


「まさか、本当に

お姫様抱っこをしてくれるとは思っていませんでした。」


オレもペリコ君も、すでに呼吸は整っていたが、

ペリコ君の体力と魔力の消耗が激しく、

まだ一人で立ち上がれないようだったので、

仕方なく、運んでやっている。

かくいうオレも相当体力を消耗している。

ペリコ君自体は軽いが、大きな荷物や大きな袋が重いせいか、

オレの体力も限界に近いせいか・・・なかなかの重量を感じる。

それでも男の意地というか、平然とした態度でペリコ君を運ぶ。

少し息があがってきているが。


「はぁ、減らず口を叩けるぐらいには回復したようだな。」


「佐藤様も。」


ペリコ君は作り笑顔に見える。

おそらくオレをからかっているのだろう。

こうして話していると、木下と話しているのと変わらない。

やはり『ハージェス公国』の女性は

みんな、口が達者なのかもしれない。


「はぁ・・・ペリコ君、オレの投げた石は

あの天井の魔鉱石に届いたと思うか?」


「さて、どうでしょう。

届きそうな高さまでは飛んで行ったと思いますが・・・、

精霊の炎が、あの魔鉱石から飛び出した瞬間に

見失ってしまいました。

おそらくは、一瞬で溶かされたか、

爆炎の爆風によって弾き飛ばされたかのどちらかでしょう。」


「い、一瞬で溶かされ・・・はぁ、そんな高熱の炎なら、

やつが宿っている魔鉱石や周辺の天井ごと溶けてしまうだろ?」


「そのへんのことは私も詳しくはありませんが、

『炎の精霊』ですからね。炎を扱うことに長けているのなら、

燃やしたい物だけ燃やし、燃やしたくない物を燃やさないということも

出来てしまうのではないかと思われます。

しかし、そうですね。もしも、ここの石の融点が低いとしても

一瞬で溶かされるのは可能性として低いかもしれません。

爆風で弾き飛ばしたという方が、現実的ですね。」


ペリコ君の説明は的確だと感じる。

対象の物だけを燃やし、その他を燃やさない・・・

精霊とは、そんなことが可能なのか?

しかし、可能性の話としては、爆風の方が可能性が高いのか。

どちらにしても小石程度では

やつの防御を突破できないということだ。


「はぁ・・・はぁ・・・。」


そんな精霊を・・・

いったい、どうやって『炎の精霊』を討伐するんだ?

オレはペリコ君の話を聞いて、ますます

討伐することが困難であることを感じて、黙ってしまった。




洞窟の出入り口へ出てみれば、ややオレンジ色の空が見えた。

もうじき日が暮れる。

「ここで降ろせ」というペリコ君をオレの腕から降ろした。

ペリコ君が重かったわけではないが・・・

感じていた重量から解放されて、腕が軽くなったように感じた。

しかし、ペリコ君はまだ一人で立てるほどに回復していないようだ。

オレの肩に掴まって立っているペリコ君。


「カルフ、ここへ!」


「!?」


ペリコ君が森へ向かって、そう叫んだと思ったら、

木々の影から、一人の人影が走ってきた!

オレは、思わず身構えそうになったが、

ペリコ君が落ち着き払っているので、なんとなく危険が無いと察した。

人影は、オレたちの目の前で片膝をつき、


「ペリコ様、ご無事で。」


そう言いながら、オレを睨んでくる人影・・・!

いや、声からして男だ。

ペリコ君と同じく、真っ黒な服装で身を包んでいるし、

鼻と口を覆うようにバンダナを巻いているらしく、

顔も分からないから判別が難しいが、髪が短く、声も低い。

こいつもペリコ君と同じく、『ハージェス公国』の『スパイ』か。


それにしても、殺気がすごい・・・!

思わず身構えそうになるが、


「あぁ、無事です。

この通り、佐藤様に助けられました。

その殺気を抑えなさい。

あなたでは佐藤様に太刀打ちできません。

それよりも、あなたの肩を貸してください。」


「はっ! 失礼しました!」


ペリコ君にそう言われたら、男からの殺気が消えた。

そうして、男は命令どおりに、

ペリコ君の横に立ち、ペリコ君は男の肩に掴まった。

ただ、男はペリコ君より身長が高いらしく、

男が腰をかがめて、とても窮屈そうにしている。

上下関係にあるようだな。

ペリコ君の部下、もしくは後輩か。


「あなたに任務を替わってもらったのに、

こんなていたらくで申し訳ないですね。」


「い、いえ、そんなことは・・・!」


今の会話からして、最初にオレを尾行していたのは、

この男だったのだろう。


「それでは佐藤様、私はこの者と先に戻ります。

情けないことに、この状態では佐藤様をお守りするどころではないので。」


「そうか・・・そうだな。

今日は、本当に助かった。ありがとう。

ゆっくり体を休めてくれ。」


「は、はい。お気遣い、感謝いたします。」


「?」


オレは素直に礼を言っただけだが、

礼を言われ慣れていないペリコ君は困惑した表情を浮かべた。

肩を貸している男の方は、よく分かっていない様子だ。


「最後に・・・佐藤様。」


「なんだ?」


「佐藤様から聞いた、昨日の洞窟での出来事と、

今日、佐藤様が洞窟で試したことを合わせて考察しますと、

あの『炎の精霊』の出現条件は、

おそらく・・・空気の動きだと思われます。」


「空気の動き!?」


「はい。『炎の精霊』がいる、あの広場で、

あれだけ近づいても出現しなかったので、

気配を察して出てくるわけではないようですし、

声が響いても出てこなかったので、音に反応するわけでもなさそうです。

けれど、昨日は隣りの通路と広場を隔てていた壁が崩落しただけで、

精霊が出現したそうで。

そして、今日は、小石が急接近した時に出現した・・・。

ならば、あの広場の空気の揺れや動きを察知しているんだと思います。」


空気の動きで察知している・・・か。

なんとも信じがたいが、精霊ならば、

そういうことも可能なのかもしれない。

しかし、空気の動きだとすれば・・・


「もし、空気の動きが条件なら、風が吹いただけでも

『炎の精霊』が出てくることになるが?」


「そうです。しかし、洞窟内は風がありません。

あの広場へ通じる通路も、曲がりくねっているせいで

風どころか空気の流れも悪いようです。

なので、誰かが通らない限り、広場の空気が動くことはありません。」


「なるほど・・・昨日は、いきなり隣りの通路と

広場が繋がったため、一気に空気が動いたから

やつが反応した・・・ということになるのか。」


「はい。」


ペリコ君の憶測でしかないが、

言われてみれば、そんな気がしてくる。

空気・・・か。

現時点での情報では、その憶測が有力だと感じる。

というか、頭の悪いオレでは、

その憶測にたどり着けなかっただろう。


「それと、気になったのは、

『炎の精霊』が現れた時、自ら名乗るような言葉を

喋っていましたが、その後『アイコトバ』と

言っているように聞こえました。」


「アイコトバ? 合い言葉だと!?」


「はい、私の聞き間違いでなければ、おそらく。

情報によれば、あの洞窟は大昔、『エルフ』を閉じ込めて

『炎の精霊』に見張りをさせていたという話ですから、

これも私の憶測になりますが、

『エルフ』を閉じ込めた帝国軍が『エルフ』の様子を見に行く際、

あの『炎の精霊』に合い言葉を伝えることによって、

襲われずに、あの奥へと行けたのかもしれません。」


ペリコ君の憶測を聞くと、たしかに

『炎の精霊』は、そんな言葉を言っていた気がしてくる。

出現が派手過ぎるというか、強烈な印象があったため、

やつが何を喋っているかなど気にもしていなかった。

それに、滑舌が悪い喋り方だから

何を喋っているのか聞き取りづらかったからな。


「なるほど。たしか、あの奥に『エルフ』が2人、

反逆罪で幽閉されていたという情報だったな。

さすがに今はもう生きてはいないだろうが、生きていた頃は

帝国軍が定期的に様子を見に行っていた可能性があるな。

あの一瞬の状況で、よく聞き取れたな。さすがペリコ君だ。」


「いえ、そんな・・・恐縮です。」


オレが褒めると、困惑した表情になるペリコ君。

肩を貸している男が、なんとも不思議なモノを見る目で

ペリコ君を見ている。

たぶん、『スパイ』の仲間たちでも

ペリコ君のこの表情を見た者がいなかったのだろう。


「それにしても、合い言葉か。

今は帝国軍がここへ訪れている様子も無さそうだし、

当時、生きていた者たちしか知らない、合い言葉だろうな。」


「そうですね。

あまり有力な情報じゃなくて申し訳ありません。」


「いや、そんなことはないぞ。

誰も知らなかった情報だろうからな。

今は、どんな些細な情報でも敵を知ることに繋がる。

情報を生かせるかどうかは、やつと対峙した者の実力次第だ。」


「佐藤様・・・。」


実際、今日入手できた情報は大きい。

オレ一人では見過ごしてしまう情報ばかりだ。

やはり、ペリコ君が一緒でよかった。

頭の悪いオレでは、入手した情報を

有効に活用できるかどうかは分からないが、

パーティーの仲間たちに伝えれば、

有利になれる戦略を練れるかもしれない。


「それと、今回の件とは別に、

パーティーのメンバーに懸念があるのですが、

ユンム様が聞いてくれず・・・

あ、いえ・・・喋り過ぎました。」


「?」


なんだ? メンバーに懸念?

何か気になることを言われた気がするが、

ペリコ君からは、もうそのことについて

話す気はないのだろう。

聞き返したいと思ったが、話を元に戻されてしまった。


「洞窟内での情報は、私の憶測も混じっていますが、

このことをユンム様にも、お伝えいただけますか?

きっとユンム様なら、この情報を有効に使って

『炎の精霊』の攻略に役立ててくれると思います。」


「分かった・・・しかし、ペリコ君から直接伝えないのか?」


「私は、ユンム様を陰から見守る役目ですので。

体力が回復したら、本来の任務に戻ります。

必要以上にユンム様と言葉を交わすことは、ほとんどありません。」


「そうなのか。」


前回は、木下と一緒にオレの目の前に現れたペリコ君だが、

見守り役は、本来、そうして一緒に姿を現すことは無いのだろう。

むしろ、姿を人前にさらすこと自体が無いのだろうな。


「では、しばらくペリコ君とは会えなくなるか・・・。」


「! いえ、その・・・

全くそうなるというわけでもないのですが、その・・・。」


「?」


木下と仲が良さそうなペリコ君だが、

今後、2人が普通に会話することもなくなるのかと思ったので、

そうつぶやいてしまったのだが、

ペリコ君が、何やら慌てて否定している?


「あ、そうだな。すまん。

オレは、また余計な首を突っ込んでしまったな。」


「いえ、その、そういうわけでは・・・。」


つい親しげに話してしまって、

なんでも聞いてしまうオレだが、相手は他国の『スパイ』だ。

オレに聞かれたくない事情もあるだろう。

木下とは話す機会がないと、オレに言いつつも、

オレが知らぬところで連絡を取り合うこともあるのだろう。


疲れ切っているせいか、ペリコ君を信頼してしまっているせいか、

オレは気が緩んでいるようだ。

うっかり心を許し過ぎて、寝首をかかれることもある、か。

気を引き締めねばならないな。


「・・・ふぅ。

ユンム様が遺伝子にこだわる理由が少し分かった気がします。

いっそのこと、佐藤様には

『ハージェス公国』の協力者となっていただいた方が

私にとってもユンム様にとっても、事が運びやすいのですが・・・。」


「え?」


「ペリコ様?」


小声の早口で、何かつぶやいたペリコ君だったが、


「いえ、なんでもありません。」


キリっとした表情で答えた。


「今後、佐藤様へお伝えしたいことがあれば、

そっと、お手紙を差し上げますので・・・

歯磨きは毎日欠かさないよう、お願いします。」


「っ! わ、分かっている!」


ペリコ君にそう言われて、前回の脅迫状を思い出した。

こいつは、また前回のようにオレの荷物の中へ

勝手に脅迫状を入れるつもりなのだ。

やはり、こいつは敵なのだな。


「では、参りましょう。」


「はい。」


ザッ!


ペリコ君は、オレに少しだけ頭を下げて、

肩を貸している男に合図し、2人で素早く森の中へと駆けて行った。

あっという間に2人の気配は感じなくなった。


「なんだ、あいつ・・・走れるんじゃないか。」


オレに運ばれていた時間と今話していた時間で、

走れるほどの体力が回復できたということか。

・・・若いな。


一人、その場に残されたオレは、

その様子を呆然と見送りながら、少し肩の力が抜けた気がした。


「はぁ・・・さて、と。」


洞窟を出た時は、少し息切れしていたオレだったが、

ペリコ君と話しているうちに、呼吸が整ったので、

大きな荷物を抱え直して、山道を下り始めた。

ぼやぼやしていると、日が暮れて、真っ暗になってしまう。

その前に、町へ辿り着かねば・・・。




オレが町へ着いた頃には、陽がすっかり落ちていた。

山道を下っている間、魔物や魔獣に出会わなかった。

もしかしたら、ペリコ君を支えて戻って行った、

あの男『スパイ』が、山道に近づいてきそうな魔獣や魔物を

あらかじめ討伐してしまったのかもしれない。

オレの安全を確保したからこそ、先に町へ戻った・・・と思える。

すべては憶測でしかないが。


町の近くを通る際に、面倒だったが

また反乱軍のバンダナを口元に巻いて歩いた。

町の中と違って、薄暗い町の外では

真っ黒いバンダナで顔を隠していても、

そのへんに簡易テントで生活している者たちからは、

殺気を感じる目で見られていた。


しかし、オレが背負っていた大きな袋・・・

その袋から中の『ゴブリン』の首が、少しはみ出ていたのだろう。

それを見た住人たちは、おぞましいモノを見るような目で

オレを見て、誰も近づいてこなかった。

いや、よくよく考えてみたら、今のオレは全身、

『ゴブリン』の真っ黒な返り血でドロドロの状態だったのだ。

なるほど・・・こんな状態の者に話しかけてくるやつはいないな。


町の中へ入ったオレは、町の外の住人と同じく、

奇異の目で見られることになった。

早く身軽になりたかったので、まず『ヒトカリ』へ向かい、

『ゴブリン』たちの首を窓口で引き取ってもらった。

オレの姿を見て、みんなが後ずさりしていた。

窓口で、大きな袋を開けた瞬間に、中に溜まっていた真っ黒な血が溢れ出し、

窓口の女性たちが悲鳴を上げた。

逆に、大量の『ゴブリン』の首を見た、他の傭兵たちからは

歓喜の声が上がり・・・『ヒトカリ』は一時騒然となってしまった。


その後、根掘り葉掘りと、

「どうやって、この数の『ゴブリン』を討伐したんだ!?」と

窓口の女性たちや傭兵たちに聞かれたが、

『スパイ』のペリコ君のことは明かせなかったので、

結局、一人で討伐したことにしてしまった・・・。

『ヒトカリ』の女性たちや

奥の事務室から出てきた事務員たちが口々に


「さすがAランク! さすが『殺戮(さつりく)グマ』!」


「恐るべし! 『森のくまちゃん』の『殺戮グマ』!」


と騒ぎ出し、その言葉が傭兵たちに伝わっていき、

その場にいる全員に褒め称えられてしまった・・・。


はぁ・・・違うのに、真実を言えない・・・。

うまく嘘がつけない・・・。

こうして、また間違った噂が流れてしまうんだろうな。


オレが討伐した、『ゴブリン』の群れがいた広場こそが、

『ゴブリン』たちの住処だったのではないか?と

その場にいるみんなが憶測していたが、

オレは、ペリコ君に教えてもらった通り、

あの洞窟には住処が無かったということを伝えておいた。

ペリコ君に教えてもらった根拠を述べたら、みんな納得していた。


あの、行方不明の息子を探している窓口の女性も

その場にいたが・・・とても残念そうに、うつむいていた。

「まだ、あの奥に奴隷商人たちのアジトが・・・そこに息子さんも・・・」

と伝えて、励ましたかったが・・・すべて憶測だ。

下手に喜ばせるようなことは、今は言えないと思い、

オレはそれ以上、何も報告せずに『ヒトカリ』を後にした。


『ゴブリン』の首は、かなり良い値段で引き取ってもらえた。

それだけ、この町では『ゴブリン』の被害に悩まされていて、

この町にいる、ほかの傭兵たちでは討伐も難しいのだろう。

今日、討伐した分、少しでも被害が減ってくれればいいが・・・。




その後、オレはファロスが入院している病院へと向かいたかったが、

返り血でドロドロ状態のまま、町を歩くだけで

みんなが後ずさるような状況だったので、

ひとまず宿屋へ戻って、汚れを落とすことにした。


宿屋『リュンクス』に着くと、宿屋の玄関前に

年老いた女性店員が、ほうきを持って立っていた。

ちょうど玄関前を掃除していたらしい。

オレの姿を見るなり、大慌てで他の店員たちを呼び、

綺麗な布で、オレの鎧や荷物の汚れなどを拭き取ってくれた。


本当に・・・至れり尽くせりの、本物の宿屋のようだ。

しかし、この店は『ハージェス公国』の

『スパイ』が運営している宿屋・・・。

年老いた女性店員ですら『スパイ』に見えてくる。

この店員は、先に帰ってきたペリコ君の報告を受けて、

汚れきったオレを待ち構えていたのではないか?

疑念はあるが、その動作は普通の店員そのもの。

さすが『スパイ』だな・・・人をあざむくプロ集団といったところか。


2階の宿泊部屋へ行くと、

すでに、シホと木下とニュシェ、3人が部屋にいた。


オレの帰りを迎えてくれる仲間たち・・・。

自宅ではない、旅の途中の宿屋であり、

仲間と言えど、所詮は赤の他人で、

血の繋がりのない関係のはずだが、

3人に「おかえりなさい」と言われると・・・

生きて帰って来たんだという実感がわいた。

本当に、無事に帰れてよかったと感じる。


そのまま洞窟での出来事を報告しようとしたが、

シホとニュシェが自分の鼻をつまんで、

ものすごく嫌そうな表情になった。

オレの衣服に付いた汚れや血生臭いニオイに気づかれて

すぐシャワーを浴びることになった。

ずっと同じニオイを嗅ぎ続けると、嗅覚が慣れてしまうのか、

オレは3人に言われるまで、あまり気にならなかった。

もしかしたら、町の住人たちや『ヒトカリ』のやつらも、

ニオイが気になっていたのに、オレには言わないでくれたのかもしれない。


シャワーで汚れを洗い流していたら、腹の虫が鳴った。

ちょうど夕食の時間帯だ。

もう遅い時間帯だから、病院の面会時間に間に合わないと

木下に言われてしまったので、ファロスの刀を返すのは

明日にすることにした。


オレたちは、1階の食堂で夕食を食べながら

その場で話せる範囲で、今日の出来事を話し合うことになった。


「では、ファロスの手術は無事に終わったんだな。」


「うん、お医者さんがそう言ってたよ。」


ニュシェからファロスの話を聞いた。

ファロスは、今日、手術を受けていたらしい。

ファロスの火傷は、右の手からヒジにかけて、

広範囲の皮膚が溶けてしまっていて、

少し筋肉まで溶けていた状態だったとか。

それほどの重傷だったのか・・・。

骨まで溶けていなかったのが不幸中の幸いか。

その火傷によって、ただれた皮膚に

食い込んでいる無数の砂や雑菌を除去する手術で、

半日以上かかったとか。

今は、筋肉と皮膚を早く再生する薬液に、

右腕を浸しているから、身動きが取れないらしい。

ファロス自身は仲間に看病されると気を使うため、

看病は不要ということで、ニュシェは宿屋へ戻ってきたようだ。

あとは、病院の看護師たちに任せてあるとの事。

かなり治癒力が高い薬液らしく、一晩寝ていれば、

明日には完治しているという話だ。

それだけ、高額な治療費になるが、やむを得ない。

とにかく、ファロスの怪我が完治できるならそれでいい。


「ところで、ニュシェ、その手の傷はどうした?」


「こ、これは・・・。」


ニュシェの指には包帯が巻かれていた。

聞けば、病院から宿屋へ戻ってきたものの、

シホが寝ている部屋で、何かするわけにもいかず

ヒマだったから、宿屋の裏庭で斧や弓矢の練習をしていたらしい。

集中しすぎて、かなり長い時間、練習していたため、

いつの間にか血がにじんでいたとか。

すごい集中力だな。


「それぐらいなら回復薬を飲めば、すぐ治るんじゃないか?」


「私もそう言ったのですが・・・。」


「う、うん・・・でも、

これぐらいで回復薬を使っちゃうのは、もったいないから。」


シホや木下がニュシェに薬を勧めているが

ニュシェは断っている。

なるほど。

ニュシェなりに、お金を使うことに対して気を使っているようだ。

お金がないから、ここに滞在して

お金を稼ぐという話になっているからだな。

子供はお金の心配をしなくてもいい・・・というのは簡単だが、

もうニュシェは子供扱いしてはいけない年頃だ。

それに、お金を大切にする心は大事だ。

オレも、なんでも薬に頼るのは好きではない。


「分かった。ニュシェの気持ちを尊重しよう。

実際、なんでも薬に頼ってしまうと、

体の自然治癒力が衰えやすいって聞いたこともあるしな。

しかし、小さな傷でも、のちのち大きな痛みになる場合もあるから、

少しでも辛くなったら我慢せずに薬を飲むんだぞ。」


「うん。」


オレの言葉に、うなづくニュシェ。

本当に素直で賢い子だな。

オレが、この歳の頃なんて、

ヒマさえあれば友人と遊んでいたはず。

見習わなければな。


「シホはしっかり眠れたか?」


「あぁ、寝すぎて頭がボヤボヤしてるけど、

体力はバッチリ回復したよ。」


そう言って、シホは目の前にある

鶏の唐揚げをつまんで、口に頬張った。

見るからに元気いっぱいだな。

ファロスの手術がうまくいったのも

シホの心に良い影響を与えているのかもしれない。


「ユンムは図書館で、いい情報を得られたか?」


「はい。とても有益な情報が得られました。

詳しいお話は、部屋へ戻ってからにしましょう。」


「分かった。」


木下は、そう言って美味しそうに食事を再開している。

今日も、真っ先に料理に手を出していた木下・・・。

ペリコ君の言っていた通り、

この宿屋が『ハージェス公国』のものであるなら、それも納得だ。

きっと、オレたちが知らない内に、

目の前には、木下の好物がズラリと並んでいるのだろうな。


「唐揚げ以外もうめぇな、ここは!」


「でしょう?」


シホが料理を褒めると、木下が嬉しそうに答える。

うかうかしていると、

オレの食べる分までシホに食べられてしまう勢いだ。

どれが『ハージェス公国』の郷土料理なのか分からないが、

オレも慌てて、目の前の美味しそうな料理に手を伸ばした。





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