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定年間際の竜騎士  作者: だいごろう
第五章 【エルフの赤雷と怠惰の赤鬼】
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炎の精霊が宿る魔鉱石




暗い洞窟の通路を、ペリコ君と進んでいくと、

地図上では、いよいよ『炎の精霊』がいる広場に

到着しそうな地点まで辿り着いた。


さっきの通路でも感じたが、

こっちの通路でも、なんとなく焦げ臭い空気が

漂っている気がする。

『炎の精霊』のせいなのか?


気配はない。

『炎の精霊』も、魔物や魔獣の気配もない。

ランプの灯りで感づかれるかも、と警戒していたが、

気配がないから、灯りで感づかれる心配はないと判断して、

ランプを点灯しながら進んでいった。


「!」


曲がりくねった通路のその先に、

突然、ぽっかりと広い場所に出た。

そこは、今まで見た採掘場となっていた広場よりも、さらに広い。

ランプの灯りが、壁まで届いていない。

しかし、奥の方・・・右側の壁が崩壊して、

大きな穴が開いているのがオレたちには見えている。

薄暗くはあるけれど、この広場の全貌が、オレたちには見えていた。


それはなぜか?


「あ・・・あんなところに!」


この広場全体が、うっすらと赤い光に照らされていたからだ。

その赤い光は、天井から降り注がれている。

その赤い光を発している天井を見上げれば、

そこには、こぶし大の、赤く輝いている宝石のような石が

はめ込まれた茶色の杖が・・・天井に突き刺さっていたのだ。


「あ、あれが・・・『炎の精霊』が宿る魔鉱石なのか!?」


昨日は、遠い位置から大穴を通して覗いていたし、

すぐに『炎の精霊』が現れたものだから、

こっちの広場が、こんなに見やすいとは思わなかった。

天井の魔鉱石からの小さな赤い光で、

この広場全体が、薄っすらとした赤い色に染まっている。

それでも、ランプの灯りのほうが圧倒的に明るいが。


「あんな所に・・・!」


ペリコ君が見上げながら、驚きの声を上げる。

天井の高さは、50m以上・・・

100mまではいかないだろうが、かなり高い。

この通路側から見上げると、さらに遠く、高く感じる。

あんな場所に、精霊が宿る魔鉱石があるとは!


「・・・どおりで、この数年、

いえ、この数百年、誰にも討伐されていないはずですね。」


ペリコ君が通路から広場を見渡しながら、そう言った。

たしかに。

広場のあちこちに骨や武器、防具が散乱している様が見える。

今まで犠牲になった者たちだろう。

あの高さ、この距離からでは、

天井にある魔鉱石を破壊することは難しい。

おそらく、これ以上、通路から広場へ入ったり

あの魔鉱石の真下まで近寄れば『炎の精霊』が出てきてしまうはずだ。


「魔法や弓矢でも届かないか?」


「・・・この距離ですから、魔法を使うために

こちらの魔力が高まった時点で、精霊に感づかれてしまう恐れがあります。

弓矢なら・・・よほど優秀な弓使いなら、もしかして届くかもしれませんが、

果たして、魔鉱石を砕くほどの威力を出せるかどうか・・・。」


「・・・。」


真剣に考えて答えてくれる、ペリコ君。

そうか、あの魔鉱石がどれほどの硬さか分からないから・・・

たとえ弓矢が届いても、破壊できるか分からない。

それは魔法でも同じか。


あれを設置したやつは頭がいいな。

どうやって、あの高さの天井に、

杖を突き刺せたのか分からないが、

あれなら、剣などの近接攻撃する類の武器は届かない。


「それにしても・・・こうして魔鉱石が見える位置に

私たちがいるのに、精霊は出てきませんね。

まだ広場へ入っていないからでしょうか?」


「そうだな。こうして小声で話し合ってはいるが、

少なからず音が反響しているのに。

それでも出てこないか・・・。」


昨日は、今よりも魔鉱石から離れていたはずだ。

しかし、昨日は壁が崩壊した途端に『炎の精霊』が出てきた。

爆弾の爆発音や、壁が崩壊した音に

反応して出てきたわけではないということか?

この距離の声でも出てこないなら、

昨日は、いったい何に反応して出てきたんだ?


オレとペリコ君は、じっと通路から

天井で光っている赤い魔鉱石を見上げていた。


「ペリコ君のナイフなら届くか?」


「む、無理ですよ。常識的に考えてください。

いくら私が投擲とうてき術が得意だとしても、せいぜい10~15mです。

それ以上離れている相手に対して、たとえ届いたとしても

威力も命中精度も落ちてしまいます。」


ペリコ君が慌てて否定している。

それもそうか。

ペリコ君があまりにも高い身体能力を持っているから、

常識以上の実力があると勘違いしてしまったが、

普通に考えて、人が投げた物が、あんな高さに届く方が異常か。

ペリコ君の言う通り、命中精度ということも考えると、

ここは、弓矢のほうが、まだ届く可能性としては高いか?


「投擲か・・・そうだな、試してみるか。」


「え?」


オレは、足元に転がっていた手頃な小石を拾った。

掌に収まるほどの小石だ。

それを軽く、掌の上に放って受け止め、小石の重さを確かめる。


「な、何をなさるおつもりですか!?」


「いや、何・・・

今まで、オレはナイフを投げたことはなかったが、

投げ槍を投げたことはあったからな。

こいつを、槍を投げる感じで投げてみたら、

あの魔鉱石に当たらずとも、

案外、天井までは届くかもしれないと思ってな。」


投げ槍とは明らかに形状も重さも違う小石。

槍よりも軽いし、槍よりも投げやすい。


「や、やめてください!

そんなことをすれば

『炎の精霊』を悪戯に出現させてしまうだけでしょう!」


「狙いは、それだ。」


「え?」


「どれだけ近づけば、やつが出てくるのか?

何が条件で、やつが出てくるのか?

オレはそれを知っておきたい。

もしかしたら、この小石を投げた程度では、

やつは出てこないのかもしれない。

でも、それは投げてみないと分からない。」


「し、しかし、もし出てきた場合は!」


「その時は、ペリコ君の魔法で、この場に土の壁を作ってくれ。

幸い、こっちの通路は曲がりくねっている。

ここに・・・この広場と通路の境目に、一瞬でも壁が出来れば逃げ切れると思う。」


昨日、オレたちが通った通路は、あまり曲がり道がなく、

あの壁の大穴から見て、真っすぐな通路だった。

だからこそ、やつが放った炎の球は、

まっすぐオレたちに向かって来て、ファロスに直撃したのだ。

この曲がりくねった通路なら、やつの炎の球から逃げ切れると感じる。


「さきほどもお話した通り、私の魔法が間に合わない可能性が高いのです。

土の魔法が間に合ったとしても、それで防ぎきれるかどうか・・・。

そうなったら・・・そんな危険を冒してまで、佐藤様は

ファロス様の刀の効果を調べるつもりですか?

もし、その刀が通用しなかった場合、佐藤様は高熱の炎に焼かれるのですよ?

ファロス様よりも、もっと深刻なダメージを・・・

最悪の場合、死にます。」


ここまで協力的だったペリコ君だが、

いざ、『炎の精霊』の魔鉱石を見つけた、この状況になって

どれだけ危険な状況か、実感したのかもしれない。

必死にオレを説得しているのが伝わってくる。


「依頼された『魔鉱石採掘』の魔鉱石が

見つかってないからと焦る気持ちもお察ししますが、

今日は、『炎の精霊』の魔鉱石の場所を確認できただけで収穫ありです。

これ以上、欲張って情報を得ようとするのは危険です。

次回、『炎の精霊』と対峙される時は、佐藤様お一人ではないでしょうし、

試すにしても、協力できる仲間がいる時に・・・!」


ポン


必死になって話しているペリコ君の肩に、軽く手を置いた。


「この場にいるペリコ君には悪いが、

その仲間を、危険なことから守りたいんだ。」


「・・・!」


「できれば、こんな場所に仲間を連れて来たくない。

しかし、この先に・・・いや、あの壁の向こうの通路の先に、

奴隷商人たちにさらわれた子供たちがいる。

その子たちは、今、きっと飲まず食わずの状態だろう。

早く救わねば手遅れだ。

オレも、仲間たちも、その子たちを救いたいと思っている。

壁に大穴を空けてしまったのは、オレのせいでもあるしな。

明日か明後日にはファロスの傷が治るだろうから、その後

『炎の精霊』を仲間たちと討伐することになるだろう。

危険な戦いだ。その前に、少しでも多くの情報を、

少しでもこちらが有利になる情報を知っておきたいんだ。

子供たちを救うために。仲間たちを危険から守るために。」


「・・・。」


「オレがもっと強ければ・・・、一人で討伐できれば、

こんなに心配されることも無かったんだろうがな。

今のオレは弱い。今、『炎の精霊』と戦わずに、

ただ情報を集めるだけでも、

ペリコ君の協力が無ければ成し得ない状況だ。

ペリコ君を危険に巻き込むことになるが・・・協力してほしい。」


「・・・。」


そう言って、オレはペリコ君の目を見つめた。

ペリコ君も視線をはずさず、オレの目を見てくる。

嘘、偽りのない、正直な気持ち、真剣な想いを伝えた。

実力もない癖に、わがままで、他力本願で、

ペリコ君にとっては、なんの得もない、損でしかない、オレのお願いだ。


ペリコ君は、ずっと黙ったまま、オレの目を見ていたが、

急に作り笑顔になった。


「佐藤様は、本当に甘い人ですね。」


「え?」


「佐藤様は私を利用するようで悪いとか思ってらっしゃるようですが、

あくまでも私の目的は、課せられた任務の成功です。

今日は、ユンム様の願いである、佐藤様を危険から守ることが任務ですが、

私の本来の任務は、ユンム様をお守りすることです。

はっきり言って、ユンム様を守れるのなら、

佐藤様がどうなっても、私は構わないとさえ思っています。

たとえ、ユンム様の願いを叶えられなくても

本来の任務が果たせれば、それでいいのです。」


「はは・・・はっきり言うなぁ。」


ペリコ君の言葉を聞いて、なぜか安心する。

ペリコ君の言う通り、オレがペリコ君を利用しているようで

気が引けていた部分が、心の中にあったからだろう。

ペリコ君は、それを察して、

あえて、はっきり言ってくれている気がする。


「ふぅぅ・・・分かりました。

私の予想では、たしかに佐藤様の腕力ならば、

あの天井まで小石が届くかもしれません。

しかし、あんな高い場所にある、あんな小さな魔鉱石に

その小石が当たるはずはないでしょうし、小石程度で

あの魔鉱石がどうにかなるとも思えません。

悪戯でしかないと思いますが、

それで、『炎の精霊』が出てくるかどうか確認しましょう。

精霊が出てこなかったら、このまま帰ります。

それ以上、試すことはやめてください。

そして、もし精霊が出てきても、その刀を試すのは諦めてください。

精霊が出てきた瞬間に、私は土の魔法の詠唱を始めますから、

佐藤様は、即刻、逃げてください。」


「・・・。」


ペリコ君は溜め息を吐きつつ、

オレの提案に乗ってくれようとしている。

提案に乗るというよりは、譲歩というやつか。


ペリコ君の本来の任務と関係のない、今日の任務だが、

それでも、出来る限り、木下の願いを叶えてやりたいという

想いがあるようだ。

今すぐ、オレをここから連れ帰ってしまえば

ペリコ君の今日の任務は、無事に成功して終われるだろう。

オレの提案を却下することも可能なのだ。


それでも、譲歩してくれたのは・・・

次に、ここへ来る時には、守るべき木下もここに来てしまうから。

その時に、少しでも『炎の精霊』に関する情報を

知っていた方が有利になる。危険から木下を守れる。


「これ以上の譲歩はない、か。」


「・・・そうです。」


「ならば、分かった。

今日は、ファロスの刀の試し斬りを諦めよう。」


オレは、そう言って、

腰のベルトに結んでいた刀のヒモをほどき、

荷物に仕舞って、代わりに自分の剣を取り出し、

いつものように腰のベルトに装備する。

こうして、口約束だけではなく

ペリコ君の言いつけを守る態度を示しておく。

オレ自身、腰にぶら下げていたら

とっさに刀を抜いてしまうかもしれないからだ。


・・・試し斬り、したかったが、

たしかに、刀が通用しなかったことを考えれば危険度が高い。

それに、昨日より体力を消耗している状態だから、

試し斬りよりも、逃げることに体力を使わねば

逃げ切れないかもしれない。

ここは、譲歩してくれたペリコ君の言う通りにしよう。


「さて、準備はいいか?」


「はい、いつでも。」


オレは、ペリコ君の返事を聞きながら、

天井にある赤い魔鉱石を見上げていた。


地上から魔鉱石がある天井までは、50m以上はある。

オレたちが立っている通路側からの距離でいえば、

100m・・・といったところか。

投げ槍をただ100m投げるだけなら、

測ったことは無いが、おそらく可能だ。

しかし、それは到達点が地上の場合だ。

空中に投げた物は、上空の、ある位置で勢いを失い、

そのあとは重力のチカラで放物線を描きながら落下していく。

それが飛距離となる。しかし、勢いを失う上空に到達点がある場合、

おそらく誰も100mも飛ばせないだろう。


『竜騎士の技』のひとつ

『水竜殺し・飛び刺突しとつ』なら、ギリギリ届くだろうか。

しかし、小石では技は使えない。オレの腕力だけで届かせる・・・。

『ソール王国』出身者の能力の高さを

発揮できるかどうかにかかっているな。




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