出発と配給
ドドン! ドンドコドンドコ! ドン! ドドン!
「・・・!?」
地下牢で、水滴の音がしなくなってから、
しばらくして、階段の上のほうから
何かを叩いている音が聞こえてきた。
この地下への扉が、長谷川さんによって破壊されたため、
外からの音がよく聞こえてくる。
あれは、太鼓か? 打楽器か?
「な、なんだか楽しそうな音だね。」
ニュシェが身震いしながら、そう言った。
何かの打楽器で奏でられている軽快な音。
たしかに楽しそうな音楽に聞こえる。
まさか、あいつら、今から出発だと言っていたのに、
楽しく酒盛りしてるんじゃないだろうな?
グギュルルルル・・・
「・・・。」
そう考えたら、おなかが鳴った。
昨日から、全然足りていない食事。
今が何時なのかも分からないが、
長谷川さんが、この村へ来たのが朝だったのなら、
もうそろそろ昼になるのではないだろうか?
だとしたら、オレたちは朝食抜きで昼を迎えようとしているわけだから、
腹が鳴るのは当然だ。
「おじ様・・・。」
「し、仕方ないだろ・・・
昨日から、ろ、ろくに、食べてない、からな・・・。」
やはり口の中が切れていて喋りにくいが、オレは必死に言い訳をした。
オレの言い訳を聞いて、
「え、そうなのか? てっきり、おっさんたちも
俺たちと同じ物を食べてるんだと思ってた。」
シホがそう言い出した。
そう言えば、昨日、あの年老いた男が、
シホがたくさん食べ過ぎるって、愚痴をこぼしていたな。
キュルルルル・・・
「・・・。」
「あはは、食べ物の話をしてたら、
おっさんの腹の音が止まらなくなってきたな。」
シホが笑いながら、そう言ったが、
今のかわいい音はオレではない。
しかし、ここでオレが否定すると、
犯人探しが始まってしまうだろうから・・・オレは答えずにいた。
なんとなく、ニュシェがうつむいている気がするから、
ニュシェの腹の音だったのかもしれない。
ドドン! ドンドコ! ドンドコ! ドドドドドン・・・!!
しばらく聞こえていた打楽器の音が、
盛り上がってきたと思ったら、それっきり静かになった。
そして・・・
「あ!」
「ぅ・・・おぉ・・・!」
少しずつ、長谷川さんの武器の気持ち悪いエネルギーが
弱まっていくのを感じた。
この村から離れていっているのだろう。
海賊たちが村を出て行った証拠だ。
「もしかして、あの武器のエネルギーが
遠のいていったのですか?」
オレとニュシェの様子を見て、木下が話しかけてきた。
「うん。遠のくって感じじゃなくて、
空気に満ちている気持ち悪さが薄くなっていくって感じだけど、
たぶん、あのおじいちゃんが離れていってるんだと思う。」
喋るのが億劫なオレに代わって、ニュシェが答えてくれた。
あぁ、たしかに、ニュシェの言う通りだな。
エネルギーが離れていくという感覚じゃなく、
薄くなって、弱くなっていく感覚だ。
「・・・そっか。
あのじいさんを連れて、シャンディーたちが
ここを出ていったってことだな。」
シホが、そう言った。
その表情が、少し心配しているような、そんな顔だった。
オレたち同様、シホも生贄として命を落とすところだったのに。
シホとしては、本当に村長を信頼しているのだな。
オレたちと違って、しっかり食事も与えられていたようだし、
村長とも意気投合できて楽しかったのだろう。
これは、本当に・・・
すぐには脱出できないかもしれないな。
オレは、長谷川さんの武器のエネルギーが弱くなっていく中、
シホをどうやって説得するべきか、悩んでいた。
それから、しばらく、外の音は聞こえてこなかった。
階段上の扉が無くなったから、時折、外からの風を感じるようになった。
それだけでも、なんとなく気分がラクになった気がする。
「・・・すんすん・・・。」
「どうしたの? ニュシェちゃん?」
ニュシェが、鼻を鳴らして、何かのニオイを嗅いでいる。
「なにか・・・いい匂いがするよ・・・。」
キュルルルル・・・
「・・・。」
ニュシェが木下の問いに答えた瞬間、腹の音が鳴った。
今の腹の音は、完全にニュシェの方から聞こえたが、
「・・・そ、そういえば、おなか、すいたね・・・。」
木下が、やんわりと気遣って、そう言った。
シホは黙っている。
どうやら木下もシホも、
さっきと今の、腹の音がオレのものではなかったことに気づいたようだ。
ニュシェは少し赤くなった顔でうつむいている。
カツン カツン カツン・・・
「!」
オレたちの会話が途切れたタイミングで、
上から階段を下りてくる足音がした。気配も感じる。
あの年老いた男・・・ではないはずだ。
おそらく、今、この村に残っているのは、
戦えない女子供たちだけだろう。
「・・・。」
オレたちは黙って、階段を見つめた。
やがて、ランプの明かりが見えて、
腰が曲がっている老婆が階段を下りてきた。
片手には、少し大きめの鍋を持って来ている。
「イルばぁ!」
シホが、そう言った。
「イルばぁ」と呼ばれた老婆は、たしか、
戦えない女子供たちとともに、ここへ避難してきて
村長に話しかけていた老婆だ。
「生贄様たち・・・
いや、もう、あんたたちは生贄じゃないんじゃったのぉ。
食事の時間じゃ。」
ゆっくり歩いて、オレたちがいる牢屋へ近づいてきた
老婆は、そう言った。
そして、鉄格子の前まで来ると、
ガチャガチャ・・・ガシャン・・・キィィィィ・・・
扉を解錠して、開けた。
「ありがとよ。」
この中で錠をしていないシホは、
そう言って、扉のそばへ近寄り、老婆から鍋を受け取った。
鍋の上に、数枚の器も乗っている。
「・・・ありがとうございます。」
「ありがと・・・。」
シホがお礼を言ったからか、
木下もニュシェも、老婆へお礼を述べ始めた。
オレとしては、囚われの身だから、
食事を持って来てくれたからと言って、お礼をする気になれない。




