博打のあと
村長と長谷川さんが立ち去った後、
鉄格子のそばに、いつの間にか、
あの年老いた男が立っていた。
「はぁ・・・。まずは、礼を言おう。
余計なマネをしてくれおって・・・ありがとよ。」
「!?」
年老いた男から
礼を言われるとは思っていなかったので驚いた。
年老いた男は、こちらに背を向けたまま・・・
鉄格子に背中を預けながら、
騒々しく走り回って、出航準備をしている男たちを見守っている。
「お嬢は、元々、あぁいう性格じゃ。
気持ちだけが先走って、仲間を巻き込んでしまう・・・。
じゃから、わしが説得して、この村のために我慢させとったんじゃが、
それを・・・まさか、昨夜、お前に話してしまった
わしらの話を、こんな形で利用されるとは思わんかったわい。」
年老いた男の表情が分からないから、
どういうつもりで、それを言っているのかは分からない。
しかし、その声のトーンからして、
本当にオレを批判したいわけではなさそうだ。
「じゃが、わしらには落としどころが必要だったんじゃ。
あの『海獣』が・・・『シラナミ』様が現れてから、はや1年・・・。
昨夜も話してしまったように、わしらは野盗に向いておらん。
海賊は、陸にあがっても海賊じゃ。
いつまでこんな生活が続くのかと、みんな不安がっておったところじゃ。
お前を運良く捕まえられたのも、あのやたらと強いジジィに村を襲われたのも、
ちょうどいいタイミングだったのかもしれん。
いや、運の尽きというべきか・・・。」
「・・・。」
年老いた男は、そう言って
こちらに背を向けたまま、階段の方へと歩き出した。
「あのジジィが・・・いや、そもそも、
人間が『シラナミ』様に勝てるとは到底思えんが・・・
海賊人生、最期の大博打じゃと思って
お前と同じく、あのジジィに賭けてやるわい。」
カツン カツン カツン・・・
男は、そう言い切って、階段を登っていった。
「!?」
「・・・。」
年老いた男が階段を登っていった後、
ふと気づけば、階段のそばに立っている1人の若い男が、こちらを見ていた。
いや、オレを睨んでいる。怒気を感じる、鋭い目つきだ。
その男の前には・・・長谷川さんに斬られた仲間たちの死体・・・。
「・・・。」
無言ではあるが、仲間の死に、オレたちが関わっていると思っているのだろう。
あの長谷川さんと面識があったというだけだし、
オレたちは長谷川さんに加担したわけではないのだが・・・。
そう思わずにはいられないのだろうな。
ほかの若い男たちが来て、倒れている死体を運び出した。
オレを睨んでいた若い男と同様に、ほかの男たちも
オレを睨んでから、階段をあがっていった。
人の命を奪うということは・・・こういうことだ。
たとえ、こちらに正当防衛という理由があっても
1人の人間の命、人生には、数多くの人間が絡んでいる。
立場が違えば・・・もしも、パーティーの誰かが、
海賊たちに殺されていれば・・・
長谷川さんの『海獣』討伐にかける執念など関係なく、
オレも、海賊たちを憎み、復讐しようと考えるだろう。
だから、海賊たちに恨まれるのは当然のことなのだ。
ピチャン・・・ピチョン・・・
地下牢に、静寂が訪れた。
ほかの牢屋に隠れていた、戦えない女子供たちも、
階段をあがっていったし、ほかの気配を感じないから、
今、この地下牢には、オレたちしかいない。
長谷川さんがいなくなったあとも、あの気持ち悪いエネルギーは感じられる。
しかし、目の前にいないだけで、ずいぶん違うものだ。
「かなり痛い目に遭ったんだな、おっさん・・・。
その、本当に、すまなかった・・・。」
シホが、もう何度目か分からないほど、
ずっとオレたちに謝っている。
また泣いてしまいそうな表情だ。
「も、もう、いいって、言ってるだろ・・・。」
オレとしては、返事するだけでも口が痛くて億劫なのだが。
オレも、木下たちも、
何度もシホを許しているのに。
いつもなら、さらっと流す性格のシホだが、
今回は、かなり反省しているようだ。
こいつも、基本、マジメな性格なんだよな。
「シホさんも無事だったなら、それでいいんですよ。」
「そうだよ、シホさん。」
「うぅ、ありがとう、2人とも~!」
木下とニュシェに慰められて、
また3人で抱き合っている。
そうやって、何度も「お互いに生きている」ことを
確かめ合っているように感じる。
・・・本当に、みんな、傷物にされることなく、
無事でいてくれてよかった・・・。
「そ、それよりも・・・シホは・・・
捕まった後、どうしていたんだ?」
オレは痛みに耐えつつ、気になっていたことをシホに聞いてみた。
「あぁ、捕まった後は・・・、
海賊たちに連れていかれて、シャンディーの家へ行って、
シャンディーと2人きりで根掘り葉掘り聞かれて・・・。」
オレたちとシホは、お互いに離れていた間の話をして、
情報を交換し合った。
シホの話によれば、シホは村長から質問責めにあっている内に、
すっかり意気投合してしまったらしい。
シホは、村長に聞かれてもいない
『レスカテ』での『バンパイア討伐』の話をしたようだが・・・
たぶん、大袈裟におもしろおかしく語ったのだろう。
「ウソをつけないやつはバカだが、嫌いじゃない。」とか言われて、
ずっと村長の家で過ごしていたようだ。
その間、特に手錠や足枷をされるわけでもなく、
牢に入れられるわけでもなく、普通に村長のそばにいたらしい。
この村のことを村長からシホも聞いていたらしいが、
オレたちが、あの年老いた男から聞いた話と同じ内容だった。
シホは、村長自身のことも聞いていた。
海賊、オルカ一家の頭。この村の長、オルカ・シャンディー。
年齢は、やはり、シホと同じだったようだ。
村長の両親は、数十年前に亡くなっていて、
それ以来、長として、海賊たちをまとめてきたようだ。
村長は、生まれた時から村の者たちと家族同然で暮らしてきたから、
仲間意識というよりは、家族という意識が強いらしい。
村人たちも、そういう意識が強いらしく、
誰も村長には逆らえないし、村長自身も
村人たちを苦しめるようなことは絶対にしないという。
「シャンディーは、ずっと長として責務を果たしていたから、
気軽に話せる同年代の友達がいなかったみたいなんだ。
だから、俺と話している時は楽しいって言ってくれてたよ。」
そう話しているシホの表情を見ていると、
それは、村長だけじゃなく、シホにとっても
気軽に話せる同年代の者は今までいなかったのではないかと感じる。
だからこそ、お互いに意気投合できたのだろう。
「シャンディーと話しながら、みんなを助ける方法がないかって
ずっと探っていたんだけど・・・村人を家族みたいに大事にしてる
シャンディーの気持ちも伝わってきて・・・。
それで・・・もし、俺が生贄になって『海獣』が去って行ったら、
みんなを解放してくれるように説得してたんだ。
でも、どうしても、仲間を殺したおっさんだけは許せないって言われてて・・・。」
シホが、申し訳なさそうにオレを見る。
オレたちを助けるために、自己を犠牲にしようとしていたことも驚きだが、
シホはシホで、いろいろ考えてくれていたことが嬉しかった。
村長がシホの説得に応じなかったのも、なんとなく伝わってくる。
あの年老いた男が言っていたとおり、
この村の掟では、女性に乱暴をしないという考えらしいから、
きっと説得次第で、木下たちを解放することはできただろう。
ただ、仲間を斬ってしまった、男のオレに対しては、
たとえ『海獣』が去った後でも、無事に解放されることはないだろう。
「い、いや・・・身を挺して、犠牲になってまで、
オレたちを助けようと、していたこと・・・素直に嬉しいと思う。
た、ただ・・・シホが犠牲になって、助けられた後・・・
オレたちは、きっと生きていることを、素直に、喜べなかった、だろうな。」
「・・・。」
シホも、木下も、ニュシェも、黙っている。
オレの言いたいことが伝わっていると思いたい。
口の中が痛み、鉄の味が広がる。
どうやら、叫んだり、喋ったりして、
また口の中の傷が開いてしまったのだろう。
喋りにくい・・・でも、シホに伝えたい。
「ぃ、今、一度、言おう。
シホ・・・お前が無事で、よかった・・・。」
「・・・ぅん。
おっさんも・・・痛そうだけど、生きててくれてよかった。」
シホが、泣きそうな顔で、小さくうなづいた。
「シホさん、本当に無事でよかったよぉ!」
「シホさぁん!」
ジャララララ・・・
また、木下たちは感極まって、3人で抱き合っている。
何度も、同じことを繰り返しているが、
本当に、何度も何度も「今、生きていること」を
お互いの体温を抱き締めて、噛みしめているのだと思う。
まだオレたちは、牢屋の中だから、
身の安全は、まだ確証されていない。
しかし、オレたちパーティーの仲間が、
全員無事で、ここへ集まれたこと・・・。
今は、その喜びに浸りたいと、
オレを含めて、ここにいるみんながそう思っているように感じた。




