一人と一柱
「もう一度聞きますね?天界には戻れないんですよね?」
「あぁ、戻るにしてもかなりリスクがあるな。」
「そうですよね。ではもう一つ質問しますね。異世界に行くには天界を経由しなければならないんですよね?」
「あぁ、そうだ。異世界に転移するためには天界を通り、きちんとした方法をとらなければ転移したとしても、自我が薄れたり、記憶がなくなったり、身体が異世界に順応出来なくなる可能性が非常に高い。非正規な方法は非常にリスクがあるからおすすめしない。」
……ダメだ。会話が成立している気がしない。デッドorデッドじゃないか。あぁ、どうしよう。絶対神様何も考えてないよ……。ほぼ勢いで行動してたんじゃないか?
「コータ、そこまで思い悩むな。一緒に行動すればきっとどうにかなるさ。例え捕まりそうになったら、一緒に消滅しよう。な?」
「な?じゃないですよ……どんだけピンチな状況だと思ってるんですか……ん?何で自分の名前を知っているんですか?」
一緒に消滅しよう、なんて不吉な言葉は聞き流し、何故自分の名前を知っているのか。という至極当然な疑問を投げ掛けた。
「?私は眷属と言えども神の一柱だ。人の子の名前を知るぐらい造作もないさ。」
神様さも当たり前のことのように言い放った。
……自分の私生活とか全部見てないだろうな。いや、さすがにそこまでは……うん。聞かぬが華だな。
そういえば神様の名前を聞いてなかったな。というか名前はあるんだろうか。……さっきから何か聞いて欲しそうな目で見てくるし。
「えーっと、神様の名前聞いていなかったのですが聞いてもよろしいですか?」
そう言うと、待ってましたと言わんばかりに顔を耀かせて言った。
「私の名はシノだ!あっ、呼び捨てで構わないぞ。お互いで名前を呼び合うのは夢だったんだ……ふふふっ。」
と、シノは頬を赤らめモジモジとしている。コータはそんなシノの戯言を無視し、話を元のレールへと戻す。
「神様、天界へと帰った後は何かツテはあるんですか?」
あくまでも、名前では呼ばないと意思表示はしておく。それはシノも感じたようで、不服そうな顔をしながらも、コータの不安も感じたようで真剣な面持ちで応える。
「一応、何の計画性も持たずにやったわけではないさ。少し早まったかもしれないが、許容の範囲だろう。夕方の現世の時間でいう17時までにはここを去らねば、神隠しの一件は恐らくバレるであろう。そして、天界の門が開くのは逢魔が時だ。幸い、近頃は日暮がやや早いからなんとかその時間の合間を縫っていけば天界へと辿り着けるぞ。」
なるほど。その後が問題なのか。とりあえず時間はほんの少しだが残っている。天界の仕組みを教えてもらいながら、なんとか作戦を立てるとする────。神様は何をやってるんだ?
コータがシノの方を向くと、先程まで真剣に語っていた面影はどこへやら。何やら本殿から持ってきたのだろう麻袋を覗きながらニンマリと笑っている。
「……天界から異世界へ行くための話し合いをしたいのですが?」
そう言うと、ハッとして大事そうに麻袋を抱き抱え、いかにも中身を聞いて欲しそう目で見てくる。そんなやり取りをしている暇などないのだが、そうしなければ話が進みそうにないので一応聞いてみることにした。
「その麻袋、何なんです?今回逃げるのに必要な物なんですか?」
「うむ。これはコータがたまに御供えしてくれたお菓子が入っておるのだ。一緒に食べる日を夢見て残しておいて正解だったよ。あとは、何てことのないものだな。強いて言うなら神器だろうか。」
賞味期限等は大丈夫なのだろうか。なんてことはこの際どうでもいい。神器なんて持っていって平気なのだろうか。そこから足が突くなんてことは考えたくもない。まあでも、神様がそう言うなら平気なのだろう。
「では、本題へと移りましょう。天界から異世界へ行くために最低限必要な知識等を教えてください。」
「うむ。少なくともある程度の神格、またはそれに足る功績や徳などの前世の行動がなければ、基本的には天界から異世界へは行けない。たまに、不幸だから、とか、転移させたら面白くなりそうだな、みたいな気まぐれで転移させることもあるけど、運みたいな部分が強いからな。あんまり期待せん方がいいさ。」
……俺には神格も徳も何もないんだが。計画倒れじゃないか……あぁ、どうすればいいんだ。
シノは悩むコータを見て胸が熱くなった。自分と逃げるためにこんなにも考えてくれているのだと。そして、シノはある決心をした。
「擬似的にではあるが、私の力で神格を一時的にだが与えられなくもない。だから、その心配はしなくてもいいぞ。」
コータはシノのその決心を知る由もなかったが、どこか先程までシノと今のシノに違和感を覚えた。何処か胸騒ぎがするが、何故だがそのことは聞いてはいけないような気がした。
「……わかりました。では天界での行動ですが、その天界の門なるところから転移するための場所までの道順やそこまでの道程の注意点などはありますか?」
というコータの問いに対して、シノは微笑を浮かべながら、胸を張り頼もしく応える。
「なに。心配はいらないさ。私に身を任せてくれて構わないぞ。……そろそろ胡乱な目で見るのはやめてくれないか。さすがに少し傷付くぞ?」
最初に無計画そうな言動をした神様が悪い、などと今更言うまい。こうなった手前、神様に身を委ねる以外に本来は特別やることはないはずなのだ。
神社の境内の溜め池をぼんやりと覗きこんでいると、これからのことに対して何処か期待している自分がいることに気が付いた。
そして、シノはそんなコータを見つめながら、決心をより固めた。




