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神隠し

────。霞がかかったようなぼんやりとしていてまとまりのない頭を動員し、男は自分の状況を思考する。


ズキッと鋭い痛みが脳内を走り、覚醒する前の記憶を掘り起こす。


「あー、そういや俺、殺された……ような気がする……?」


時は一時間程前に遡る。


信心深いその男は日課通りに氏神様の元へ参拝し、いつものように今日一日の安寧を願っていた。


そのときリンッと涼やかな音が後方から聞こえた。


境内に広がっている砂利の踏む音が聞こえなかった気がしたが、ただ単に聞こえなかっただけであろうと、さほど気にしなかった。


だが、鈴の音が聞こえた後、何処と無く不思議な気配を背後から感じるので、多少の警戒心をもって振り向いた。


すると、黒の艶やかな髪を腰ほどまで伸ばし、凛とした切れ目の巫女服の美女がいた。


今までの参拝していた中で神主のおじいさんは数回見掛けたことがあったものの、巫女を見掛けたことはなく、ましてやかなりの美女であったために心底面食らった。


男は呆然とし、お互い何も言わない静寂の空間となっていたが、その空間を切り裂いたのはその美女の方であった。


「毎日この神社に参ってくれてありがとう。どうかお礼をさせていただきたいのだが。」


と、凛とした雰囲気は壊さず、それでいて優しく穏やかな微笑を浮かべて言った。男の心はとても穏やかとは言い難い状況とは実に対照的であった。


(え。何で毎日参拝してこと知ってるんだ?この人ってもしかして巫女じゃなく神様……いや、それはないか。さすがにな。うん。てかお礼って何なんだろぉ……とりあえずやんわりと断るか。)


男は目を閉じ逡巡した後巫女に向かって、


「えーと、御礼とかされるようなことをしたわけでもないし、別に平気だよ。んじゃ、今日はこれで……!?」


と男が苦笑を浮かべつつ帰ろうとしたが、その美女は困ったような顔を浮かべ男の腕を掴み、帰ろうとすることを阻止した。


「えっと、何か用でもありましたか?」


と男は何処と無く嫌な予感を感じ、そそくさと帰ろうとした。


「用ならある。礼をさせて欲しいのだ。急ぎの用がないのなら是非とも頼みたいのだが、ダメか?」


と、困った顔で美女は応えた。困っているのは俺の方だ、なんていう悪態を呑み込み、この美女が神か巫女かコスプレなのかは分からないが、神の御前である以上、男は嘘をつけず、参ったように言った。


「急用はありませんが、お礼というのは一体何を?」


という問いに対し、美女は嬉しさに揺れるような微笑を浮かべ、

「礼というのは、朝食を御馳走するだけさ。では本殿に参ろう。」


と男の手を引き本殿へと二人は向かった。朝飯は食ったし、御馳走すると言っても社屋じゃないのか?などと無粋なことを言ったとしても恐らく無駄であろうと察した男は何も言わずに連れてかれる。


ほんの少し匂う金木犀のような優しい香りは男にこの状況を客観視させ、照れ臭くさせるには十分であった。


「さぁ、早く上がってくれ。すぐに用意するさ。そこの和室で待っていてくれ。」


とにこやかに去っていった。


(んー、何なんだこの状況。いや、美人にご飯を振る舞われるのが嬉しくない訳ではないが……とりあえず、食べたらすぐ帰ろう)


と思い、ぼんやりと物思いに耽っていると、

「朝食が出来たぞ。私としたことが好みを聞いておくのを忘れていた。口に合うかわからないが、是非召し上がってくれ。」


と、御盆に脂の乗った大振りの秋刀魚とほかほかの炊きたてで

あろう白米、具だくさんのお味噌汁、たくあんなどの漬物という如何にも日本の朝と言えるようなメニューの朝食を持ってきた。

男は家で既に朝食をとっていたが、そのことを忘れるぐらいに眼前に出された料理たちは腹をすかせさせるには十分なほど美味しそうなものであった。


「それではお言葉に甘えて、頂きます。」


「あぁ、召し上がれ。おかわりはあるから遠慮せずに言ってくれて構わないぞ。」


と美女は微笑をたたえながら自分を見つめる。どこか、獲物を狙う狩人の目に思えた。男は不審に思いながらも、箸でほろっと崩れた秋刀魚の身を口に運んだ。すると美女は目を輝かせながら、


「食べた?食べたな?あぁ、もし食べずに帰るなんて言ったらどうしようかと思った。これからもよろしく頼むぞ?」


言ってる意味がわからない。一口食べただけで何故こんなにも喜ばれるのか?


「えーと、これから、とはどういう意味で?」


と、まず一番引っ掛かった疑問を投げ掛ける。


「いや、気にするな。直にわかるさ。冷めない内に全部食べてくれ。さぁ、早く」


と、満面の笑みで応えた。何がなんだかわからないが、もう考えるのを放棄しよう。と男はこれ以上考えることを諦めた。白米が今まで食べたことないほどの味わいで、お味噌汁もかなり奥深い旨みがあり、高級料亭以上の美味しさであった。


まあ、高級料亭に行ったことはないけど。


米一粒さえも残さずに平らげ、再度質問した。


「これからもよろしくとは、どういうことですかね?参拝ならこれからも毎日しますが……」


「ふむ。外に出て通行人か誰かに話し掛けてみるといい。多分それでわかると思うぞ。」


またしても質問とは少し異なった答えが返ってくる。通行人にはなしかける……それで何がわかるのかは想像つかないが、とりあえず実行してみよう。


本殿から出て、境内を見渡すがいつも通り誰もいないので、通りに出てみる。


自分と同年代ぐらいの制服を着た男子に話し掛ける。が、何て言ったらいいか全然考えてなかった。どうしよう。


「えーっと、すみません。あの……」


と話し掛けてみたものの、まるで誰もいないかのように素通りしていく。


最悪な想像が脳内をよぎったが、もう一度話し掛けてみようと思った。


今度は老婦人に話し掛ける。またも話す内容は決めていないが、そんなことを気にしてる場合ではない。


「すみません。ちょっといいです……か……?」


やはりこっちを認識していないかのように去ってしまった。


すると、背後から、


「その想像であっているぞ。簡単に言うとな、君は神隠しにあったのさ。つまり、君もこっち側のものさ。」


それはつまり、俺はもう死んでるというわけで。そして、背後に立つ美女は恐らくこの神社の神様というわけで。


男は思考を完全に止めるために意識を手放した。

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