改札
降車駅を伝えると、ピエロは券売機で切符を買った。
券売機から吐き出された切符を見るのはいつ振りだろう。
ICカードをかざして改札を通過すると、ICカード専用改札に阻まれてピエロが狼狽えていた。何をしているんだ。切符を買っているあたりから推察できるけれど、普段電車に乗らないのだろうか。
「こっちなら通れるよ」
切符の投入口が付いた改札の方を指さし、改札前でヒトの流れをせき止めているピエロを誘導した。違いに気付くと、ピエロは佇まいを正し、少し緊張した様子で、改札口を通過した。
微笑ましくて、つい表情がゆるむ。
「電車に乗るのは」
「久しぶりよ」
「だろうね」
「なにか」
「いや、なんでもない。僕だって飛行機に乗るときは、あんな風にあたふたするさ」
「そう」
フォローのつもりで言ったが、返事は素っ気ない。まあ、初めから彼女は、そんな感じだった。誰だって、慣れないことを上手くやるのは難しい。それに、ピエロに電車はなんだか似合わない。もっと骨董的な荷馬車や縞模様の大玉に乗っている方がピエロらしい。
ホームへ向かって、階段を下りながら彼女は僕の足下を指さして注意を促した。
「あなた、普段あまり長靴を履かないでしょう。階段、濡れて滑るから気をつけ——きゃ」
突然の短い悲鳴と共に、隣に居た少女の姿が消える。
ものすごい勢いで座り込むみたいに、彼女は階段で尻餅を付いていた。
「階段が濡れているからなんだって」
「滑るから気をつけた方がいいわ」
サングラス越しに、とても真剣な表情で言った。それは照れ隠しなのかもしれない。そんな様子がおかしくて、笑いがこぼれた。
「ほら」
と、手を取った。無表情は変わらない。
雪の降るほど寒いのに、僕も彼女も、手袋をしていなかった。ピエロの少女は、僕よりも少しだけ体温が低いらしかった。指が触れた瞬間、ひどく冷たく感じた。
立ち上がると、笑っている僕を横目に「ふん」と鼻をならし、階段を先に下っていく。
なんとなく、後ろ姿を眺めていたら、下から三段目で、彼女はもう一度同じように短い悲鳴を上げて足を滑らせた。
周到に筋立てられたコントを見ているようで、その滑稽さに思わず吹き出してしまった。
「あはははっ。気を付けなって」
公共の場所で声を上げて笑うこともそうそうない。そんな風に思いながら、尻餅をついたピエロに駆け寄った。