できたらでいいんですけど、その姫という呼称はやめてほしいです。
朝食が終わると少女は散歩がてら城を出た。
……そう、城である。
初めて少女がここに連れてこられたときは驚いたものだ。「姫にふさわしい場所を用意したよ」なんて言われてついていけば、そこには城があった。
少女はその時思わず3回夢じゃないか確認したものだ。
もともと貴族でもなんでもない少女はいきなりの城に大いにあわてた。いくらなんでもこんなの聞いてないと。しかし連れてきた当人はと言えば「姫にはこれくらいの建物こそふさわしい」と言うばかり。全く話にならない。
仕方がないので話題を変えてどうやってこんなものを用意したのかと聞けば、これもまた「頑張りました」しか言わず、やっぱり話にならない。
しかし他に住処らしい住処を少女は持っていなかったために仕方なく、本当に仕方なく少女は城に住み始めた。初めこそ少女はおっかなびっくりな状態であったが、住んでいるうちに徐々に城というものに慣れてきた。人間どんな状況でも慣れるものだなぁと感慨深く思ったものだ。でもまだほんのちょっぴり心配なのは本人だけの秘密である。
―さてと、今日はどこに行こうかな?
少女は今日の散歩の行先について思案する。するとちょうどその時である。まるで少女が城を出るタイミングを見計らったかのように少女に声がかけられる。
「これはこれは、姫様じゃないですか」
「おはよう、ノワール」
そこにはおおよそ20代前半とみられる執事のような恰好をした青年がいた。彼の名はノワール。本人曰く姫(少女)の下僕だ。
……加えていうなら少女が住む城を用意した張本人であり、少女のことを最初に姫と呼びだした人物でもある。ちなみに少女はこの姫という呼称が正直分不相応な気がしてあまり好きではないが、「何をおっしゃる。あなた様のような思考の存在には最低でもこのくらいの呼称は―」というノワールの長々とした主張を聞き、最終的に呼称の変更をあきらめた。
「姫はこれから散歩ですかな?」
「うん。そんな感じ」
「おお、いけませんぞ姫。今日はそれなりに日差しが強いです。ぼうしをかぶった方がよろしいかと」
そう言うやいなや、ノワールは少女の答えも聞かずにぼうしを取りに飛んでいった。
……そう、文字通りの意味で飛んで行った。
そもそもの話であるがノワールと呼ばれた男、地に足がついていない。性格がフワフワしているとかそういう話ではなく、これもまた文字通りの意味で地に足がついていない。さらに加えて言うならこの男、体が半透明でもある。
ここまで言われればなんとなく予想できるかもしれないがノワールという男は幽霊だ。より正確に言うなら『上位霊』と呼ばれる、強い未練を持った人間が死後もその魂を地上にとどまらせ、強大な力を得た魔物である。
そんなノワールの飛んで行った方を見ながら相変わらずせっかちだなぁなど少女は思う。
―それにせっかくの好意だしちょっとくらい待ってよ。
少女はそう考えてノワールの帰りを待つことにした。
待っている間、せっかくなので城の周りの花を眺めることにする。誰が管理しているのか詳しいことを少女は知らないが、いつみても色とりどりの花が咲いている。少女はいつもありがとうございますと心の中で感謝の言葉を言いながらきれいな花々を楽しんだ。




