これが今の私の日常。お願いですからけんかはもう少し控えてください。
そうして少し経った頃、こちらに向かってくる人影がひとつ現れた。ノワールが返ってきたのかなとも思ったが、よく考えるとノワールが飛んでいった方向と逆であった。誰かなぁと思いながらその人影を眺めているとその人影の方も少女に気付いたのか駆け足でやってくる。
「ヴォ、ヴォヴォヴォヴォヴォッ、ヴォヴォッ」
「あれ?ボーさんじゃないですか!こんなところで奇遇ですね」
「ヴォヴォヴォ!」
……スケルトンに続いてまたしても横から聞くと意味不明である。まあ会話の流れ的にただ挨拶をしただけでというのがかろうじてわかるが。
一応言っておくと少女に話しかけてきた相手はゾンビという魔物だ。ようするに動く死体だである。このゾンビがなぜ「ヴォヴォッ」など言っているかと言えば、理由は発声器官が使い物にならないからだ。そのためうめき声のような声しか出せないというわけである。ちなみにこれもスケルトンのメアリと同じであるが彼のこの意味不明な言語も少女は長い付き合いの間になんとなくわかるようになった。
ちなみ余談であるが、『ボーさん』という名前は少女が名づけた。どうやらこのゾンビ、発声器官だけでなく頭の方もやられているらしく、生前の名前が思い出せなかった。そのため仮の名前として少女は「ヴォーヴォー」言ってるからボーさんという実に安直な名前を付けた。少女にネーミングセンスがないことが判明した瞬間であった。しかしゾンビの方も「やったぜ、姫に名づけてもらったぜ!」とばかりに有頂天になりたいそう喜んでいたそうだ。本人がいいと言っているので別にいいのだが……はっきり言ってただのアホである。
「ところで、こんなところでどうしたんですかボーさん?」
「ヴォヴォ、ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ(実は困ったことがありまして)」※意味不明なのでここからは副音声と一緒にご覧ください。
「困ったことですか?」
「ヴォー、ヴォヴォヴォヴォヴォ(ええ、これを見てください)」
「ん?まあボーさん、また右目がないじゃないですか!」
「ヴォ、ヴォヴォヴォヴォヴォ、ヴォヴォヴォヴォヴォ(ええ、お恥ずかしながらまた落としてしまいまして)」
「大変です。急いで探さないと」
「ヴォー。ヴォヴォヴォヴォヴォ、ヴォヴォ(はい、それでよければなのですが姫も一緒に探してくださいませんか?)」
「ええ、私でよければかまいませんよ」
少女の色よい返事を聞くと途端にゾンビは浮かれ出す。
はっきり言ってシュール以外の何物でもない。しかし浮かれているゾンビはそのことに全く気付かない。
そうしてゾンビことボーさんは勢いそのまま、善は急げとばかりに少女の腕に手を伸ばそうとする。
「あ、待ってください。もう少ししたらノワールが―」
「姫様―。お待たせいたしましたー」
しかし、ボーさんの手が少女の腕に届くことはなかった。少女がノワールを理由にもう少しだけ待ってほしいと言おうとしたちょうどそのとき、ものすごい速度で少女たちのもとにやってきた。
その勢いはすさまじいもので到着と同時に衝撃波が(なぜかボーさんだけに向かって)発生するほどでした。
「姫様、ぼうしを持ってきました」
そう言って差し出されたのは白いつばの大きなぼうし。
「えっと、とりあえずありがとう、ノワール」
「いえいえ、私としては当然のことをしたまでです」
「そ、そう。ところでさっきそこにボーさんが―」
「ヴォヴォヴォー!!!(ふざけんな幽霊野郎!!!)」
突然ボーさんの大きな声が聞こえたかと思うとボーさんは勢いよくノワールのもとに詰め寄る。
「ちっ、まだいたか姫様に群がる害虫め」
「ヴォヴォヴォヴォヴォ!(聞こえてんぞこら!)」
「はっ、聞こえるように言ったんだよ害虫が!どうせまた右目を失くしたとか理由をつけて姫様に言い寄ってたんだろ!てめえここ5日で3回目だぞ。下心が見えすぎだ!」
「ヴォ?ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォ!(あ?てめえこそ姫のストーカーの分際で何言ってんだ!)」
「ふざけるな!貴様と一緒にするな!」
「ヴォヴォヴォ!(こっちのセリフだ!)」
「あの、二人とも。けんかはやめて!」
(少女主観で)なぜだか突然けんかを始めた二人。少女はそれを止めようとするが全然聞く耳を持ってくれない。そうこうしているうちにけんかはエスカレート。気付いたら殴り合いにまで発展していた。(なんとボーさん、幽霊であるノワールを物理的に殴っている!)
「くたばれ!」「ヴォヴォヴォ(くたばれ!)」
ドゴッ!
「だーかーらー、私の話を聞いてってば!」
しかし残念ながら少女の叫びはやっぱり届かず、死人同士のけんかはこの後しばらく続いた。




