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「いけね、もうこんな時間かよ…!」
腕時計の短針は9を指している。
図面と睨み合っているうちに、時間が経つのを忘れてしまったらしい。
「なるべく早く終わらせて、アイツの家に寄ろうと思っていたのに。…あー、アイツ、怒ってんだろうな。楽しみにしてたもんな、コンサート。それでなくても最近、会う機会がないってのに。この仕事が終了すれば、時間も出来る。そしたら、ゆっくり、祐利子と過ごそう。」
洋服掛けには、ベージュ色の背広。それに手を伸ばし、内ポケットを探る。そこには、1年も前に買ったのに、機会を逃し続けているモノがある。
「アイツ、覚えてっかな…いや、きっと忘れてるぞ、見掛けの割にボンヤリしてるから。…どんな顔するんだろ。きっと、最初は驚いて、目をまん丸にして。それから、泣き笑い。泣き虫だからなー、祐利子は。」
手の中には輝きを放つ、ダイヤモンド・リング。
宝石店のウィンドゥに飾ってあったそれを見た瞬間、思わず買ってしまった。
支払いの時、値段を聞き、息を呑んだが。
それでも、一大イベントといえるものに、金なぞ惜しんではいられない。
暫くは行き着けの飲み屋にもご無沙汰することになるけれど、それよりも、祐利子の喜ぶ顔を見られる方が、数倍嬉しい。
「もうすぐ、祐利子と知り合って3年目だもんな。来月の24日。クリスマス・イヴの夜に。このリング渡して、プロポーズする。…さぁ、仕事、仕事! しっかり稼がないとなあ。」
誰もいないフロア。
呟きは静けさの中に吸い込まれてゆく。
夜空には満月。
明日もきっと、晴れるに違いない――――