旅の終わり、そして
モノトーンの椅子に座った俺は、今朝アラントで発行されたばかりの新聞を見ていた。
『新鋭魔法士失踪! 大会運営者は正式に失格とした』『魔導公爵ゼーガミキト氏、急遽トーナメントを辞退!』
そんな見出しが書かれていたのを見て軽く笑い、やはり白と黒を基調にしたテーブルに無造作に置く。椅子もテーブルもシンプルだが、やたら重厚な作りなのは元の持ち主の趣味だろう。
つい昨日まで灰の王の居城となっていた湖上の城に俺は居た。
『ゼーガミキトに勝って両国が争いの原因になるのを止めて欲しい』
自国の混乱を避けるためにマリナが俺に依頼した理由は、紆余曲折あったものの一応果たせたことになる。更にユキの転移を使えば元の世界に戻ることもできる。
つまり、もうこの異世界に俺がいる理由はなくなった――――筈であった。
実は別の問題が発生していたのだ。
それはゼーガミキト、つまり第五精霊王が消えた事による後継問題である。各精霊王は配下の精霊から受け取った言霊をマナに変換するサポートを受け持っている。
だが第五精霊灰の王が不在になったことで、その配下である「精霊堕ち」が触媒からマナを生成できなくなったのだ。
それはつまり現行の経済活動に少なからず影響が出ると同時に、彼らの生命維持ができなくなることを示していた(魔法を使用した際に、生命維持に必要な天使の取り分が無くなるからである)。
じゃあその問題をどう解決したかというとこれまた面倒な話なのだが、簡単に言うなら「第五精霊王の後継を誰かにさせる」だった。
この言い方だといかにも俺が何かをしたように聞こえるが、正確には「何もしていない」。
単にゼーガミキトの精霊としての特性が最も近しい存在、つまり臨模である俺に引き継がれてしまっただけだ。
奴に最も近しい人間である俺は、器としては十分だったのだろう。気が付いた時には「あ、俺精霊になってる」だった。
感覚的な事でうまく説明はできないが、自分が第五精霊王の特性を引き継いだという事だけは分った。
そんな訳で本人の意思とは無関係に、俺は『単なる中学生』から『第五精霊王ミキト』にクラスチェンジしましたーってジャンプアップしすぎだ!
「課長島耕作」からいきなり「社長島耕作」を読んでしまった気分である。
一体なぜこうなった……。
だが俺の次の目標には丁度よかったのかもしれない。
それはマリナを精霊から人間に戻す事だ。
彼女をエデンの触媒なんてつまらないものにいつまでもしておくわけにはいかないし、人間に戻すことができれば元の世界に戻ることもできる(他の精霊堕ちの人間もいるが、マリナが戻ったら精霊王を次の誰かに引き継いじまえばよかろう)。
しかし戻す方法はまだ分からない。暫くはそれを探すために旅に出ることになりそうである。
ユキは相変わらず俺の契約精霊のままだ。
結局彼女の記憶は全て戻っている訳ではないが、それでも幾つか思い出している事があるようだ。それにゼーガミキトがユキの事を「本物の精霊」と言っていたことも気になっていた。
自在に異世界を転移できる能力を持つ精霊。それは彼女がどちらの世界にも属していない所からやってきたからではないかと思っている。
一段落したら、未だ記憶を失っていると言い張る彼女に問いただしてやろう。
******
「ミキト」
広間へと続く通路を歩き出口へと向かった時、扉脇に立っていた少女に声を掛けられる。
「リーフ。もう戻るのか」
「ええ。アラントのトーナメントの決勝は明日だし、仕事も丸一日ほったらかし。帰って山の様にある仕事を片付けないね」
リーフはそう言うと背中を向け、扉に手を掛ける。
「それでお嬢様には……本当の事を言わなくていいのね?」
暫し逡巡した後、控えめに尋ねた彼女に対して、
「ああ、俺は死んだって言っておいてくれ」
俺は苦笑いをして答えた。
なんというか、成り行きとはいえ人間を止めてマリナと同じ精霊になってしまった訳である。
別に悲観している訳ではないのだが、もしマリナが知ったら彼女の事だ。間違いなく自分の責任と感じてしまうだろう。これ以上、彼女に無駄な心配はかけたくない。
「でも……元に戻る方法を探すって言っても、宛てはあるの?」
「とりあえず色々な国へ行って始まりの平地に関しての情報を集めるさ。何せ誰も「行った」事がないのに始まりの平地は知られていたりするくらいだ。口伝だったり伝承だったりで、世界中の何処かに記録が残されているに違いない。きっと何か掴めると思う」
「そう……分ったわ。お嬢様は悲しむわね」
「はは、リーフは悲しまないのかよ?」
「……ばかね」
彼女は一言呟いて背を向ける。その間際、小さく舌を出したのが見えた。
「俺も出るから、橋まで送るよ」
「うん」
******
「こりゃ一雨来るかもな」
外に出ると、空は雲で覆われ何処となく湿った空気が周囲を取り巻いている。どんよりと薄暗い天気はお世辞にも良いとは言えなかった。
「さてと。ごしゅじん、何処から行きますかぁ?」
いつの間にかユキが、両肘をついて寝そべるような格好でふわふわと浮いてた。
「そうだな。取りあえず、このゾーンハイムから回ってみるか」
指先を軽くはじくと、体に灰色のコートが纏われる。今の俺はゼーガミキトの能力をすべて引き継いでいるため、自分でマナを生成することもできるし、無詠唱で上級魔法を使用することもできる。
まったく、強くてニューゲームってのは便利なもんだ。
「ああ、もし行く宛てを決めてないなら、最初に貴方が転移して来た場所に行ってみたらどうかしら」
「……? あの場所に何かエデンに関する情報でもあるのか?」
「うん、まあそれは行ってみたら分かるわ。ここからなら私も転移で行った方が近いわね。一緒に行かせて貰えるかしら」
「えー」
「何故貴女が嫌そうな声を出すのよ。私はミキトに言ってるんだからね?」
「おっぱい魔法士こそ何を言ってるのかなぁ? 転移はぼくがするんだし? ぼくの意思が確定的に明らかっていうか?」
二人が軽い言い合いを始める。お馴染みの光景に少しだけ笑いがこみあげてくる。
「いいから一緒に行くぞ。リーフはアラントに着いたら一杯奢ってやればいい」
「仕方ないわね。貸しよ、貸し」
「ぶー。ならいいけどさ。じゃ二人とも行くよぉ。はい、腰に手を回して~」
「げ、そう言えばまたユキと「やる」んだっけ……」
「何でそんな嫌そうな顔するかな? 美少女とキスができるんだから、もっと嬉しそうな顔しつつ感謝の涙を流した方がいいですよぉ!」
毎回キスするなんて恥ずかしいことこの上ない。この転移魔法もいつかちゃんと俺が使えるように研究してみる必要がありそうだな!
そんな事を考えながら目を閉じると、何度やっても慣れることのない柔らかな感触と、それに続く浮遊感が身体を包んだのだった。
******
異世界に来て、最初に目が覚めた場所。そこに俺は立っていた。
建物があったはずだが、俺が使った真光によって跡形もなく消し去られており、面影はない。まださほど日が経っていないにも拘らず、ここはどことなく懐かしい感じがした。
「こんなところに一体何があるってんだ、リーフ。 ……リーフ?」
返事がない。不審に思って振り向いた。
「お帰りなさい。ミキト様」
薄紫色の瞳を持った少女がいた。後ろにはリーフが後ろに腕を組んで立って素知らぬ顔をしている。あんにゃろう、そういうつもりだったのか。
俺は彼女の顔を見ないよう、フードを深くかぶる。
「人違いだよ。俺は第五精霊ゼーガミキトであってミキトなどでは……」
「同じなのはお顔だけですわ。だって雰囲気が違いますもの。……それに、その指にある誓いの指輪を持っているのはミキト様だけです」
俺は思わず右手の人差指を隠す。指に付けていたのは、あの日マリナと一緒に買った誓いの指輪だ。
俺としたことが迂闊だった。
一瞬舌打ちをしそうになったの思いとどまり、頭の中で言い訳を考えていたが、
「誓いの指輪で願い事が叶うって本当でしたのね」
薄紫色の瞳に涙を浮かべて笑顔になった彼女を見たら、そんなものは全部吹っ飛んだ。
極上の笑顔ってのがあるなら、まさにこれだ。
俺はかなり間抜けな表情で彼女を見つめていたが、ハッと我に返ると、照れを隠すように反論した。
「マリナが願ったのは平和だろ。俺の願いは帰ってエロゲーをやることだ。どっちも叶っちゃいない」
「あら、わたくしの願いは叶いましたわ。だってお願いは「ちょっとだけ違い」ますもの」
「……?」
マリナが何を言っているか理解できなかったが、少なくとも俺が生きているのを隠すことはできなくなったのは確かだ。
「悪い。マリナが変に気を使うと思ってな。精霊落ちを戻す方法を探そうとしてた」
「始まりの平地を目指すのですね」
「まあ……そういうことになる、かな。結局ゼーガミキトと目指す場所が同じってのは気に食わないけど」
「ではわたくしも同行しなければなりませんね」
「は?」
「だってわたくしはミキト様と契約しているんですもの」
「……ってダメダメ! 何があるか分からないし危険だと思うし! ああ、それに第一マリナはアラントの元首だろ? 公務があるんじゃ一緒には……」
「あら、別に元首の仕事をしながらなんていくらでもできますわ。だから」
指先を俺の胸にチョンっと突き立てる。
「またえっちな言霊で調教して下さいね」
マリナは僅かに頬を紅潮させ、笑顔を俺に向けた。
調教って……一体、どこまで意味を分かって言ってるのやら。こんな美少女を調教できるなんて、そりゃ願ってもない事ではあるけどな!
ふと空を見ると、いつの間にか雲は消え、太陽の光が燦々と降り注いでいる。先ほどまで曇っていたのが嘘の様だ。
「ダメ……ですか?」
「ああ、ダメだ」
だから――上目使いで消え入りそうな声のマリナに、俺は言ってやった。
「まず調教って言葉をちゃんと理解しなくては、言霊としてマナを生成できないだろう。それにはまず、調教ゲーってジャンルをもう少し深く知る必要がある。元々調教物の原点は……」
「も~、ごしゅじん。そういうのはあとでいいから、何か食べましょうよ」
「ちょっと貴女! 精霊だからって食べすぎじゃなくて?」
弾んだ二つの声が、背後から聞こえ、
「ふふふ。ではアラントの宿舎に戻って何か食べましょうか。決勝も始まりますし、見学しながら食事に致しましょう」
もう一つの笑い声が同調した。
「さ、ミキト様」
彼女は一歩後ろに下がると、俺に手を差し出した。
どうやら俺が「異」世界に戻ってエロゲーをするのは、やっぱりもう少し後の事になりそうだ。




