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その9 そのマナを

 俺が手にしたのが何なのか。奴には分からない筈だ。


 手にしたスマートフォンからあらかじめ録音しておいた「詠唱」を再生することで、まったく同時に異なる魔法を使う事を可能にしたなんてな。

 魔法とは異なる力で発展した文明と、魔法文明と交差することで新たな力を生んだ。

 自分たちが創った世界をただの器としてしか見ていないヤツには、そんな可能性があるなんて想像すらできなかっただろう。


 だが流石というべきか、精霊王に風の刃は直撃しなかった。いや、正確には風の刃を片手で抑えている。強烈な二つの魔法に耐えながら、その指を動かし韻を描く。


「……だが! たかが一つの魔法、しかも単一属性の魔法でこの僕を倒せるなどと……!」

「さっき言っただろ? 俺もそう思うってな!」


 俺は懐からもう一つのスマートフォンを取り出した。

 ま、これは姉ちゃんのを黙って拝借して来たんだけどな。


 男がピースしている背景の画像に一瞬(多分彼氏の一人なんだろう)ロックしたくなる気持ちを抑え、録音済みのボイスを再生させた。


『ユキ! もうぐちょぐちょだな 一本じゃ足らないだろう! アッチにも突っ込んでやるぜ! 小さな発火(ピットファイア) イけ(オーバー)!』

「ひゃぃい! お願いしますぅ! も、もう片方にもぶち込んでくださいませぇ!」


 えっちな言葉にユキが恍惚の表情で反応すると、ゼーガミキトが受け止めていた風の刃に業火が混ざり、更なる脅威へと変化した。

 その狂気に、流石の奴も表情が歪む。


「三つの、しかも異なる属性……だが!」

「三つ? いいや違うね!」


 既に最初の魔法を詠唱してから十分な時間的余裕があった。

 俺は自らの「口」で砂塵牙(マッドエッジ)を詠唱し、更に最初に使ったスマホから小さな発火(ピットファイア)を繰り出して、合計で五発の魔法を繰り出す。



魔法五重奏(ミラークインテット)だ」

「うおおおおおおおおお!」


 火と水と風と土の織りなす多重奏を全て無効化することなど到底できず、ゼーガミキトの立っていた場所から部屋を揺るがすほどの大爆発が起こった。


「やりましたね~ごしゅじん」

「……あーユキ。それを言っちまったか」

「はい?」

「それはな、大体やってない時に吐くセリフなんだわ。言わばフラグ」


 はてなという表情をしたユキだったが、その理由はすぐに分かったようだ。

 濛々とした煙の中から人影が浮かび上がったからである。


「……侮っていた。だがこの程度じゃ僕は倒せないよ。なんせ僕は第五精霊王。神に最も近い存在の一人なのだから」

「ま、その割には大分薄汚れたようだがな。表情も最初の余裕がないぞ」


 奴の着ていた灰色のローブは所々やけ崩れ、肌が露出している。幾つか切り傷が出来ており、そこから流れる血は……意外にもその血は赤かった。


「……煽っていくスタイルは僕に似ている。臨模(りんも)だからか……実にムカつくね」

「奇遇だな。そりゃ俺もだ」


 ゼーガミキトは苛ついた目で一瞬俺を睨むと、視線を横に浮いているユキに映した。


「そこの精霊は一体何者だ? 転移といい、マナを生成する能力と言い……一体誰の所属だ? 火の精霊王(エルツィオーネ)か? それとも風の精霊王(シュトゥルム)あたりか」

「何言ってんのか分かんないな。ぼくは、ぼく。誰の所属でもない。天蓋てんがいから来た精霊だよ」



 ユキの言葉を聞いて、今までで一番の驚愕の表情になるゼーガミキト。


「……てんがい……天蓋。貴様まさか……そうか。そう言う事か。まあいい。終わったら十分に調べてやる」


 何か得心した様子で目を細めたが、すぐに冷静な顔に戻る。


「おいおい、終わったらって言うけど、もしかして次があるとでも思ってるのか?」


 俺の挑発は、正直強がりな部分が殆どを占めていたが、弱気を見せる訳にはいかない。何とか複数の魔法を当てていく隙を作らないと……。


「ああ、勿論。残念だが切り札は僕が握っているってことを忘れないように」


 そう言ってゼーガミキトは視線を俺の背後にあるモノに移した。マリナだ。

 彼女は俺たちの後ろに立っていたが、その目は相変わらず虚ろなままである。突然、その目が苦しみで歪んだ。


「マリナ!」

「その子が第六属性を生み出す触媒なのは知っての通りだ。つまり、今僕は真光(アティール)を使えるという事なのだよ」


 その可能性は考えていた。自分で使った事もあるから分かるが、第六属性真光(アティール)を用いた魔法を防ぐことはできない。一度ターゲットにされてしまえば終わりだ。


 ユキの転移を緊急回避に使おうと考えていたのだが、無詠唱の魔法を回避するために既に使ってしまっている。そしてユキの転移は暫く使えない。

 マリナの意思がなければ使えないとタカを括っていたのが仇になった。今の彼女は奴の魔法によって意識の一部を奪われている。


「さあ、第六属性真光(アティール)を使った精霊王の魔法だ! 始まりの平地への扉を開くためではなく、先に君に使う事を光栄に思うがいい!」


 マリナを包むように纏っていた光が、無数の細い糸となりゼーガミキトに集まっていく。

 一本、また一本。光が失われるたび、マリナの表情が苦しみに変わっていく。


「マリナ! 目を覚ませ!」


 俺はマリナの肩を掴んで揺らす。だが虚ろな薄紫色の目は変わらない。精霊王の魅了(チャーム)は未だ解けることはない。

 くそ……! 何かいい方法は……!

 光の糸は殆どがゼーガミキトに集まっていた。思いつかない。だが考えている時間もない。

 その時、脳裏にいつかの戦いでユキに「した」ことを思い出した。


 だけど……アレは……ってもう迷ってる時間はねぇ!

 

 俺はマリナの肩を掴み、意を決して体を動かす。

 唇に伝わってきた柔らかな感触。すでに何度か経験してはいたが、マリナとキスするのは初めてだった。


「ミ、キトさま?」


 小さな呟き。慌てて顔を離すと、マリナの目に光が戻っているのが分った。

 光がマリナから漏れるのは止まったが、既に出てしまった光は全てゼーガミキトに集まっていた。


「ごめん……なさい。つかって……わたくしを……」

「マリナ!」

「意識を戻したか。だがもう遅い。彼女の第六属性は既に抽出して僕の手の内にある。さらばだ臨模りんも。真光・業火四重奏(インフェルトカルテット)!」」


 瞬間、俺の頭から一切の雑念が消えた。

 誰が何を奪ったって?

 あれはマリナの命だ。ふざけんな。誰であっても勝手に他人の命を奪っていくなんて許されるものか! 返せ、それをマリナに返せっての。


 俺は向かってくる四枚の光の羽に向かって拳を突き出す。

 そして今までで、最も、一番強い想いを込めた言葉を放った。



「その……マナを、マリナを返せ!」



 それはどこの精霊が受け取ったのかは分からない。マリナなのかユキなのか、それとも何処かにいる精霊なのか。

 一つだけ確かなのは、俺の叫びは言霊として城を駆け巡り、大量のマナを生成したということだ。


 光の羽と突き出した拳が重なった瞬間、まるで巨大な渦に飲まれるかのように全ての光が俺の手へ吸い込まれていく。

 全ての光を吸い込むのに掛かった時間は一瞬。そして次の瞬間に、凝縮された一筋の光が俺の伸ばした先から一直線に、第五精霊王へ向かっていった。


 それはまさに光の速度。回避する時間すら与えず、ゼーガミキトの心臓を正確に貫いた。


「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおおー!」


 光を出した者とそれに貫かれた者。両者の叫び声が野生の咆哮の如く轟いた。

 俺が大きく拳を振り下ろすと、無数の細い光がゼーガミキトの身体を引き裂いた。

 そして誰も声を発しない静寂だけが残った。




「素晴らしい! まさか再生もできないとは。本物の触媒と本物の精霊。それが全てを奪うと謳われた本物の真光(アティール)、か。まさに始まりの平地(エデン)の扉を開けるにふさわしい力だ」


 ゼーガミキトのやや興奮した声が礼拝堂に響き渡った。その胸に空いていた穴が塞がる様子はなく、光によって切り裂かれた傷がどんどん広がっていく。

 やがて刻まれた切り口から光の泡が生まれ始める。それは弾けるごとに、彼の肉体の一部を霧散させていった。


「残念だが僕の負けだ、ミキト」


 既に人の形を成していなかった彼が消える直前に発した言葉は、元々人間だった精霊王と、その分身の戦いの結末を告げたのだった。




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