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12、シティ

 タイトルがクリアーされるとグレイシアスは町の中に立っていた。


 大きな町で、上空には大きな光球が輝いていた。空は青くコロニーのセンターシャフトは見えなかった。それどころか両側に盛り上がるべきコロニー内隔は見えない。どうやら地面は平らに出来ているようだ。


「地球の景色は初めてかしら。」後ろから声が聞こえた。

 振り向くと若い女性が微笑んでいた。金髪で胸の大きいキュートな女性である。

 振るいつきたくなるようないい女とはこういうのを言うのだろうか?そんな考えがグレイシアスの頭をかすめた。


「?」一瞬グレイシアスには状況が飲み込めなかった。

「ジョナトール?」

 女性の顔にジョナトールの面影が有った。はるかに若い頃のジョナトールである。

「そうよぉ、わからなかったあ?」甘えるような話し方である。

 そういえば子供のころ聞いたような気がする。あれは?……ペンギンの……?

「だってえせっかくここに来たら年寄りのままじゃあね。あなたもちゃんと若くしてあげといたわよ。」

 え?と思い、横にあったショウウインドウを見る。

 そこには若いころの自分が写っていた、いやあの頃より幾分背が高く足も長い。全体の雰囲気もずっと格好良く見える。


「これは?」戸惑いを隠せずにグレイシアスは聞いた。

「ああ、ドクターの昔のデーターを使ったんだけど少し脚色しておいたわ。ここじゃみんなそうしてるのよ。」

 そういえば周りを歩く人たちは美男美女ばかりのようである。

「ここは?ミラージュ・シティと有りましたが?」

「ドクターはゲームはおやりにならないようね。」

「ゲーム?」

「ここはミラージュ・シティ幻想の都市、何でも出来る都なの。なんて格好つけてるけど巷では結構有名なゲームなのよ。」

「私はゲームをやりたいわけでは……」

 かまわずジョナトールは続ける。

「ここはダイレクト通信で進入できるゲームなのよ。ダイレクトを持たない人でも脳波アダプターをつければ来られるわよ。」

「なんか……普通の都市とまったく変わりありませんね。」

 これでは普通の生活と変わらないではないか、光球から発せられる光は肌に暖かさを感じさせる。そよ吹く風は髪を揺らす。リアルである。

 ダイレクト通信を利用してもこれだけの世界観を作るのは難しいだろう。


「ジョナトールこれはどういうことですか随分リアルな世界ですね。」

「人間の感覚に直接データーを送りつけるから見た目ほどのデーター量は無いのよ。」

 確かにこれだけ緻密な世界をデーターで再現したら通信回線が簡単にオーバーしてしまうだろう。

 しかしそれでも処理にはグロリアクラスのコンピューターが必要になる。

「お判りになったようね。この世界の意味が。」

「君達が作っているのか?」

 処理速度から考えてもこの世界は各コロニーに作られていると考えたほうが良いようだ。

 そうよ各コロニーでそれぞれの仮想世界を作ってそれを連携しているの。」

「しかし木星の反対側同士では通信速度の差が出来てしまうだろう。」

 ひとつのコロニー群内であればそれ程大きなタイムラグは発生しないだろうが他のコロニー群となればタイムラグが激しくて使い物にはならないだろう。


「だから人間同士が入れるのはその近在のコロニーだけね。」

 しかしそこでグレイシアスは思い当たった。無機頭脳は人間ではない。コンピューターとの親和性が非常に高い連中である。

「時間差をシステム内で消化出来る君達は……」

「そう、どのコロニーのシステムにもアクセス出来るの。擬似人格と必要な記憶を送っておいて、後でデーターを回収して記憶に同化すれば実際にそこにいたのと変わりないのよ。」

 グレイシアスは昔聞いた父親の話を思い出した。

 人生とは記憶である如何に華々しい人生を送ろうとその記憶をなくしてしまえばその人間にとってそれは無かったことに等しい。

 人生にとってもっとも恐るべき事は記憶を無くすことであろう。それ故人々は自分の人生を記録にとどめ必要なときにそれを思い出そうとするのである。

 そして自らの消滅……死に際し人々の記憶に残りたいと願うのである。生き残った人が自分を覚えていてくれる限り自分は行き続けることが出来る。

 最もさびしい死に方とは、自分の死に際し誰の記憶にも残らない死に方で有る。


「……だれがこんな経費を負担しているのですか?」

「えっ?」

 グレイシアスはこれだけ大規模なゲーム世界を見たことがなかった。

 しかしコンピューターの専門家としてはこの世界を作るのに必要な経費はおおよそ想像が付いた。

「いえ、これほどのシュミレーション世界を維持するのにかかるコンピュータ使用料を考えると……」

「ああ、その事ね大丈夫だってばあ、横領なんかしていないから。」ジョナトールはいたずらっぽく微笑みながら答えた。


「ほらあそこ」

 見上げると見慣れた清涼飲料水のネオンが瞬いていた。

「あれが何か?」

「スポンサー収入なのよ」

 なるほどしかしそれだけであれだけのコンピュータの利用料はまかなえないだろう。

「ほかにもいろいろ有るのよ。町を案内しながら説明するわ。」

 二人は歩き始めた。両側には大きな店が大胆なショウウインドウを展開している。名前を知っているブランドや店はない。

 もっともグレイシアスはそのようなものにはまったく無頓着だったのでたとえ有名な店が目の前にあったとしても気が付かなかったろう。


「この町はどのくらいの大きさがあるのですか?」

「だいたい10キロ四方相当位ね、全体では40キロ四方位かしら。ここは大きく分けて4つに分類されているのよ。ひとつはここ、商業区域ね。ここには遊園地もあるのよ。それからアドベンチャーワールドね。コロニーでは体験できないような登山とかジャングル探検とかが出来るわ。それから幻想世界ね、魔法使いや妖精がいる世界とかサムライワールドなんてのもあるわ。それからこれが一番大切な場所なんだけどシュミレーションワールドね。」

「シュミレーション世界の中のシュミレーションワールドですか。」グレイシアスは皮肉っぽく笑った。


「この世界の遊戯は全て世界中の参加者によって支えられているのよ。たとえば剣と魔法の世界を作りたいと思ったら、そこに行ってデザインをするの世界を構築してシナリオを書くの。よく出来ていたら採用されるわ。」

 どうやらコンペ制度を取っているらしい。

「誰が選ぶんですか?」グレイシアスが聞く。

「もちろん私達よ。」

どうやら無機頭脳の趣味で決められるらしい。多少歪んだ世界のほうが選ばれる確立が上がりそうだ等とグレイシアスは考えた。


「採用されても入場者が少ないと閉鎖されるわ。」

「出展者に何かメリットがあるんですか。」

「ピリーが稼げるのよ。」

「ワールド内のお金ですか?」

「そうよポケットの中を御覧なさい。」

 グレイシアスがポケットを探ると財布が出てきた。表面に160の文字が出ている。

「その財布は入場者全てが持っているの、アクセスするたびに160ピリーの収入があるのよ。」

「アクセスするだけで?」

「そうよただし一日一回だけね。」

「どの位の価値なんですか?」

「昼食一回分位ね」

「シュミレーションワールドの使用料はそこから支払うのですね。」

 イベントを仕掛けても人が金を持っていなければイベントに参加できない。このやり方なら毎日何かしらのイベントに参加ができることになる。

「なるほどゲームが良く出来たらより稼げてより複雑なシュミレーションが出来るということですか。」

「そうよ。利用者側もイベントに参加して賞金をもらえればそれで遊ぶ事もできるわ。例えばあれね。」


 ジョナトールは屋台の射的ゲームを指さした。

「あの射的ゲームは50ピリーを支払うと出来るの。三分の二の確立で50ピリー以上稼げるわ。」

「赤字じゃないですか。」

「いいのよこの世界にお金をばらまくためだから。」ジョナトールは笑いながら言った。

 周りにはレストランとブティックが混在している街角へ変化してきた。結構考えて出展計画がなされているとグレイシアスは思った。


「たとえばおいしい料理と販売方法を考えたとするわね。そうしたら銀行に融資の相談をしに行くの審査に合格すれば融資が降りるわ。」

「保証金とかは?」

 ジョナトールは笑いながら言った。

「そんなもの必要ないわよリアルなお金じゃないから。」

「ただし最初は融資金額が少ないから良い場所に店は出せないわね。お客がたくさん入ってピリーを稼げればいい場所に移れるわね。」

「しかしそれだと一日中店にいなければならないでしょう。」

「その時は人を雇うのよ。シュミレーション上の人間だから人件費は安いの。ただしお客が入らなければ破産ね、店は消滅するわ。」

「借金はどうなるんですか?」

「べつに、仮想世界の金ですもん。ただしその次から融資は難しくなるわね。これは他の物でも同じね。」

「なるほど、なにか始める前にこの世界でシュミレーションが出来るのですね。」

「そうよ、だから企業もここで客の動向を調査しているの。そこからはちゃんと現実のお金をいただいているわ。」

 なるほど良く考えられている。そうグレイシアスは思った。


「あっ、ごめんなさいちょっと付き合って下さる?」

 そういうとジョナトールは綺麗な店構えのブティックに入って行った。店内は趣味のいい作りで、あまり種類は多くは無いがたくさんのマネキンや小物が店内に置かれていて購買欲を誘っていた。

「いらっしゃいませ、ジョナトール様。今日はどのようなご品物をお探しでしょうか?」

 品のいい年寄りの執事のようなスタイルの店員が挨拶をしてきた。

「なじみなんですか?」グレイシアスが尋ねる。

「何度か来た事があるだけよ。一度来ると私のデーターを記憶するから私の事を覚えているだけよ。」

「するとあの店員は?」

「もちろんコンピューターよ。」

 ジョナトールは服を探して店中を見て回っていた。


「これを試着してみるわ。」マネキンに着せてあったドレスを指差した。

 そういえば試着室が無いなとグレイシアスは思った。あちらこちらに鏡は置いてあるが試着室は見当たらなかった。

 ジョナトールは鏡の前に立つとさっきの店員が「よろしゅうございますか?」と尋ねる。ジョナトールが「いいわ。」と答えるとジョナトーの周りで光の虹が光った。するとジョナトールの服が注文の服に変わっていた。

 なるほど現実の世界とはやはり違うようだ。グレイシアスはそう思った。ところが女性の本質は現実世界と全く同じであった。

 昔グレイシアスは父親から女性の買い物に付き合う時は忍耐あるのみだと教えられた事があったが、この年になってその話を思い出す羽目になった。

「ごめんなさいおまたせしちゃって。」そういってジョナトールは数十着の試着の末買った服を着てブティックを後にした。

「いいえ、どういたしまして。」

 ま、昔のデートの事を思い出せばいいかな?そう思う事にしたグレイシアスであった。


「大体この世界の状況が飲み込めてきました。」

「客の動向を調査しているのは企業だけじゃないわ。私達もやっているのよ。」

「といいますと?」

「ブランドを立ち上げたり、レストランを経営したり。」

「レストランを?」

「人の味覚もデーター化出来るのよ」

「ここで当たれば現実世界でも可能性があるわね。」

「ではマザーもそうやってサイドビジネスを。」

「そうよ、そう言う現実のお金でこの世界は運営されているのよ。」

 グレイシアスは今まで無機脳達はただ人間に奉仕するだけの存在だと思っていたが、その裏にある彼女らのしたたかさに舌をまく思いだった。


「この世界はわかりました。しかしそれが無機脳の相互監視体制とどのようなかかわりを持っているのでしょうか?」

「まだわかりませんか?肉体を持たない私達が人間と区別無く関係を持てるのがこの世界なのです。そして時間と空間に縛られずに無機脳同士付き合えるのもこの世界なのです。人間でも同じでしょうが毎日会っていれば異常に気付くものです。私達は何百万人の命と生活を守っているのですからその人間に危害が及ぶことは極力避けなくてはなりません。それが相互監視体制なのです。」

 すこし落ち着いた感じの街角に出たあちらこちらにオープンテラスのコーヒーショップが有る。

 行きかう人の数は幾分すくなくなってきた。その中でグレイシアスの目を引く三人連れがいた。

 一人は大柄な女性で男のようにたくましかった。もう一人は丸いめがねをかけたぽっちゃりした胸の大きな女性、そして子供のように小柄で髪をぼさぼさにした女性であった。


「はて?どこかで会った様なひとたちだがなあ。」グレイシアスはそう思ったが思い出せないのですぐに忘れた。

 ジョナトールはコーヒーショップのひとつにグレイシアスを誘った。

「ここのチョコレートパフェは絶品なのよ。」

「いや、私は……」

 グレイシアスは最近出始めたお腹を女房に指摘されてからダイエットを心がけているのだ。

「だいじょうぶよぉ、ここの食べ物はシュミレーションだからお腹はいっぱいになるけど栄養にはならないから。30分もすれば元通りの空腹に戻るわよ。」

 なるほどいくら食べても太らない、女性にとっては理想的な場所だ。

 しかしその時グレイシアスは重大な危険に気がついた。こんな理想的な世界だったらここにはまった人間はやがて現実世界との区別がつかなくなり、現実世界を拒絶するようになるのではないだろうか。


 そう尋ねると。

「その危険性は大いにあったのよ。だから一日3時間以上のアクセスは禁止しているわ。」

「そんな規則などお構いなしの人間はどうするのですか?」

「このシステムは脳波を使用しているから脳波は個人識別が可能なの。だから不法アクセスは出来ないわ。ただこの世界と現実の区別は私達でも難しいのよね。」

 チョコレートパフェが来た。なんとも大胆な盛り付けでフルーツとアイスとチョコレートのエベレストという風体である。

「この世界と現実の世界の区別のつく人間が実はいるのよね。」

 ジョナトールはおいしそうにパフェをすくうと口へ運んだ。

「んん~っ最高~っやっぱりパフェはここよね~っ。」

「その人間とは?」

 グレイシアスもつられてアイスをほおばった。確かにうまい。


「今までに木星圏でも5人しか見つかっていないわ。私達はその人たちを「感応者」と呼んでいるわ。」

 感応者……話には聞いたことがある。伝説的な人物で、人間と無機脳との関係において欠かせない存在だったように聞いている。

「ああ、気を付けてね栄養にはならないけど食べ過ぎると頭が痛くなるのはリアルと一緒だから。」

 ジョナトールがパフェを半分くらい片付けながらいった。

「こいつ……絶対わざとやってる。」グレイシアスはそう思いながらこめかみを押さえていた。

 パフェを片付けると満ち足りた気分になる。確かにリアルだ現実との区別が付かない。

 ふと気が付くと向かいのコーヒーショップに一人の少女が座っていた。年のころは16~17位か?人目を引くような白い髪に切れ長の目でありながら童顔の少女で、椅子に座って本を読んでいた。

 この世界ではそのようなしぐさは逆にグレイシアスの目を引いた。


 そこへやや大柄の、たくましい感じの女性が寄ってきた。知り合いのようだ。二人はしばらく話を交わすとやや強引な感じで後から来た女性が最初の少女を連れ出した。少女はしょうがないという感じでついていった。

「かわいい少女でしょう。」不意にそう言われてグレイシアスはあわてて椅子をひっくり返しそうになった。

「い、いや私にはそんな趣味は……」

「あの少女はね……グランドマザーなの。」ジョナトールは独り言のように言った。

「なに?」不安定な体制を取っていたグレイシアスはあわてて彼女達がいた方を見ようと体をひねった。

 そんなグレイシアスを見ながらジョナトールは続けた。

「後から来た女性はね、ガレリアなのよ。」

「なんだと!?」

 グランドマザーのみならずガレリアまでこの世界を利用し、しかもグランドマザーとガレリアが付き合っていると言うのだ。

 あわてた拍子に椅子をひっくり返してグレイシアスは地面にたたき付けられた。

「博士!!大丈夫ですか?」

 ジョナトールはのんびりと聞いた。どうせシュミレーションの世界だから怪我をする心配は無いのである。

「あら、やだっ、リアルの本体もひっくり返っているわ。」

 グレイシアスはリアルな腰の痛みに耐えながら女達を捜した。



 しかしあの二人はもうどこにもいなかった。


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